桜色の思いで

木葉風子

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「ママー!
すごいきれいだよ!」
「ほんてねー」

中庭にやって来た親子連れが
桜を見て言ってる
小学校低学年位の女の子
右腕をギブスで固められ
肩から吊られている
ベンチに座り桜を見る親子
そして満開に近い桜の花に
誘われるように多くの人が
桜を愛でていた

いつもなら
ベンチに座り
洸を待つ詩織だが
今日は通用口の横に
ポツンと一人立って
彼が来るのを待っていた

いつも遅れずに来る
はずの洸が来ない

❨どうしたんだろう…?❩

何故か妙な胸騒ぎ

❨なにかあったの?❩

急いでエレベーターの
前に来る
暫く考えていたが
やはり気になり
エレベーターに乗った
そして“5”の数字を押した

五階に着き
エレベーターが開いた
初めて五階の病棟に
下りる詩織
一つ一つ確認していく
でも…洸の名前がない

❨どうして?❩

だって、昨日までは
確かに彼はいた!

「あの、すいません」

五階のナースステーション
忙しそうに動き回る
看護師に声をかける詩織

「はい、どうしました」

若い看護師が対応する

「こちらに入院している
男性で…」

そう問いかけたときに
五十代過ぎの看護師が
病室からこちらへ戻ってきた

「あら…あなたは」

初めて洸と会ったときに
彼を探しに来た看護師
彼女に会釈する詩織

「洸くんに会いに
来てくれたの?」

「あっ、はい」

彼女をじっと見た詩織

「でも、彼は
今朝転院したのよ」

「…転院…?」


「そうよ、ここには
検査入院のために来てたの
地元の病院に戻ったわ」

「地元…」

「あちらには
ご両親も心配して
待ってらっしゃるから…」

二人の看護師に礼を言って
ナースステーションを離れる
重い足どりで病室に戻る
夕食の時間は過ぎており
ベッドのテーブルには
夕食が置かれていた

「詩織ちゃん
どこ行ってたの?
早く夕食たべなさい」

「あっ、うん…」

返事はしたものの
食べようとしない

「どうかしたの?」

「あんまり、ほしくない」

看護師の問いに答える

「ちゃんと食べなさい」

「神谷先生」

「ほしくなくても食べる!」

厳しい表情で言う

「は~い」

「ねぇ、詩織ちゃん
明日には退院できるわよ」

「そうですか…」

「あら、どうしたの?
嬉しくなさそうね」

「そうじゃないけど…」

元気のない詩織を
切なそうに見る神谷

「二週間後に
診察に来るのよ」

「うん、わかった」

そう言うと病室を
出ていった神谷医師

翌日
「忘れ物ないわね」

「たかが10日位の入院で
荷物なんかないわよ」

そう言ってパジャマを
畳んでいるとヒラッと
何かが落ちる
それは一枚の桜の花びら
おもわずそれを拾う
そして、そっと
手帳に挟んだ

「詩織、どうしたの?」

「あっ、ううん
何でもない」

病院を出る前に
中庭に足を運ぶ
満開になり
散っていくだけの
桜の花
地面の土も桜色だ
暫く桜の中に立つ詩織
瞳を閉じ思いだす
ここで彼と過ごした
何日間のこと
そっと握り合った
指の感触
彼の優しい笑顔
詩織の頬を涙が溢れた




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