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第8話 NOEL ~クリスマスキャロル~③
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昼過ぎ、駅前のコンビニの前にて三人組の不良が地べたに座ってたむろす。安藤からゲームソフトを奪おうとして、フランチェスカによって天罰をくだされた三人だ。
下卑た笑いをあげながら盛り上がる三人に影が伸びる。
「あ? なんだ」
見上げるとそこには見習いシスター、フランチェスカが立っていた。
「やっぱりここにいたわね」
三人が目にも留まらぬ動作で90度の角度で最敬礼する。
「「「ちわーっす!!!」」」
「ねぇ、ちょっと頼みたいことがあるの」
「うす! なんでも言ってください!」
スキンヘッドがどんと胸を叩く。
三人を後ろに従えながら、教会に戻ると安藤が扉の前で待っていた。
安藤と三人組の不良の目がばったり合う。互いに気まずい空気になる。
「あ、あの、フランチェスカさん。頼まれたもの持ってきましたんで……じゃあ俺はこれで」
DVDの入ったケースをフランチェスカに渡すと踵を返そうとするところをフランチェスカが止める。
「まって、アンジロー。まだ手伝ってほしいことがあるの。詳しいことは教会で話すから」
†††
「――というわけで、この計画を思いついたの」
祭壇の傍らにてフランチェスカが計画を話す。長椅子の卓上には病室の見取り図があり、そこにフランチェスカ自身が書き加えたらしき絵と注釈があった。
「この計画はそれぞれ自分の役割をしっかり果たさないと成功しないわ」
誰かがごくりと唾を飲む音がした。
「さすがは姐さん。大それた計画を思いつきますぜ」
「ここで断ったら男が廃るってもんだ」
「そうでげす。やるでげす」
フランチェスカが安藤を見る。安藤がこくりとうなずく。
「ありがとうアンジロー。無理を言って悪かったわね」
「事情を話したらこころよく引き受けてくれました。ただ、フランチェスカさんのことを話したら今度紹介しろと」
「あ、そう……まあいいわ」
そして全員を見渡す。
「いい? さっきも言ったけどこの計画は全員の協力が不可欠よ」
一同がうなずく。
「オーケイ。のえるちゃんにジングルベルを聴かせるわよ」
†††
「心拍数、脈拍ともに異常は認められませんね。明日のオペの準備も万全ですよ」
病室にてモニターを見ながら医師が両親を安心させる。
「ありがとうございます。よろしくお願いします。先生」
母が娘の頭を撫でる。
「いよいよ明日手術だからね。頑張るのよ」
「うん、ママ。おやすみ……」
扉から両親が名残惜しそうに出ると、医師が照明のスイッチを消す。病室は月明かりのみとなった。
のえるが窓の外に顔を向ける。夜空には満月と星空が瞬いていた。
サンタさんにあいたかったな……。
眠ろうと目を閉じた時だ。どこからかベルの音が聞こえてきた。
がばっと身を起こす。音は外から聞こえるようだ。
窓に手をついて外の様子を見ると、いつの間にか煙状のスモークが立ちこめていた。
そして、のえるは見た。空からトナカイに曳かれてサンタのソリが着地するのを。ソリには多くのプレゼントが載せられていた。
サンタさん……!
ソリからサンタが降りるのを見て、のえるは慌ててベッドに戻る。
ねなきゃ! だってサンタさんはねむっているこどもにしかこないから。
どきどきさせながらきゅっと目を閉じる。するとこつこつと足音が聞こえてきた。
きた……!
静かに扉を開ける音。そして忍び足で入ってくる。
ことりと音がした。サンタがプレゼントを置いたのだろう。
プレゼントとサンタを見てみたい衝動に駆られる。
みちゃダメ! サンタさんははずかしがりやさんなんだから!
でもすこしくらいなら、いいよね……?
のえるが少し目を開くと、そこには病室から出ようとするサンタクロースにしては細身過ぎる後ろ姿が見えた。そしてサンタ帽からは腰まで伸びた金髪が……。
おねえちゃん……?
扉がぱたりと閉まり、のえるはじっとそのまま寝たふりを続ける。
そしてふたたびベルの音がしたので目を開く。窓の外にサンタを乗せたソリがトナカイたちによって空へと駆けていくのが見えた。
すごい! やっぱりサンタさんはいたんだ! おねえちゃんはサンタさんとともだちだから……。
わああと顔を輝かせたのえるは満足して目を閉じた。願わくばこれが夢ではありませんように、と。
†††
「アンジロー、上手くいったわよ」
病院から出たフランチェスカがスマホで連絡を取る。
「良かったっす」
報告を受けた安藤がプロジェクターのスイッチを切る。
そしてのえるの病室の窓の外に長方形のガラスを持ったスキンヘッドとモヒカンの不良にOKサインを送る。
安藤の傍らに座ってスモークを焚いていた小柄な不良もサムズアップで返した。
スモークを焚いてガラスとそれを持った不良が見えないよう、スモークを焚いたあとはモスキート音でベルの音を流す。
ベルの音を聴いたのえるが窓に近づくのを見計らってプロジェクターの映像をガラスに映したのだ。
作業を終えた男たちは静かに見つからないよう、その場を後にした。
†††
翌朝、病院の廊下をフランチェスカと安藤が並んで歩く。
「それにしてもよく思いつきましたね?」
「昨日病院を出るときに、おじさんがホースで水を撒いてて、虹が出たのを見てひらめいたのよ。似たようなのでボカロキャラのホログラムがあるから、もしかしたら出来るんじゃないかと思ってね」
問題はリアルに見えたかどうかだけどねと言うフランチェスカに安藤が「大丈夫ですよ」と安心させる。
「ん、ありがと」
のえるの病室の前まで来た。フランチェスカがすぅーっと深呼吸する。そして病室の扉を開けた。
そこにはベッドを囲んで両親が涙を流し、医師が申し訳なさそうに頭を垂れていた。
「…………え?」
フランチェスカに気づいた医師と両親が振り向く。
「朝、病室に入ったら生体反応がなく、緊急救命を施したのですが……」
フランチェスカがベッドに近づく。ベッドの上ののえるは動かずに目を閉じたままだ。
「なんで……」
あの、と母親が声をかける。手にはふたつに折りたたんだ紙を持っている。「おねえちゃんへ」とクレヨンで書かれていた。
開いてみるとそこにはクレヨンでクリスマスツリー、隣にのえる自身とおぼしき少女と、手を繋いでいるのはサンタクロースだ。だが、そのサンタは長い金髪をしていた。
おねえちゃん ありがとう
「フランチェスカさん、ありがとうございます。娘のために色々してくださって……」
「僕からもお礼を言います。本当にありがとうございます!」
両親が深々と頭を下げる。
†††
教会の扉を開けてマザーが礼拝堂に入る。すると祭壇に近い長椅子に安藤とフランチェスカが並んで座っていた。
フランチェスカは微かにだが、肩を震わせているようだ。
「どうされたのですか? 安藤さん」
「マザー、実は……」
「そう、そんなことが……」
事のあらましを聞いたマザーがフランチェスカの隣に腰を落とす。そして膝を抱えてうずくまっている見習いシスターの頭を撫でてやる。
「あなたのしたことはとても立派ですよ。きっとあの子は喜んでますわ」
嗚咽が洩れる。
「主よ、あなたのもとに召された子が神の国で幸せに過ごせますように」
アーメンと胸に十字を切って手を組んで祈りを捧げる。
フランチェスカは涙を堪えたままだ。
「泣きなさい。辛いときは泣くものですよ。」
マザーの言葉で堰をきったようにフランチェスカの目から大粒の涙がこぼれ、礼拝堂に彼女の嗚咽が響く。
マザーが泣き虫の見習いシスターの頭を抱く。
「思う存分泣いていいのよ。泣いていいから」
教会の上の夜空で、満月と星々が聖夜を彩るように煌めいていた。
下卑た笑いをあげながら盛り上がる三人に影が伸びる。
「あ? なんだ」
見上げるとそこには見習いシスター、フランチェスカが立っていた。
「やっぱりここにいたわね」
三人が目にも留まらぬ動作で90度の角度で最敬礼する。
「「「ちわーっす!!!」」」
「ねぇ、ちょっと頼みたいことがあるの」
「うす! なんでも言ってください!」
スキンヘッドがどんと胸を叩く。
三人を後ろに従えながら、教会に戻ると安藤が扉の前で待っていた。
安藤と三人組の不良の目がばったり合う。互いに気まずい空気になる。
「あ、あの、フランチェスカさん。頼まれたもの持ってきましたんで……じゃあ俺はこれで」
DVDの入ったケースをフランチェスカに渡すと踵を返そうとするところをフランチェスカが止める。
「まって、アンジロー。まだ手伝ってほしいことがあるの。詳しいことは教会で話すから」
†††
「――というわけで、この計画を思いついたの」
祭壇の傍らにてフランチェスカが計画を話す。長椅子の卓上には病室の見取り図があり、そこにフランチェスカ自身が書き加えたらしき絵と注釈があった。
「この計画はそれぞれ自分の役割をしっかり果たさないと成功しないわ」
誰かがごくりと唾を飲む音がした。
「さすがは姐さん。大それた計画を思いつきますぜ」
「ここで断ったら男が廃るってもんだ」
「そうでげす。やるでげす」
フランチェスカが安藤を見る。安藤がこくりとうなずく。
「ありがとうアンジロー。無理を言って悪かったわね」
「事情を話したらこころよく引き受けてくれました。ただ、フランチェスカさんのことを話したら今度紹介しろと」
「あ、そう……まあいいわ」
そして全員を見渡す。
「いい? さっきも言ったけどこの計画は全員の協力が不可欠よ」
一同がうなずく。
「オーケイ。のえるちゃんにジングルベルを聴かせるわよ」
†††
「心拍数、脈拍ともに異常は認められませんね。明日のオペの準備も万全ですよ」
病室にてモニターを見ながら医師が両親を安心させる。
「ありがとうございます。よろしくお願いします。先生」
母が娘の頭を撫でる。
「いよいよ明日手術だからね。頑張るのよ」
「うん、ママ。おやすみ……」
扉から両親が名残惜しそうに出ると、医師が照明のスイッチを消す。病室は月明かりのみとなった。
のえるが窓の外に顔を向ける。夜空には満月と星空が瞬いていた。
サンタさんにあいたかったな……。
眠ろうと目を閉じた時だ。どこからかベルの音が聞こえてきた。
がばっと身を起こす。音は外から聞こえるようだ。
窓に手をついて外の様子を見ると、いつの間にか煙状のスモークが立ちこめていた。
そして、のえるは見た。空からトナカイに曳かれてサンタのソリが着地するのを。ソリには多くのプレゼントが載せられていた。
サンタさん……!
ソリからサンタが降りるのを見て、のえるは慌ててベッドに戻る。
ねなきゃ! だってサンタさんはねむっているこどもにしかこないから。
どきどきさせながらきゅっと目を閉じる。するとこつこつと足音が聞こえてきた。
きた……!
静かに扉を開ける音。そして忍び足で入ってくる。
ことりと音がした。サンタがプレゼントを置いたのだろう。
プレゼントとサンタを見てみたい衝動に駆られる。
みちゃダメ! サンタさんははずかしがりやさんなんだから!
でもすこしくらいなら、いいよね……?
のえるが少し目を開くと、そこには病室から出ようとするサンタクロースにしては細身過ぎる後ろ姿が見えた。そしてサンタ帽からは腰まで伸びた金髪が……。
おねえちゃん……?
扉がぱたりと閉まり、のえるはじっとそのまま寝たふりを続ける。
そしてふたたびベルの音がしたので目を開く。窓の外にサンタを乗せたソリがトナカイたちによって空へと駆けていくのが見えた。
すごい! やっぱりサンタさんはいたんだ! おねえちゃんはサンタさんとともだちだから……。
わああと顔を輝かせたのえるは満足して目を閉じた。願わくばこれが夢ではありませんように、と。
†††
「アンジロー、上手くいったわよ」
病院から出たフランチェスカがスマホで連絡を取る。
「良かったっす」
報告を受けた安藤がプロジェクターのスイッチを切る。
そしてのえるの病室の窓の外に長方形のガラスを持ったスキンヘッドとモヒカンの不良にOKサインを送る。
安藤の傍らに座ってスモークを焚いていた小柄な不良もサムズアップで返した。
スモークを焚いてガラスとそれを持った不良が見えないよう、スモークを焚いたあとはモスキート音でベルの音を流す。
ベルの音を聴いたのえるが窓に近づくのを見計らってプロジェクターの映像をガラスに映したのだ。
作業を終えた男たちは静かに見つからないよう、その場を後にした。
†††
翌朝、病院の廊下をフランチェスカと安藤が並んで歩く。
「それにしてもよく思いつきましたね?」
「昨日病院を出るときに、おじさんがホースで水を撒いてて、虹が出たのを見てひらめいたのよ。似たようなのでボカロキャラのホログラムがあるから、もしかしたら出来るんじゃないかと思ってね」
問題はリアルに見えたかどうかだけどねと言うフランチェスカに安藤が「大丈夫ですよ」と安心させる。
「ん、ありがと」
のえるの病室の前まで来た。フランチェスカがすぅーっと深呼吸する。そして病室の扉を開けた。
そこにはベッドを囲んで両親が涙を流し、医師が申し訳なさそうに頭を垂れていた。
「…………え?」
フランチェスカに気づいた医師と両親が振り向く。
「朝、病室に入ったら生体反応がなく、緊急救命を施したのですが……」
フランチェスカがベッドに近づく。ベッドの上ののえるは動かずに目を閉じたままだ。
「なんで……」
あの、と母親が声をかける。手にはふたつに折りたたんだ紙を持っている。「おねえちゃんへ」とクレヨンで書かれていた。
開いてみるとそこにはクレヨンでクリスマスツリー、隣にのえる自身とおぼしき少女と、手を繋いでいるのはサンタクロースだ。だが、そのサンタは長い金髪をしていた。
おねえちゃん ありがとう
「フランチェスカさん、ありがとうございます。娘のために色々してくださって……」
「僕からもお礼を言います。本当にありがとうございます!」
両親が深々と頭を下げる。
†††
教会の扉を開けてマザーが礼拝堂に入る。すると祭壇に近い長椅子に安藤とフランチェスカが並んで座っていた。
フランチェスカは微かにだが、肩を震わせているようだ。
「どうされたのですか? 安藤さん」
「マザー、実は……」
「そう、そんなことが……」
事のあらましを聞いたマザーがフランチェスカの隣に腰を落とす。そして膝を抱えてうずくまっている見習いシスターの頭を撫でてやる。
「あなたのしたことはとても立派ですよ。きっとあの子は喜んでますわ」
嗚咽が洩れる。
「主よ、あなたのもとに召された子が神の国で幸せに過ごせますように」
アーメンと胸に十字を切って手を組んで祈りを捧げる。
フランチェスカは涙を堪えたままだ。
「泣きなさい。辛いときは泣くものですよ。」
マザーの言葉で堰をきったようにフランチェスカの目から大粒の涙がこぼれ、礼拝堂に彼女の嗚咽が響く。
マザーが泣き虫の見習いシスターの頭を抱く。
「思う存分泣いていいのよ。泣いていいから」
教会の上の夜空で、満月と星々が聖夜を彩るように煌めいていた。
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