神界のティエラ

大志目マサオ

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本編

21 市街地爆破計画

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 ――IMROを出たノアは、既に陽光調整機ゾンネリヒタルが演出する夕暮れの沈みかける中、1人帰路を急いでいた。

 その意図はわからないが、ティエラから受け取ったバングルを腕に嵌め、現代ではほぼ全てが無人化された一般乗用旅客自動車運送、平たく言うところのタクシーに乗りこみ、自宅へ向かうよう音声入力で指示をした。

 法定速度を遵守して走るタクシーに、多少やきもきとはしながらも、出張から戻る夫に手ずから料理を振る舞ってあげようと、献立を考えながら窓の外を眺めていた。

青椒肉絲チンジャオロースがいいカ……回鍋肉ホイコーローも悪くないネ」

 到着までの距離もあと僅かだ。この直線に伸びた道の突き当たりを左折すれば、すぐに自宅マンションが見えてくる。

 その時だった。

 ――ズドン

「うぅっ! 痛ぅっ!」

 ノアを乗せていた車は回転しながら急停車し、自動通報システムの甲高いサイレン音が鳴り響いている。

 どの自動車も自動運転で車間を十分過ぎるほどに空けて走行していた為、巻き込まれた車両はいないようだ。

 この通りは片側2車線の道路で、ノアの乗っている車は安全システムが働く自動車の往来を完全に止めていた。

「くぅ……これは、やられたネ……」

 ノアの左肩からは大量の血が流れ出していた。

 後部の窓ガラスに穴が空き、前面の座席の裏にも穴が空いていた。

「これは……魔弾の……銃撃カ……? 早く止血しないと……ヤバいネ」
「お客様、10分ほどで救急車が到着致します。弊社の緊急マニュアルに従いますようお願い致します。その場で待機してください。負傷されている場合、助手席側の裏に自動救命装置がございますので、それを使用していただき……」
「ハハ……壊されてるヨ……まいったネ」
「事故車両付近の皆様は安全の為、この場から離れてください。繰り返します。事故車両付近の皆様は安全の為、この場から離れてください。繰り返します。事故車両付近の……」

 緊急時の自動音声が車内外に流れ、負傷した場合の応急処置を促しているが、今しがたの銃撃と見られるものによって破壊されてしまっていた。

 このまま救急車を待っていても助かる可能性はあるだろうが、ノア自身の体感として、それだけに期待するのは不安があった。

 ノアの車両周辺には、一定の距離を保ちながらも、騒ぎを聞きつけた民間人が集まってきていた。
 
「さて、どうしたもんカ……とにかく血を止めないといけないネ」


ーーーーーー


 ノアが襲われた場所から1km程離れた雑居ビルの屋上に、曲線が目立つデザインの特殊なライフルのスコープを覗きながら、魔法通信器エルフォンで何者かと通話をしている女がいた。

「や~ん、外れちゃったわ」
「……外れた? 何があった」
「ごめんなさいジョン、多分反応式の結界ね。あと宵の口は視界が悪いわ」
「……珍しいな。俺が5分でカタをつける。お前はそこを離れろ」
「わかったわ。あとはよろしくね」
「ああ」

「……フフ、結界と暗さがね……我ながら笑っちゃうわ」


ーーーーーー


 ノアは激痛を通り超えて意識が遠のき始めていた。

「う……いい加減ヤバいネ。とりあえずティエラに連絡しないと……」 

 ノアは朦朧とする意識の中、ティエラと通話を繋いだ。

「あれ、ノア? どうしたの?」
「……う、撃たれたヨ。私の家の近所ネ」
「え!! 大丈夫なの!?」
「血が……うぅ……血を……流しすぎたヨ」
「ノア! 私が渡したバングルに目一杯魔粒子エーテル流して! 早く!」
「ん……なんでカ……? わかったヨ」

 ノアは腕に嵌めていたバングルに意識を集中し、体内の魔粒子エーテルを1箇所にかき集めた。

 するとすぐにノアの肩にある銃創が輝き、修復を始めた。

「こ……これ……は……?」
「本当に良かったわ。渡しておいて、傷は大丈夫そう?」
「……ウソみたいに治ったヨ」
「流した血は戻らないから気を付けてね。それと、あと数分でそこに着くから」
「……ずいぶん準備がいいネ」
「まあその、ね……ネーヴェよ」
「ネーヴェが?」

 ティエラは通話越しにもわかるぐらいに言い淀んでいた。

「……後で話すわ。とにかくそこにいて、救急と……多分警察も来るだろうし」
「了解したヨ」

 ティエラとの通話を終え、車内のシートに広がる自身の出血量に驚きながらも、ノアはなんとか一命を取り留めた。

 ふと、既に定刻で灯る街灯に照らされた窓の外を見ると、そこには赤く怪しい輝きを放つ高性能視覚調節器ハイヴィズルバイザーが装着されているのが特徴的な(ゴーグルの様な形状)、見たことのない巨躯の男が立っていた。

「死んでもらう……オメアフィエルゼ」

 車内にいたノアは、その男の発した言葉を聞き取れなかったが、男が伸ばした両腕の先に込められた魔法を見て咄嗟に反応した。

 「なんなんだあの男ハ! やるつもりなら相手になるヨ! 炎城壁イグニスウォール!」

 ――ズドン

 男がノアに向けて放ったのは火属性の爆発系魔法だった。魔法同士がぶつかる凄まじい衝撃によって、ノアは車両ごとガードレールに衝突した。

「ほう。反応するか、お遊戯会もダテに世界規模でやってる訳ではない……か」

 ――ドガシャン

 ガードレールにめり込んだタクシーのドアが、まるで西部劇のバーにあるスイングドアのような勢いで開いた。

「……どこの誰だか知らないけど、もう許さないヨ」
「……傷は治したようだが、そのフラついた足元でどう戦う気だ」
「倒れる前に潰せばいいだけヨ! 炎巨大戦槌イグニスチィダマルトー!!」

 ノアの手には、先端に戦車でもくっ付いているかのように巨大で紅い、鉄の光沢を放つハンマーが握られていた。

 街灯に照らされた超巨大ハンマーを見上げた男は、感嘆を込めて言い放った。

「ほう……! お遊戯会は撤回しよう。久々の強者との決闘を主に感謝する。オメアフィエルゼ」
「こっちも燃えてきたヨ! 来吧らいば!」

 男は握った手を胸に当て、空を一目だけ見ると両手を広げ、拳程の火球を数十個近く自身の周囲に展開した。

「消し飛べ」
「趣味の悪い魔法ネ! 炎城壁イグニスウォール!」
 
 ――ドドン、ドドン、ドドドドドドドドドドドン

 ノアが再び展開した障壁に、男の周囲に浮かんでいた火球が連続して着弾した。

 火球は着弾と共に、その1つ1つが手榴弾程の爆発を引き起こした。

「くっ! キッツいネ!」

 障壁により直撃は避けているが、火球が着弾する毎にノアの残存魔粒子エーテルをみるみるすり減らした。

「どうした。まだいくらでも撃てるぞ」
「なに言ってんのか聞こえないヨ! 炎瞬歩イグニスアクセラ!」

 ノアは両脚に炎を纏い、一瞬にして男の放つ弾幕を潜り抜け、最適な間合いで炎巨大戦槌イグニスチィダマルトーを振り上げた。

「わざわざそんなものを受けると思うか?」
「イヤでも受けてもらうヨ! 炎縫留イグニスソウ!」

 ノアが続け様に放った魔法により、男の足元に炎の針が出現し、その場に文字通り縫い付けた。

「小癪な真似を……硬火壁こうかへき

 男は両腕で防御を固め、赤黒い半透明の球体に包まれた。

「その魔法……チッ、もう止めらんないヨ! おぅらぁぁぁぁああああああ!!」

 ノアは振り上げていた炎巨大戦槌イグニスチィダマルトーに、ありったけの魔粒子エーテルを注ぎ込み、紅く燃え盛る打面を思い切り、力の限りに男へ向けて振り降ろした。

「ぐ……ぬぅ……!」


 ――ズドガアアアアアアン
 
 振り降ろした衝撃で巨大な爆炎が巻き起こり、周囲の車両は爆風で更に後退し、爆心地を中心に目で見える範囲の建物の窓ガラスを軒並み粉砕した。
 男は自身を包んでいた球体ごと、道路に身長の半分以上がめり込んだ。

 野次馬と化していた民間人は爆音に驚き、大慌てでより後方に後退した。

「はぁ……はぁ……はぁっ……はぁ……はぁ」

 ただでさえ失血で朦朧としていた中、全てを出し尽くしたノアは、息も絶え絶えにその場へへたり・・・込んだ。

「これで……はぁ、はぁ……ムリなら……はぁ……もう諦めるしかないヨ……」

 ――ガラガラガラガラ、ズザッ

「はっ……冗談キツいヨ。そのままくたばってればいいネ」

 男は自身の展開した球体障壁が生み出した穴をよじ登り、身体のあちこちに相応の負傷をしながらも、再びノアの前に立った。

「凄まじい……これ程の攻撃は久々だ。殺すには惜しいが、仕方ない……これも主の導きだ。オメアフィ……」
「させないわよ! 光薙ルクスラッシュ!」
「なに……」

 ノアにトドメを刺そうと片腕を向けていた男に、光り輝く剣閃が飛んできた。

 ――ズバンッ

 飛んできた剣閃は、男がノアに向けて伸ばしていた肘から先を容易に切り飛ばした。

 男はよろめき、先程よじ登った穴に落下した。

「ノア! 大丈夫!?」
「キャハハ、簡単に切り飛ばしたネ。相変わらずスゴい威力ヨ」
「あら、意外と元気そうね……?」
「キャハハ……ハハ……はぁ……笑ったまま気絶しそうヨ」
「はぁ……相変わらずなのはあなたの肝っ玉の方ね」

 どうにか窮地には間に合ったティエラだが、余裕そうな笑みを浮かべているノアの容態は決して楽観は出来ないだろう。

 ――ズザッ

「噓でしょ」
「……私の炎巨大戦槌イグニスチィダマルトーも防がれたヨ。ただ者じゃないネ」

 再び穴から出てきた男は、切り飛ばされて近くに転がっていた腕を平然とした顔で拾い上げ、ティエラの方を向いた。

「……お前もお遊……いや、確かランカーと言うんだったな。そこの小柄な女よりも上位のはずだ」
「ふん、詳しいのね。私が来たからには簡単にはいかないわよ!」
「ティエラ、その男の腕……ちゃんと見てみるヨ」
「……あんたサイボーグなの? それとも」
「……さあな」

 男の腕からは、1滴の血も流れてはいなかった。

 ――ウーーービィィーーーウーーービィィーーー

 聞き慣れた。という程ではないが、1日街中にいれば1度は聞く頭の中に直接響くようなサイレンの音に、ティエラとノアは静止した。

 男は切り離された腕を小石でも弄ぶかのように上に放っては掴み、掴んでは放っていた。

 押し退けられていた自動車が道を空け、警官隊の車両が3台と、その後ろに救急車が1台到着した。

 車両上部の強い光を放つ赤灯が点滅し、3人の姿を一定のリズムで照らしている。

「さすがに時間がかかり過ぎたか……」
「そこの3人! 定められた場所以外での魔法行使は法律により禁止されている! 戦闘行為を止め、直ちに投降しろ! 繰り返す! 戦闘行為を止め、直ちに投降しろ!」

 拡声魔器ホーンデバイス越しに放たれる警官隊の常套句を聞いたティエラとノアは、両手を後ろ手に組み、到着した警官隊に背中を向けて座った。

 魔法行使が誰でも可能になった現在では、投降の姿勢はこれが一般的である。

「おい、そこの男! 早く投降しろ!」

 男は両手を高く上げ、警官隊の方を向き、そのいかめしい顔に僅かな笑みを浮かべた。

「どういうつもりだ! おい! 捕縛魔法だ! 構えろ!」
「……降参の姿勢ってのはな。昔っからこうすんのが流儀なんだよ」

 男はそう言うと周囲に数十の火球と球体障壁を展開した。先程のノアとの戦闘で見せた魔法と同じものだ。

「おい! こうなったら現場法殺もやむを得ん! あの男に捕縛魔法を放て! おい、モタモタするな! 早くしろ!」

 男は警官隊がモタついている間にティエラ達の方を向き、捨て台詞とばかりに言い放った。 

「……命拾いしたな。だが、次は必ず仕留める」
「こっちのセリフよ。返り討ちにしてやるわ」
「私のとこは来なくていいヨ」
「フ……どうなろうと主がお前達を死に導く。精々足掻け……オメアフィエルゼモルテ!」

 男は数発の球体を警官隊に向けて高速で飛ばした。

「し、標準保護障壁シールド展開ぃぃい!」

 ――ズドドドドオオオン

 警官隊を爆炎が包んだ。男はその隙に自身の障壁の下に火球を衝突させ、爆発を利用して上空へと吹き飛んだ。

 上空に飛んだその後も次々に火球を障壁に衝突させ、男はあっという間にティエラ達の視界から消え去った。

「ティエラ……!」
「そのまま動いちゃダメよノア、身体にも障るし、私達の扱いも不利になるわ」

「救急隊! 負傷者多数! 至急救護を! こっちで1人死にかけてる!」
「クソっ! 了解した! だが、民間人にも多数負傷者がいる! 手が足りない! 応援を呼んでくれ」

「誰かぁ! 息子を助けてください! 足が! 息子の足が!」
「ウソだああああ! おいてかないでくれっ! なあ! 俺たち結婚したばかりじゃないか!」
「だ、誰か……お母さんを助けてください……ひっ……く……うぇぇぇん! お母さんが起きないのお! だれがあああ! おねがいぃ! だずげでよぉぉ!」

 その場は正に地獄絵図と化していた。

 男が逃亡の際に放った火球による爆発は、騒ぎを聞きつけて集まっていた民間人をも容赦無く巻き込み、ティエラが見える範囲で確認しただけでも数十人は負傷者が出ていた。

「あいつ、わざと何発か外したわね……信じられないわ」
「……本当……最悪ネ」

 騒ぎが拡大し阿鼻叫喚の現場だったが、投降姿勢のままその場にいたティエラ達に気付いた警官隊が、上官に2人の処遇を伺った。

「容疑者の女2人はどう致しますか!」
「む、直ちに拘束して連行しろ! 市街地のド真ん中で暴れやがって、ただじゃ済まさん!」
「ハッ! では即刻署まで連行致します!」

 ティエラは母親が起きない、と泣いている女の子と目があった。

 その女の子の目は、突然に母親を失ったかも知れないことを受け入れきれず、悲しみとも怒りとも取れる、そんな目をしていた。

「ティエラ……申し訳ないネ」
「いいえ、あなたは自分の身を守っただけよ。悪いのはあの男だわ」
「そうだけどネ……この有り様じゃあ……ネ」
「突然のことだったし、あいつが手強過ぎたのよ、周囲にまで配慮が出来なかったのも仕方がないわ」

 悲惨過ぎる現状に意気消沈していると、ティエラ達の元に数人の警官隊が近付いてきた。

「2人共そのまま動くな! 署まで連行する!」
「抵抗しないヨ。ただ……連行する前に輸血はして欲しいネ」
「それは署に着いてから判断する! 黙って従え!」
「ちょっと! こっちは被害者なのよ!? 早く連れていかないと万が一もあるんだから!」
「動くな! おい! 捕縛魔法!」
「ハッ!」
「ちょっと待ちなさい」
「ん? 何者だ!」

 ティエラが投降姿勢のまま頭だけ振り返ると、警官隊の後ろにグレーのスーツを着た女性が立っていた。

「監視システムでもこの2人が被害者なのは明白よ。器物損壊の責任は取ってもらうけど、ちゃんと確認してから連行なさい」
「貴様! だから何者だ!」
「あのねぇ……ここを見なさい」

 スーツ女性は襟元の徽章バッジを強調して見せた。

「な! 申し訳ありません! 失礼致しました!」
「連行は仕方ないけど、そこの小柄な方の女性は病院で手当てをしてからにしなさい」
「ハッ!」

 確実にこの女性は高い身分なのだろう。態度を180度変えた警官隊は、姿勢を正して右手を握り魔粒子封印核エーテルリアクターコアの前に置く警官隊特有の敬礼で、スーツ女性の命令に従う意思を示した。

「それと……まだ間に合うわね。私がなんとかするから、重体の人を1箇所に集めて、慎重によ」
「ハッ! おい! 直ちに命令を遂行しろ!」
「「ハッ!」」 

 この女性の登場により、2人が容疑者扱いされることだけはなんとか免れそうだ。

「あの、ありがとうございます。ところであなたは?」
「まあ、気にしないでちょうだい。それとさっきも言ったけど、器物損壊の分は弁償してもらうわよ」
「え、全額ですか? あの男が壊した分も?」
「逃げた奴にどうやって弁償させんのよ。言っとくけど警察うちは一銭も出さないわよ。それに見たところあなた達ってIMROの職員でしょ? そのぐらい出してもらえばいいじゃない」
「いやいや、それはいくらなんでも横暴な」
「助けてあげたんだから弁償の費用ぐらいなんとかなさい。あのまま警官隊あいつらに任せてたらとっくに殺人容疑の方で逮捕よ!」
「ええ!? 監視システム見ればそんなのすぐ」
「まったく……わかってないわね。切られてんのよ、どうやったかわからないけど」
「え、じゃあどうやって無実を証明すればいいのよ……」
「あなた本当にIMROの職員なの? 監視システムのことなんてその場の方便よ。山ほど目撃者がいるんだからさすがに実刑なんてことにはならないわよ」
「あ、そっか……そう……ですよね」

 久々の実戦で冷静な思考の出来ていないティエラとスーツ女性が問答をしていると、先程命令を受けた警官隊が救急隊を連れて駆け寄ってきた。

「命令通り重体の者を集め終わりました!」 
「ご苦労様、じゃあ後はよろしくね」
「ハッ!」

 ノアが救護隊に腰ほどの高さに浮く担架に乗せられ、救急車の方へ連れられて行く。

 重体の者が横たわる場所に向かうスーツ女性の背に向けて、ノアが一言礼を言った。

「助かりましたヨ……それで、あの人達は本当に助かるんですカ?」

 スーツ女性は足を止め、ノアの方には振り返らずに片手を上げて答えた。

「……気にしないで、それに……あの人達が助かるのもまた主の導きよ。オ……あら、いけない。フフッ、エメオフィアント」

 ――謎のサイボーグ男の襲撃、タイミングが良すぎるスーツ女性の介入、そして最後に言いかけた言葉……エメオフィアントの意味……。

 ネーヴェが複製体クローンに移植されてからというもの、立て続けに起こる問題……どこがリンクし、誰が画を描いているのか……署まで向かう警官隊の車両に揺られながらティエラはずっと考えていた。

「はぁ……もう、起きている事全部の訳がわからないわ……」
「黙っていろ」
「はいはい」
「返事もするな」
「はいはい………て、ああああああ!」
「なんだ! 黙れと言ってるだろ!」

 ティエラはノアの元へ向かう前に、身の安全を考え残してきた少女のことを思い出した。

「やだ……ネーヴェ……まだ食べてるのかしら」
「だから!」
「うるさいわね! こっちはバカになんないぐらい金がかかってんのよ!!」
「な……! ん……む……うむ」

 あまりのティエラの剣幕に、隣に座っていた警官は完全に沈黙した。


ーーーーーー


 その頃ネーヴェは、IMRO近くの飲食店にいた。
 というのもIMROを出る前にノアとの話で遅れてきたティエラに対し、ネーヴェが家に帰るまで食事を我慢出来ないと言い始めたのが切っ掛けだ。

「追加注文します。ネーヴェは……トンカツ定食……検索……完了。トンカツ定食の特盛を1つ所望します」
「はいよ! トンカツ定食特盛いっちょ~う! 嬢ちゃんいい食べっぷりだね~! こっちも見てて気持ちがいいぜ!」
「フッフッフ……不敵な笑みを浮かべてみます。ネーヴェはまだまだ食べられます」

 ティエラに笑う練習をしてみなさい。と言われ、最近ネットで見た古い映画の笑い方を取り入れたネーヴェは、未だ一部では根強い人気がある大昔の営業スタイルが売りの大衆食堂のカウンター席で、次の注文の品が届くのを無表情の口元だけに・・・・・笑みを貼り付け、ただただ楽しみに待っていた。

 ノアの救援にティエラがギリギリ間に合った要因である彼女は、1人呑気に食事を堪能していた。


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 『――神とは何か、それは我々が及びもつかない程の高度な文明を有する何かだ』

 科学誌ヴァーハイト、ベルヒルト・ラスティンスタインへのインタビュー記事より抜粋
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