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それはもう愛だろ
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ショットバー『バナナボート』は、俺と友郎の行きつけだった。哲雄と付き合い始めてから哲雄もこの店の常連客だったってことが分かった時はそりゃ驚いたけど、でもこの世界は広いようで狭いから。
「おーっす夏希!ひっさし~ぶり!」
店の入り口で後ろからガッと肩を組まれて、友郎の相変わらずの軽さに苦笑しながらも、今日はなんだかそれが嫌じゃない。
「痛ぇよ。ムチウチになったらどーすんだよ」
「ん?あれ~?どした。元気ねぇな~」
友郎が下から覗き込むようにしてきて、思わずその顔を手の平で押す。
「元気だよ。顔近づけんな」
「隠してもムダ~!ん、よーし今夜は俺が元気を注入してやっから。この後、イッパツどーっすか」
「お前の頭ン中、そればっかな。ほら、入るぞ」
友郎の腕から逃げるようにして店に入った。いつもなら笑って流す口説き文句も、今日は俺の一部を揺すぶってる。なんか……ちょっと元気を貰ってた。かつては体を重ねた男が俺の中に残した、懐かしい愛着に。
「お~夏希!久しぶりだなぁ!」
バーテンダーの岡ちゃんが、くしゃっと親し気な笑顔で出迎えてくれる。カウンターの奥にいたオーナーのシゲさんも穏やかに笑ってて……この二人だ。俺が知る、唯一の夫夫。もう15年も一緒にいる。
「お久し振り。岡ちゃんも元気そうだね。相変わらずの筋肉」
「おうよ!ほらお前たち、ご挨拶しな」
腕の筋肉をぴくぴくさせて、裏声で「コンバンハ」とかやって笑って……一緒に笑ううちに気持ちが上がって来る。そうなって気付いたよ。友郎の言う通り、やっぱ俺は沈んでたんだなって。
「夏希ちゃん。今日は何にする?ビール?」
口ひげを蓄えたシゲさんがふんわりした喋り方で訊ねてくる。笑いでパワーを分けてくれる岡ちゃんとはまた違って、その温かな存在感で癒してくれる太陽みたいな人。見かけは普通のおじさんでいつも控えめなこの人の包容力に包まれて、岡ちゃんはのびのびしてる。いつでも素敵だなって思ってるけど、久しぶりの今日はなんだか羨ましくて……
こんな風になりたかった。重ねた時間の分だけ味わい深くなる空気感は、今は手に届かない理想だ。
「ほい、乾杯!」
友郎がビールのジョッキをぶつけてきて、それを受け止めてきめ細やかな白い泡に口をつける。あぁ……美味い。やっぱここのビールは最高。燻ってた何かが解き放たれて、俺はごくごくとジョッキのビールを一息に飲んだ。
「おぉ~夏希、いい飲みっぷり!じゃあ、おーれも!」
岡ちゃんにおかわりを頼んでる横で、友郎が追いかけるようにビールを飲み干して、おかわりを頼んだ。
それから、お互いの近況の報告……主には仕事のことを。幸い、俺も仕事の方はすこぶる順調だったから、ライバルでもある同業の友郎との話は本当に楽しかった。打ち込める仕事があって良かったって心から思うよ。たとえ恋を失っても、生きている甲斐がある。
「なぁ~哲雄クンとはどーなの。ちょっとご無沙汰なんじゃないの~?」
体をぐっと寄せて、友郎がひそひそ言った。
「ほっとけ。お互い仕事が忙しくて、同じ家にいるのに顔も合わせない。そんだけだよ」
酒が気持ちを緩ませて、本音がちらちらと覗く。そんなことを言えば友郎が図に乗るのは分かり切ってるのに、なんか俺……多分、構って欲しかったんだよな。キスもセックスも無くても生きていけるよ。でもそれはいつだって究極の選択で、俺の中の枯れかけの花は、必死で水を求めてたから。
「なぁ~……哲雄クンとサヨナラして、俺とやり直してよ。いろんなヤツと付き合ったけどさ、やっぱ夏希くらい合うヤツっていないからさぁ」
「お前のビョーキは死ななきゃ治らねぇからヤダ」
「あちこちつまみ食いしたって、お前が一番なんだって。ご飯みたいなもん!おかずがいっぱいあったってさ、ご飯がなきゃ」
「嘘でももう浮気はしないって言えねーのかよ。言うに事欠いてご飯って……」
呆れつつもなんか笑えて、ニヤニヤしながら付き合ってた頃を思い出してた。
性格に見合った軟派なナリは、それでもよく似合ってておしゃれ。着るものに何のこだわりもない哲雄とは大違い。同業なだけに話も合う。割ともんもん考えるタイプの俺は、なーんにも考えてない友郎といると気楽になれた。
哲雄は……何かは考えてるけど口には出さない。前はそれを頼り甲斐があるって感じてたけど……今はただ、遠い。
「マジなんだってば。マジで夏希が好きなの。別れてからもずっと好きなんだよ。外見も性格も一番好み」
友郎は思ってることをすぐに口に出す。軽薄なんだけど、嘘は言わない。だからかな、なんか憎めないのは。対比で考える。哲雄から好きって……聞いたことあったかなって。
もちろん好きだから付き合いだしたんだろうけど。でもはっきりした言葉で聞いた記憶ねえし。それほど言葉で聞きたい方じゃないけど、夜の時間が無くなって行為で知らされなくなった今じゃ、そんなものでもなきゃ形のないソレの在りかを確かめる術がない。
この店のカウンターに哲雄と並んで座ったのはいつの事だろう?俺に向けられた明らかな情熱を感じた、あの日々。
「夏希ちゃん。ちょっと間、挟んだ方がいいわよ」
シゲさんがぴかぴかに磨かれたグラスにお水を入れてくれる。確かにちょっとペースが早いかな。もうすでにふわふわした酔いを感じてて、でもそれは久し振りの解放感。ビールと同じくこだわってる水は程よく冷たく喉を潤して、するすると流れてった。友郎はさっき店に入って来た友達と挨拶ついでの話が盛り上がってて、騒がしい男から解放された俺はそういう意味でもしばし休憩。すると、正面でグラスを磨いてたシゲさんが、ふと何かを思いついたように微笑んだ。
「哲雄くん、お仕事大変なんじゃない?今の会社に移ってから、ここにも大分来てないのよ」
世間話のひとつでしかない口ぶり。でも俺は、初耳過ぎて固まった。会社を移った??何のこと??
俺のその様子に、シゲさんは珍しくはっと困った顔になって「やだ、ちょっと待って」と慌ててる。
「ごめんなさい。まさか夏希ちゃんが知らないとは思わなくて……」
「哲雄、転職したの……?いつ頃?」
「3,4ヶ月くらいになるかしら……詳しくは分からないんだけど、前の会社で起きたトラブルの責任を取らされたって言ってたの。でも彼、優秀だからすぐに声がかかってね。再就職出来たみたいだけど、高待遇の分キツイって噂の会社でね」
まったく気づかなかった。欠片も。ショックだった。何も知らされてないなんて……なんで?俺が年下だから、相談相手にもなんないわけ?
「おーっす夏希!ひっさし~ぶり!」
店の入り口で後ろからガッと肩を組まれて、友郎の相変わらずの軽さに苦笑しながらも、今日はなんだかそれが嫌じゃない。
「痛ぇよ。ムチウチになったらどーすんだよ」
「ん?あれ~?どした。元気ねぇな~」
友郎が下から覗き込むようにしてきて、思わずその顔を手の平で押す。
「元気だよ。顔近づけんな」
「隠してもムダ~!ん、よーし今夜は俺が元気を注入してやっから。この後、イッパツどーっすか」
「お前の頭ン中、そればっかな。ほら、入るぞ」
友郎の腕から逃げるようにして店に入った。いつもなら笑って流す口説き文句も、今日は俺の一部を揺すぶってる。なんか……ちょっと元気を貰ってた。かつては体を重ねた男が俺の中に残した、懐かしい愛着に。
「お~夏希!久しぶりだなぁ!」
バーテンダーの岡ちゃんが、くしゃっと親し気な笑顔で出迎えてくれる。カウンターの奥にいたオーナーのシゲさんも穏やかに笑ってて……この二人だ。俺が知る、唯一の夫夫。もう15年も一緒にいる。
「お久し振り。岡ちゃんも元気そうだね。相変わらずの筋肉」
「おうよ!ほらお前たち、ご挨拶しな」
腕の筋肉をぴくぴくさせて、裏声で「コンバンハ」とかやって笑って……一緒に笑ううちに気持ちが上がって来る。そうなって気付いたよ。友郎の言う通り、やっぱ俺は沈んでたんだなって。
「夏希ちゃん。今日は何にする?ビール?」
口ひげを蓄えたシゲさんがふんわりした喋り方で訊ねてくる。笑いでパワーを分けてくれる岡ちゃんとはまた違って、その温かな存在感で癒してくれる太陽みたいな人。見かけは普通のおじさんでいつも控えめなこの人の包容力に包まれて、岡ちゃんはのびのびしてる。いつでも素敵だなって思ってるけど、久しぶりの今日はなんだか羨ましくて……
こんな風になりたかった。重ねた時間の分だけ味わい深くなる空気感は、今は手に届かない理想だ。
「ほい、乾杯!」
友郎がビールのジョッキをぶつけてきて、それを受け止めてきめ細やかな白い泡に口をつける。あぁ……美味い。やっぱここのビールは最高。燻ってた何かが解き放たれて、俺はごくごくとジョッキのビールを一息に飲んだ。
「おぉ~夏希、いい飲みっぷり!じゃあ、おーれも!」
岡ちゃんにおかわりを頼んでる横で、友郎が追いかけるようにビールを飲み干して、おかわりを頼んだ。
それから、お互いの近況の報告……主には仕事のことを。幸い、俺も仕事の方はすこぶる順調だったから、ライバルでもある同業の友郎との話は本当に楽しかった。打ち込める仕事があって良かったって心から思うよ。たとえ恋を失っても、生きている甲斐がある。
「なぁ~哲雄クンとはどーなの。ちょっとご無沙汰なんじゃないの~?」
体をぐっと寄せて、友郎がひそひそ言った。
「ほっとけ。お互い仕事が忙しくて、同じ家にいるのに顔も合わせない。そんだけだよ」
酒が気持ちを緩ませて、本音がちらちらと覗く。そんなことを言えば友郎が図に乗るのは分かり切ってるのに、なんか俺……多分、構って欲しかったんだよな。キスもセックスも無くても生きていけるよ。でもそれはいつだって究極の選択で、俺の中の枯れかけの花は、必死で水を求めてたから。
「なぁ~……哲雄クンとサヨナラして、俺とやり直してよ。いろんなヤツと付き合ったけどさ、やっぱ夏希くらい合うヤツっていないからさぁ」
「お前のビョーキは死ななきゃ治らねぇからヤダ」
「あちこちつまみ食いしたって、お前が一番なんだって。ご飯みたいなもん!おかずがいっぱいあったってさ、ご飯がなきゃ」
「嘘でももう浮気はしないって言えねーのかよ。言うに事欠いてご飯って……」
呆れつつもなんか笑えて、ニヤニヤしながら付き合ってた頃を思い出してた。
性格に見合った軟派なナリは、それでもよく似合ってておしゃれ。着るものに何のこだわりもない哲雄とは大違い。同業なだけに話も合う。割ともんもん考えるタイプの俺は、なーんにも考えてない友郎といると気楽になれた。
哲雄は……何かは考えてるけど口には出さない。前はそれを頼り甲斐があるって感じてたけど……今はただ、遠い。
「マジなんだってば。マジで夏希が好きなの。別れてからもずっと好きなんだよ。外見も性格も一番好み」
友郎は思ってることをすぐに口に出す。軽薄なんだけど、嘘は言わない。だからかな、なんか憎めないのは。対比で考える。哲雄から好きって……聞いたことあったかなって。
もちろん好きだから付き合いだしたんだろうけど。でもはっきりした言葉で聞いた記憶ねえし。それほど言葉で聞きたい方じゃないけど、夜の時間が無くなって行為で知らされなくなった今じゃ、そんなものでもなきゃ形のないソレの在りかを確かめる術がない。
この店のカウンターに哲雄と並んで座ったのはいつの事だろう?俺に向けられた明らかな情熱を感じた、あの日々。
「夏希ちゃん。ちょっと間、挟んだ方がいいわよ」
シゲさんがぴかぴかに磨かれたグラスにお水を入れてくれる。確かにちょっとペースが早いかな。もうすでにふわふわした酔いを感じてて、でもそれは久し振りの解放感。ビールと同じくこだわってる水は程よく冷たく喉を潤して、するすると流れてった。友郎はさっき店に入って来た友達と挨拶ついでの話が盛り上がってて、騒がしい男から解放された俺はそういう意味でもしばし休憩。すると、正面でグラスを磨いてたシゲさんが、ふと何かを思いついたように微笑んだ。
「哲雄くん、お仕事大変なんじゃない?今の会社に移ってから、ここにも大分来てないのよ」
世間話のひとつでしかない口ぶり。でも俺は、初耳過ぎて固まった。会社を移った??何のこと??
俺のその様子に、シゲさんは珍しくはっと困った顔になって「やだ、ちょっと待って」と慌ててる。
「ごめんなさい。まさか夏希ちゃんが知らないとは思わなくて……」
「哲雄、転職したの……?いつ頃?」
「3,4ヶ月くらいになるかしら……詳しくは分からないんだけど、前の会社で起きたトラブルの責任を取らされたって言ってたの。でも彼、優秀だからすぐに声がかかってね。再就職出来たみたいだけど、高待遇の分キツイって噂の会社でね」
まったく気づかなかった。欠片も。ショックだった。何も知らされてないなんて……なんで?俺が年下だから、相談相手にもなんないわけ?
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