神界のティエラ

大志目マサオ

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本編

33 国際魔法研究機構襲撃計画 5

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「私……生きてる?」

 ティエラは埃と瓦礫だらけの会議室の中、自分の身体が一先ず原型を留めていることに安堵した。
 
「ティエラ君……ゲホッ、ケホッ……無事かね」
「所長! 大丈夫ですか!?」
「あ、ああ、なんとかな。だが、ワシよりも彼を……」

 所長の視線の先、大きな穴が空いた会議室の壁があった場所、あのテロリストの大男ジョンがいた側……大量の埃が舞う中に一人の男が倒れていた。

「……あ、ヒラツカ刑事!」

 ティエラは所長の周りにある瓦礫をどかしてその場を離れると、埃を吸い込まないように口元を制服の袖で覆い隠し、倒れているヒラツカの元へ足の踏み場もない程に大小様々な瓦礫が散乱した床を慎重に歩いて近付いた。

 そして倒れている男の元へと辿り着いたティエラは、彼の横でかがみ呼びかけた。

「ヒラツカ刑事! ヒラツカ刑事! 大丈夫ですか!」

 ヒラツカからの反応は無い、どうやら彼は気を失ってしまっているようだ。
 ティエラが見たところ彼の生命に関わる大きな外傷は見当たらないが、飛び散った瓦礫を大量に浴びたせいか服はところどころが破れ、身体中無数の傷ができていた。

「所長! ここに治療キットはありますか!?」

 確かにIMROの施設内には万が一に備え、沢山の治療キットがいたる所に設置されてはいる。
 しかし、この爆発とそもそもの混乱で手近な医療キットがどこにあるのか、また未使用の物がどこにあるのかまではさすがに即座にはわからない。

「すまないティエラ君、あったにはあったはずだがこの有様だ。皆目見当もつかんよ」
「いえ、すいません。所長も酷い怪我をしているというのに」
「なに、構わんさ。一見無事とはいえ、あの爆発だ……ゲホゲホッ……むぅ、彼の方が重症という可能性も高い」

 ――ガシッ

「キャッ! ってヒラツカ刑事! 気が付いたんですね!」

 ティエラは気を失っていたヒラツカに唐突に腕を掴まれ、彼女をよく知る者であれば思わずギョッとするような女性らしい悲鳴をあげた。

 非常時ではあるが反射的に顔を赤くしたティエラは、この場にノアやカインがいないことに胸を撫で下ろし、片やヒラツカはそんな気持ちで自分の身が案じられていることなどは露知らず、咳込みながらティエラの身を心配する言葉を発した。

「ティエラ……さん……ゲホッ、ご無事……ですか」
「ええ、ヒラツカ刑事! あなたのおかげで私も所長も無事よ!」

ティエラは一瞬脳裏に浮かんだ彼等のイジり文句を大声を出して強引に振り払い、気を取り直してヒラツカとの会話を続けた。

「良かった……所長さんも……ゴホッ……無事なようですね。それで、あの男は……?」
「わからないわ。爆発で何も見えなかったもの」
「探してください……お願いします」
「そういう訳にはいかないわ。あなたも所長もこのままにしておくなんて」

 ティエラとてさすがに怪我人2人を放置はできない。そもそも人並みに情というものがある人間には到底無理な相談だ。

「いいん……です。あの男を……探して……今までずっと」
「ティエラ君、行きたまえ。彼はワシが見ておく」
「所長、でも!」
「いいから行きなさい。さすがにあの爆発だ……部屋から出ろと言われた皆も、誰かしらはここに来るだろう……ゲホッ、ゲホッ……むぅ……」

 ティエラは必死に考えていた。あの男、ジョンを決して野放しにはできないという気持ちと、2人を放置してこの場を離れる心配とが頭の中をグルグルと巡っていた。

 だがそんなティエラの姿を見兼ねてか、この一刻を争う現状を打破するべく、所長は今出せる限界の声量で声をかけた。

「早く行くんだティエラ君! これはIMROを与る者として、君の上司としての命令だ!」
「……命令、ですね」
「ああ……そしてあれ・・を使っても構わん」

 ティエラは大きく目を見開き、所長の意思が本物かどうかを確かめ様に視線を返した。

「本当に良いのだ。さあ、行くんだ!」
「…………わかりました」

 ティエラは所長の意思が本物で、そして命令ならばと無理矢理に迷いを捨て、全速力でその場をあとにした。
 こうなったらこの状態を生み出したという連中、回向パリナーマナとその首魁ジョンに怒りの全てをぶつけてやると決心を固めながら。

「……もう許さないわ」

 会議室を飛び出すと先ほど会議室にいた者を中心に人が集まっており、パッと見だが怪我人は想定よりも少ないように思えた。その僅かにいる怪我人も揺れで倒れて擦りむいたなど、その程度に見えた。

 会議室では全貌までわからなかったが、どうやらヒラツカは本当に爆発あれ返した・・・ようだ。

「刑事も捨てたもんじゃ……いえ、ただの刑事があそこまで……? ってそんな場合じゃないのよ」

 ティエラは脱線しそうになった思考を振り払い、その場で固唾を呑む全員に向けて言い放った。

「早く誰か会議室へ! 所長とヒラツカ刑事の手当てを急ぐのよ!」
「ああ、だがあの男は!?」

 すると一人の男性職員が返事をした。ジョンが現れる前にセンギョウ刑事と揉めていた別棟の主任研究者チーフリサーチャーだ。

「もう会議室にはいないわ! さ、早く!」
「わかった! それであんたは?」
「私は……私はテロリストを追うわ!」
「……あんた意外と喋りやすいんだな。見かけるたんびに誰かに怒鳴り散らしてる場面ばっかだったもんから勘違いしてたぜ! あとさっきの爆発の余波でエレベーターは使えなくなってるからな!」
「ちょっと何よそれ? ってもう、言いたいことが山ほどあるけど……頼んだわよ!」

 ティエラは言いたいことを飲み込んで再び走り始めた。察しの悪い男性職員はあっという間に廊下の中程まで進んだその背に向けてさらに激励した。

「おう! あんたの力はみんなわかってる。そっちこそ頼んだぜ。世界3位ランカーの実力、見せてくれ!」

 ティエラは返事の代わりに右手を挙げ、階段を降る前に一言だけ残して消えて行った。 

「……あんたの顔は覚えたわ」
「へ?」

 男性職員は疑問符だらけの表情で固まった。その肩へ別の男性職員の手が置かれ、諦めろと言わんばかりに首を振った。

 ――そしてティエラが抜けた会議室では、救助を待つ所長が懺悔の如くボヤいていた。

「まったく……何が与る者としての命令だ……ゲホッ、ゴホッ……ふぅ……彼女は軍人でもなんでも無いというのに……」

 しかし迷いを見せたティエラの背中を押すには、いくら無茶な命令であろうとこの施設の全責任を負う者、所長である自分にはああ言うしかなかった。
 苦渋の決断ではあったが、ここで確実に戦力となる彼女を留めておくのはどうしても良い判断とは思えなかった。

「ガハッ……はぁ、はぁ……所長さん……」
「おお、ヒラツカ刑事、どうだ。少しは動けそうかね」
「ええ、しかし……不甲斐ない……ですね。市民を護る刑事の自分が、この有様では……」
「なぁに、案ずるな。彼女は強いぞ……何故ならば彼女は……」






「――さあ、全員投降するのよ! もうどこにも逃げ場は無いわ!」
「おい、ウソだろアネキ!? なんでアネキがオレ達を裏切んだよ!」
「お姉ちゃん! どうなってるの!」
「ケイ!? あなたどうしてここに!」
「アルト、いいからその女を」
「アニキは黙っててくれや! なあ、アネキ! なんとか言えや!」
「まったく……感情に正直な奴だ」

 ジョン達を取り囲む大勢の警官隊の中を割って出てきたのはネーヴェの言では3年前に死んだはずの謎多き女性、そしてケイの父親違いの姉でもあるリーブルであった。

 さすがに予定外だったのか、ケイがこの場にいることに驚いた様子のリーブルは、アルトの必死な訴えを完全に無視して少々……否、かなりたじろいだ。
 それを見たジョンは自分達の状況が悪いことを理解しつつも、そこから新たな突破口を見出すべく少しでも時間を稼ごうとリーブルに話しかけた。

「ジェーン……いや、リーブルだったな……本気で言ってるんだな?」

 リーブルはジョンのどこを見ているのかわからない高性能視覚調節器ハイヴィズルバイザーを見据え、鬼気迫る表情で彼の問い掛けに答えた。

「ええ、私は本気も本気よ」

 そこへヒメリを筆頭に口々に不満の声が聞こえてきた。

「はあー? それってなくないヒドくなーい?」
「理解不能、許容不能。これ是也」
「チクショウ! シカトしやがって、オレ達は最初からハメられてたってのかよ!」

 ヒメリは本気なのか冗談なのか判断のつかない調子で、リアは簡潔に、またアルトは怒りを顕わに地面を蹴りながら言った。

「謝りはしないわ……今日この日の為に今までの苦労があったのよ」
「そうか、まあいい……おい、ヒメリ」
「なーにー?」
「双子を呼べ」
「さっきから呼んでるよー! でも反応ないのー! もしかしてこれって絶対絶命ってやつー?」
「ふん……何をした?」

 リーブルはあまり問答をしたくなかったが、未だ戦闘という戦闘をしていないヒメリとアルトの2人に対する警戒が緩めきれず、一瞬の逡巡の後可能な限り手短に返した。

「あなたが双子を配置しそうなところにあらかじめ部隊を潜ませておいたのよ」
「ほう……やるじゃないか」
「考えが読める程度にはそれなりの時間を共にしたつもりよ」
「ふん、違いない。お前の作る酒は悪くなかったな」

 リーブルはジョン達の一挙手一投足に細心の注意を払いながら周りを観察し、小声で口に出しながらこの状況をもう一度整理した。

「双子は押さえた。ジョンとリアは万全じゃない……動けるのはヒメリとアルトだけ、こっちの戦力はまだある……悪くはないわ……なら」
「キャアアアア!」
「ケイ!? チッ、センギョウ君……やはり分身体に力を割いたことが響いたのね……」

 叫び声を上げたケイの方を見ると、押さえたはずの双子、アノンとサイモウが彼女を小型の結界で拘束していた。

「……このワシでも気付かぬとはな……貴様ら、何者だ」
 
 包囲していた警官隊からどよめきが起こる。そして気配察知には誰よりも自信を持つミリオーフだったが、それを簡単に潜り抜けた双子の登場に素直に驚きを見せた。

「「戻った」」

 ほぼ真横に複数の敵がいるというのにも関わらず双子はそれらを一切無視し、冷静にジョンに報告をした。

「それに加えて無視ときたか……まったく最近の若者は……」
「……よくやった。いい展開だ」
「遅くなって」
「申し訳ない」

 ジョンは双子のおかしな喋り方など気にせず満足そうに答え、次の行動を模索し始めた。

「もー! いっくら呼んでもこないしー、死んじゃったのかと思ったよー! 来るのがおっそいよ2人ともー!」

 言ってる内容とは裏腹に呑気な口調で自分達に文句をつけるヒメリに、再び双子は冷静に返した。

「東洋人に」
「手こずった」
「ちゃんと殺したー?」
「多分」
「生きてる」
「「時間が無かった」」
「ふーん、甘々のちゃんちゃんだねー」
「分身体を」
「上手く使う」
「「面倒臭かった」」
「へっ、まあいいじゃねぇかよ!」
「形勢逆転。これ是也」

 ヒメリ達のやり取りを聞き、リーブルは大いに落胆した。

「最悪……だわ」

 リーブルは先手を打って双子の元に配置したセンギョウが倒され、ケイが人質に取られ、状況が見事にひっくり返されたことを否が応にも悟った。

 しかし、あの日気まぐれと打算もあって助けたIMRO職員でランカーの1人、その時と同様に、否、その時以上に満身創痍のノアからは意外にも楽天的な声が聞こえた。

「あの時の刑事さんよネ? どうやら、悪いことばかりでもないみたいヨ」
「え、それって……?」

 リーブルの疑問に答えるかの様に次々と第3試験棟と彼女に縁のある・・・・・・・面々から声が上がった。

「ふむ……そのようだな。良いところばかりもってきおって、バカ弟子め」
「おっせんだよ大将は」
「……本当にな」
「まったくですね。エドワードさん」
「……あいつがいればなんとかなる」
「もう、やっときたのね。遅いんだから」

 その場にいるほとんどがノアやミリオーフ達の見つめる方向、ジョン達がいる後方の10m程上空に注目する中、ジョンは振り返りもせずに独り言ちた。

「ほう……そう上手くはいかないか」
「伏せてケイ!」
「即刻離脱推奨! これ絶対是也!」
「「緊急離脱!」」
「ハァ~! 光薙ルクスラッシュ!!」
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