神界のティエラ

大志目マサオ

文字の大きさ
上 下
29 / 51
本編

17 珍入者撃退計画

しおりを挟む
 ――現在時刻16時44分、源魔武闘流げんまぶとうりゅう道場ではティエラとシエンナ、そしてその2人の師匠であるミリオーフ・ヴァインスが道場中央にて向かい合っていた。

「あの、本当に2対1でやるんですか?」 
「当然だシエンナ。風陣屏風ふうじんびょうぶも張り直した。問題は無い」
「ティエラのアレは使っていいんですか?」
「アレではわからんが、武器のことならば禁止だ。ティエラは纏術てんじゅつと主武器を除いた近接魔法のみ、シエンナは先程の2人と同じで構わん」
「あ、はい」
「2対1なのだ。文句はないだろう? お前の武器は反則に等しい、よもや老いぼれを1人殺したい訳でもあるまい」
「いえ、それで大丈夫です」
「うむ。では始めよう」

 老いぼれというにはまだまだ若く見えるミリオーフだが、ともかく制限の確認は終わった。後は開始の合図を待つだけだ。

「ノアさん、1つ頼まれてはくれないかな?」
「合図ですネ、もちろんですヨ。では……」

 ノアが道場中央へ駆け寄り、対峙する3名の間に立った。

「礼! 始めヨ!」

 開始とともにミリオーフは素早く道場奥まで後退し、2人と大きく距離を取った。2人はミリオーフの動きを注視しつつ次の行動に備えた。

「シエンナ! 初っ端しょっぱなから師匠の得意技よ! こっちに来て!」
「了解! 防いだら私が仕掛けるわ!」
「わかったわ! さ、早く!」

 ミリオーフは道場の1番奥に立ち、何かを唱えている。するとたちまち両腕に緑に色付いた輝く風が渦巻き始めた。

風纏渦吸砲撃之理ふうてんかきゅうほうげきのことわり……疾っ! 空纏掌撃くうてんしょうげき!」
「ティエラ!」
「ええ! 光輝の盾ブライトネスシールド!」

 ――フッッッドンッ

 ミリオーフは緑風を纏った両腕を突き出し超高速で滑空すると、ティエラの張った光輝の盾ブライトネスシールドに激突した。

 人1人が容易に隠れる程の長方形に張られた光の障壁は、ミリオーフの一撃に耐えた。ティエラが敢えてその場に残した障壁を利用して2人は仕掛けた。

「シエンナ!」
「はいよ! 重纏蹴撃じゅうてんしゅうげき!」
「ぬっ!」

 シエンナはティエラの背後から滑るように障壁の横へ飛び出し、ミリオーフの側頭部目掛けて強烈な蹴りを繰り出した。

 ミリオーフは予測通りに放たれたシエンナの蹴りを片腕で防いだのだが、想定よりも威力が高かった為か一瞬気を取られた。

「随分と重い蹴りだ。やられたな」
「かかりましたね師匠!」
「はぁっ! 光纏掌撃こうてんしょうげき!」
「ぐぉっ!」

 シエンナの蹴りが当たったと同時に障壁を消し去り、ティエラが放った光輝く正拳突きはミリオーフの鳩尾みぞおちを正確に射抜き、彼が元居た位置まで殴り飛ばした。
 ティエラは相応に手応えを感じたのだが、ミリオーフは飛ばされた位置で四肢を床に着けた状態のまま1つ息を調えると平然と立ち上がった。

「ふっ! ……良い連携だ。だが」
「どうです師匠! まだ続けますか?」
「馬鹿を言うな、まだまだこれからだ」
「どうやらそこまでのダメージは無さそうね」
「ええ、結構手応えあったんだけどね」
「闘いから離れていた割にはやりおるわ」
「師匠、ですから私は離れるも何も色々と忙しくてですね!」
「ティエラ、長くなるから細かいことで反論しない方がいいって」
「いや、そうはいかないわよ! 私にだって理由ってものがあるんですよ!」
「また言い訳か、お前は昔から事ある毎にだな……」
「あの~! ちょっといいカ?」

 組手の最中にも関わらず師弟の口論が始まりかけたその時、ノアがそこに割って入った。

「どうしたのノア?」

 シエンナがそう聞き返すと、ノアは道場入口の方を指差して答えた。

「お客さんが来てるみたいヨ」
「お客って、業者とか門下生じゃなくて? 道場こんなとこに用なんて誰かしら」
「こんなとことはなんだ馬鹿もんが!」
「あ、すいません」

 ――入口には肩甲骨辺りにまで伸びた長髪が頭頂部の中心を軸に赤と青に分かれた奇怪な髪色、それだけでも十分に目を引くのだが、そこへ更に輪をかけて奇抜な虹色ストライプ柄のスーツを着た長身の男性がいた。

 奇抜スーツの傍らには肩へかからない程度の頭髪の長さに黒髪が特徴的で、無地の黒いスーツを着た奇抜スーツとは見る者に対照的な印象を与える小柄な女性がいた。また、その黒スーツの女性の片手にはスーツケースが携えられていた。 

「またあやつらか……とうとう稽古中でもお構い無しときたか」

 奇抜スーツの男性は土足のまま何の躊躇ちゅうちょも無く道場に上がり込むと、まるで舞台俳優のように大仰な口調で話し始めた。

「おお、これはこれはっ! この様な汚らわしい場所に美しい女性が4人もいるではないか! なんたる幸運! オーマイグッネス!」
「おい貴様、靴を脱がんか!」
「な……この素晴らしき華達との出逢いに水を差すとはなんたる不遜な振る舞い! 我が主は決して貴様を許さんぞ!」
「部長、靴を脱いでください。話し合いになりません」
「……おやおやカンナ嬢、君がそう言うのなら仕方がないね……ここは寛大な私が彼らの異文化に敬意を表して従おうではないかっ! あ~なんて私は素晴らしい人間なのだろうか! あ、その汚らわしい箱には入れないでくれたまえよ、土の上の方がまだ清潔だからね」

 奇抜スーツはその場で靴を脱ぐと、黒スーツの女性に跪いて手渡した。黒スーツの女性はネーヴェと見紛う程の無表情で靴を受け取り、奇抜スーツの指示を無視して下駄箱に仕舞った。

「な、カンナ嬢! 一体何故その様なことを!」
「従うと言ったのは部長です。それよりも早く用件を済ませてください」
「おお、我が親愛なる主よ。貴方の下僕たる私にこの屈辱たる試練を耐え抜く強き鋼の心を与えたまえ! エメオフィアント!」

 奇抜スーツは天に、否、道場の天井に向かって涙を流しながら祈りを捧げていた。

「な、なんなのアイツ、今まで見てきた男の中でも超級にヤバい奴な予感がするわ」
「ど、同感ね……私、全身鳥肌立ってる」
「とりあえず頭でもぶっ叩くカ?」
「同意します。ネーヴェはあの男性が極度の自己陶酔状態であることを断言します」
「あの男、どこかで見た気がする」
「本当に? エド、それで誰なの?」
「ああ、確かあいつは……」

 エドワードが思い出そうと考えていると、件の奇抜スーツが滑り込む様に、否、実際に磨かれた床の上を滑ってティエラ達の前へ現れた。

「おお、メガネゴリラ君! 私を知っているとは類人猿にしてはなかなか見所があるじゃないか! オーマイグッネス! 貴方の偉大なる叡智がこの様な下賤な動物にも分け与えられているとはなんたる御力! なんたる御威光! 貴方の下僕たる私は畏怖を禁じえません! エメオフィアント!」
「ノア、こいつあなたのハンマーでバラバラにしてくれない? そしたら私がエドの犬の餌にするわ」
大槌マルトーヨ、私もその案には大賛成ネ、1分もらうヨ」
「わ、私も賛成~」
「質問します。ネーヴェは犬が人肉を食べる習性があるのかエドワードに聞きたいです」
「ネーヴェ、真に受けるな。うちのケムはそんな物食わん」

 そんなやり取りを道場の奥で見ていたミリオーフが奇抜スーツの前へ来て立ち塞がった。

「何度も言うが道場ここはやらん。早々にお引き取り願おう」

 ミリオーフに上背で勝る奇抜スーツは見下しながら受け答えた。

「ほう。廃墟の主よ、これほど根気強く穏便に済ませようという我が社の、いや引いては我が主の温情に泥を塗る気なのかな?」
「どこが穏便だ。譲らなければ力尽くで奪い取ろうという腹が見え透いておるわ」
「ふむ……カンナ嬢、この憐れな廃墟の主にあれを見せてあげなさい」
「はい、部長。では、ヴァインスさん……こちらをご覧下さい」
「なんだ、何を見せられてもワシは道場ここを譲ったりなど……」

 黒スーツの女性は全員に見えるように手にしていたスーツケースを開いた。

「ちょっとこれって」
「1、10、100、1000……1億!? のガルドカードと……菱形の金属部品? の写真? 何これ」
「解析します。ネーヴェはこの写真の被写体が魔粒子封印核エーテルリアクターコアに酷似していると報告します」
「言われてみれば似てるネ」
「この紋章……魔神器レガリアだ」
「メガネゴリラ君ご名答! 君は本当に類人猿かい? そうさ、これは伝説の芸術家アーティストととまで呼ばれたかの・・有名な魔器製作技士エーテルデバイスエンジニアヴィンセント・ヴァン・シークの創造した5つの魔神器レガリアの1つ、魔鋼神石鎧ディルアダマンタイトの写真だよ! なんたる美しさ! 正に奇跡のなせる技! これぞ人類最高の1品! エメオフィアンッティッシモッ!」

 ミリオーフは写真を見た瞬間から表情を曇らせていた。最高潮に浮かれている奇抜スーツを宿敵とばかりに睨みつけながらも、思案に思案を重ねている様子だ。

 その様子に気付いたティエラがミリオーフの背後から小声で伺った。

「……師匠、まさかとは思いますけど」
「ああ、やられたな……恐らくは、いや間違いなく押さえられたと見ていいだろう」
「……この男、逃がさない方が?」
「いや、この場は他の弟子達もいる。巻き添えにしてはいかん。それにこの男はな」
「思い出した……ランカーだ。確か名前は……」 
「メッガッネッゴッリッラッ! あクンッ! 私は今日という日で常識を改めたよ! 君は人類に匹敵する頭脳を持った、いや、人類の末席に加えてやってもいいぐらいの知能があるようだ! 再び主の御力に畏敬の念を! これはもうエメオフィアンッティッシモネーゼッ! としか言いようが無いね!」
「……クロード……こいつは52位ランカーのクロード・バダールだ」
「おっと早計だったか、やれやれ……今は51位だよ、惜しかったね。それと私の名前はクロード・バドール・・・・だよメガネゴリラ君、やはり君を人類の末席に加えるのは取り消しだ。人の名前を間違えるなんて最も低劣で下品で失礼極まりない愚かなおこなげぶふぉぁっ!!」

 クロード・バドールがエドワードに話し終える前に強制的に中断した者がいた。

「ち、ちち、小さき華に……し、主の導きを……エ、エメオフィアント……! くふぅ……」
「これ以上こんなくだらない話聞いてられないヨ、そこの女、さっさとこのバカ連れて帰るネ」
「……交渉の継続は不可能な様ですね。機会を改めます」
「2度と来なくていいヨ、こんなに腹が立つ奴は久しぶりだヨ」
「その点については同感です。ですがこれも仕事ですので、いくら拒絶されようともまた来ます」
「フン、勝手にしたらいいネ」
「ご理解いただけたようなら……それでは今日はこれで失礼します」

 クロードは既にミリオーフの張っていた風陣屏風ふうじんびょうぶの効果がきれていた為、ノアの炎大槌イグニスマルトーで思い切り殴られた勢いのまま道場の壁へ頭から直に激突し、うつ伏せで臀部を高く突き出したまま気を失っていた。
 そして突然のノアの狂行に、唖然としたまま一部始終を見ていたティエラ達一同は全員が言葉を失っていた。

 黒スーツの女性は気絶したままのクロードの襟首を掴むと、そのまま道場出入口へと引き摺りながら去っていった。
 
「なんてことをノア……いえ、違うわね。よくやってくれたわ。いい判断よ」
「逆にみんなよく我慢してたネ、ああいう奴は殴っていい法律になってるヨ」 
「いや、そんな法律にはなってないと思うけど胸がスッとして鳥肌が収まったわ」
「俺は不味いと思う。更に思い出したが、あの男はランカーでありながらバーラー社の開発部部長だ」
「あら、それはヤバそうネ。私やっちゃったカ?」
「いえノアさん、ワシはあやつらの正体を知っていた。なんにせよこの場は帰ってもらうつもりだったしな……まあ、手段はともかく礼を言おう。ありがとう」
「そうですカ、礼には及ばないですヨ。こちらこそ人んちで勝手なことして申し訳ないですネ」

 と、自身の狂行を謝罪したノアに門下生の1人が素朴な疑問をぶつけた。

「それにしてもあのクロードって男、ランカーとして自分より上位のエドワードさんでも苦戦していたノアさんのハンマーで殴られたというのに、よく気絶だけで済んでましたね」
「解析しました。ネーヴェは直撃の瞬間に黒いスーツを着た女性が何らかの魔法を発動していたことを報告します」
「へぇ、よく見てたネ」
「お嬢さんはすごいな。練気の稽古を1度しただけだというのにそこまでわかるか、いや大したものだ」
「この子は少し特別というか……あの、師匠」
「ワシが直々に育ててやりたいと思う程だ。む? どうしたティエラ」
「エドとシエンナもなんですけど、この後……そうですね。食事にみんなで行きませんか? 今回のこの件も含めて少し込み入った・・・・・お話があるんです」
「ほう……久々に顔を見せたのはその込み入った話とやらをする為か、よかろう。ワシも道場を守る手段と魔神器レガリアの件について対策も講じたいところだ。行こうではないか」
「師匠、ありがとうございます。エドとシエンナは大丈夫かしら」
「この事態だ。断る訳にもいかないだろう……俺も行こう。ケムのことは娘に連絡しておくから心配はいらない」
「私としては任されてる仕事柄あんまり厄介事には首突っ込みたくないんだけど、そうも言ってられなさそうね」
「犬の心配はともかく2人ともありがとう。あのクロードとかって奴のことは完全にイレギュラーなんだけど、今日道場に来た私の本来の目的と無関係とは思えないの」
「関係してそうネ、バーラー社の開発部なんてタイミングが良すぎるヨ」
「なるほどな。ではもう時間も時間だ。今日はここまで、6人は即時帰宅するように、事の次第によっては稽古はしばらく中止する。他の弟子にも連絡してやっておいてくれ」
「「はい!」」

 気が付けば道場の窓からは陽光調整機ゾンネリヒタルの生み出した夕陽が射し込んでいた。

 ――その後シャワーと着替えを済ませた一同は、道場前に停めていた車の前にいた。

 ミリオーフが最後に道場の戸締まりを確認して合流すると、夕陽は沈み時刻は18時を過ぎていた。

「それじゃあ行きますか~! ネーヴェちゃんもお腹減ったでしょ」
「賛同します。ネーヴェは今にも空腹で倒れてしまいそうです」
「あの師匠、どこか安くていいお店知りませんか?」
「ワシの友人が営む馴染みの店があるからそこへ行こう。密談にもうってつけ・・・・・の場所だ」
「ありがとうございます。少なくとも私とネーヴェの分は出しますから」
「ほう。食事の費用ぐらい無用な心配と言いたいところだが、あのお嬢さんはそんなに食が太いのか?」
「たまげますよ。ここ最近悩みの種の1つです」
「ふははは、よく食べることは成長には欠かせん。楽しみだな」
「……後悔しないでくださいよ?」

 ティエラはしっかりと確認を取った。己の師匠とはいえ、予告無しに懐を圧迫してはいけないと気遣ったつもりだ。

「案ずるな、では行こう。店はこちら寄りの中心街の外れにある。ここからなら1時間もかからんだろう。ワシについてこい」
「わかりました。エドとシエンナはどうする? 私の車に乗ってく?」
「自分の車は先に帰して師匠の車に乗せてもらう。師匠、お願いします」
「ああ、構わん。帰りも送ってやろう」
「疲れちゃったから私も先にバイクは帰してティエラに乗っけてってもらおうかな」
「了解。では師匠、先導お願いします」
「うむ」

 多少のアクシデントには見舞われたものの、ティエラはようやく本来の目的を果たすべく愛車であるシュネイル社製ボゾルグのキーに魔粒子エーテルを流し込み、エンジンを点火した。

 ミリオーフの運転するシルバーのピックアップトラックの後ろを追い、マットブラックの車体は夜の闇に溶け込んでいった。

 ――近年では既に車両の全自動化が世界的に普及し終わって久しく、自家用車を所有することはかなり珍しい、ましてや自分で運転をすることもほとんど無くなった。

 運転免許を取得する者も極僅かとなり、道路には大企業のロゴが入った全自動の車両が行き交う光景が当たり前となった。

 そういった昨今の常識から照らし合わせても、ティエラ達はノアとネーヴェを除いた4人が免許と自家用車を所有している稀なケースと言えた。
 
しおりを挟む

処理中です...