年下上司の愛が重すぎる!

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4話

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「神野さん!あいつが下位式神しか使役できない事知ってて、なんで現場になんかよこすんです!」

現場は危険だって、神野さんもわかっているだろうに。
署に戻って捲し立てると、神野さんは首を横に傾げた。

「あいつ....?」

しまった。心の中であの野郎とか散々悪態をついていたから、うっかりそのまま言ってしまった。

「あー、いえ。......警部のことです」

「ああ。随分仲良くなったみたいでよかったよ」

「よくありません!」

「まあまあ、仕事は片付いたんだろう?」

「だからそういう問題じゃなくて....!」

その後も、現場は無理だと何度も言ったが、のらりくらりとかわされた。
クソッ...!こんのタヌキ親父が...!

「姫崎さーん、上司に雑用任せるってどういう神経してんすか」

椅子の背もたれに体を預け、少しだらしない格好でへらへらと笑いながら影山が言った。

「うるせえな。向こうがやりたいって言ったんだよ」

「えー、雑用なんてやりたい人います?姫崎さんが押し付けたんじゃないんですか?」

んなわけあるか!.....いや、待てよ。最後のは押し付けた事になるんじゃないか....?
去り際のやり取りを思い出して言葉に詰まる。それを見た影山がやっぱりー、と呆れたように呟いた。

「....適材適所だろ」

「まー、そうですけどー。あんまりいじめないでくださいね?」

「あ?いじめてなんてねーよ」

「ならなんでそんな不機嫌なんですかー。しかも一人で帰ってくるし」

さっきから痛いところを突いてくる。

「....お前、やけに肩持つな」

「そういうわけじゃないですけど...。でもあの人キャリアなのに横柄じゃないし、ノンキャリア俺たちにも敬語でキャリアっぽくないじゃないですか」

「.....最初だけだろ」

「まー、そうかもしれませんけど。でもせっかくこんなとこに来てくれたんですから仲良くしましょうよ」

「こんなとこってお前....」

影山の言っていることはわかる。だが、わかるからといって納得できるかどうかは別である。自分でも大人気ないとは思っているが、最初に喧嘩を売ってきたのは向こうだ。向こうにそんな気はなかったかもしれないが。

「お前だって年下の使えない、それも上司が付いてみろ。人の事言えなくなるぞ」

「あー、それはどんまいとしか言いようがないっすね!」

わはは、と笑う影山を殴りたくなったがぐっと堪える。どの道俺に拒否権はないし、わめいたところで何も変わらない。

やり場のない苛立ちを、ため息をついてなんとか逃す。今日何度目のため息だろうか。やっと人手が増えたというのに、いい事などひとつもない。

「ところで、肝心の幽霊についての報告だけまだないんですけど?」

「.....今しようと思ってたとこだよ」


腹に一撃くらった事や、二人で話がしたいと言われた事、自分が狙われているかもしれない、という事以外は全て話した。

「今回は随分話のできる幽霊だったんすね」

全て話し終えた後に、影山が感心したように言った。神野さんは腕を組んで少し険しい表情をしている。

「ああ。みんなそうなら楽なんだけどな...」

「噂、というのが気になるね。独自のコミュニティでもあるのかもしれない」

「だとしたら厄介ですねー。特定は無理でしょうけど、一応幽霊が集まれそうなところ探してみます」

そう言って影山はカタカタとキーボードを叩き始めた。
影山の言う通り、特定は難しいだろう。というのも、幽霊は監視カメラなどの映像に映らないのだ。深夜ともなれば、人目に付かない場所などいくらでもある。

何をしているかさっぱりわからないが、影山が最後にエンターキーをタンッと叩くと、パソコンの画面に地図が表示され、赤い点がぶわっと広がった。どうやらこれが候補地らしい。

案の定、数えきれないほどの場所が赤く染まり、密集して点ではなくなっているところも多々ある。この場所を全て見回るのは無理だ。人手不足なのもあるが、場所を変えられてしまえば意味がない。

「さすがに多すぎるね....。一応頭には置いておこう。影山くんは皆んなに共有しといてくれる?」

「了解でーす」

影山は、再びパソコンをカタカタと操作しながら続けて言った。

「ってか、綺麗な人っていう噂も姫崎さんのことなんじゃないんすか?今回の幽霊だって姫崎さん目当てだったんでしょ?」

何で知ってるんだ、と言いかけてやめた。このことを知っているのは俺以外にあいつしかいない。
余計な事まで報告しやがって、と心の中で舌打ちをする。

「んなわけねえだろ。綺麗な奴なんて他にいくらでもいるし。第一抽象的すぎる」

「まぁそうですけど....。でも一応一人で出歩かない方がいいですよ?」

「余計なお世話だ。お前も俺を弱いと思ってんのか?」

「いやいや、そういう意味じゃないですって。っていうかってことは警部にそういうこと言われたんですか?」

暗にそんなことで怒っているのか、と言われているようできまりが悪く、視線を逸らす。
でも自分より弱い奴にそんなこと言われたら誰だって腹立つだろ。
何も言わない俺を見て、影山はぶっ!と吹き出した。お前、さすがにそれは失礼じゃないか?

「姫崎さんが強い事は知ってますよ?でも真面目な話、万が一ってこともあるじゃないですか。俺だったら完全足手纏いですけど、警部ならよくないですか?本人もボディーガードやりたいって言ってたし」

普段はおちゃらけているのに、たまにこうやって真面目な話をしだす。声のトーンでも本気で心配していることが伝わってきて、少し複雑だ。しかもなんで佐原ならいいんだ。

「下位式神しか使役できないんだぞ?どう考えても足手纏いだろ」

「幽霊相手には姫崎さんの方が強いと思いますけど、人間相手なら多分姫崎さんより強いですよ」

なんだって?
聞き捨てならない発言に、つい顔が険しくなる。影山はまたパソコンに向かうと去年の警察柔道大会の結果を表示させた。

その、優勝者の欄には「佐原壱」の文字が。

「は!?嘘だろ!?」

「いやー、キャリアでも出る人いるんですねー」

恐らく、異例だろう。いたとしてもかなり少ないはずだ。ましてや優勝なんて。
神野さんも「面白い子だねー」とくすくす笑っている。

影山が動画を再生させると、決勝戦の様子が映し出された。見た目では相手の方が明らかにガタイが良い。階級は同じだが、その中でもお互いギリギリなのだろう。相手は勝ち誇ったような笑みを浮かべている。

"始め"という言葉で同時に動き、奥襟を掴もうとしてくる手を退けながら積極的に攻めている。相手から笑顔は消えていた。

なかなか技をかけさせてもらえなくて焦ったのか、相手が強引に脚をかけて投げようとしたがびくともせず、逆にその脚をすくわれた。

ばん!と背中を床に叩きつけるように投げ飛ばし、見事な大外返おおそとがえしで一本だ。

体幹がしっかりしていることもさることながら、ずば抜けて眼が良い。
相手の重心がどこに乗っているかが見えているので、次の行動がある程度予測できるのだ。

奥歯をギリ、と噛み締める。
敵わない、と思ってしまった。
無駄のない動きやブレない体、それに加えてあの鋭い観察眼。身長の事を抜きにしても敵いそうにない。

「これなら足手纏いにはならないんじゃない?」

「........そう、ですね」

認めたくはないが、確かにこれなら例え幽霊が相手だとしても、自分の身くらいは守れるだろう。

動画を丁度見終えたところで佐原が戻ってきた。

「ただ今戻りました」

「あ、お疲れ様でーす!今みんなで警部の勇姿を見てたとこです!」

影山が手を振って、パソコンの画面を佐原の方へ向けた。

「勇姿....?あー...って、えっ!?動画まで...!?それはちょっと恥ずかしいんですけど...」

「えー、かっこよかったですよ?ね、姫崎さん」

俺に振るなよ!
内心毒付いたが、時すでに遅し。佐原は期待のこもった瞳でこちらを見つめてくる。何かしら言わないといけない雰囲気になってしまった。
ぐっ....。

「...........まぁ、良かったんじゃないんですか」

なんとか言葉をしぼり出すと、目に見えて嬉しそうな顔をするもんだから視線をそっと外す。
なぜこうも俺の言葉に一喜一憂するのか。かなり冷たく当たっている自覚があるからこそ余計だ。

遅れてやってきた罪悪感を打ち消したくて、何か他に情報がないか聞こうと口を開いた時、神野さんに先を越された。

「警部、戻られて早々申し訳ないのですが、姫崎くんの病院に付き添ってやってくれませんか?」

「は!?」

突然何を!

「えっ!姫崎さん、行ってなかったんですか!?」

その言葉で、それも報告したのか、と舌打ちが漏れそうになった。

「俺は別に怪我なんて——」

「なら、お腹見せて」

「っ、」

「怪我してないなら見せれるよね?」

有無を言わせない物言いに、少し反抗したが結局圧に負けてワイシャツを捲った。

「っ!?」

「うわっ、痛そー」

青紫に変色した腹を見て、佐原は息を飲み、影山が声を上げる。見た目は少しアレだが、言うほどの痛みはない。骨も折れてはなさそうだし、病院に行くほどの怪我ではないのに。

「見た目ほど酷くはないですよ。骨も折れてませんし大丈夫です」

「駄目。もしかしたら内臓傷ついてるかもしれないから行ってきなさい」

まるで子供に言い聞かせるように諭され、言葉に詰まる。しかもド正論で、俺が我儘を言っているみたいになっているのがまた決まりが悪い。

「......わかりました。けど、一人で行けます」

「いや、警部も今後お世話になる可能性があるから、御堂みどう先生にご挨拶しておいた方がいい」

御堂先生はいつもお世話になっている整形外科の先生だ。専属、というわけではないが、御堂先生も幽霊が見えるため、治療の際には何かとお世話になっている。余計な説明をしなくてもいいので楽なのだ。

幽霊課のみんなは、怪我をしたらまず御堂先生の元へ行き、御堂先生が診断や治療ができなければ他の病院を紹介してもらうのがお決まりなっている。

警部はお世話になっちゃ駄目だろ...と思いつつも、挨拶くらいは確かにしておいた方がいいかもしれない。

気は進まないが、二人で病院へと向かった。
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