SEIMEI ~星を詠みし者~

大隅 スミヲ

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第五話

呪詛の祓え(3)

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 くだんの式人が晴明の屋敷へと戻ってきたのは、夜の帳が降りてからのことだった。
 縁側に出て晴明が夜空を眺めていると、誰もいないはずの庭から声をかけられた。

「晴明様」
「おお、戻ったか。無事で何よりだ」

 労いの言葉を掛けながら、闇の中に目を凝らすと男がひとり庭の灌木の近くにひざまずいている姿を見つけることができた。

「遅くなり、申し訳ありません」
「なに、構わぬ。それで、連中はどうした」
「洛外にある、廃寺に戻りました」
「ほう。そこが奴らの根城というわけか」
「そのようです。付近には民家などもなく、誰もあの者たちがそこに潜んでいるということは気づいていないかと思われます」
「なるほど」

 そう言って、晴明は顎から伸びている長い髭を撫でた。

 ここでいう洛外というのは、平安京の外を指す。また平安京の中を洛中らくちゅうなどと呼んだりもするのだ。これは、大陸の文化が大きく影響している。大陸、すなわち中国の都はかつて洛陽という都市に存在していた。洛陽の中だから、洛中。洛陽の外だから洛外というわけだ。ちなみに中国の都というのは大きな城壁である羅城に囲まれており、その城壁の中に街が存在するという形だった。平安京もそれを真似て作られてはいるものの、羅城は正面の羅城門がある一角だけで、それ以外の場所には特に城壁があるというわけではなかった。

「全部でどのくらいの人数だ」
「五、六人の小さな集団のようです。自ら陰陽法師と名乗り、場所を転々としながら民間信仰の祈祷をあげたりしているようです」
「なるほど。それで、今回の儀についてはどうだ」
「すみません、そこはまだわかっておりません」
「わかった。人を増やそう。お前の下に二名つける。誰が奴らを雇ったのか、それとあの童子はどこの子なのかを調べてくれ」
「承知しました」

 式人はそう答えると、下がろうとしたがそれを晴明が呼び止めた。

「待たれよ。そういえば、あの時そなたが背負っていった葛籠があったな」
「はい、こちらにございます」

 式人がそう言うと背負っていた葛籠を縁側に置いた。
 あの童子はこの葛籠の中に入れられていた。もしかすると、この葛籠に何かしらの手がかりがあるかもしれない。そう晴明は考えたのだ。

 葛籠の蓋を開けると、中には何も入っていなかった。
 何も無しか。期待外れだったことに晴明はため息をついたが、ふと蓋の部分に何かが貼られていることに気づいた。それは札だった。札には奇妙な模様が入っており、横5本、縦4本の線からなる格子形が描かれていた。

「何だこれは……」
「見たことの無い模様ですね」

 その奇妙な模様を見て、式人も首を傾げている。

「この札に関しては私の方で調べよう。お前はあいつらの方を調べてくれ」
「わかりました」

 式人はそう答えると、すっと闇の中に溶け込むように消えていった。
 晴明が雇っている式人は全部で十名ほどであった。その式人たちは洛中のあちこちに散らばって、晴明の目となり、耳となり活動をしている。式人と晴明の関係。それはただの賃金で繋がっているというだけではなかった。式人たちはそれぞれが晴明に恩義を感じており、強い絆で結ばれているのだ。晴明のためであれば、命を捧げてもいい。そう考える式人も少なくはなかった。

「何なんだ、この札は」

 晴明は葛籠から剥がした札をじっと見つめる。陰陽道でも札を使うことはあるが、その札は陰陽道で使うものとは似ても似つかなかった。おそらくこの九本の線は九字を表しているのだろう。

 九字というのは、元々は大陸の道教で使われていたものであり、それを遣唐使が持ち帰り陰陽道に取り入れていったものとされている。九字には様々な種類者もがあり『臨兵闘者皆陣列前行』や『臨兵闘者皆陣列在前』といったものがあり『臨む兵、闘う者、皆、陣列べて、前を行け』や『臨む兵、闘う者、皆、陣列べて、前に在れ』といった意味がある。また陰陽道では『青龍、白虎、朱雀、玄武、空陳、南寿、北斗、三体、玉女』といった四神、神人、星神の名を並べた九字を唱えたりすることもあった。

 もし、この札の模様が九字を意味するのであれば、何のために葛籠に貼られたのだろうか。九字というのは、魔除けや祓い、護身として使われるものである。この札はあの女童おんなわらわに関係しているとでもいうのだろうか。

「陰陽法師に九字の札か……」

 晴明は雲に覆われていこうとしている月を見上げながらつぶやいた。何か面倒なことに首を突っ込んでしまい、その泥沼に足を引きずり込まれていっているような気がしてならなかった。しかし、このままあの女童を放っておくというわけにもいかなかった。

「どうしたものかのう」

 晴明は、また独り言をつぶやく。
 月は完全に雲の中へと姿を隠してしまった。これは吉凶のいずれなのだろうか。そんなことを思いながら、晴明は札を懐にしまって、盃を手に取った。
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