SEIMEI ~星を詠みし者~

大隅 スミヲ

文字の大きさ
25 / 36
第六話

道摩法師(2)

しおりを挟む
 藤原元方の怨霊を祓う儀式は、陰陽頭である賀茂保憲をはじめとし、陰陽博士と陰陽師、陰陽得業生と陰陽寮の陰陽師たちが総出で行うこととなった。
 祓いの儀のために巨大な祭壇を築き、帝のための祝詞のりとをあげる。これは帝のための祓いの儀であるため、力を入れないわけにはいかなかった。
 しかし、そんな中であるにもかかわらず、晴明だけは気が乗らないといった表情をしている。

「なにが気に食わないのだ、晴明。お前が持ってきた仕事ではないか」

 出来上がった祭壇の見回りを終えた保憲が、木陰にあった岩に座り込んでいる晴明を見つけて声をかけてきた。

「元方の怨霊ということだが、誰が仕掛けたのだろうなと思ってな」
「怨霊を仕掛けた?」
「まさか、本気で怨霊の仕業だと思っているわけではないよな、保憲」
「馬鹿なことを言うな、晴明。私はこれでも陰陽頭だぞ。そういったことについては、誰よりもわかっているつもりだ」
「それを聞いて安心した。お前が本気で元方の怨霊の仕業で帝の様子がおかしいなどというのかと思って、気が気でなかったぞ」

 晴明は笑いながら言う。
 はなから晴明は怨霊の存在などは信じていないのだ。それは保憲も同じことであり、人知を超えた存在などというものは、気のせいであったり、見間違い、思い込みであるとふたりとも思っており、陰陽寮に所属する者たちも、それは同じであった。しかし、それを陰陽寮内で口にする者は誰ひとりいない。そういった存在を利用しているのが陰陽師であり、陰陽寮の仕事なのだ。

「しかし、人知の及ばぬ何かが起きているということも無いとは言い切れぬぞ」
「確かに帝の奇行については、人知の及ばぬところかもしれないな。だが、あの帝の行動は、皇太子の頃から変わらぬ。あのお方は、人とはちょっと違った感性をお持ちなのだ。問題なのは、そのことを怨霊の仕業だと言い出した人間の方だ、保憲」
 そう晴明が言うと、保憲は眉間に皺を寄せて難しい顔をしてみせた。

「朝廷内の権力争いというわけか」
「まあ、そうなるな。私に祓いの儀を行うように言ってきたのは、藤原兼家だ。おそらく、噂を流したのは、兼家に敵対している勢力に雇われている者なのだろう」

 朝廷内では常に権力闘争が発生している。特に藤原氏同士の争いは酷く、誰が帝に自分の娘を入内させられるか、そして帝の子を授かることができるかといった争いを繰り広げているのだ。
 元は藤原(中臣)鎌足からはじまった藤原氏は、その後に藤原北家、南家、京家、式家の四家に分かれ朝廷の中核を担ってきた。藤原良房以降は藤原北家が中心となり栄え、藤氏とうしの長者ちょうじゃと呼ばれるようになった。しかし、同じ藤原北家の中でも誰が長者となるかという暗闘を一族内で繰り広げており、一族、兄弟であってもお互いを出し抜いてやろうという、見えない闘争を続けているのである。

「怨霊の噂などを流せるような者となると、何者だろうか。何か心当たりはあるのか、晴明」
「ある訳がない。だからこそ、こう悩んでいるのだ」

 晴明はそう言うと岩から立ち上がり、辺りを見回した。
 すでに祭壇は出来上がっており、あとは祓いの儀を行うばかりとなっている。
 もし、噂を流した人間が邪魔をしに来るとすれば、今夜あたりだろう。自分であれば、そうすると晴明は考えていた。祭壇を破壊し、あとは元方の怨霊のせいにすればいいのだ。元方の怨霊が、祓いの儀を邪魔し、陰陽寮でさえも手に負えない事態となった。そんな噂が流れれば、噂を流した者にとっては願ったり叶ったりとなるだろう。
 ここはひとつ罠でも仕掛けておいて、相手の出方を待つか。そう考えた晴明は、巾着の中からふたつの賽子を取り出して振ってみた。
 もしも同じ目が出たら、私の勝ちだ。そう心の中で念じながら、賽子の出目を伺う。するとふたつの賽子は、六と六の同じ目を出していた。

 その夜は雲が出ており、朧月夜となっていた。
 祭壇にのぼった晴明は篝火を焚かせ、盃を傾けながら相手が来るのを待った。
 もちろん、油断しているわけではない。周りは式人たちが固めており、誰かがやって来ればすぐにわかるようになっていた。

 どこからか龍笛の音が聞こえてきていた。この龍笛の音色は、源博雅のものだろうか。そんな想像をしながら、晴明は盃を傾ける。
 しばらく晴明は目を閉じて、その笛の音色に耳を傾けていたが、何かに気がついたかのようにゆっくりと目を開けた。
 祭壇から東の方角に人の気配があった。しかし、晴明は気づかぬふりをして、盃を傾ける。祭壇の周辺には式人たちが潜んでいた。もし、誰かが祭壇に近づいてくれば、式人たちがどうにかしてくれるはずだ。
 風が吹いた。そのせいで、月に掛かっていた雲が晴れ、月明かりが祭壇を照らす。

「良き月であるな、道真みちざね

 晴明は、東の方角に潜んでいる人物に声を掛けた。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

熟女愛好家ユウスケの青春(熟女漁り)

MisakiNonagase
現代文学
高校まで勉強一筋で大学デビューをしたユウスケは家庭教師の教え子の母親と不倫交際するが、彼にとって彼女とが初の男女交際。そこでユウスケは自分が熟女好きだと自覚する。それからユウスケは戦略と実戦を重ねて、清潔感と聞き上手を武器にたくさんの熟女と付き合うことになるストーリーです。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

滝川家の人びと

卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。 生きるために走る者は、 傷を負いながらも、歩みを止めない。 戦国という時代の只中で、 彼らは何を失い、 走り続けたのか。 滝川一益と、その郎党。 これは、勝者の物語ではない。 生き延びた者たちの記録である。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ

朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】  戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。  永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。  信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。  この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。 *ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

愛しているなら拘束してほしい

守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。

【読者賞】江戸の飯屋『やわらぎ亭』〜元武家娘が一膳でほぐす人と心〜

旅する書斎(☆ほしい)
歴史・時代
【第11回歴史・時代小説大賞 読者賞(読者投票1位)受賞】 文化文政の江戸・深川。 人知れず佇む一軒の飯屋――『やわらぎ亭』。 暖簾を掲げるのは、元武家の娘・おし乃。 家も家族も失い、父の形見の包丁一つで町に飛び込んだ彼女は、 「旨い飯で人の心をほどく」を信条に、今日も竈に火を入れる。 常連は、職人、火消し、子どもたち、そして──町奉行・遠山金四郎!? 変装してまで通い詰めるその理由は、一膳に込められた想いと味。 鯛茶漬け、芋がらの煮物、あんこう鍋…… その料理の奥に、江戸の暮らしと誇りが宿る。 涙も笑いも、湯気とともに立ち上る。 これは、舌と心を温める、江戸人情グルメ劇。

処理中です...