ブレザーを脱ぎ捨てたら

ゆん

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先生切れ

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Side:士央


夏休みに入って2週間が過ぎた頃……俺は「先生切れ」を起こした。会いたくて会いたくて会いたくて会いたくて。先生の顔を見て、ほっとしたかった。へんな話……自宅の自分の部屋よりも、先生の部屋の方が落ち着くんだ。狭いし古いし、タバコ臭いけど。

午後の最後の授業が4時に終わる水曜日。ついに我慢できなくなった俺は先生の家に行った。

けど、先生は留守で……玄関前で1時間ほど待ったけど先生は帰ってこなかった。


「会えると思ったのに……」


なんか想像以上にダメージがあって、普段は絶対しないけど……思い切って先生に電話を掛けた。


『もしもし?』

「あの、桜沢です……先生、今日……いつ帰って来られますか……」


名乗らなくても分かってるよ、と自分に突っ込みながらそう言った。


『あー……今日はだいぶ遅いな。何、うちに来てんの?息抜きか?』

「いえ……いえ。何でもないです。じゃあ……」


もう……ハンパなくがっかりして電話を切ろうとしたら、『なんでもなくなさそうな声で何言ってんだよ』と先生が笑った。

ちょっと待って、と先生が電話の向こうで誰かと喋ってる籠った音がした後、またファッと明瞭さを取り戻した声が、今から帰るから待っとけって……


「え、先生いいです。何かご用でしょう?俺、帰りますから」

『ガキのくせに何遠慮してんの。今から帰るわ。30分くらいで着くから』


先生はそう言ったきり、俺の返事も聞かずに通話を切った。

なんか、嬉しいってのと、また子供っぽいことをしちゃったってのと、先生がどんな顔をしてるんだろうってのがないまぜになって、落ち着かなかった。

先生んちの薄い玄関ドアにもたれるようにしゃがんで、首筋を流れる汗を感じながら待ってた。

突然すごい近いところでセミの鳴き声がして、どこで鳴いてるんだろうって通路の端っこから顔を出したら、セミが驚いて飛び立って、こっちも飛び上がるほどびっくりした。

時々時間を見ながら英単語チェックしたり、本を読んだり……少し時間を忘れかけた頃に階段を上ってくる音が聞こえた。

あんまりじっと見て別の部屋の住人だったら嫌だから、階段を上る音が途絶えた時ちらりとそっちを見た。

先生だった。思わず立ち上がった。


「お待たせ。お前、いるかどうかくらい確認して来たら。今日は戻れたからいいけどさぁ」


言いながら近づいてくる先生の久しぶりの声と顔に、心底ほっとしてた。



先生の部屋は蒸し風呂みたいだった。吸い込む空気がぬるくって、汗ばんだ体からさらに汗が噴き出してくる。


「先生……こんな暑さの中、よくエアコンなしで生活できますね……」

「まぁな。最近ちょっとヤバい時あるけど」


笑って言った先生は窓を網戸にして扇風機を回しながら、俺に水に濡らして軽く絞ったタオルを寄越した。


「頭にのっけとけ」


なるほど熱中症対策ね。納得した俺は捩れたタオルをきちんと四角にして頭の上に乗せた。そしたら、コーラを持って戻って来た先生が床にしゃがみ込んで爆笑してさ。


「お前……っ真面目な顔してっ……正座してっ……ははははは」

「なっ何が……何がおかしいんですか、先生がのっけとけって……」

「いや、間違ってない。お前は正しい。うん……ぶ、ふふ……ははははは」


なんか俺の格好が面白いらしいけど、生憎自分は見えない。でも先生があんまり笑うから、俺もつられて笑った。

手にひんやり冷たいコーラの缶はすぐに汗をかいて手を濡らした。頭の上のタオルを取ってぐるりと缶を拭き、手も拭く。濡れたタオルを頭に戻そうとして、でもコーラ飲んだら落ちるよな、どうする?手で押さえて飲む?

そんなことをタオルを握って自問してたら、先生の視線を感じて……目をやると、やっぱりこっちを見てて。

またあの目をしてる。面白い動物を観察してる目。俺はタオルと缶を握り締めて、先生に負けないぞ!と、頑張って見つめ返した。

そしたら先生は眉を上げて挑戦的に笑うと、突然ものすごい真剣な表情になって俺を見据えた。

裸にされる、視線……俺の中にぐいぐい入ってきて、全部、全部暴かれそうな……

結局、視線を外したのは俺。顔を背けて畳に目を落とした。


「なんだ……降参すんの早すぎじゃねえの」

「降参って、いつなんの勝負をしたんですか……」

「ほー……ボクチャン負けないぞっ!って感じに睨んできたように思ったけど?」

「そんなこと思ってないですっ」


先生はすごく楽しそうで、怒ったふりをしながら嬉しくてどきどきしてた。

わざわざ出先から戻って来てくれた先生。ちゃんと、俺を見てくれる……


「こうすりゃいいだろ」


先生が俺の手から濡れたタオルを取って広げ、ほっかむりにして顎の下でくくる。俺がちろっと見上げたら、それがまた可笑しかったらしい。先生は吹き出して、体を折り曲げて笑った。

なんかすごく……満たされてた。


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