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1. Black Sheep
2-4.
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「ヴィクター、これからホワイトチャペルに向かう。まずは装備を補充したい」
ジョンの一言に、ヴィクターは口に含んでいた紅茶を吹き出し、咳き込んだ。
「英国の闇を凝縮した泣く子も黙るイーストエンドのホワイトチャペルだぞ。そこに一人で行くのかい!?」
「一人じゃねーよ。メアリーに案内して貰う、その『ママ』とか言う奴のところにな」
今度はメアリーが紅茶を吹き出す。傍にいたジュネが、慌てて彼女の口元をタオルで拭った。
「君は一体何を言っているんだ? 危険にも程がある」
「うるさいな。お前はいつも大袈裟なんだよ。――とにかく、今はこれだけしか持っていないんだ」
ジョンはモッズコートのポケットの中をまさぐり、取り出した物を机に並べていく。
文庫サイズの聖書、十字架のネックレス、ツールナイフ、聖水を詰めた小瓶が三つ。それから聖書の一文が刻印された金の指輪が四つと、左手首に巻かれたロザリオが一環。これが今、彼が所持している装備だった。
「……これだけかい? 幾らなんでも心許ないにも程があるよ」
「だから、欲しいと言ったんだろうが。僕は親父と違ってあくまで『普通』なんだ。悪魔と渡り合うには武器がいる。ナイフや剣があればいいんだが……」
「悪魔に太刀打ち出来る『神聖性』のある刃物は持ってないよ。拳銃と銃弾ならあるけど」
「銃か……。僕は銃が嫌いなんだ……」
「そんなに銃は信用ならないかい? 相手に近付かなくてもいい便利な武器だと思うけどねえ」
「僕が昔、拳銃の引き金を引いた時、なんと弾が詰まりやがったんだ。いざと言う時に、そんな事態に陥ったらどうしてくれる」
「どうしようもないねえ」
ヴィクターののんびりとした口調に、苛立ちでジョンのこめかみがひくついた。彼の機嫌を敏感に察したヴィクターは、サッと表情を変えた。
「とにかく、装備だ。そうだね……、聖水なら備蓄がある。ヨルダン川のだ。それを何か適当な小瓶に移すとしよう。それから――」
「何か殴り付けられるような物はないか?」
「……君は本当に殴るのが好きだねえ」
ヴィクターの呆れ顔に、ジョンは「うるせえ」と吐き捨ててから、
「自分の五体以上に信じられる物はない」
それは、彼が父親から受け継いだ信条だった。
「うーん、生憎と君が喜びそうな一品は持ち合わせていないね」
ヴィクターは机の引き出しや棚の中を漁るが、やがてジョンに振り返って肩を竦めた。
「自分の部屋にはないの?」
ジュネの言葉に、ジョンは首を振った。
二階にあるジョンの部屋は、元々はシャーロックが探偵事務所として使っていた部屋だ。悪魔などの侵入を防ぐ為の強力な魔除けを施してはあるが、
「知っているだろう、あいつの武器はその身一つだ。装備なんて何も要らない。だから僕の部屋には何もないよ」
ジョンはどこか恨めしそうにそう言った。
「君は体だけは本当に、至ってノーマルだからねえ……」
ヴィクターが球形の小瓶に聖水を詰め、ジョンに手渡しながらそう言った。
「それじゃあ、ジョンにいい物をあげるわ」
なぜか得意げに笑うジュネが、後ろ手に握る何かを差し出した。
「あン?」ジュネの小さな手に乗る鈍い鋼色の物体に視線を落としたジョンの眉間に皺が寄る。「……なんだそれは。どこかのゴーストハウスから持ち出した曰く付きのアレか?」
「違うわよ。私が作ったの!」
彼女は掲げた手を開き、取り出した物を揺らしてみせた。それは鎖で繋がれた鉄製の十字架だった。鎖の全長はおよそ二メートル強あり、先端の十字架に繋がっていた。十字架には幾つかの穴が開いており、神聖と言うより奇妙だった。
「……なんだそれは。お前はまた訳の分からない物を作って……」
ジョンは頭を抱える。手先が器用なのはいい事なのだが、ジュネの創作物は一見して理解出来る事は殆どに関して、不可能だった。
「ちょっと頭を抱えないでよ! これはね、武器よ。ジョンの身を護ってくれるよう、精一杯祈りながら作ったんだから!」
そう言って、ジュネはジョンの手に鎖付き十字架を押し付けた。ジョンはしげしげと手の上にあるそれを眺める。
「……この穴は一体なんの為に開いている?」
「振り回してみれば分かるわよ」
ジュネは腰に手を当て、自慢げに鼻を鳴らした。いわゆる、ドヤ顔である。
「振り回して使うのか? それじゃ、まるで鎖鎌だ」
ジョンは「ふぅん」と鼻を鳴らして、首を傾げてジュネお手製の十字架を見詰める。
ジュネは良く分からないモノを作るが、役に立たないモノは作らない。
この鎖の重みは、彼女の祈りの重み。ジョンは懐に仕舞ったその重みに、少しばかりの勇気を得た。
「ま、何もないよりかはマシだろうな」
しかし、ジョンは素直じゃない。こんなぶっきら棒な態度しか出来ない、捻くれた奴だった。
「あーっ、またそういう事を言う……!」
不満そうに頬を膨らませるジュネに、ジョンは意地の悪い笑みを浮かべて見せる。
「そんな事よりも、メアリーの方が先決だ」
ジョンはジュネに彼女の上着を催促する。サイズの問題で、彼女しかメアリーに合うであろう上着を持っていないからだ。
「……本当に、行くの?」
コートを受け取ったジュネが、消え入りそうな声を出して俯いた。ジョンは彼女の様子を見て、頭を掻いた。
「あー……、悪い。まず君の了解を得るのが先だった。一緒に来てくれると、助かる」
メアリーは俯いて黙ったままだった。ジョンは返答があるまで、黙って待った。
「……それで、私の家族が助かるなら」
やがて顔を上げたメアリーが、ジョンを真っ直ぐに見ながらそう言った。ジョンは微笑んで、彼女の頭を撫でる。
「ありがとう。それじゃあ、善は急げ――だ」
ジョンは言葉通り、すぐに部屋を後にしようとドアノブに手を掛けた。それをヴィクターの声が追う。
「ジョン! 医者という立場から言うが、君だって病み上がりの身だ。あまり無理はするなよ!」
ジョンは首だけ振り返り、歯を剥いた。
「よけいなお世話だ。僕はもう大丈夫だよ」
そう言って部屋を去るジョンと彼を追うメアリーを、ヴィクターはジュネと共に見送った。やがてハアと溜め息を吐いて、天井を見上げる。
「果たして、本当にそうなんだろうかねえ……」
ジョンの一言に、ヴィクターは口に含んでいた紅茶を吹き出し、咳き込んだ。
「英国の闇を凝縮した泣く子も黙るイーストエンドのホワイトチャペルだぞ。そこに一人で行くのかい!?」
「一人じゃねーよ。メアリーに案内して貰う、その『ママ』とか言う奴のところにな」
今度はメアリーが紅茶を吹き出す。傍にいたジュネが、慌てて彼女の口元をタオルで拭った。
「君は一体何を言っているんだ? 危険にも程がある」
「うるさいな。お前はいつも大袈裟なんだよ。――とにかく、今はこれだけしか持っていないんだ」
ジョンはモッズコートのポケットの中をまさぐり、取り出した物を机に並べていく。
文庫サイズの聖書、十字架のネックレス、ツールナイフ、聖水を詰めた小瓶が三つ。それから聖書の一文が刻印された金の指輪が四つと、左手首に巻かれたロザリオが一環。これが今、彼が所持している装備だった。
「……これだけかい? 幾らなんでも心許ないにも程があるよ」
「だから、欲しいと言ったんだろうが。僕は親父と違ってあくまで『普通』なんだ。悪魔と渡り合うには武器がいる。ナイフや剣があればいいんだが……」
「悪魔に太刀打ち出来る『神聖性』のある刃物は持ってないよ。拳銃と銃弾ならあるけど」
「銃か……。僕は銃が嫌いなんだ……」
「そんなに銃は信用ならないかい? 相手に近付かなくてもいい便利な武器だと思うけどねえ」
「僕が昔、拳銃の引き金を引いた時、なんと弾が詰まりやがったんだ。いざと言う時に、そんな事態に陥ったらどうしてくれる」
「どうしようもないねえ」
ヴィクターののんびりとした口調に、苛立ちでジョンのこめかみがひくついた。彼の機嫌を敏感に察したヴィクターは、サッと表情を変えた。
「とにかく、装備だ。そうだね……、聖水なら備蓄がある。ヨルダン川のだ。それを何か適当な小瓶に移すとしよう。それから――」
「何か殴り付けられるような物はないか?」
「……君は本当に殴るのが好きだねえ」
ヴィクターの呆れ顔に、ジョンは「うるせえ」と吐き捨ててから、
「自分の五体以上に信じられる物はない」
それは、彼が父親から受け継いだ信条だった。
「うーん、生憎と君が喜びそうな一品は持ち合わせていないね」
ヴィクターは机の引き出しや棚の中を漁るが、やがてジョンに振り返って肩を竦めた。
「自分の部屋にはないの?」
ジュネの言葉に、ジョンは首を振った。
二階にあるジョンの部屋は、元々はシャーロックが探偵事務所として使っていた部屋だ。悪魔などの侵入を防ぐ為の強力な魔除けを施してはあるが、
「知っているだろう、あいつの武器はその身一つだ。装備なんて何も要らない。だから僕の部屋には何もないよ」
ジョンはどこか恨めしそうにそう言った。
「君は体だけは本当に、至ってノーマルだからねえ……」
ヴィクターが球形の小瓶に聖水を詰め、ジョンに手渡しながらそう言った。
「それじゃあ、ジョンにいい物をあげるわ」
なぜか得意げに笑うジュネが、後ろ手に握る何かを差し出した。
「あン?」ジュネの小さな手に乗る鈍い鋼色の物体に視線を落としたジョンの眉間に皺が寄る。「……なんだそれは。どこかのゴーストハウスから持ち出した曰く付きのアレか?」
「違うわよ。私が作ったの!」
彼女は掲げた手を開き、取り出した物を揺らしてみせた。それは鎖で繋がれた鉄製の十字架だった。鎖の全長はおよそ二メートル強あり、先端の十字架に繋がっていた。十字架には幾つかの穴が開いており、神聖と言うより奇妙だった。
「……なんだそれは。お前はまた訳の分からない物を作って……」
ジョンは頭を抱える。手先が器用なのはいい事なのだが、ジュネの創作物は一見して理解出来る事は殆どに関して、不可能だった。
「ちょっと頭を抱えないでよ! これはね、武器よ。ジョンの身を護ってくれるよう、精一杯祈りながら作ったんだから!」
そう言って、ジュネはジョンの手に鎖付き十字架を押し付けた。ジョンはしげしげと手の上にあるそれを眺める。
「……この穴は一体なんの為に開いている?」
「振り回してみれば分かるわよ」
ジュネは腰に手を当て、自慢げに鼻を鳴らした。いわゆる、ドヤ顔である。
「振り回して使うのか? それじゃ、まるで鎖鎌だ」
ジョンは「ふぅん」と鼻を鳴らして、首を傾げてジュネお手製の十字架を見詰める。
ジュネは良く分からないモノを作るが、役に立たないモノは作らない。
この鎖の重みは、彼女の祈りの重み。ジョンは懐に仕舞ったその重みに、少しばかりの勇気を得た。
「ま、何もないよりかはマシだろうな」
しかし、ジョンは素直じゃない。こんなぶっきら棒な態度しか出来ない、捻くれた奴だった。
「あーっ、またそういう事を言う……!」
不満そうに頬を膨らませるジュネに、ジョンは意地の悪い笑みを浮かべて見せる。
「そんな事よりも、メアリーの方が先決だ」
ジョンはジュネに彼女の上着を催促する。サイズの問題で、彼女しかメアリーに合うであろう上着を持っていないからだ。
「……本当に、行くの?」
コートを受け取ったジュネが、消え入りそうな声を出して俯いた。ジョンは彼女の様子を見て、頭を掻いた。
「あー……、悪い。まず君の了解を得るのが先だった。一緒に来てくれると、助かる」
メアリーは俯いて黙ったままだった。ジョンは返答があるまで、黙って待った。
「……それで、私の家族が助かるなら」
やがて顔を上げたメアリーが、ジョンを真っ直ぐに見ながらそう言った。ジョンは微笑んで、彼女の頭を撫でる。
「ありがとう。それじゃあ、善は急げ――だ」
ジョンは言葉通り、すぐに部屋を後にしようとドアノブに手を掛けた。それをヴィクターの声が追う。
「ジョン! 医者という立場から言うが、君だって病み上がりの身だ。あまり無理はするなよ!」
ジョンは首だけ振り返り、歯を剥いた。
「よけいなお世話だ。僕はもう大丈夫だよ」
そう言って部屋を去るジョンと彼を追うメアリーを、ヴィクターはジュネと共に見送った。やがてハアと溜め息を吐いて、天井を見上げる。
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