見習いシスター、フランチェスカは今日も自らのために祈る

通りすがりの冒険者

文字の大きさ
12 / 161

第6話 KINDERGARTEN SISTER⑥

しおりを挟む

 翌日も劇のリハーサルは行われた。相変わらず配役で揉めてはいるが、園児たちはみな自分のセリフや流れを覚えてきている。
 カブ役のるいが動こうともしないのが今のフランチェスカの頭痛のタネだ。
 リハーサルを終え、昼食のあとはお昼寝の時間だ。教室に布団を敷くとすかさず園児たちが飛び込んだり、潜り込む。

「こら! 布団の上ではしゃがないの!」

 やっと園児たちが全員寝たのを確かめると、すとんと椅子に腰かける。
 みな気持ち良さそうに眠っている。

 こういう時だけは静かね……。

 日頃の疲れからか、うとうとと眠気が襲う。保育士は園児たちを見守る必要があるので眠ってはいけないのだが、睡魔には勝てなかった。
 フランチェスカがすーすーと寝息を立てたのをるいとたかおが片目を開けて確認する。
 音を立てないよう静かに布団から出ると、まさとを起こす。
 まさとが目を覚ますとしーと人差し指を口に当てて一緒に来るよう促す。

 園内の庭を奥へと進み、森の中を進んで注意書きの立て札を無視して先に入ると、そこは沼沢地だ。
 るいとたかおの二人に連れられたまさとはきょろきょろとあたりを見回す。そしてぶんぶんと首を振る。

 せんせいがここにはいっちゃダメだって……。

 そう口にしたいが、舌が思うように動いてくれない。
 そんなまさとをふたりのいじめっ子がにやにや笑う。ここならいくら大声を出しても先生に聞かれることはない。

「なぁ、ふぁいぶれんじゃーごっこしようぜ」
 
 るいの提案にまさとがまた首をぶんぶんと振る。

 
「でたな! かいじんめ!」

 るいがポーズを取る。主人公の決めポーズだろう。

 無理やり怪人役にされたまさとはたかおによって後ろから羽交い締めにされていた。

「いくぞ! れんじゃーきぃーっく!」
 
 るいの足がまさとの腹に当たる。まさとが痛みのあまりに呻く。たかおが離すと腹を押さえたまま、その場にうずくまった。

「せいぎはかつのだ!」

 最後の決めセリフを発しながら再びお決まりのポーズ。
  
「せんせーにみつからないうちにかえろうぜ」
「うん!」

 まさとはまだうずくまったままだ。
 「せんせーにはいうなよ?」とたかおが釘を刺して踵を返す。

「あしたもやろーぜ。ふぁいぶれんじゃーごっこ」
 
 子分のたかおがうんうんとうなずく。

「あしたはなんのわざだそーかな?」

 必殺技を考えながら足を踏み出そうとした時だ。固い地面のはずが、ずぶりとはまった。
 草に覆われて見えなかったが、そこは沼だった。しかも底なしのように深い。
 ずぶずぶと少しずつ沈んでいき、腰まではまっているので、もがいてももがいても出られない。

「た、たかお、たすけて……」

 るいの顔が涙目になる。
 だが、たかおは恐怖心に駆られてかそのまま逃げ出す。

「なんだよぉ! たすけろよ! おれはえらいんだぞ!」
 
 いくら戻ってこいと言っても虚しく響くだけだ。
 るいの顔が涙と鼻水でくしゃくしゃになる。
 
「たすけて! たすけてよぉお!」

 途端、草がかさかさと鳴る。

 たかお……?

 だが目の前に現れたのはいじめていたまさとだ。

「まさと……」

 さっきまでいじめていたのだ。助けてくれるはずがないだろう。
 たすけて……と口をぱくぱくさせる。

 ぐいっと腕が引っぱられる。まさとが沼から引き上げようと引っぱったのだ。だが、そこはまだ子どもだ。非力な子どもではとても引き上げられない。
 はぁはぁとまさとが肩で息をする。るいはごめんなさいとずっと謝っている。
 まさとが顔をあげると何を思ったか、そのまま走り出した。後ろでるいの泣き声が後を追う。

 †††

「るいくーん、たかおくーん、まさとくーん!」

 フランチェスカが目を覚ますと、三人の園児の姿が見えない。
 庭に出て三人の名前を呼ぶ。残りの園児たちも名前を呼び続けていた。
 庭の奥からたかおが姿を現した。すかさずフランチェスカが駆け寄る。

「大丈夫? どこもケガしてない? るいくんとまさとくんはどこ?」
 
 だが、たかおはぶんぶんと首を振るだけだ。

「し、しらないよ……ぼくなにもしらないもん!」
「ウソをつかないで! ふたりはどこにいるの!?」
 
 きつい口調で問い詰めようとすると、あやが「せんせー! あれ!」と指さす。
 見るとまさとが立っていた。

「まさとくん! るいくんは一緒じゃないの?」
  
 まさとはそれに答えず、フランチェスカの手を引っぱるだけだ。そのただならない様子にフランチェスカは不安になる。

「なにがあったの? るいくんが向こうにいるのね?」

 まさとの案内でフランチェスカと園児たちが森の中へと入る。
 立て札の場所を越え、草やぶを抜けるとるいの泣き声が聞こえてきた。
 泣き声の元まで来ると、るいはすでに胸まではまっていた。
 フランチェスカが腕を取って引き上げようとするが、がっちりと嵌まっているかのように抜けない。

「ダメだわ……どうすれば……」

 先生たちを呼ぶか? でもそれまでに間に合うか……。

 ふと上を見上げる。木の枝が見えた。太くて大人がぶら下がっても折れそうにない頑丈な枝だ。

 ここに来る途中、小屋があったわね……よし! 

「みんな、ここで待っててね!」

 颯爽さっそうと踵を返して、立て札の所まで戻る。目指すは隣にある小屋だ。
 扉に南京錠が掛かっていたが、フランチェスカが蹴りで破壊する。
 中には机、スコップ、バケツや肥料袋などの園芸品が並んでいた。壁に掛かっていた目当てのものを引ったくると、るいの下へと駆けつける。

「お待たせ! いま助けるわ!」

 そう言うなり、修道衣の腰のベルトを外すと、るいの体に巻く。
 次いで小屋から持ってきた3本のロープをそれぞれベルトに結ぶと端を木の枝にかけて垂らし、1本のロープを園児ふたりひと組で掴ませる。自身の体重を利用したロープレスキューだ。

「みんな、先生が合図したらロープにぶら下がるのよ!」
 園児たちが「うん!」と頷いたのを確認する。

「行くわよ! せーの!」



「――――ずぼりと音を立てて、やっとおおきなかぶが採れました。村のみんなは大喜びです」

 フランチェスカのナレーションとともにそれぞれの役を演じた園児たちが大喜びする。
 観客である保護者たちから拍手が巻き起こる。こうして発表会は大成功を収めた。
 入り口の近くで園長が目尻の涙を拭う。

「……年を取ると涙腺が脆くなっていけませんわね……」

 顔を隣に立つマザーへと向ける。

「あなたにお願いしてよかったですわ。あのクラスが一致団結するなんて……」
「あの子ならきっとやってくれると信じていました」

 マザーがうなずく。

「ぜひとも保育士になっていただきたいのですが、実はさきほど吉岡先生から電話がありまして……」


「――というわけで吉岡先生が退院されましたので、今日でフランチェスカ先生とはお別れです」

 園長の知らせに園児たちが「ええー!!」と声をあげる。

「しぇんしぇーやめちゃうの?」
「いかないで!」
「もっとサッカーおしえろ!」
「おれもうわるいことしないから! やめないで!」
 
 りりながフランチェスカに抱きつく。修道衣の裾をぎゅっと掴む。

「いっちゃやだ!」

 見習いシスターが屈んで子どもたちの目線と同じになるようにする。

「あたしもみんなとお別れしたくないよ……」

 ぎゅっと子どもたちを抱きしめる。

「みんな良い子でね。あたしがいなくなっても、ちゃんと吉岡先生の言うことを聞くこと。約束よ?」
「「「……うん!」」」
 
 園の正面口へと向かうフランチェスカを園児たちがそれぞれ「しぇんしぇーまたねー!」、「ばいばーい!」と泣きながら別れの言葉を口にする。
 ただひとり、まさとだけは言葉を発していない。
 フランチェスカが手を振って別れの挨拶をし、正面口から出ようとする。

「せんせー! ありがとー!」

 初めて聞く声だ。振り向くと園児たちと先生たちがまさとを見ている。
 「まさとくんがしゃべった!」とゆなが驚く。

「せんせー! またあえるよねー!?」

 まさとがあらん限りの声で叫ぶ。

「うん……うん! いつかまた会えるわよ!」

 目に涙を浮かべながらフランチェスカが手を振る。


 現在、保育士の人材不足は深刻な社会問題となっており、年間約7.4万人の保育士が不足しているとされている……。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

紙の上の空

中谷ととこ
ライト文芸
小学六年生の夏、父が突然、兄を連れてきた。 容姿に恵まれて才色兼備、誰もが憧れてしまう女性でありながら、裏表のない竹を割ったような性格の八重嶋碧(31)は、幼い頃からどこにいても注目され、男女問わず人気がある。 欲しいものは何でも手に入りそうな彼女だが、本当に欲しいものは自分のものにはならない。欲しいすら言えない。長い長い片想いは成就する見込みはなく半分腐りかけているのだが、なかなか捨てることができずにいた。 血の繋がりはない、兄の八重嶋公亮(33)は、未婚だがとっくに独立し家を出ている。 公亮の親友で、碧とは幼い頃からの顔見知りでもある、斎木丈太郎(33)は、碧の会社の近くのフレンチ店で料理人をしている。お互いに好き勝手言える気心の知れた仲だが、こちらはこちらで本心は隠したまま碧の動向を見守っていた。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

シスルの花束を

碧月 晶
BL
年下俺様モデル×年上訳あり青年 ~人物紹介~ ○氷室 三門(ひむろ みかど) ・攻め(主人公) ・23歳、身長178cm ・モデル ・俺様な性格、短気 ・訳あって、雨月の所に転がり込んだ ○寒河江 雨月(さがえ うげつ) ・受け ・26歳、身長170cm ・常に無表情で、人形のように顔が整っている ・童顔 ※作中に英会話が出てきますが、翻訳アプリで訳したため正しいとは限りません。 ※濡れ場があるシーンはタイトルに*マークが付きます。 ※基本、三門視点で進みます。 ※表紙絵は作者が生成AIで試しに作ってみたものです。

オッサン課長のくせに、無自覚に色気がありすぎる~ヨレヨレ上司とエリート部下、恋は仕事の延長ですか?

中岡 始
BL
「新しい営業課長は、超敏腕らしい」 そんな噂を聞いて、期待していた橘陽翔(28)。 しかし、本社に異動してきた榊圭吾(42)は―― ヨレヨレのスーツ、だるそうな関西弁、ネクタイはゆるゆる。 (……いやいや、これがウワサの敏腕課長⁉ 絶対ハズレ上司だろ) ところが、初めての商談でその評価は一変する。 榊は巧みな話術と冷静な判断で、取引先をあっさり落としにかかる。 (仕事できる……! でも、普段がズボラすぎるんだよな) ネクタイを締め直したり、書類のコーヒー染みを指摘したり―― なぜか陽翔は、榊の世話を焼くようになっていく。 そして気づく。 「この人、仕事中はめちゃくちゃデキるのに……なんでこんなに色気ダダ漏れなんだ?」 煙草をくゆらせる仕草。 ネクタイを緩める無防備な姿。 そのたびに、陽翔の理性は削られていく。 「俺、もう待てないんで……」 ついに陽翔は榊を追い詰めるが―― 「……お前、ほんまに俺のこと好きなんか?」 攻めるエリート部下 × 無自覚な色気ダダ漏れのオッサン上司。 じわじわ迫る恋の攻防戦、始まります。 【最新話:主任補佐のくせに、年下部下に見透かされている(気がする)ー関西弁とミルクティーと、春のすこし前に恋が始まった話】 主任補佐として、ちゃんとせなあかん── そう思っていたのに、君はなぜか、俺の“弱いとこ”ばっかり見抜いてくる。 春のすこし手前、まだ肌寒い季節。 新卒配属された年下部下・瀬戸 悠貴は、無表情で口数も少ないけれど、妙に人の感情に鋭い。 風邪気味で声がかすれた朝、佐倉 奏太は、彼にそっと差し出された「ミルクティー」に言葉を失う。 何も言わないのに、なぜか伝わってしまう。 拒むでも、求めるでもなく、ただそばにいようとするその距離感に──佐倉の心は少しずつ、ほどけていく。 年上なのに、守られるみたいで、悔しいけどうれしい。 これはまだ、恋になる“少し前”の物語。 関西弁とミルクティーに包まれた、ふたりだけの静かな始まり。 (5月14日より連載開始)

ちょっと大人な物語はこちらです

神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な短編物語集です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】

田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。 俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。 「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」 そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。 「あの...相手の人の名前は?」 「...汐崎真凛様...という方ですね」 その名前には心当たりがあった。 天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。 こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。

処理中です...