ブレザーを脱ぎ捨てたら

ゆん

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ヒナ来襲

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駅から急ぎ足でアパートに戻ると、階段横の狭いスペースにギッチリって感じにでかい車が停まってた。街灯の暗い明かりで見ても高級車だって分かる独特の照り艶を持った黒い車。

俺が近づくとその後部座席のドアが開いて白い紙袋を持った士央が降りてきて、「先生……ごめんなさい」と、遠慮がちに言った。

「いや……どうする?車ってことはすぐ帰るんか?」
「あ、えっと、もし上がらせてもらえるなら、車は帰らせます」
「……別にいいよ。上がっても」

士央はそれを聞いて微かに笑った。前みたいに嬉しさ全開じゃない少し遠慮したような笑みなのは、俺が避けてたせいなんだろうな。

士央が運転席の男に合図すると車はエンジンを掛けて滑らかに狭い道路に出て行って、赤いテールランプがブロック塀の向こうに消える。

「行くか」

階段を上り始めた俺の後を、士央は何も言わずに静かに付いて来る。

こいつの緊張が伝わってきて、妙な気分になる。

鍵を開けて先に中に入って奥の部屋の電気をつけ、カーテンを閉めて上着を脱いで……ふと見れば玄関で立ち止まった士央が静かな佇まいでこっちを見てた。

「何してんの?入れば?」
「あ、はい……」

なんだよ……何遠慮してんだよ……ってそれもやっぱ避けてたせいだよな。

士央は静かに靴を脱いで揃え、そろそろとこっちに来て部屋の入り口をちょっと入ったところでぴたっと止まった。

「先生。俺、お渡ししたいものがあって……それで来ました」

士央が目線を畳に落としたまま言った。俺が言葉の続きを待ってると、これ、と言って持ってた白い紙袋を俺の方へ差し出してくる。

俺が受け取ると、士央は「お誕生日プレゼントです。ちょっと早いですけど、お誕生日……おめでとうございます」と言って頭を下げた。

紙袋がさぁ……なんか、すっげぇカチンとしててツヤツヤ綺麗なの。どっかのデパートとかの使いまわしとかじゃなくてさ。

俺はまたこいつが俺の知らねえ高いもんをくれたんじゃないかと思ってさ。こいつならやりそうだし。

そしたら俺の様子からそれを感じ取った士央が、来て初めて俺と目を合わせて慌てたように「それ高くないです!ちゃんと調べました!」と……受け取ってもらえなかったら困る、とばかりに必死な顔で訴えてきて──

「高校生の平均的な小遣いの金額は5000円でした!それは5980円ですから、980円はちょっと出ちゃいましたけど……でも高くないでしょ?」

最後の方なんか、ちょっと得意げになってんの。良くできたでしょ、って褒めてくれんの待ってるみてーなんだもん。ちょー面白い。

「お前、人にやるモンの値段言うなよ」

別に怒ったわけじゃなくて可笑しくて笑いながら言ったんだけど、士央はがーん、って分かりやすくショックを受けてしょぼんとしてさ。

ごめんなさい、って小さい声で謝って……なんかすげぇ可愛くって……

俺は気にすんな、って気持ちで士央の頭を少し荒く撫でてから、胡坐をかいて紙袋から綺麗にラッピングされた包みを取り出した。

がさがさと開けてみれば、中から出てきたのは杢グレーのスエットの上下。俺のお気に入りはもう膝が薄くなっちまって買い替えなきゃと思ってたとこだった。

「おー!ちょうどいい!欲しいと思ってたんだよ~ありがとう!」

士央を励まそうとしたんじゃなくて、本気でちょうどいいって思って言った。そしたら突っ立ってた士央が「ほんとですか……?」って雲間に日が差したように笑ってさ。

「ああ。今のヤツ気に入ってたんだけど、もう膝に穴が開きそうでさすがに限界かな~って思ってたとこだよ。しかも、ズボンも上着も両方ポッケ付いてんじゃん!」

「はい、先生タバコ入れたり、ちょっと出掛けるときに財布を入れたりしたいって言ってらしたでしょう?だからそういうの探したんです」

 俺はいそいそと畳に正座をして報告してくる士央の話を聞きながら、ジーパンを脱いでその新しいスエットを履いた。

「おぉ~すっげぇいい!ポッケのこと良く覚えてたなぁ!」

俺がそう言ったら士央のやつ、ぱあっと嬉しそうな顔してさぁ。それは思わずこっちまでつられて笑っちまうような笑顔でさ。

う~……やっぱ、可愛いなぁ……ヒナめ……

「先生が喜んでくださって、俺、すごく嬉しいです」

士央はそう言って正座の太ももに置いたぐーの手をしばらく見つめた後、意を決したように真剣な表情になって顔を上げた。

「先生……俺、先生にお聞きしたいことがあります」
「ん?なに?」
「先生が……俺を避けるようになった理由が知りたいです。何かしたんでしょう?それを……教えてもらいたくて」

士央の瞳は覚悟を決めた、というように、迷いなく澄んでいた。

仕事が忙しくて会えない、と言い続けてきた。まるきり嘘じゃなかったし、それが一番もっともらしい理由だったから。

けど……どうする……言う?言うってなにを。お前を意識しそうでヤバいから遠ざけたって?バカか。んなこと言えるか。

子どもだ。ガキだ。一時の衝動に任せたら多分とんでもなくめんどくせ―ことになる。いや、ガキにそんな気持ちになったことねーから分かんねえけど。

やっぱり仕事が忙しいって理由しかないか……

けど……目の前の士央は背筋をしゃんと伸ばして正座して、俺の言葉を待ってる。俺のどんな言葉でもちゃんと受け止めようと、覚悟したような顔をして……

別にお前は悪かない。お前に惹かれ始めてる自分の気持ちがうっとうしいだけ。

お前のどこかアンバランスなピュアさをカンバスに描いてみたいって……それはしばしばもっともっとと相手を求めることになるって知ってたから、遠ざけたって……言う……?なんも知らねえ、コイツに?



その時……突然頭にちっこい瑞希が浮かんだ。ヘタに絵が描けるもんだからその瑞希はイラスト化されてて、「前向き!」「前向き!」ってうるさくて、思わず笑ってしまう。

「どうしたんですか?」

急に笑い出した俺に怪訝な瞳を向けつつ、士央が不思議そうに俺に訊ねる。

「いや……なんでもない。お前を避けてたんじゃないよ。ホントに忙しかったの。仕事は一段落したから……来たかったらまた来てもいいよ」
「え……」
「けどお前……ベンキョーしろよ?」
「は…はい……」

多少嘘が混じっちまったのは大人の都合ってヤツ。

まぁ、先のことは先で考えるかって……考え過ぎかもしれねーし。何枚かこいつを描かせてもらえればそれですっきりするかもしんねーしな。

そんなことを考えたら、また頭ん中の瑞希が「前向き!」ってニコニコ笑った。

前向きだろうが。ははは。

「お前、晩飯食って来たの?」
「いえ……まだ……」

士央は何が起きたのか分かんねえって感じに呆然としてる。

「チャーハンなら今から作るけど……食う?」
「はい……はい、食べます!俺、手伝います!」

雲が晴れたように明るい笑顔になった士央を見て、胸がほっと温まる。やっぱこいつはこーでなきゃな。

狭い台所……隣で玉ねぎの皮むきを手伝う士央に、俺の後をチコチコついて来るひな鳥の姿が重なってまた笑いそうになった。


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