こもれ日の森

木葉風子

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消えゆく命 育くむ命

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こもれ日の森に住む
双子のキツネ
生まれて一年が過ぎ
少し成長したが
まだまだ甘えん坊

「ねぇ
おかあさんは?」

「ぼくも探してる
でもいないんだぁ」

家の中に見当たらない
外に出てきた双子
周りを見渡しても
誰もいない

ガサガサガサ
突然木々が揺れた
怯える双子

「おかあさん」

木陰から出てきたのは
双子の母親
まとわりつく双子

「相変わらず
甘えん坊だね」

そう言って
年老いたキツネが
現れた

「おばあちゃん」

双子の祖母

「もうすぐ
一人立ちなのに
大変たね」

「そうね
もうすぐ
おにいちゃんに
なるのにね」

「えっ!?」

お互いの顔を
見合わす双子

小動物が
住んでる
森の外れ
そこに
小川が
流れている

川のむこうは
暗くて
深い森
決して
入っては
いけない
一度足を
踏み入れると
戻って
これない

ーオオカミ谷ー

そこは
オオカミたちの森
その森を
見つめる
一頭のキツネ
懐かしそうに
木々の緑を
眺めていた
まるで
故郷を
思うような
優しい
眼差し

「おとうさん」

そこへやって来た
双子のキツネ
そう
彼は双子の
父親

「おまえたち
どうした?」

「おかあさんが
たぶんここ
だろうって」

父親の前に
座り
真剣な瞳で
彼を見る

「ぼくたちにも
教えて
ほしいんだ!
一人前の男に
なる方法!」

「おまえたち
急にどうしたんだ?」

「だって
ぼくたちに
弟か妹が
できるって
だから…」

そんな彼らを
嬉しくおもう

「オオカミの
おじさん
元気かな?」

弟が
川のむこうを
見て呟いた

「おじさん
一人で寂しく
ないのかなぁ」

そう言って
森を見つめる兄

「ケーン!」

オオカミ谷に
むかって
遠吠えする
双子

「ウォー!」

ひときわ
大きな声で
遠吠えする
父親

森に響きわたる
キツネの遠吠え

「彼らは
何してるのかね
あれじゃあ
居場所を教えてる
もんじゃないかね」

「そうね」

彼らの遠吠えを
聞きながら
話すおやく

❨自分はここにいるよ
って言ってるのよね❩

父親ギツネの
心情を思う
母親ギツネ

オオカミの
ことを思い
暗闇を
見つめる
父親
静まり返る
木々たち
遠くで鳥が
さえずる

「おとうさん」

「よし!
今から餌の
取りかた
教えるから」

「うん!」

元気よく
答える双子
仲良く
自分たちの
森へ帰っていく

ガサガサガサ
彼らの姿が
見えなくなると
木陰から姿を
現した
オオカミ

「会わなくて
いいの?」

さっきまで
さえずっていた
鳥たちが
空から
聞いてくる

「おまえたちには
関係ないだろ」

鳥たちを
にらみつける

「もう会えなくなる
かもしれないよ」

何も答えずに
木々を見つめる
オオカミ
その瞳は
木々と同じ
グリーンに
輝いていた
でも
見事に
輝いていた
シルバーの
たて髪は
色褪せていた
そう
彼の寿命は
尽きようと
していた
彼こそ
かつては
誰もが
恐れていた
“ひとりぼっちの
オオカミ”だ
やがて静かに
自分の家へと
帰る
鳥たちも
どこかへと
飛び去っていった

「おとうさん
待ってよー!」

子供たちをおいて
森を走り抜ける
父親
木々の間を
走り抜けながら
自分の子供
だった頃を思う

彼と過ごした日々
自分をオオカミだと
思っていた頃を思う

“ひとりぼっちの
オオカミ”

彼と過ごした日々は
大切な忘れえぬ日々

「おまえら
そんなんじゃ
まだまだだぞ」

やっと追いつく
双子のキツネ
父親に追いついた
ものの動けない

「だって
すごく早いから」

「あの子たち
戻ってこないね」

「きっと
父子(おやこ)の時間を
過ごしているんだわ」

「ただいま」

ひとしきり
森の中を
駆けめぐり
帰ってきた

「おかえりなさい」

優しく迎える
母親

「じゃあ 帰るね」

「おばあちゃん
また明日ね」

外にいる父親に
声をかける祖母

「彼とは
会えたのかい?」

首を横に振る彼

「そうかい…
でもね
おまえが幸せに
暮らしてるなら
彼も幸せなんだよ
それが
親ってもの
だから」

数日後
キツネの家の前で
騒ぐ鳥たち

「大変だよー!」

「どうしたの?」

慌てた様子の
鳥たちに訊ねる

「オオカミが
いないんだよ!」

「えっ?」

「だから
昨日の夕方は
家にいたのに
朝いったら
空っぽなんだよ」

「餌を探しに
いってるんじゃ
ないの?」

「でも
この頃はあまり
動けなくなってたから」

「知らなかった…」

茫然とする
父親ギツネ
双子と母親も
外に出てきた

「この間
君たちの
声を聞いて
久しぶりに
川岸まで
いったんだよ」

「じゃあ
あのとき
川のむこうに
いたんだ…」

急に走りだす
父親

「おとうさん
どこ行くの?」

川にむかって
一目散に
駆けていく

「ぼくたちも!」

双子も父親を
追いかけていく
川を越え
オオカミ谷に
足を踏み入れた
父子

誰もいない寝床
温もりさえも
残っていない
わずかに彼の
匂いだけがする
その寝床に
身体を埋める
父親
身体中に
彼を感じる
暫く動かない
その様子を
見つめる双子
やがて
身体を起こす

「さあ 行こう」

双子に
声をかける

「オオカミさん
探さなくて
いいの?」

父親に
問いかける
子供たち
寂しそうな
顔をして
双子に言う

「いいんだよ
きっと
この空のどこかで
見てくれるから」

遠い空を
見つめる父親

「さぁ 帰ろう」

オオカミの家を
あとにする
川を越え
自分たちの森に
帰ってきた
後ろを
振り返る
父親
緑の木々が
輝いていた
彼の瞳のように







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