神界のティエラ

大志目マサオ

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本編

26 姉妹喧嘩勃発計画

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「――お姉ちゃん! なんでずっと帰って来ないの!? みんな待ってるよ!」
「ケイ、昔から何度も言ってるけど、私はシライシ家の娘ではないのよ。わかるわね?」
「わかんないよそんなの! リーブルお姉ちゃんは私のお姉ちゃんだよ!」

 まるで子供の様に喚き散らすケイの様子に、その場にいるティエラ達は困り果ててしまっていた。

「ね、ねぇケイ? お姉さんも困ってるよ。少し落ち着いたら?」
「シエンナさんは黙っててください! ねぇ! お姉ちゃん! 今までどこにいたの! ねぇ、答えて!」

 いつもはどこか抜けた印象のケイだが、リーブルと会ってからの変貌振りには皆一様に驚きを隠せなかった。

「……もう、本当に困ったコね……どうしようかしら」

 するとネーヴェがケイのラッシュガードの裾を掴み、少し気遣うように話しかけた。

「……ネーヴェちゃん……?」
「ケイの気持ち、少しだけ理解します。ネーヴェにも兄弟や姉妹がいる……はずです。でも、会ったことも、話したこともありません。始祖オリジナルとは通信したことがあります……けど、少しだけです。ネーヴェは……その、ネーヴェは……」

 ティエラがネーヴェに近寄り、後ろからその細くて白い身体を抱いた。

「いいのよネーヴェ。あなたには私達がいるじゃない」
「……同意します。ネーヴェにはティエラ達が……ケイにもみんながいます。寂しく? ……ない、はずです」
「ネーヴェちゃん……慰めてくれたの?」
「……わかりません。ネーヴェにはまだ、人間の感情を理解しきることはできません」

 ネーヴェの慰め。否、その行動が何を示すのかはわからないが、ケイは少し落ち着きを取り戻したようだ。

「……ありがとう。ネーヴェちゃん」
「どういたしまして? ネーヴェにはケイの感謝の意味がわかりません……ですが、それを受け入れます」
「ネーヴェぢゃん……ぎみってごは……僕は感動しだよぉ」
「なんでクロムが泣いてんのよ」

 リーブルはケイの方を向くと、少しばかり申し訳なさそうに切り出した。

「ケイ……その、ごめんなさいね。ここでは話せないけど……私にも色んな事情があるのよ。いつか必ず話すから、それで許してくれる?」
「お姉ちゃん…………絶対だよ?」
「ええ、必ずよ。時期の約束までは出来ないけど、必ず話すわ」
「……わかった。その代わりたまには会ってよね?」
「う~ん……私も結構忙しいから……そこまではちょっとね」
「うわ~ん! お姉ちゃんのバガぁぁぁあ!」
「あ、ちょっとケイ! 待ちなさい……あ~あ、あのコったらサンダルも履かずに行っちゃって」

 ケイは久しぶりにも関わらず素っ気ない態度の姉に再び泣き出し、どこかへ駆けて行ってしまった。

「あの……それで、何か私達にご用なんですか? 警察の方ってことですよね」

 今しがた名前の判明したリーブルに関しての話だけは聞いていたシエンナが、恐る恐る彼女へ伺った。

「あ……ああ、そうそう。この間の事件のことで伝えたい事があって来たのよ」
「何か進展が? でも、何故わざわざそれを?」
「まあ、ほんの出来心というか、親切心みたいなものよ」

 ティエラは大いに怪しんだ。いくらケイの異父姉とはいえ、ティエラとはそこまで気遣うような間柄では無いはずだ。

「もう……そんな警戒しないでちょうだい。あのコ……ケイの安全にも関わることだから来たのよ。一応……姉妹だからね」
「……安全ですか?」
「多分明日あたりあなた達も知ることになると思うけど、IMROを襲うって……うちの署に犯行予告が来たのよ」
「犯行予告……? IMROを襲う……って、本当ですか?」
「間違いないわ。ほら、ちょっと基盤保護機能プロテクト解除してくれる? データを送るわ」

 ティエラは彼女のその発言に違和感を覚えた。いくら重要なデータと言えども、赤の他人に基盤保護機能プロテクトまで解除しなければならないのは少し、否、かなり異常だ。

「……いえ、さすがに基盤保護機能プロテクトは……」
「あらそう? 残念ね。まあでも……どうせ明日には知ることになるんだから、別にいいわね」
「……ええ、それが事実なら」
「フフ……それじゃあ、私はこれで失礼するわ。またどこかでね。DE主任研究者チーフリサーチャーティエラ・ディ・ヨングスさん」

 そう言い残すと、リーブルはゆっくりとその場を去って行った。

「ティエラさん、本当に警察の方なんですか? あの人」
「ええ、恐らくね。調べてくれる? ネーヴェ」
「解析します。ネーヴェは……リーブル・ライヒモンド……検索……完了。魔法公安部1課特別捜査官リーブル・ライヒモンドと照合……完了しました」
「一体どういうことなの? ティエラ」
「……私にもさっぱりよ」
「あ、ケイのこと探して来てくれる? クロム」
「あ、そうですね。すぐに探して来ます! 見つけ次第連れて戻ります!」
「よろしく頼むわね~!」

 クロムはケイを探しに、彼女が駆けて行った方向へと走って向かって行った。

「ティエラ……どうする?」
「わからないわ。正直言って、ケイとクロムを巻き込む事に躊躇している自分がいるわね」
「そう……よね」

 ティエラは躊躇しているが、巻き込むことを回避するのが2人を安全な道へと導く根本的な解決になるのかは皆目わからなかった。

「ネーヴェ? まだ調べているの?」
「……ネーヴェは更に先程の女性、リーブル・ライヒモンドに関して調べていました」
「それで何かわかったの?」
「……ネットで名称不明のある事件の記事・・・・・・・に関連する画像を発見しました。ネーヴェは困惑します」
「あなたにしては変な言い方ね」
「……魔法公安部公安1課特別捜査官リーブル・ライヒモンドは……約3年前に起きたこの事件に偶然関わった民間人が撮影した画像から推測すると、既に死亡している可能性が高いです」
「「え!?」」

 ティエラとシエンナはさすがに耳を疑った。今しがた会ったばかりの人物が、3年も前に既に死亡しているなどとは夢にも思わなかった。

 ましてや妹であるケイ本人も姉と一切疑わずに接していたのだ。

 ティエラは到底受け入れ難い可能性に軽い目眩を起こし、その場にしゃがみ込んだ。

「大丈夫? ティエラ」
「もう何がなんだか……」
「心配します。ネーヴェは今日のところは帰宅を促します」
「そうね……明日はIMROも大騒ぎだろうし、クロムがケイを連れ戻したらすぐに帰りましょう」
「ごめんねシエンナ……わざわざこんなところまで出向いたのに……ちょっと疲れたわ」
「仕方ないわよ……今日は家でゆっくりして」
「ええ、ありがとう。それと……一応このことをエドに連絡しておいてもらえる?」
「わかったわ。今連絡しておく…………あ、もしもし、エドさんですか? お休みのところごめんなさい。えっと、何から言えばいいのかな……」

 ティエラ達を取り巻く環境は、今までに無いほど混迷を極めてきていた。

 ただでさえ多くの謎を抱えていた現状が、更に多くの謎で塗り潰されたような感覚を覚えていた。

「……道場以降ロクなことが起きないわね。せっかく少しぐらいは息抜きできると思ったのに……」
「同意します。ネーヴェは人間社会の複雑さを痛感しました」
「そうよネーヴェ……人間は複雑なの。本当……嫌になるほどね」


ーーーーーー


 グレーのスーツに着替えを済ませた自称リーブル・ライヒモンドは、プライベートビーチがある施設から程近い喫茶店に来ていた。

「フフ……やっぱり女は疑り深くていけないわね」

 自称リーブルの脳内に、着信を報せるコール音が鳴り響いた。

「あら、もしもしジョン? どうしたの?」
「ジェーン……どうだ。上手く運んだか」
「う~ん……あれ・・の仕込みには失敗しちゃったわ」
「そうか……やはりお前でも女相手となると厳しいか」
「フフ、そうなのよ。男ならコロッと信じてくれるのにね」
「……明日のことは伝えたか」
「ええ、もちろんそっちはきちんと伝えたわよ」
「……ならば計画に大きな変更は無い。以上だ」
「あ、ちょっと待ってジョン」
「……どうした」
「可愛らしい男の子がいたのよ。使ってみてもいいかしら?」
「……計画に支障が無ければ好きにしろ。ではな」
「それは当然よ~またね~」
「……その軽すぎる口調をなんとかしろ。少しは年齢を考えるんだな」
「あ、なによ~! って、もう切れてるし…………フフ」

 自称リーブルは席を離れ、プライベートビーチがある施設の周りを右往左往している青髪の青年を見ると不敵な笑みを浮かべながら呟いた。

「踊ってもらうわよ坊や……主は万人に安らぎを与えるの……エメオフィアント……いえ、オメアフィエルゼ……か……ウフフ……」
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