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木葉風子

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萌の生いたち②辛い出来事

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【「誕生パーティ?」
嬉しそうな顔の萌に聞く健
「うん、 今日ね
クラスメートの誕生日なの
それでね、彼女の家で
パーティするんだ!」
「でも、どうして俺が
萌を送っていかなきゃ
いけないんだよ?」
なんだか不満そうな健
「健くん、すまないね
ほんとは僕が送っていく
つもりだったんだけど…」
すまないという顔で健を
見る萌の父親
「だって、ケン兄ちゃん
ママと樹里、風邪だから
パパが看病するんだよ」

今日の誕生パーティ
町に住んでる友達の家で
することになっている
パーティのために
オシャレをしている萌
可愛らしいワンピースに
ロングブーツ姿
これで三十分近く歩くのは
なかなか大変そうだ

「なるほど~
それで今日は女の子
み、た、い、なんだね」
普段とは違う萌を見て
からかうように言った
「女の子みたいって
何よ、それ!
私はいつも女の子だよ」
ムキになって健に言う萌
「アハハ、悪い悪い!
めちゃくちゃ可愛いよ!」

「悪いなぁ、健くん
こいつ口ばかり達者で…」
困った顔で彼に謝る父親
「いいもん!
歩いて行くから!」
膨れっ面になる萌
「心配しなくても
送っていくよ!」
萌の膨れた頬を笑顔で
突きながら言った

「ほんと…?」
上目遣いに健を見る萌
「大丈夫!」
そう言って、クシャっと
萌の頭を撫でた健
「じゃあ、早く行こ!」
満面の笑顔になり
健を急かす萌

「あっ、ちょっと
その前に…ほら
おとうさんと並んで!」
「えっ…?」
「可愛い格好してんだから
記念写真だよ!」

パシャ!
健のカメラが二人を写した

「パパ、いってきます」
「楽しんできなよ
帰りは明日の昼だったね」
「うん、由季ちゃんの
おとうさんが送って
くれるからね~!」
父親に手を振り
健の車で出かけた萌

楽しい時間は
あっと言う間に過ぎていく
「今日はありがとうね」
由季が来てくれたみんなに
お礼を言った
同じ町に住む友達は
それぞれに帰って行った
村から来ているのは萌一人
由季の家に泊まる予定だ

「萌ちゃん
一緒に寝ようよね」
そう言って萌の手を取り
自分の部屋に入っていく
「おやすみなさい」
そう言って布団に入ったが
お喋りが止まらず
なかなか寝つけない二人
それでも
いつしか眠りについた

時刻は朝の五時前
初冬のこの時間
外はまだ暗闇だ
二人は寝入っていた

「由季、起きてー!」
部屋のドアが開き母親が
飛び込んできた
「えっ…何?」
寝ぼけ眼で母親を見る
「萌ちゃん
早く着替えて!」
辛そうな表情で言う母親
「おかあさん
どうかしたの?」
ただならぬ様子の母親に
不安を覚える由季

「萌ちゃんの家が…」

「家が…火事で…」

「えっ…?」

何を言われたのか
理解できなかった

「三人とも何してるんだ
すぐに出かけるぞ!」
由季の父親が大声で言った

村に向かって走る車
運転者は由季の父親
助手席には母親
後ろには由季と萌
萌の身体が震えていた
そんな彼女をギュッと
抱きしめた由季
「大丈夫だよ 萌ちゃん」
優しくそう言った

「止まってください」
村の入口付近まで来ると
警官に車を停められた
「この先は
消火活動中です」
警官と話す由季の父親
「わかりました。
では、もう少し先まで
行ってください」

一台のバイクが車の前を
走りだし誘導してくれる
五分ほど走ると
萌の家の近くまで来る
暗闇の中に赤い炎が見えた
炎の灯りで周りが見えた
火事を見る人達が目に入る
そこに車を止めた
車中から外を見ていると
警官が運転席をノットした
車のドアを開けた父親
まだ寒いはずなのに熱風が
車の中まで入ってきた
外に出る由季の両親
後ろの二人は呆然と
赤い炎を見ていた

「イヤーッ!」

大声を出し顔を伏せる萌
そんな彼女を力強く
抱きしめる由季
「大丈夫か?」
心配して声をかける父親

「萌ちゃん…」

誰かが彼女の名前を呼ぶ
顔を伏せていた萌が顔を
上げ声の主に目を合わせた

「ケン兄ちゃん」
彼の姿を見つけて
車の外に出る萌

「ウワーん!」
鳴き声をあげて
彼にしがみついた
そんな萌の背中を擦る健

「ママ…パパ…樹里…」

家族の名前を呼ぶ萌
その声が赤い炎に向かって
哀しく響いた
まるでその声に反応する
ように赤い炎が消えていく
そして赤い炎がほとんど
鎮まりかけた頃東の空が
明るくなってきた

「夜が明ける…」
集まっている人達が
白みかけた空を見て言った

消火活動を終え
燃え尽きた家の中から
三人が運びだされた
警官が萌の側に来て言う
「確認しますか?」
健や村の人達と共に来る
警官が被せていた布を取り
それを見た途端にその場に
倒れ込み気を失った萌

暫く意識を失っていた萌
気がつき静かに目を開けた
「萌ちゃん!」

「パパ…ママ…」
おもわず口にした
そして身体を起こし
目の前の人を見た

❨パパ…?ううん、そんな
確かにパパに似ている
でも…パパは…❩

「覚えているかい?
君のパパの兄だよ…」

❨パパのお兄さん?
東京にいる叔父さん…?❩

そう言われて改めて見る
確かに似ている…でも…
よく見たらパパじゃない
パパじゃ…
そう思うと涙が零れた

「萌ちゃん
君は今から
僕の娘になるんだよ」

その言葉を聞いて
伏せていた顔を上げた萌
叔父の顔をじっと見つめた
「私が叔父さんの子供?」
「そうだよ、ここを離れて
東京で暮らすんだよ」
萌の顔を見て優しく言う
その声は父親に似ていた

「入るよ」
健の声が聞こえた
萌は写真館のおじさんの
ベッドで寝ていた
健と一緒に警官が来た
「芦川さんの
身内の方ですね」
「はい。兄になります」
「お話しがあります」
「それなら別の部屋で…」
部屋を出ていく二人
その後ろ姿を目で追う萌

「萌ちゃん、はい」
健が手に持っていた
ペットボトルを渡した
「喉、渇いただろ?」
「ケン兄ちゃん…」
「ほら…」
「うん」
ペットボトルのフタを開け
一気に飲み込んだ
「しょっぱい…」
涙も一緒に飲み込んでいた
何も言わずに側に座る健
ガチャリ
扉が開き叔父さんか来る
「萌ちゃん
焼けた家に行くよ」
「えっ…?でも…」
「何か残ってるかも
しれないからね」

車の中から見た光景
赤い炎の中に燃え盛る家
そして家の中には…
おもわず顔を伏せる萌
「俺も一緒に行くよ」
萌の頭を撫でながら言う
「ケン兄ちゃん」
伏せていた顔を上げ
健をじっと見つめた

「なんにもないよ…」
焼け野原に呆然と立つ萌
彼女の側には叔父さんと健
「萌ちゃん」
そのとき彼女を心配した
友達が駆け足で来た
みんなの顔を見た途端に
その場にしゃがみ込む萌
みんなも座り込んだ

「私、もうここには
居られないの…」
涙声で言う萌
「えっ?萌ちゃん
それ、どういうこと?」
おもわず聞き返す由季
「私、東京の叔父さんの
家に行くことになったの」
萌の周りにいるみんなが
一斉に彼女を見つめた

「萌は僕の家で
暮らすんだよ」
子供達の前に来た萌の叔父
みんなが彼の顔を見る
「萌ちゃんのパパだ」
「違うよ!よく似てるけど
だって萌ちゃんのパパは」
ざわつく子供達
そんな子供達に話しかける
「僕は萌のパパの兄なんだ
東京には萌のおばあちゃん
僕の息子達もいるからね
みんな萌のこと心配して
待ってるんだよ」
そう言って萌を優しく見た

「ありがとう、みんな
心配してくれて…」
「萌ちゃん」
「いやだよ!
いなくなっちゃうの?」
口々に話しだす子供達
「そんなこと言っても
しかたないでしょ!」
口々に言うみんなを
由季が制した
「由季ちゃんは萌ちゃんが
いなくなっても平気?」
その言葉を聞いてビクッと
肩を震わせ涙を流す由季
「平気なわけ、ないわ」
そう言って萌を見る由季
「あたしだって…」
その後は何も言えない

そこにいた子供達が
一斉に泣きだす
泣きだす子供達の元に
向かって歩く健
「ケンにいちゃーん」
彼にしがみつく子供達
少し離れた場所で
その様子を見守る大人達

「あの子たちには
辛い経験だな…」
誰かがボソッと言う
「でも、一番辛いのは
萌ちゃんだよ」
写真館の主人が切なく言う
「萌は僕が責任を持ちます
亡くなった三人のためにも
立派に育てますから…」
子供達を見つめながら
力強く言った

暫く続く子供達の泣き声
「おまえら、そこまでだ!」
突然大きな声で健が叫んだ
おもわず彼を見上げる
「何を泣いてるんだ!」
厳しい表情で子供達を見る
「だって…」
泣きじゃくった顔を健に
向けた子供達
「泣いていいのは
萌ちゃんだよ…」
健の側に立つ彼女を
そっと抱きしめた

「ケン兄ちゃん」
彼の大きな胸に抱かれた萌
優しく背中を撫でられ
涙が溢れた
「おもいっきり
泣いていいんだよ」
そんな二人を見る子供達
「萌ちゃん」
泣いてる彼女に由季が言う
「たとえ離れ離れでも
あたしたち友達だよ!」
「そうだよ、みんな
ずーと友達だよ!」
「ありがとう、由季ちゃん
みんな…」
健から離れ友達の元へ行く】


「それで萌ちゃんは村を
離れることになったの?」
優しく問いかける時
「うん。東京の叔父さんの
家に引っ越したの」
少し寂しそうに話す萌

「で、その家で
嫌な思いをしたんだ…」
苦笑いを浮かべて言う奏
「違うわよ!
叔父さんも叔母さんも
従兄弟のお兄ちゃん達も
ほんとに可愛がって
くれたわよ」
おもわず言い返す萌
「ほんと、失礼なんだから
私も何度も行ってるけど
みんな優しくて素敵な人
ばかりなんだからね」
双葉も萌に同意して
奏に反論した
「へぇ~双葉ちゃんは
彼女の家に行ったこと
あるんだなぁ!」
二人を同時に見る奏
「うん、萌ちゃんの
従兄弟の一人と満弥が
高校の同級生なのよ」

「ふ~ん
いろいろと縁があるんだ」
奏がボソッと言う
「縁…?」
「そう…
世の中はいろんな縁で
結ばれているんだよ」
カウンターの中にいる
時が言った

「そうだ、もう一つ大事な
頼みごとがあるんだ」
何かを思いだしたように
カウンターの中の時に
話しかける双葉
「何?他にも探したい人
いるのかな?」
双葉を見つめ聞き返す時
「仕事のことじゃないの
あのね、写真展をする場所
借りられないかなって…」

「写真展…?」

「萌ちゃんの写真
すごく素敵なんだよ!
だからみんなにも
見てもらいたいなって」
「へーえ、萌ちゃん
写真撮ってるの?」
奏が彼女に訊ねる
「うん。高校卒業してから
写真の専門学校に行ってる」
「じゃあ
カメラマンになるんだ」
「そんな簡単じゃないわ」
ため息混じりに返事する萌

「でも、どうして写真
やりたいって思ったの?」
双葉が改めて訊ねた
「ケン兄ちゃんがね
写真を探してくれたの」
「写真…?」
何かを思いだすように
遠くを見つめながら話す萌

【「萌ちゃん…」
全焼した家の前で呆然と
する彼女に声をかける
「ケン兄ちゃん
私、ここを離れたくない」
「でも、君一人で
暮らせないだろ…?」

「わかってるよ…
でも…
でも…
何もなくなっちゃんだよ
家も…
パパも…
ママも…
樹里も…
私までいなくなっなら…」
その場にしゃがみ込んだ萌
彼女に寄り添うよう健
「私までいなくなったら
誰も私達のこと
忘れちゃうよ…」
しゃがみ込んだまま
その場を動こうとしない

「萌、街のホテルに部屋を
取っているから行こう」
彼女の叔父が来て話しかける
それでも動こうとしない萌

「そんなことないよ!」
健が萌にはっきりと言った
「萌ちゃん達家族が
ここにいた証(あかし)は
ちゃんとあるから!」
「えっ…?」
しゃがみ込んでいた萌が
おもわず立ち上がった
「これはまだ一部だけど」
そう言って封筒を萌に渡した

「ケン兄ちゃん
これは…?」
「君達、家族の写真だよ
今、おじさんが写真館で
撮った写真を探してるから」
受け取った封筒を開ける
中には数十枚の写真
その中の一枚を手に取る

「この写真…」

オシャレをした萌の隣で
少し照れながら写る父親
由季の家に行く前に
健が撮った写真
父親と一緒に写る最後の写真

「パパ…」

笑顔で手を振って別れたのは
わずか数日前のこと
写真の中の父親をじっと見る
叔父が彼女の側に行き
その写真を一緒に見た
「いい写真だな」
「叔父さん…」
「あいつはちゃんと
生きてるよ」
萌の肩に手を乗せ優しく言う

「萌のパパもママも樹里も
ここの人達の心の中に
いつまでもいてくれるよ」
「心の中…」
「そうだ、たとえ萌が
ここを離れても
ここにいる人達は
いつまでも家族だし
いつまでも友達だよ」
「ここにいなくても?」
「そうだよ、萌ちゃんと
ずっと友達だよ」

由季や数人の友達が
萌の側にやって来る
「萌ちゃんが
東京に行ってもずっと…」
「由季ちゃん」
抱き合う萌と由季
他の子供達も二人を囲んだ

「心配しなくても大丈夫
だから叔父さんの家に
行こう」
みんなの輪の中にいる萌に
そう言って話しかける
その言葉を聞いてみんなを
見つめる萌
「萌ちゃんが東京に行っても
友達だってことは
ずっと変わんないよ」
みんなが萌に言う
「ありがとう
そうだよね
ずっと友達だよね」
暫く抱き合う子供達

「萌ちゃん
写真館に行こうか」
「写真館…」
「他にも写真が
見つかってるだろうから」

健と一緒に写真館に向かう
萌と子供達
やがて写真館に到着する
そのとき扉が開き
サンタのおじさんが来た

「おじさん…」
萌がおじさんを見た
「中に入って…」
彼の言葉に促され入る
一緒についてきた子供達と
萌の叔父も中へと入った
「おじさん、これは…」
撮影用の部屋に置いてある
テーブルの上に写真
「君達家族の写真だよ」

家族写真
そう、昔から年に何回か
この写真館で写していた
そこにはたくさんの笑顔の
萌の家族が写っていた

「生きてるよ…」
そこに写っている
パパやママ、樹里
みんな生き生きとした顔

「萌ちゃんは
一人じゃないよ
ここにみんな一緒にいるよ
それに叔父さんの家族だって
萌ちゃんのこと心配して
待ってくれてるだろ」
サンタのおじさんが萌の頬を
撫でながら語りかけてくれた

数日後
萌が村を離れる日
家が合った場所を
じっと見つめる萌
萌と家族が暮らしていた
その場を離れようとしない
まるで十二年間の記憶を
しっかりと刻み込むように

「萌ちゃん」
村の子供達
町に住むクラスの友達
村の大人達
サンタのおじさん
そして…ケン兄ちゃん
みんな集まっている
そこへ一台の車
運転席には叔父さん

「みんな、ありがとう」
集まってくれた人達に言う
「萌ちゃん、元気でね」
「いつでも帰ってきて」
「手紙、ちょうだいね」
それぞれに声をかける

やがて車に乗った萌
「みんな、さよなら」
そして、村から去って行った



  
 








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