SEIMEI ~星を詠みし者~

大隅 スミヲ

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第四話

もののけ(1)

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 とある公卿の若い息子が亡くなった。
 その話を晴明のもとに持ってきたのは、賀茂保憲であった。

 いつものように晴明は陰陽寮の書庫にもっており、なにやら小難しい顔をしながら書を読み漁っている。
 陰陽寮の中には、晴明が仕事をしていないとわざわざ陰陽頭である保憲に告げ口をしに来るものもいる。もちろん、晴明が普段から書庫に籠もっていることは保憲も知っているし、晴明が仕事をしているかどうかもわかっていた。実際はその逆なのだ。晴明ほど仕事をしている者を保憲は知らない。確かに事務仕事はしていないが、陰陽師として公卿たちに顔を売り、まつりごとに関する儀式などが円滑に行えるよう段取りなどを進めているのが晴明だった。それを他の陰陽寮の者たちは知らないのだ。

「まだ九歳だったそうだ」
「そうか……」

 保憲の息子である光栄みつよしは二十歳を超えており、晴明と同じく陰陽師という立場にあるが、晴明の子である吉平よしひらは、その亡くなった子とあまり変わらぬ歳であった。

「幼き子が亡くなるというのは、辛いな」
「そうだな」
「して、なぜそのような話を私にするのだ、保憲」

 そう晴明が尋ねると、保憲は伏せていた目をちらりとあげて晴明のことを上目遣いで見た。
 嫌な予感がした。占いと同じで、晴明の嫌な予感というものはよく当たるのだ。

「その公卿が、子が亡くなったのは物怪もののけの仕業だと言い出してな」
「おい、まさかとは思うが……」
「そのまさかだよ、晴明」
「なぜ断らぬのだ。物怪の相手など陰陽師の仕事ではないわ」
「それが陰陽師の仕事だ。そう思っておられる方々がいらっしゃるのだよ、晴明」

 真面目な顔をしていう保憲に、晴明は頭を抱えた。
 物怪もののけ。それは目に見えぬ存在であり、古くから民間信仰されてきた病《やまい》や不幸の原因とされているものである。悪霊、妖怪、あやかし、怨霊。様々な名前で呼ばれることがあるが、晴明はそういったものは一切信じておらず、なぜ朝廷の一役人である陰陽師が物怪をどうにかしなければならないのかと不満に思っていた。

「そもそも、その公卿の若い息子が亡くなったという理由は、物怪ではないだろう。流行はやりやまいだ。京中きょうのうちでも大勢の人が亡くなっている。そのことを公卿は知らないのであろう」
「そう言うな、晴明。私にも私の立場というものがあるのだ。わかってくれ」
「しかし、そのようなことを言い出した公卿というのは、どこの誰なのだ」
野大弐のだいに様よ」

 保憲が口にした名前を聞いて、晴明はさらに頭を抱えた。よりによって野大弐様か、と。

 野大弐とは異名であり、本名ではない。本名は、小野おのの好古よしふる従三位じゅさんみであり、大宰だざい大弐だいにを務める参議さんぎである。先の藤原ふじわらの純友すみともの乱では、博多津で純友軍を撃退している武勇に優れた人でもあった。

「おい、野大弐様はもう七十歳を超えられているはずだぞ。先ほど、若い息子と言わなかったか。孫の間違いではないのか、保憲」
「間違いではない。何人目の子であるかは知らないが間違いなく、野大弐様のお子だ」
「そうか。遅く出来た子だからこそ、野大弐様を狂わせてしまったのだろうか……」
「あのお方のお祖父様じいさま野狂やきょう様だ、晴明」
「なるほど、物怪の類を信じるのは、血筋かもしれんな」

 晴明はそう呟くと、持っていた扇子で自分の膝をぽんぽんと叩いた。

 野狂。それは小野おののたかむらという人物の異名だった。好古の祖父であり、篁も参議を務めていた。篁は漢詩や和歌においてはその名を知らぬものはいないといわれるほどの人物であり、現在でも篁の漢詩は書の手本として使われているほどであった。そして、何よりも小野篁には奇妙な話が多い。昼間は朝廷の役人として働き、夜は冥府閻魔庁で閻魔大王の補佐をしていたというのだ。生と死を司る役人として小野篁の名前は未だに語り継がれており、何彼なにかにつけては人の死とこの人物を結びつける者が今でもいるほどであった。
 その野狂の孫である好古がわざわざ陰陽師に声をかけてきたとなると、これは厄介な話が待っているのかもしれない。晴明はそう思いながら、小さくため息をついた。

「それで、保憲はどうするつもりなのだ」
「お前に行ってもらうよ、晴明」
「なぜ、私なのだ。光栄でも良いではないか」
「あちらのご指名なのだよ。優秀な陰陽師の安倍晴明を寄越してほしいと」

 その言葉に晴明は苦笑いをせざる得なかった。
 普段より公卿や上級貴族たちに自分の売り込みを欠かしていない晴明であるが、まさかこのような形で呼ばれるとは思ってもみないことだった。晴明の頭の中では、占いや祈祷をすることで貴族たちの信頼を得て行こうと考えていたのだ。それがどう間違ったのか、物怪騒動に巻き込まれることになるとは。自分の計算違いであったことは確かだが、参議と繋がりを持てる機会が巡ってきたということも確かである。これを千載一遇の好機と捉えるべきなのだろう。晴明は、良い方に考えることにした。

「わかった。この話、安倍晴明が引き受けよう」
「そうか、やってくれるか」
「ああ。物怪などは存在しないということを野大弐様に証明してみせよう」
「おいおい、話をおかしくしないでくれよ」
「大丈夫だ。私に考えがある」

 晴明はそう言って笑ってみせると、出かける支度をはじめた。
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