見習いシスター、フランチェスカは今日も自らのために祈る

通りすがりの冒険者

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第18話 Pequeña Francesca④

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 満月が黒雲にすっぽりと覆われると、あたりは真っ暗になった。
 その闇のなかをフランチェスカは鉄門の柵のあいだを器用にすり抜ける。小柄で細身な体が完全に外に出ると、ふうっとひと息。
 振り向いて家である城を見上げ、べーっと舌を出す。

 さよなら!アディオス!

「いくよ、パムパム」
 
 背中におぶっているウサギのぬいぐるみにそう言うと颯爽さっそうと駆ける。

 †††

 夜の街並み。店先にぶら下がったバルの看板の下では常連客や酔客すいきゃくの話し声や笑い声が響き、フランチェスカはその喧騒けんそうのなかを歩く。ぬいぐるみを胸に抱きしめながら。

「……よるにくるのははじめてだけど、にぎやかなんだね」とパムパムに語りかけているといきなり年配の客に話しかけられた。

お嬢ちゃんセニョリータ、こんな時間にどうしたんだい?」

 赤ら顔をぬっと近づけられ、フランチェスカが思わずびくっと身を震わせる。次の瞬間には逃げ出していた。
 はぁはぁと息が切れたので走るのをやめて歩く。バルはそこかしこにあるので喧騒はまだ続いていた。
 
「てめぇ! やるのか!」
「上等だ! かかってこいよ! クソったれ!ヒリポジャス!
 
 店主の制止も空しく、店先でふたりの泥酔客が乱闘を繰り広げる。
 フランチェスカが「ひっ」と声をあげ、後ずさりする。と、なにかにぶつかった。振り向くと小汚い身なりの老人が地べたに座っていた。

「嬢ちゃん、めぐんでくれねぇか? 小銭スエルトでいいんだ」

 タバコのヤニで黄色くなった乱杭歯らんぐいばを見せながら斜視のホームレスがにたにた笑う。
 当然フランチェスカはふたたびその場を逃げ出した。

 †††

 どのくらい走ったろうか? 途中からすでに知らない車道を歩いていた。すぐそばを車が何台も通り過ぎる。

「ねぇパムパム。あたし、うちにかえりたいよ……ママやおにいちゃんにあいたいよ……」

 うぇっとしゃくりあげ、しだいに大粒の涙がぽろぽろとこぼれ、やがてその場にうずくまった。
 すぐそばでブレーキ音がし、次いでドアが開き、ぱたりと閉まる。

「嬢ちゃん、どうしたんだ?」

 見上げると、ハンチング帽を被った中年の男が屈んで心配そうに見つめていた。
 フランチェスカがぎゅっとぬいぐるみを抱きしめる。

「迷子かい? それともはぐれたのかい?」
 
 その優しい声はフランチェスカに幾分か落ち着きを取り戻させたようだ。

「ちがうの……あたし、いえでしたの……」

 ぶんぶんと首を振って答える。

「でも、かえりみちが、わからないの……」
 
 そう言うとまた涙をこぼす。

「そうか……よし。おじさんと一緒に家を探しに行こうか」

 おいでと手を伸ばす。
 差し出された丸っこい手をおそるおそる握ると、引っ張って立ちあがらせてくれた。

「さ、このシートに座って」

 中年の男が助手席のドアを開け、中へ入るよう手招きする。
 その車はタクシーだった。
 フランチェスカがシートに座ると、男がシートベルトを締めてくれた。

「そのぬいぐるみ、可愛いね。名前は?」
「パムパム」
「パムパムか、良い名前だ」

 男がにっこりと笑うとフランチェスカもつられて笑った。
 運転席に男が座ると、ギアを倒してアクセルを踏んで発車させる。

 †††

「そうかぁ……それで家出したのかい」
「うん……あたし、いえがキライ」

 車を走らせながら中年の運転手が事情を聞いて、うんうんと頷く。
 
「嬢ちゃん、辛いのはわかる。でもな、どんな時でも帰るカサは必要なんだ」
「おじちゃんにもつらいことはあるの?」
「あるさぁ! 数えきれないほどね。それだけじゃない。今まで乗っけたお客さんも、みーんな何かしら悩みを抱えているもんさ」

 対向車のヘッドライトがタクシーを照らし、運転手の顔と運転席が一瞬明るくなった。

「ねぇ、それなに?」
「どれだい? あ、これか」

 彼女が指さしたのはバックミラーにぶら下がったキーホルダーだ。アニメのキャラのようだが、見たことないキャラだ。少なくともフランチェスカが見ている子ども番組には出てこない。
 
「これはお客さんからもらったものさ。日本ニホンからのね」
「ニホン?」
「ここからずーっとずぅーっと東へいったところにある島国さ。なんでも高いビルや古いお寺があって、トーキョーというところにゃ、天まで届くようなタワーがあるとか」
 
 まだ見ぬニホンという国の話を、助手席のフランチェスカは目を輝かせながら夢中になって聞いていた。



「それだけじゃない。マンガやアニメもいっぱいあるんだ。これもアニメに出てくるキャラだよ」

 キーホルダーをちょんっと突く。
 わああとフランチェスカが顔を明るくさせた時だ。

「あ、ここ、とおったことあるかも!」

 曲がり角を指さす。

「そうか! よし行ってみよう!」

 ハンドルを右に切って曲がる。
 ゆっくりとスピードを落として「この道かい?」と確認し、フランチェスカが「あっち!」と指さすとハンドルを切って曲がる。

「あれ! あたしのおうち!」
 
 指さした先には坂をのぼったところにある屋敷だ。

たまげた!カランバ! 嬢ちゃんはお金持ちなんだな」
 
 門の前まで来るとそこで停め、助手席のドアを開けてやる。
 すとんと車から降りて、運転手のほうを向く。

「ありがとう……あの、あたし、おかねもってないの……」
「いいさ。それよか、もう家出するんじゃねぇぞ」
 
 帽子のつばをくいっと上げてにかりと笑う。

「うん、またね」

 門をくぐり抜けようとするところへ、後ろから運転手が呼ぶ。

「嬢ちゃん、この先辛いことはいっぱいあるかもしれない。だけどね、くじけちゃダメだ。楽しいこともいっぱいあるんだからね」
「うん」
「よし。さぁ早く家にお入り。すべては神さまのお導きさ」
 
 運転席の窓から手を振りながら遠ざかるタクシーに、フランチェスカは見えなくなるまで手を振った。

ありがとうグラシアス……おじちゃんティオ
 
 家を出たのと同じように柵のあいだをくぐり抜け、玄関の扉をどんどんと叩く。
 少ししてから窓に明かりが灯った。
 錠の外れる音がして扉がゆっくりと開けられ、そこから初老の使用人が顔をのぞかせる。

「いったい何用で……」

 目の前の少女がフランチェスカだと認めると、主人を呼ぶべく踵を返した。

 
「フランチェスカ! どこに行ってたのだ!?」
「大丈夫!? なにもされなかった?」
「あたしはだいじょうぶ……ごめんなさい。パパ、ママ……」
 
 そして顔を上げる。その顔には今までに見られなかった決意がみなぎっていた。

「あたし、シスターになる。でも、おねがいがあるの」
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