私の隣に住むひとは

ゆん

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 生きていればいいことがある。好きな言葉は「濡れ手で粟」、BLフィルター常時装着、立枝穂波、26歳。
 
 週の半ばの水曜日、営業先から直帰していいよと言われて、かつ仕事が思いのほか早く終わって、なんと4時前には帰宅できることになった。これだけでもラッキーだったというのに、なんと、なんと、なんと──生ハルマと生セイジに、会ってしまったのである。

 会社のみんなはまだ働いている時間に帰れる。こんな愉快なことがあるだろうか。私は周りに人がいないのを確認してスキップをしつつ、こんな日はご飯なんか作っていられない、とコンビニで弁当と新作スイーツをふたつも買って、マンガを読み倒すか、ネトフリで映画でもみるかと鼻歌交じりに自宅マンションの敷地に入った。

 ふと、何気なく向けた視線の先──駐車場に停まった白いセダンから、男二人が出てきてマンションのエントランスに向かって歩いていた。

 ドキンとした。ハルマとセイジだ──!

 普段の視力は裸眼でかろうじて車に乗れる程度なのに、こんな時は腐女子スーパーアイが発動する。スラリと背の高いハルマは白いシャツにベージュのチノ、少し小柄なセイジは、目にうるさい柄シャツにハーフパンツである。夜に上から見た時は分からなかったが、セイジはガッチリタイプのようだ。
エントランスのガラス戸の向こうに彼らが見えなくなると、私はスパイのように早足で後を追った。このチャンス、逃してなるものか!

 オートロックを抜け、いつもならポストを確認するが、そんな手順はすっ飛ばした。なぜって、ホールで2人がエレベーターを待っていたからである。

 やばい……!同じエレベーターに乗れてしまう……!えっマジ!ちょい待って心の準備がぁー!……という内心の叫びはおくびにも出さず、2人の後ろにスチャッとスタンバイ。

 うぉぉおおお……近い!近いぞ!
 
 スーパーアイによれば、ハルマは身長176センチ、セイジは169センチ──ただし体重は二人とも同じかセイジの方が重い説(私希望)。

 セイジのシャツの柄が無数の小さいアルパカというのは若干気にならないでもないが、ハーフパンツから覗く膝下が少し毛深いのは、攻めとして好印象。これで足が処理済みのツルツルだったとしたら、残念極まりない。



 こうなったら気になるのは顔である。人間は顔ではないが、キャラ設定における萌え要素として占める割合は小さくない。

 私の好みで言えば、受けはいかつくあって欲しくないし、攻めが可愛いのが許されるのは、他の条件が相当良い場合に限られる。セイジはどうか──身長で一度裏切られているだけに、油断はできない。

 4階建て全16戸マンションのエレベーターは小型だ。定員数は4~6名。普通に乗り込めば、ハルマとセイジが先に入り、私は彼らにお尻を向けるように入口の方へ向くのが自然だろう。まさかあの狭い空間で向かい合う勇気はない。
 
 ということは、チャンスは一瞬。さりげなく、秒での把握が求められる。
 エレベーターが来た。ハルマが先に入り、少し遅れてセイジ──おおっとハルマがボタンの前で振り返った!相変わらず麗しい……っ!ハルマの後ろにセイジ……み、見え──

「4階で……よろしいですよね?」

 ハルマに話しかけられて、フリーズ!!お、覚えられてた……っ?はい、と声が出せず、変にコクコクと頷く。っていうか、セイジの顔~~!!見えなかった~~!!私はしおしおとセイジの横に並んだ。

 こうなったら視野を駆使して見るしかない。もし正面から見られたらオワッてる顔をしてるに違いないほど集中するが、さすがに前を向いたまま横は見れなかった。

 しかも紳士なハルマは、4階に着くと私を先に降ろしてくれる。ありがとうございます、と会釈をして降り、後ろにいるふたりに全神経を集中する。私がいるせいか、会話はない。無情にも自宅前に着き、がっかりしながらカバンの中の鍵を取ろうとしたとき──同じく隣の家の前に到着したふたりに気を取られ、コンビニの袋を落としてしまった。

 店員さんが弁当の上に乗せてくれたプリンパフェとムースが、笑えるくらい見事に飛び出た。
私はなんでそんな衝撃に弱いものを二つも買ってしまったのか──見るも無残な姿になったスイーツに震える手を伸ばすと、

「大丈夫ですか。大丈夫じゃないっすよね……」

 蓋が半分外れてむにゅっと飛び出たプリンを拾ってくれたのが──セイジ……!!ヒゲ!!眼鏡!!即座に属性分類をしてしまうのは、サガというものかもしれない。

「すみません……」

 セイジからプリンを受け取るとき、彼の手の指先の綺麗さにくらっときた。ギャップか。ギャップ攻めか。骨っぽい大きな手、かつ、手入れされているのが分かる綺麗な爪先──ヒゲ眼鏡でも許す!しかも優しい!!
 ハルマ……あなた素晴らしい人を見つけたわね……まるで姉か母かのような気持ちで家に入る。スイーツ2個が全滅したショックが沁みてくるのは、もう少しあとの話であった。



END
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