111 / 161
第33話 星空の下で
しおりを挟む「失礼します」
昼休み。安藤が通う高校の職員室の戸を開けて入る。
「おぅ安藤。こっちこい」と担任教師の村松が手を振る。
「ここ座れ」
村松が傍らにある椅子に座るようポンポンと叩いたので腰かける。
村松がトントンとプリント用紙を揃えてからトレーへとしまい、安藤のほうへ向きなおる。
「なんで呼ばれたか、わかるな?」
「はい……たぶん」
「たぶんじゃねぇよ。これだこれ」
そう言って目の前に出されたのは朝のホームルームで配られた進路希望に関するプリントだ。大学または専門学校進学、就職の欄があるが、いずれも空欄のままだ。
「お前、まだ進学するかどうか迷ってんのか?」
「はい……自分がなにをしたいのかわからなくて……」
「そうか、まぁお前の年なら必ずぶつかる壁だよ」
「はい」
「で、お前。こう、将来なにになりたいとかねぇのか?」
コリコリとペンのキャップ部分でこめかみを掻く。
「それは……」
「自分の好きなこととか趣味とかあるだろ? それで将来の仕事に結びつくか考えるんだ。大学に行ってじっくり考えるのもいいし、自分の特技を活かして専門学校に通うのもいい」
とりあえず明日まで待ってやるとプリントを安藤に返す。
「あとな、教師を目指すのはやめたほうがいいぞ。薄給で割に合わないからな」
「それ教師が言うセリフですか?」
†††
「はぁ……」
学校から帰宅して自室の机で安藤はひとり溜息をつく。
目の前には依然として白紙の進路希望のプリント用紙が。
将来なにになりたいかって言われてもな……。
ふと思いついてスマホを取り出す。ラインを開いて同級生に進路のことを尋ねてみる。
参考になるかどうかはわからないが、とりあえず聞いてみて損はないだろう。
そう思っているとすぐに返信がきた。
「まだ進路のことで悩んでるのか?」
「進路というか将来で悩んでて」
「とりあえず大学行っときゃいいだろ? ちな、オレは就職選んだ!」
「どこの会社に?」
「ふっふっふ。聞いて驚くな! オレはユーチューバーになる! だからお前もチャンネル登録よろしくな!」
これ以上は聞くだけ損だと思い、スマホをしまった。
はぁっとまた溜息をついて頭の後ろで手を組む。ぼんやり考えてもうまくまとまらない。じれったさに我慢できずに安藤は部屋を出た。
「次郎、どこか出かけるの? 夕飯もうすぐ出来るわよ」
「ごめん、母さん。すぐ戻るから」
玄関で靴を履いてとんとんと爪先を叩いてドアを開ける。
†††
聖ミカエル教会の礼拝堂の扉が開いたので見習いシスター、フランチェスカがそのほうを見る。
「あ、アンジロー……って浮かない顔してるわね。どうしたのよ? しかもこの時間に来るなんて珍しいじゃない」
夕方のミサを終え、片づけをしていた彼女が首を傾げる。
「実は……」
長椅子に腰かけ、経緯をかいつまんで説明した。
「そう……将来なにになりたいか悩んでるのね」
「はい……」
「でもあたしじゃ気の利いたアドバイスなんて出来ないわよ。やりたくもないシスターやらされてるし、ほかの道を進む選択肢なんてないし……」
そう言ってザビエルの末裔であるシスターは長椅子の上で組んだ足の上に顎を乗せる。
しばし沈黙が続く。それを破ったのはシスターのほうだ。
「あーやめやめ! しんみりした雰囲気なんてあたしには合わないわ! 葬式じゃあるまいし」
がばっと立ち上がって安藤のほうを見る。
「アンジロー、時間ちょっとある?」
「少しくらいなら……」
「じゃ、こっちきて!」
フランチェスカに連れられてきたのは礼拝堂の入り口の左側にあるドアだ。
住居スペースへと通じるドアとはまた別のドアだ。
そのドアを開けると、すぐ右側に階段が見えた。フランチェスカが段差を上ったので安藤も後を追う。
一番上まで来るとまたドアだ。開けるとそこは暗いが、天井の低い木組みの梁が見えた。屋根裏部屋だ。
ぽうっと光が灯ったので見てみると、彼女がランタンを手にして奥へと進む。
「ここ、電気来てないからランタンだけが頼りなの」
ことりと床に置くと、屋根裏に手をかけ、あちこち触ってレバーを探し当てて引く。
がこんと軋み音を立てて開いた窓から月明かりが差し込む。
「アンジロー、こっちきて」
フランチェスカに手招きされ、彼女のところへ来ると「そこに腰かけて」と床に直に座る。
見上げると開け放たれた窓からは煌々と輝く満月がよく見えた。
「綺麗ですね……」
「それ告白のつもり?」と隣に柱を背にして腰かけた見習いシスター。
「うぇっ!? いやそんなつもりじゃ」
「冗談よ。あたしね、なにか嫌なことがあったり、家族のことを思うときはここに来るの」
すっと月を指さす。
「世界中どこにいても、あの月が見えるなんてロマンチックじゃない? それと、その周りの星々ははるか、むかしむかーしから配置が変わらないんだって。そう考えるとね、あたしたち人間ってとってもちっぽけなんだなぁって、悩んでることもバカらしくなるの」
「……フランチェスカさんも悩むことってあるんですね」
「そりゃあ、あたしだって人間だし……ね、知ってる? 神さまと人間の違いって」
「人間にはない力があるとか……?」
「ブー。良いセンいってるけど、それじゃ不正解。答えは神さまには悩みというのがないの。悩みは人間にしかないものだって神学校で教わったわ」
くるりと安藤のほうへ顔を向ける。
「悩んで悩み抜いて、それを乗り越えてこそ、人間は強くなるの。神さまには体験出来ないことよ」
「悩むことが出来るのは贅沢なんすね……なんだか今日のフランチェスカさん、シスターらしいですよ」
「そう? そう言われるとなんだかフクザツね」
ふふっと安藤が笑う。
「フランチェスカさん」
「なに?」
同時にくるりと首を向けたので、お互いを見つめるかたちとなった。
それこそ唇が触れるか触れないかの距離に気付いて反射的に顔をそむける。
「あっご、ごめっ! そ、その、ありがとうって言いたくて……」
「う、ううん! 別にたいしたことしてないから!」
月明かりの下、顔を赤くしたふたりはどきまぎする。
「そろそろ帰ったほうがいいんじゃない?」
ランタンを手にしてすっくと立ってスカートについた埃をぱっぱっと払う。
「それもそうすね」
「今回は時間外営業だから寄付金は割り増しね」
「え!?」
「あはは。冗談よ」
「フランチェスカさんが言うと冗談に聞こえないんすけど……」
窓の蓋を閉じ、ランタンを手にしてふたりは屋根裏部屋を後にする。
「今日はありがとうございました。なんだか自分の進む道が見えてきたと思います。それじゃこれで……」
「うん。またね」
礼拝堂の扉の前で互いに手を振って別れ、ぱたんと閉まると安藤は家路につき、フランチェスカは扉の後ろでふぅっとひと息つく。
別にあのままキスしても……って何考えてんのよ! あたし!
ふたたび赤くなった顔でふるふると首を振り、そのまま住居スペースへと通じるドアへと向かった。
†††
翌日。昼休み中の高校の職員室の戸を開いて「失礼します」と入室。
担任教師の村松は自分の机にいた。
「おぅ来たか。ちょっと待ってろ……えーとマル、バツ、バツと……」
赤ペンをきゅきゅっと走らせ、最後に点数を記入。採点を終えたプリントを傍らに置いて顔をあげる。
「で、持ってきたのか?」
「はい」
プリントを渡す。受け取った担任教師がちらりと見る。
「そうか、これがお前の選択か」
「はい、自分の特技を活かそうと思いまして」
第一希望には「調理師専門学校」とある。
「よし、これで全員分そろったな。もう戻っていいぞ。ご苦労さん」
「はい、失礼します」
「あ、それと気が変わって進路先変更するのは勘弁な。男なら一度決めたことはとことんやるもんだ。あともうひとつ」
ぴんと人差し指を上に伸ばす。
「教師だけは目指すな」
「それ教師の言うセリフじゃないですよね!?」
0
あなたにおすすめの小説
紙の上の空
中谷ととこ
ライト文芸
小学六年生の夏、父が突然、兄を連れてきた。
容姿に恵まれて才色兼備、誰もが憧れてしまう女性でありながら、裏表のない竹を割ったような性格の八重嶋碧(31)は、幼い頃からどこにいても注目され、男女問わず人気がある。
欲しいものは何でも手に入りそうな彼女だが、本当に欲しいものは自分のものにはならない。欲しいすら言えない。長い長い片想いは成就する見込みはなく半分腐りかけているのだが、なかなか捨てることができずにいた。
血の繋がりはない、兄の八重嶋公亮(33)は、未婚だがとっくに独立し家を出ている。
公亮の親友で、碧とは幼い頃からの顔見知りでもある、斎木丈太郎(33)は、碧の会社の近くのフレンチ店で料理人をしている。お互いに好き勝手言える気心の知れた仲だが、こちらはこちらで本心は隠したまま碧の動向を見守っていた。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
オッサン課長のくせに、無自覚に色気がありすぎる~ヨレヨレ上司とエリート部下、恋は仕事の延長ですか?
中岡 始
BL
「新しい営業課長は、超敏腕らしい」
そんな噂を聞いて、期待していた橘陽翔(28)。
しかし、本社に異動してきた榊圭吾(42)は――
ヨレヨレのスーツ、だるそうな関西弁、ネクタイはゆるゆる。
(……いやいや、これがウワサの敏腕課長⁉ 絶対ハズレ上司だろ)
ところが、初めての商談でその評価は一変する。
榊は巧みな話術と冷静な判断で、取引先をあっさり落としにかかる。
(仕事できる……! でも、普段がズボラすぎるんだよな)
ネクタイを締め直したり、書類のコーヒー染みを指摘したり――
なぜか陽翔は、榊の世話を焼くようになっていく。
そして気づく。
「この人、仕事中はめちゃくちゃデキるのに……なんでこんなに色気ダダ漏れなんだ?」
煙草をくゆらせる仕草。
ネクタイを緩める無防備な姿。
そのたびに、陽翔の理性は削られていく。
「俺、もう待てないんで……」
ついに陽翔は榊を追い詰めるが――
「……お前、ほんまに俺のこと好きなんか?」
攻めるエリート部下 × 無自覚な色気ダダ漏れのオッサン上司。
じわじわ迫る恋の攻防戦、始まります。
【最新話:主任補佐のくせに、年下部下に見透かされている(気がする)ー関西弁とミルクティーと、春のすこし前に恋が始まった話】
主任補佐として、ちゃんとせなあかん──
そう思っていたのに、君はなぜか、俺の“弱いとこ”ばっかり見抜いてくる。
春のすこし手前、まだ肌寒い季節。
新卒配属された年下部下・瀬戸 悠貴は、無表情で口数も少ないけれど、妙に人の感情に鋭い。
風邪気味で声がかすれた朝、佐倉 奏太は、彼にそっと差し出された「ミルクティー」に言葉を失う。
何も言わないのに、なぜか伝わってしまう。
拒むでも、求めるでもなく、ただそばにいようとするその距離感に──佐倉の心は少しずつ、ほどけていく。
年上なのに、守られるみたいで、悔しいけどうれしい。
これはまだ、恋になる“少し前”の物語。
関西弁とミルクティーに包まれた、ふたりだけの静かな始まり。
(5月14日より連載開始)
ちょっと大人な物語はこちらです
神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な短編物語集です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】
田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。
俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。
「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」
そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。
「あの...相手の人の名前は?」
「...汐崎真凛様...という方ですね」
その名前には心当たりがあった。
天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。
こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。
シスルの花束を
碧月 晶
BL
年下俺様モデル×年上訳あり青年
~人物紹介~
○氷室 三門(ひむろ みかど)
・攻め(主人公)
・23歳、身長178cm
・モデル
・俺様な性格、短気
・訳あって、雨月の所に転がり込んだ
○寒河江 雨月(さがえ うげつ)
・受け
・26歳、身長170cm
・常に無表情で、人形のように顔が整っている
・童顔
※作中に英会話が出てきますが、翻訳アプリで訳したため正しいとは限りません。
※濡れ場があるシーンはタイトルに*マークが付きます。
※基本、三門視点で進みます。
※表紙絵は作者が生成AIで試しに作ってみたものです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる