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第6話 KINDERGARTEN SISTER⑥
しおりを挟む翌日も劇のリハーサルは行われた。相変わらず配役で揉めてはいるが、園児たちはみな自分のセリフや流れを覚えてきている。
カブ役のるいが動こうともしないのが今のフランチェスカの頭痛のタネだ。
リハーサルを終え、昼食のあとはお昼寝の時間だ。教室に布団を敷くとすかさず園児たちが飛び込んだり、潜り込む。
「こら! 布団の上ではしゃがないの!」
やっと園児たちが全員寝たのを確かめると、すとんと椅子に腰かける。
みな気持ち良さそうに眠っている。
こういう時だけは静かね……。
日頃の疲れからか、うとうとと眠気が襲う。保育士は園児たちを見守る必要があるので眠ってはいけないのだが、睡魔には勝てなかった。
フランチェスカがすーすーと寝息を立てたのをるいとたかおが片目を開けて確認する。
音を立てないよう静かに布団から出ると、まさとを起こす。
まさとが目を覚ますとしーと人差し指を口に当てて一緒に来るよう促す。
園内の庭を奥へと進み、森の中を進んで注意書きの立て札を無視して先に入ると、そこは沼沢地だ。
るいとたかおの二人に連れられたまさとはきょろきょろとあたりを見回す。そしてぶんぶんと首を振る。
せんせいがここにはいっちゃダメだって……。
そう口にしたいが、舌が思うように動いてくれない。
そんなまさとをふたりのいじめっ子がにやにや笑う。ここならいくら大声を出しても先生に聞かれることはない。
「なぁ、ふぁいぶれんじゃーごっこしようぜ」
るいの提案にまさとがまた首をぶんぶんと振る。
「でたな! かいじんめ!」
るいがポーズを取る。主人公の決めポーズだろう。
無理やり怪人役にされたまさとはたかおによって後ろから羽交い締めにされていた。
「いくぞ! れんじゃーきぃーっく!」
るいの足がまさとの腹に当たる。まさとが痛みのあまりに呻く。たかおが離すと腹を押さえたまま、その場にうずくまった。
「せいぎはかつのだ!」
最後の決めセリフを発しながら再びお決まりのポーズ。
「せんせーにみつからないうちにかえろうぜ」
「うん!」
まさとはまだうずくまったままだ。
「せんせーにはいうなよ?」とたかおが釘を刺して踵を返す。
「あしたもやろーぜ。ふぁいぶれんじゃーごっこ」
子分のたかおがうんうんとうなずく。
「あしたはなんのわざだそーかな?」
必殺技を考えながら足を踏み出そうとした時だ。固い地面のはずが、ずぶりとはまった。
草に覆われて見えなかったが、そこは沼だった。しかも底なしのように深い。
ずぶずぶと少しずつ沈んでいき、腰まではまっているので、もがいてももがいても出られない。
「た、たかお、たすけて……」
るいの顔が涙目になる。
だが、たかおは恐怖心に駆られてかそのまま逃げ出す。
「なんだよぉ! たすけろよ! おれはえらいんだぞ!」
いくら戻ってこいと言っても虚しく響くだけだ。
るいの顔が涙と鼻水でくしゃくしゃになる。
「たすけて! たすけてよぉお!」
途端、草がかさかさと鳴る。
たかお……?
だが目の前に現れたのはいじめていたまさとだ。
「まさと……」
さっきまでいじめていたのだ。助けてくれるはずがないだろう。
たすけて……と口をぱくぱくさせる。
ぐいっと腕が引っぱられる。まさとが沼から引き上げようと引っぱったのだ。だが、そこはまだ子どもだ。非力な子どもではとても引き上げられない。
はぁはぁとまさとが肩で息をする。るいはごめんなさいとずっと謝っている。
まさとが顔をあげると何を思ったか、そのまま走り出した。後ろでるいの泣き声が後を追う。
†††
「るいくーん、たかおくーん、まさとくーん!」
フランチェスカが目を覚ますと、三人の園児の姿が見えない。
庭に出て三人の名前を呼ぶ。残りの園児たちも名前を呼び続けていた。
庭の奥からたかおが姿を現した。すかさずフランチェスカが駆け寄る。
「大丈夫? どこもケガしてない? るいくんとまさとくんはどこ?」
だが、たかおはぶんぶんと首を振るだけだ。
「し、しらないよ……ぼくなにもしらないもん!」
「ウソをつかないで! ふたりはどこにいるの!?」
きつい口調で問い詰めようとすると、あやが「せんせー! あれ!」と指さす。
見るとまさとが立っていた。
「まさとくん! るいくんは一緒じゃないの?」
まさとはそれに答えず、フランチェスカの手を引っぱるだけだ。そのただならない様子にフランチェスカは不安になる。
「なにがあったの? るいくんが向こうにいるのね?」
まさとの案内でフランチェスカと園児たちが森の中へと入る。
立て札の場所を越え、草やぶを抜けるとるいの泣き声が聞こえてきた。
泣き声の元まで来ると、るいはすでに胸まではまっていた。
フランチェスカが腕を取って引き上げようとするが、がっちりと嵌まっているかのように抜けない。
「ダメだわ……どうすれば……」
先生たちを呼ぶか? でもそれまでに間に合うか……。
ふと上を見上げる。木の枝が見えた。太くて大人がぶら下がっても折れそうにない頑丈な枝だ。
ここに来る途中、小屋があったわね……よし!
「みんな、ここで待っててね!」
颯爽と踵を返して、立て札の所まで戻る。目指すは隣にある小屋だ。
扉に南京錠が掛かっていたが、フランチェスカが蹴りで破壊する。
中には机、スコップ、バケツや肥料袋などの園芸品が並んでいた。壁に掛かっていた目当てのものを引ったくると、るいの下へと駆けつける。
「お待たせ! いま助けるわ!」
そう言うなり、修道衣の腰のベルトを外すと、るいの体に巻く。
次いで小屋から持ってきた3本のロープをそれぞれベルトに結ぶと端を木の枝にかけて垂らし、1本のロープを園児ふたりひと組で掴ませる。自身の体重を利用したロープレスキューだ。
「みんな、先生が合図したらロープにぶら下がるのよ!」
園児たちが「うん!」と頷いたのを確認する。
「行くわよ! せーの!」
「――――ずぼりと音を立てて、やっとおおきなかぶが採れました。村のみんなは大喜びです」
フランチェスカのナレーションとともにそれぞれの役を演じた園児たちが大喜びする。
観客である保護者たちから拍手が巻き起こる。こうして発表会は大成功を収めた。
入り口の近くで園長が目尻の涙を拭う。
「……年を取ると涙腺が脆くなっていけませんわね……」
顔を隣に立つマザーへと向ける。
「あなたにお願いしてよかったですわ。あのクラスが一致団結するなんて……」
「あの子ならきっとやってくれると信じていました」
マザーがうなずく。
「ぜひとも保育士になっていただきたいのですが、実はさきほど吉岡先生から電話がありまして……」
「――というわけで吉岡先生が退院されましたので、今日でフランチェスカ先生とはお別れです」
園長の知らせに園児たちが「ええー!!」と声をあげる。
「しぇんしぇーやめちゃうの?」
「いかないで!」
「もっとサッカーおしえろ!」
「おれもうわるいことしないから! やめないで!」
りりながフランチェスカに抱きつく。修道衣の裾をぎゅっと掴む。
「いっちゃやだ!」
見習いシスターが屈んで子どもたちの目線と同じになるようにする。
「あたしもみんなとお別れしたくないよ……」
ぎゅっと子どもたちを抱きしめる。
「みんな良い子でね。あたしがいなくなっても、ちゃんと吉岡先生の言うことを聞くこと。約束よ?」
「「「……うん!」」」
園の正面口へと向かうフランチェスカを園児たちがそれぞれ「しぇんしぇーまたねー!」、「ばいばーい!」と泣きながら別れの言葉を口にする。
ただひとり、まさとだけは言葉を発していない。
フランチェスカが手を振って別れの挨拶をし、正面口から出ようとする。
「せんせー! ありがとー!」
初めて聞く声だ。振り向くと園児たちと先生たちがまさとを見ている。
「まさとくんがしゃべった!」とゆなが驚く。
「せんせー! またあえるよねー!?」
まさとがあらん限りの声で叫ぶ。
「うん……うん! いつかまた会えるわよ!」
目に涙を浮かべながらフランチェスカが手を振る。
現在、保育士の人材不足は深刻な社会問題となっており、年間約7.4万人の保育士が不足しているとされている……。
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