珈琲いかがですか?

木葉風子

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双葉の成人式③

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成人式当日の朝
喫茶「古時計」の扉を
開ける人影
「おはよう、時
珈琲頼むよ」
そう言ってカウンターに座る
「直人さん
今日はやけに早いね」
水とおしぼりを出す奏
「おはよう、奏
相変わらず陽気だな」
と言って店内を見回す直人
「残念でした!彼女達が
来るのはも少し後だよ」
ニタニタ笑って直人を見た
「別に待ってる
わけじゃないよ!」
「照れなくていいの
二人は十時過ぎには来るよ」

「はい、どうぞ」
珈琲を直人の前に置く
挽きたての豆の香りが
漂っている
一口飲む直人
赤くなっていた顔も
元に戻り落ち着いてきた
そんな直人を見て口もとに
笑みを浮かべる時
「なんだ、おまえまで
人のことからかうのか?」
少し拗ねた言い方で時に絡む
「からかってませんよ
ただ、羨ましいなとは
思ってますよ」
「羨ましいって…
奏に言われるのは平気だよ
でも、時に言われると
なんだか恥ずかしいなぁ…」

龍谷家の玄関前

「双葉ちゃん、も少し
おとうさんにちかづいて
おとうさん、リラックス
してください」

カメラのファインダーを
覗き込みながら双葉親子に
言っている萌、彼女に言われ
少しだけ父親に近寄る

「おとうさん
緊張しなくていいわよ」
父親に声をかける
「ああ、わかってるよ」
と言いながら娘を見つめた

「じゃあ、撮りまーす
こちらを見てくださいね
3・2・1・!」
パシャという音と共に
フラッシュが光った

「じゃあ、私も一緒にね」
そう言って父娘の間に
入ってくる母親

双葉を真ん中にして写す
カメラを向けながら
羨ましく思う萌

❨私も両親と一緒に写真
撮りたかったなあ…❩

そう思いカメラを向ける
「三人とも
カメラを見てね」
萌の声でしっかりと
前を向く双葉と両親

「やっぱり女の子は
いいわよね」
撮影風景を見守る母と息子
「あの振り袖はね
一実が着てたのよね」
「知ってるよ
双葉から聞いてるから」
そう答える満弥
「ふふ、すっかり仲良しね」
その言葉に下を向いた満弥 

「ありがとう、萌ちゃん」
双葉の両親に頭を下げられ
恐縮する萌
「いいえ、私は何も…
写真は後で持っていきます」
萌も頭を下げて言った
「萌ちゃんは
成人式でないの?」
「はい、正月に故郷の
成人式に出ましたから」
「だから言ったでしょ
由季も一緒だったんだから
写真だって見たじゃない」
双葉がため息混じりに言う

「それは聞いたけど
でもね、萌ちゃんの
おばあさんは写真じゃなく
実際に見たかったと思うわ
あちらも男ばかりでしょ」
そう言って萌を見た
その言葉に少し寂しげな
顔をする萌
「やっぱりそうかなぁ…」
元気なく言う萌

「おばあさんは喜んでるよ
亡くなったご両親に代わって
大人になった萌ちゃんと
一緒にいられるのが
凄く幸せなはずだから」
双葉の父親が言う

「ほんとにそうだと
嬉しいわ…」
少し悲しげに言った萌

「もし僕が娘を残して
死んでしまったら
心配で心配でしかたないよ
幽霊になってでも側にいる
幸せになるようにって
見守ってるさ!」
「おとうさん
なんだか怖いわよ」
「そうか、確かにそうだな
でも、だから、きっと
ご両親はおばあさんや
お兄さんの家族に
感謝してるよ…
こんなに素敵なレディに
育ててくれたんだから」
「おとうさんにしては
珍しくいいこと言うね」
双葉に褒められ照れる父親

「ほんと、そうだよね
親がいるのが当たり前で
感謝の言葉言ってないわ」
由季が感慨深げに言う
「しゃあ、今からでも
どんどん言えばいい
機会はあるんだからね」
寂しげな瞳で由季と萌を
見つめる萌
「うん、そうだよね」
萌を見て頷く双葉と由季

「双葉、
そろそろ時間だよ」
「うん、わかってるよ」
満弥にそう答えた
「悪いね満弥、娘のこと
送ってくれるんだろ」
「気にしないでください
僕も出かけますから」
そして駐車場へ歩きだす
そんな双葉の様子を見ながら
最後に父親と交わした言葉を
思いだす萌

「萌…」
心配そうに彼女を見る由季
そして、お互いに目が合った
「大丈夫よ、由季」
少し寂しげな顔で言った
やがてみんなの前に車が来た
運転席の窓が開き顔を出す
「三人とも早く乗って」
助手席に双葉、後部席には
萌と由季が乗り込んだ
「じゃあ、満弥
気をつけてな!」
「はい、おじさん」
「おとうさん、おかあさん
いってきまーす」
両親に見送られ会場へと
走りだした車

「何時頃
迎えに行けばいいの?」
「そうね、一時ぐらいかなぁ」
運転中の満弥に言った双葉
「それから『古時計』に
行くからね。なんだか
知らないけどみんな楽しみに
してるみたいなのよね」
「なるほど!女性陣は
時さんと奏さんが目当てで
集まるわけなんだね」
「ほんと、いい男見つけると
目の色変えて追っかける
そういうことなんだから」
呆れた表情で前を見る双葉

「あら、でもみんなの
気持ちわかるな~
だって、あの二人ほんとに
カッコいいじゃない!」
ウキウキした口調で言う由季
「うん、それは
間違いないわよ!」
萌までもが由季に同意する
「確かに見た目はいい男
だけどどうなんだろうね
性格はいろいろと難あり
な気がするんだけどね」
「酷いよ双葉ちゃん」
後部席の二人が一斉に言う
「あら、事実なんだから!」
ムスッとした顔で言う双葉

三人の会話を苦笑いしながら
聞いている満弥
順調に走り続ける車
やがて成人式の会場に到着
「じゃあ、後でね」
一人車から下りる双葉を
見送り車が発車した
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