見習いシスター、フランチェスカは今日も自らのために祈る

通りすがりの冒険者

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EXTRA SPRING VACATION~フランチェスカの場合~

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 春の季節、暖かい空気が満ちるある日――。

 聖ミカエル教会の礼拝堂にて見習いシスター、フランチェスカは定位置――祭壇に近い長椅子にごろりと横になる。
 この時間はお昼寝シエスタタイムだ。
 アイマスクを装着していざ夢の世界へと――。
 
 ――――――――――アイマスクを外す。

「No puedo dormir……」

 スペイン語で眠れないとぼやく。ぽかぽか暖かすぎるのも考えものだ。
 ごろりと体位を変えたり、仰向けになってしばし天井を眺めたりしてみる。が……

あーヒマ!アブリド!
 
 人ひとりいない、がらんとした礼拝堂でフランチェスカの独り言が空しく響く。
 マザーがいないので小言を言われることもないのだが。
 ぼんやりと天井を見つめる。

「…………そうだ!」

 ベルトに差し込んだスマホを取り出してアプリを開く。トントンとタッチしてスマホを耳に当てる。
 4回目の呼び出し音で出た。

「はい?」
「オラ! アンジロー、あたしよ」
「なんだ、フランチェスカさんですか」
「なんだとはご挨拶ね。この美少女シスターがヒマの間を縫って、あんたに電話してあげてるのよ? 感謝しなさい」
「なんなんすか、その理屈……それより俺いま、バンコクにいるんですよ」
「バンコク? タイの?」

 思わずがばっと身を起こす。

「春休みなのと、兄が仕事が上手く行ってお金が入ったから、家族旅行で来てるんす」
 
 あ、そうか。もう春休みなんだ。

「へーそうなんだ。アンジローのくせになまいきー」
「ほっといてくださいよ。ちょうど兄が隣にいますけど、代わります?」

 だが、フランチェスカが答えるよりも早く兄が出た。

「こんばんは。お久しぶりですね。あ、こっちは夕方のもうすぐ6時なんです」

 日本とタイの時差は2時間だ。

「お久しぶりです一郎さん。こないだはお世話になりました」

 フランチェスカがイタリアでの礼を言ってぺこりと頭を下げる。

「いえいえ! こちらも良い経験になりました! また何かあれば、いつでも言ってください。力になりますよ!」
「ありがとうございます!」
 
 一瞬の間があった。弟にバトンタッチだ。

「そろそろご飯の時間なんで、これで失礼しますね。あ、知ってます? バンコクの正式名称」
「? 正式名称? 『バンコク』がそうじゃないの?」
「それがスッゴく長いんですよ! いいですか? 『クルンテープ・マハーナコーン・アモーンラッタナコーシン・マヒンタラーユッタヤー・マハーディロック・ポップ・ノッパラット・ラーチャタニーブリーロム・ウドムラーチャニウェートマハーサターン・アモーンピマーン・アワターンサティット・サッカタッティヤウィサヌカムプラシット』ね、長いでしょ?」
「長過ぎよ! あっという間に日が暮れるわよ。というか、あんた絶対カンニングしながら読んでるでしょ」

 あははと笑う。

「友だちに自慢しようと思って一所懸命覚えたんですよ」
「それはごくろーさまでした」

 と、ピンとフランチェスカの頭に閃くものがあった。

「じゃあ、ピカソのフルネーム知ってる?」
「知ってますよ。パブロ・ピカソでしょ?」
「ブー。これもスッゴく長いのよ。『パブロ・ディエゴ・ホセ・フランシスコ・デ・パウラ・ファン・ネポムセーノ・マリア・デ・ロス・レメディオス・クリスピン・クリスピアーノ・デ・ラ・サンティシマ・トリニダード・ルイス・イ・ピカソ』!」
「いや長過ぎでしょ! まるで寿限無じゅげむじゃないすか!」
「じゅ、じゅげむ? なにそれ?」
「落語のひとつで、生まれたこどもが長生き出来るように名前を長くしようという話です。えーと、たしか『じゅげむじゅげむ、ごこうのすりきれ、かいじゃりすいぎょの……』あとなんだっけ?」
「あははっ。なにそれ! ヘンな名前!」
 
 ごろりと横になる。

「ね、アンジロー。あんたが帰ってくるまで覚えてきてね」
「えっ、でもネットでググれば……」
「ダメ。あんたの口から直接聞きたいの」
「……んじゃ覚えてきますよ。兄が呼んでるんで、これで失礼しますね」
「ん、またね。お土産期待しないで待ってるわ」

 画面をタップして通話を終了させる。
 だが、眠気は依然として来ない。
 ふたたびスマホを取り出してアプリを開く。
 三度目の呼び出し音で相手が出た。

「はい」
「ハロー、まいまい」
「フランチェスカ? というか、まいまいって呼ぶなって言ってんでしょ! で、何の用なの?」

 神代かみしろ神社の巫女みこまいが声を荒げる。

「んー……ただのヒマ電?」
「あんたねぇ……こちとら宿題で忙しいんだよ。あんたの暇つぶしに付きあわされちゃたまらないんだけど!」
「あーそれは悪うございましたー」
「ちょっと! シスターとしての誠意どこに置いてきた!?」

 棒読みの返答に舞が声を荒げる。

「ごめんごめん。ちなみになんの宿題してたの?」
「ん、英語……」
「英語ニガテなの? ま、そのほうがあんたらしいとは思うけど」
「おいっ」
 
 舞のツッコミにフランチェスカがあははと笑う。

「だってさぁカコブンシケイやらカンケイダイメイシとかワケのわからない言葉ばっかでチンプンカンプンなんだもん」
「あーなる」
「あんた、日本語ペラペラでしょ? 英語も話せそうだし……いったいどうやったらそんな話せるようになるの?」
「んーあたしの場合は、小さい頃にラテン語の勉強叩き込まれたから、それでヨーロッパの諸言語はある程度話せるわ。でも日本語はほぼ独学よ」
「……独学でそんなペラペラになる?」
「あたし、日本のマンガとか、アニメが好きなのね。ほとんどそれで覚えたってワケ」
「へぇえ」
「というか、学校で習う英語ってじっさい少ししか役に立たないわよ。だからそんなに気張る必要なんてないわ」
「そ、そうかな?」
「あたしが言うんだから間違いない。うん!」
「……イマイチ説得力に欠けるんだけど……ま、でもおかげでなんだか気がラクになったよ。ありがと」
「どういたしまして。またね、まいまい」

 舞が何か言おうとする前に画面をタップして通話を切る。
 スマホをベルトに差し込む。そして「んーっ」と伸びをひとつ。
 ふわぁっと欠伸が出た。アイマスクを下ろして目を閉じる。
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