珈琲いかがですか?

木葉風子

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奏の思惑(おもわく)

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その日の夜
「で、おまえの見解は?」
夕食を食べながら時に聞く
「その世界では
名の知れた人だと思うよ」
「その世界…?」
「写真家といっても
いろんな業種があるからね」
「まあね
でもさ、そんな有名な
写真家がどうして村の
写真館をすることに
なったんだろうなぁ…」
「そのことも彼のことが
判ればはっきりするかな」

「写真家…ねぇ」
何かを考え込む奏
「どうかしたのか?」
夕食を食べ終え食器を
片付けながら訊ねる時
「ちょっとね
頼まれ事を思いだしてね」

時が重ねた食器と自分の
食器をトレイに乗せ
椅子から立ち上がりながら
答える奏
カウンターの中へと入る
後から時も付いてくる
食器を洗い始める奏
「で、頼まれ事って?」
洗い終わった食器を
拭きながら聞く時

「ちょっと、モデルをね…」
「モデル?」
「ほら、前にさモデルの
ストーカーを捕まえたこと
あっただろ!
そのときのモデル事務所の
社長がさ、雑誌のモデルを
しないかって言われてた
それだけの話だよ…」
「へぇー
それは知らなかったな」

「いつでもいいから
やる気があったら連絡
くれって言われてる」
食器を洗い終えタオルで
手を拭きながら言う
「それで
どうする気だ?」
「なにがさ?」
「だから
何考えてるんだ?」
「まぁ、ちょっとね」
意味有りげな顔になる奏

日曜日、午後
喫茶店「古時計」
ほとんど客のいない店内
カウンターには時
いつもの席に座る客
その前に座っている奏

「いいのかい
ここで仕事さぼって…」
「おやじさんこそ
こんな時間に来るの
珍しいよね」
ニヤッと笑い、彼を見る奏
「私は一日中暇だからな」
同じくニヤッと笑い返した

そのとき、扉の鈴が鳴り
客が入って来る
椅子から立ち上がる奏
「いらっしゃいませ」
そこには若い一人の女
初めて見る客だ
年の頃は二十歳ぐらい
ストレートの胸までの黒髪
意志の強そうな大きな黒目
グレーのパンツスーツ
大人びた雰囲気が漂う

「すいません
こちらに双葉さん
いらっしゃいますか?」
「双葉ちゃん…ですか?」
「はい。
ここで待ちあわせなんです」
普段なら朝からバイトだが
今日は休んでいた
「彼女は休みですが…」
奏が答えていると鈴が鳴った
「ごめんなさい
遅くなって…」
双葉が走って来た
後ろには萌もいる

「由季ちゃん」
彼女に抱きついた
「萌」
ギュッと抱き返す黒髪の女
彼女の黒髪が背中で揺れる
「まるで久しぶりに会った
恋人みたいだわね」
小さくため息をついて
呆れた様子で言う双葉
「そうね、恋人だもんね」
萌を抱きしめたまま
双葉にVサインをだす
「あっ、あの由季ちゃん」
慌てて彼女から離れる萌
「なーんて、冗談よ冗談」
大きな黒い瞳で萌を
じっと見つめながら言った

「どうやら、お邪魔だな
これで帰るよ」
いつもの席から立ち上がり
カウンターに来て言った
「おやじさん…」
「ご心配なく
君達の本業には
かかわらないからね」
ニコッと笑い出ていった
入口の扉には“本日閉店”の
札を下げカーテンを閉めた
「三人とも、席について」
時が女性達に言う
「そうね、立っていたら
話しできないわね
二人も座ってよ」
双葉が萌と由季に席に
着くように促す

「初めまして
大岡由季です」
彼女が時と奏に頭を下げる
由季がテーブルに
書類と写真を拡げる
一枚の書類を手に取る時

[三田健九郎
   ミタ ケンクロウ]

それを覗き込む奏
「へぇー、ほんとに
サンタクロースなんだ」
「えっ…?」
萌が奏の顔を見る
「なにがなの?奏さん」
「写真館のおじさんの名前
読み方を変えれば
サンタクロースって読める」
書類に書かれた名前を指した
「ほんとだね」
双葉もそれを見て
笑いながら言った

「あたしも名前を見て
そう思ったわ」
顔色ひとつ変えず言う由季
「それで、この写真は?」
数十枚ある写真を見る時
「サンタのおじさんの家に
あった写真よ…
亡くなった後に家を整理
して出てきたらしいわ」
一枚の写真を手に取り答える

「村で一番親しくしていた
おじいさんが保管してて
くれたのよ」
「そのおじいさん
サンタのおじさんのこと
どんな風に言ってたかな?」
由季の手にある写真を
見ながら聞く奏
「ある日にね、
ふらっと村にやって来て
あの場所が気にいって
住み着いたんだって」

「なんだか、それって
ケン兄ちゃんみたいだね」
二人の話しに割って入る萌
「萌…」
「ケン兄ちゃんも
ある日やって来て
村に住み着いたんだよ」
由季の顔を見て言う萌
「これは村の風景かな?」
テーブルにある写真には
のどかな景色が写っている
「うん、そうだよ」
懐かしそうに写真を見る萌
「ここがすごく
気にいったのかもね」
萌が持っていた写真を
取り見上げた由季

「じゃあ
この書類借りるね」
封筒を持って自分の部屋に
戻ろうと立ち上がる時
「じゃあ、頼むねー」
時の背中に声をかける奏
何も言わずに出ていく時

「時にまかしておけば
サンタのおじさんの正体
すぐにわかるよ」
テーブルの写真を片づけ
ながら言う奏
「奏さんは何するの?」
飲み終わったカップを
片付けながら聞く


    
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