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第二話
二振りの剣(4)
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内裏火災で失われた護身剣と破敵剣の再生がはじまった。
再生といっても剣自体が失われてしまっているため、刀鍛冶たちが再び鉄を打ち、剣を作成するところからはじまるのだが、二振りの剣は霊剣であるため、その魂は失われてはおらず再び器としての剣が完成させれば、そこに魂を戻すことができると考えられていた。その魂を戻す儀式というのが陰陽寮の者が行う儀式であり、その儀式のために巨大な祭壇を作ったりしなければならなかった。
剣に刻まれていた模様については、晴明が詳細に描いた物を刀鍛冶に渡し、かつての剣の姿を再現させるという事になり、儀式については、本来であれば陰陽頭である賀茂保憲が執り行うべきであったが、その役目は帝からの命により晴明が実施することとなった。いわば、此度の剣再生の儀式はすべて安倍晴明が取り仕切って行われるということなのだ。
陰陽寮にある書庫に引きこもり、晴明は頭を悩ませていた。書庫には晴明以外に誰も入れさせない。それは陰陽頭である賀茂保憲が決めたことであった。
晴明の頭の中には、はっきりとあの時に見た模様が残っていた。しかし、その記憶が本当に正しいものなのかという不安もあった。記憶というのは時に自分の都合の良いように作り変えられてしまうことがある。そのことを晴明は知っているのだ。失われた霊剣を完璧な形で再生させる。そのためには、もうひとりの人物の力を借りる必要があった。
陰陽寮を出た晴明は、京中にある一軒の家を訪ねた。その家は、あの日共に燃え盛る温明殿へと飛び込んだ陰陽得業生の住まいであった。陰陽得業生は、あの日負った火傷のせいで、自宅で寝込んだままとなっていた。
「御免」
晴明が家の入口で声を掛けると中から人の動く気配が感じられたが、誰も出てくることは無かった。陰陽得業生という身分からして、家人を雇えるというわけではなかったし、独身であればひとりで住んでいるということは十分にあり得ることだった。
「上がらせていただきますよ」
そう声を掛けてから晴明は家の中に入る。
すると入ってすぐの部屋で横になっている陰陽得業生の姿があった。
この時代、寝床というのは読んで字のごとく、板の間の床の上に寝るだけであった。公卿などともなれば寝床に畳を敷いてその上に寝ていたりもしていたようだが、庶民や下級役人たちのような身分のものは床に寝るのが普通であり、寒い場合はそこに着物をかけて寝ていた。
「せ、晴明殿」
入ってきたのが晴明であると気づいた陰陽得業生は身体を起こそうとしたが、晴明はそれを止めた。
「良い。そのまま寝ておれ。こちらが勝手にやってきたのだ」
「すみませぬ……」
陰陽得業生はそう言って床に寝たまま涙を流した。陰陽得業生の顔は半分ほどが焼けただれてしまっており、酷いものとなってしまっていた。
「これは、賀茂保憲様よりの見舞いの品だ。火傷に効くというものを見繕ってきた」
「すみませぬ……」
「良い、気にするな。保憲様も心配されておられるぞ」
「すみませぬ……」
「これ、謝るな」
涙を流しながら何度も謝る陰陽得業生に晴明は言った。別に陰陽得業生が悪いことをしたわけではない。ただ晴明と共に燃え盛る温明殿に飛び込んで、火傷を負ってしまっただけなのだ。
「本日、こちらに来たのは見舞いに来ただけではないぞ」
「と、いわれますと」
「仕事の話を持って来た」
「仕事でございますか」
「ああ。帝から直々に仕事を頼まれたのだ」
「なんと……」
陰陽得業生は驚きの声をあげた。
「先日の火災で失われた二振りの霊剣を蘇らせろとのことだ。あの時に見た剣の模様を覚えているかな」
「たしか、北斗七星と南斗六星……」
「それと朱雀と玄武、青龍と白虎であったな」
「はい。間違いございません」
「よし、それがわかればよい。もし、この霊剣の復活が上手くいけば、朝廷から覚えめでたくなることは間違いないぞ」
「まことにございますか」
「ああ。これは帝より承りし、仕事であるからな」
晴明はそう言うと笑って見せた。
刀鍛冶たちに渡された晴明の描いた剣の絵は完璧なものであった。元々晴明の異常なまでの記憶力の良さというものがあるが、さらにそれを補填するかのように陰陽得業生の記憶も追加され、剣の模様の再現度は完璧なものとなったのだ。
すぐに二振りの剣の作成が始められることとなった。
晴明の仕事は、これで終わりというわけではなかった。出来上がってきた二振りの剣をただの模様の入った剣から霊剣とする必要があるのだ。
霊剣作成の儀式のため、陰陽寮は総出で祭壇作成に取り掛かる。その中でも晴明は、他の陰陽寮の者たちとは別行動をさせられ、特別な場所で身を清め、穢れを払う儀式を行ったりしていた。
「此度の儀式、なぜ得業生である安倍晴明が行うのだ」
「晴明は調子に乗っておる」
「あのような年寄りが儀式をおこなうのでは、霊剣が穢れてしまう」
様々な陰口が陰陽寮の中で囁かれる。そのほとんどは晴明への嫉妬であり、中には儀式が成功しないように願う者までいたほどだった。
元々人の妬みに関して晴明は気にしない方であった。歳を取ってから陰陽寮に来たということもあるし、若い頃の自分も人の出世を羨み、妬んでいたことがあったからだ。怨みでなければ良い。そのくらいに晴明は思っていた。
だが、保憲は違っていた。そういった噂話が大っ嫌いな男で、文句があるのならば自分に直接言いに来いという人間なのだ。特に今回は儀式の邪魔をしようと考えているものがいれば、それは朝廷への反逆に当たると、部下である陰陽寮の者たちへ告げていた。この儀式は陰陽寮全体がひとつとなり、陰陽寮の威信をかけて行う必要があるのだと力説した。
そのお陰もあり、晴明の霊剣作成の儀の準備は陰陽寮が総出で手伝い、無事に儀式を終えることができた。
こうして、護身剣と破敵剣の二振りの霊剣は再生され、その霊剣を復活させた者として、安倍晴明の名は帝の胸に刻まれることとなったのだった。
第二話 二振りの剣 了
再生といっても剣自体が失われてしまっているため、刀鍛冶たちが再び鉄を打ち、剣を作成するところからはじまるのだが、二振りの剣は霊剣であるため、その魂は失われてはおらず再び器としての剣が完成させれば、そこに魂を戻すことができると考えられていた。その魂を戻す儀式というのが陰陽寮の者が行う儀式であり、その儀式のために巨大な祭壇を作ったりしなければならなかった。
剣に刻まれていた模様については、晴明が詳細に描いた物を刀鍛冶に渡し、かつての剣の姿を再現させるという事になり、儀式については、本来であれば陰陽頭である賀茂保憲が執り行うべきであったが、その役目は帝からの命により晴明が実施することとなった。いわば、此度の剣再生の儀式はすべて安倍晴明が取り仕切って行われるということなのだ。
陰陽寮にある書庫に引きこもり、晴明は頭を悩ませていた。書庫には晴明以外に誰も入れさせない。それは陰陽頭である賀茂保憲が決めたことであった。
晴明の頭の中には、はっきりとあの時に見た模様が残っていた。しかし、その記憶が本当に正しいものなのかという不安もあった。記憶というのは時に自分の都合の良いように作り変えられてしまうことがある。そのことを晴明は知っているのだ。失われた霊剣を完璧な形で再生させる。そのためには、もうひとりの人物の力を借りる必要があった。
陰陽寮を出た晴明は、京中にある一軒の家を訪ねた。その家は、あの日共に燃え盛る温明殿へと飛び込んだ陰陽得業生の住まいであった。陰陽得業生は、あの日負った火傷のせいで、自宅で寝込んだままとなっていた。
「御免」
晴明が家の入口で声を掛けると中から人の動く気配が感じられたが、誰も出てくることは無かった。陰陽得業生という身分からして、家人を雇えるというわけではなかったし、独身であればひとりで住んでいるということは十分にあり得ることだった。
「上がらせていただきますよ」
そう声を掛けてから晴明は家の中に入る。
すると入ってすぐの部屋で横になっている陰陽得業生の姿があった。
この時代、寝床というのは読んで字のごとく、板の間の床の上に寝るだけであった。公卿などともなれば寝床に畳を敷いてその上に寝ていたりもしていたようだが、庶民や下級役人たちのような身分のものは床に寝るのが普通であり、寒い場合はそこに着物をかけて寝ていた。
「せ、晴明殿」
入ってきたのが晴明であると気づいた陰陽得業生は身体を起こそうとしたが、晴明はそれを止めた。
「良い。そのまま寝ておれ。こちらが勝手にやってきたのだ」
「すみませぬ……」
陰陽得業生はそう言って床に寝たまま涙を流した。陰陽得業生の顔は半分ほどが焼けただれてしまっており、酷いものとなってしまっていた。
「これは、賀茂保憲様よりの見舞いの品だ。火傷に効くというものを見繕ってきた」
「すみませぬ……」
「良い、気にするな。保憲様も心配されておられるぞ」
「すみませぬ……」
「これ、謝るな」
涙を流しながら何度も謝る陰陽得業生に晴明は言った。別に陰陽得業生が悪いことをしたわけではない。ただ晴明と共に燃え盛る温明殿に飛び込んで、火傷を負ってしまっただけなのだ。
「本日、こちらに来たのは見舞いに来ただけではないぞ」
「と、いわれますと」
「仕事の話を持って来た」
「仕事でございますか」
「ああ。帝から直々に仕事を頼まれたのだ」
「なんと……」
陰陽得業生は驚きの声をあげた。
「先日の火災で失われた二振りの霊剣を蘇らせろとのことだ。あの時に見た剣の模様を覚えているかな」
「たしか、北斗七星と南斗六星……」
「それと朱雀と玄武、青龍と白虎であったな」
「はい。間違いございません」
「よし、それがわかればよい。もし、この霊剣の復活が上手くいけば、朝廷から覚えめでたくなることは間違いないぞ」
「まことにございますか」
「ああ。これは帝より承りし、仕事であるからな」
晴明はそう言うと笑って見せた。
刀鍛冶たちに渡された晴明の描いた剣の絵は完璧なものであった。元々晴明の異常なまでの記憶力の良さというものがあるが、さらにそれを補填するかのように陰陽得業生の記憶も追加され、剣の模様の再現度は完璧なものとなったのだ。
すぐに二振りの剣の作成が始められることとなった。
晴明の仕事は、これで終わりというわけではなかった。出来上がってきた二振りの剣をただの模様の入った剣から霊剣とする必要があるのだ。
霊剣作成の儀式のため、陰陽寮は総出で祭壇作成に取り掛かる。その中でも晴明は、他の陰陽寮の者たちとは別行動をさせられ、特別な場所で身を清め、穢れを払う儀式を行ったりしていた。
「此度の儀式、なぜ得業生である安倍晴明が行うのだ」
「晴明は調子に乗っておる」
「あのような年寄りが儀式をおこなうのでは、霊剣が穢れてしまう」
様々な陰口が陰陽寮の中で囁かれる。そのほとんどは晴明への嫉妬であり、中には儀式が成功しないように願う者までいたほどだった。
元々人の妬みに関して晴明は気にしない方であった。歳を取ってから陰陽寮に来たということもあるし、若い頃の自分も人の出世を羨み、妬んでいたことがあったからだ。怨みでなければ良い。そのくらいに晴明は思っていた。
だが、保憲は違っていた。そういった噂話が大っ嫌いな男で、文句があるのならば自分に直接言いに来いという人間なのだ。特に今回は儀式の邪魔をしようと考えているものがいれば、それは朝廷への反逆に当たると、部下である陰陽寮の者たちへ告げていた。この儀式は陰陽寮全体がひとつとなり、陰陽寮の威信をかけて行う必要があるのだと力説した。
そのお陰もあり、晴明の霊剣作成の儀の準備は陰陽寮が総出で手伝い、無事に儀式を終えることができた。
こうして、護身剣と破敵剣の二振りの霊剣は再生され、その霊剣を復活させた者として、安倍晴明の名は帝の胸に刻まれることとなったのだった。
第二話 二振りの剣 了
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