見習いシスター、フランチェスカは今日も自らのために祈る

通りすがりの冒険者

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第34話 REMEMBER ME④

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 喫茶店を出て最寄りの駅に入り、電車で20分ほど揺られると安藤の兄、一郎の住むマンションの近くの駅に着いた。

「これ、映像クリエイターの仕事とはかけ離れてるような気がするんですけどね……」

 そう言いながらも慣れた手つきで写真をスキャナーの読み取り面にセットし、蓋を閉じる。
 パソコンを操作してアプリを開き、ホーム画面上にウィンドウが現れる。
 ウィンドウにはスキャナーで読み取った写真が表示された。マウスを動かしてさらに操作する一郎の無駄のない所作をフランチェスカ、次郎、そしてジョゼの三人が見守る。

「よし、これで読み取り完了と」
「OK。じゃあここ拡大して」

 フランチェスカが指さした先には電柱に設置されたカーブミラーだ。一朗がその部分をドラッグして『拡大』をクリック。
 このままだと画像が荒いので、補正をかけていき、だんだんとハッキリとした映像が露わになる。
 
「ミラーになにか写ってるわ」
「向かいの電柱ですね。なにかプレートみたいなのが……」

 さらに拡大。地名らしき名前と番号が見えてきた。

「これはなにかしら?」
「電柱番号のプレートですね。これでどこかがわかりますよ!」

 『反転』をクリック。プレートの鏡文字が反転する。
 メモを取って、インターネットを開いて検索エンジンに『電柱番号検索』を入力。
 メモを取った番号を試しに入力すると果たして電柱のある住所が出た。

「出ましたよ! この写真の場所は墨田区みたいですね」
 
 住所をメモに書いて見習いシスターに手渡す。

「ジョゼさん、家のある場所がわかりましたわ!」
「本当ですか!? ありがとうございます!」
「さっそく行きましょ! あ、そうだ」

 くるりと踵を返すと一郎の頬にキスを。

「ありがとう! あなたは素敵よ!」

 たちまち一郎がへにゃっと相好そうごうを崩す。

「ジョゼさん行きましょう」
「気をつけてください」

 玄関へ向かうフランチェスカとジョゼを安藤が見送る。
 
「次郎」
「なに? にいちゃん」
「フランチェスカさんに付いてってやれ」

 彼女にキスされたことで気をよくした一郎がグッと親指を立てる。むろん弟がイラッとしたのは言うまでもない。
 「お、俺も行きますよ!」と次郎が慌てて後を追う。

 †††

 マンションの最寄り駅から5つめの駅で降り、そこから乗り換える。

 「この住所だと、この駅が一番近いわね」と見習いシスターがメモを片手にスマホを見ながらうなずく。

「もうすぐ……もうすぐなんですね」

 ブラジルから来たバイオリニストが膝の上に載せたケースを撫でる。
 程なくして目的地の駅に着いた。改札を出て階段をあがると遠くにスカイツリーが見えた。

「えーと……ここから歩いて5分てとこね」
 
 スマホのマップを確認して「あっちだわ」と指さす。
 墨田区にあるその町は昔ながらの建物がところどころに残っている下町だ。
 木造家屋とコンクリートの建築物が林立するなかを三人は歩く。
 
「あの角を曲がるみたい」
「じゃ、もうすぐなんですね」と安藤。

 ふたりがジョゼのほうを見る。彼がうなずいたので、ふたりもうなずく。

 いざ、恩人の家へ――
 
 くるりと曲がった先には、だが写真で見た建物は見当たらなかった。代わりにマンションがあるだけだ。

「ふ、フランチェスカさん、ここなんですか?」
「確かにここよ。取り壊されたんだわ……」

 ふたりがスマホのマップを確認するなか、ジョゼはふらりとマンションのほうへ歩く。まるで恩人の面影を探すかのように。

「ここに、彼が立っていたんですね……」
 
 マンションのエントランスの床を見下ろす。当然のことながらそれで手がかりがつかめるはずもない。
 フランチェスカと安藤は彼の寂しげな背中を見つめるだけだ。やがてジョゼが顔を上げる。

「残念ですが、彼のいた場所に来れただけでも充分です。お手間を取らせました……」
 
 ホテルに戻ります、とエントランスを出たとき、買い物帰りらしき婦人とぶつかりそうになった。年はジョゼと同じく60代と言ったところだろうか。
 「あ、すみません!」とポルトガル語で詫びる。
 言葉はわからなくとも意味は通じたようで女性は「いえ、お気になさらずに」と手を振る。
 そのまま女性はマンションの隣の家へと歩く。マンションとは対照的に昔ながらの木造住宅だ。

「あ、あのすみません!」
 
 そう声をかけたのは安藤だ。

「はい?」
「突然ですみません。このマンションが建てられる前に住んでいた人を探しているんです。もしかしたらお隣さんなら、なにか知っているかもしれないと思いまして……」
「ここに住んでいたひと……」

 手を顎に当てて考えを巡らせる。

「タカトリという名前です。鳥の鷹で鷹取です」と横から見習いシスター。

「鷹取さん……?」

 少し考えてから「ああ! 鷹取さんね!」と声を上げる。

「知っているんですね!?」と安藤。
「鷹取さんのことなら、母が詳しいはずですよ」
 
 どうぞ上がってくださいと三人を家に招く。

 †††

「確かに三郎ちゃんだわ。懐かしいわぁ」

 かつて隣に住んでいた鷹取を知る老婆は写真を手に感慨にふける。そして写真をジョゼに返す。

「確かに鷹取さんは以前、隣に住んでいました」

 居間の和室にて卓を挟んで三人にそう言う。

「なにか事情がおありのようですが、よろしければお聞かせ願えませんか?」
「はい。実は……」

 フランチェスカがこれまでの経緯を話す。話し終えると老婆は目頭の涙を拭う。

「そんなことが……でも三郎ちゃんらしいわ。向こうで子どもをこんな立派に育てて……」
「彼は私にとっては父親のような存在でした」

 フランチェスカの通訳を聞いたジョゼも涙ぐむ。

「でもごめんなさい。三郎ちゃんが今どこにいるかはわからないの。生きているのかどうかも……奥さんを亡くしてからすっかり元気がなくなってしまってねぇ」
「そうでしたか……」

 ありがとうございますとジョゼが礼を言い、三人同時にぺこりと頭を下げる。
 席を立とうした時、老婆が「ああ、そういえば」となにかを思い出したように声をあげた。

「三郎ちゃんには息子さんがいたわね。彼ならなにか知ってるかもしれませんわ。晴恵、年賀状あったわよね? 取ってきてくれる?」
 
 しばらくして娘の晴恵が一枚の年賀状を持ってやってきた。
 「毎年送ってくれるんですよ」と差し出した年賀状には三郎の息子の家族写真が。そして当然、住所と電話番号の記載がある。
 「息子さんに電話をかけてきますね」と晴恵が電話をかけるべく席を立った。

「三郎ちゃんに会えるといいですね」
「ありがとう……ありがとうございます!」

 ぷっつりと切れてしまった手がかりの先に新たな手がかりを手に入れ、ジョゼは目に涙を浮かべて何度も礼を述べる。
 ふすまが開いて晴恵が「お会いになるそうですよ」とにこりと微笑んだ。
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