ゲイツラント大陸興国記~元ヤクザが転生し、底辺の身から成り上がって建国をする!

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第四部 北方皇太子 編

第八話 皇子の帰還

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 北方にすまう貴族たちは、王国成立以来、王都より離れたことで暮らしていることもあり、独立心が強い傾向にある。
 王国があって自分がいるのではなく、自分たちがこの過酷な北方を治めているからこそ、王国は安泰なのだという意識があった。

 そしてそれは、北方が帝政でまとまってからも変わらない。
 そもそもヴァルドノヴァ辺境伯は領地だけを言えば、他の貴族たちとそう違いがある訳ではない。
 つまり、反王国の旗頭をかかげたのはコルドスではあるが、他の貴族との間柄に主従関係がある訳ではない。
 コルドスの挙兵が失敗していれば、他の貴族たちはコルドスを謀反人として殺しただろう。
 成功したから、こうして麾下《きか》にいる、それだけである。
 コルドスに付いている高位貴族の同意があって初めて皇帝として即位できたのだ。
 表向き命令という体裁はたてているものの、裏ではしっかりと根回しをして、相談をした上で命令は出されている。
 つまり帝政とは名ばかりの、集団指導体制であった。

 皇帝の周りを固める将軍、宮中伯――あわせて七人の貴族たち(彼らは自らを“元老院”と呼ぶ)が実権を掌握していた。

 事実、コルドスは一度の敗戦だけでは諦めず、皇帝みずから親征《しんせい》を実行しようとしたのだ。
 それを止めたのは、元老院である。
 これまで度重《たびかさ》なる戦いに賛成してきたのは王国を撃破し続けてきたからだ。
 平和に安穏《あんのん》とした、惰弱《だじゃく》な王国兵など何するものでもない。

 しかし事情が変わった。
 一度負ければ次も負けるかも知れない。
 そのうち領土を失えば、帝政は崩壊する。
 そうなれば貴族達の首は飛ばされてしまう。
 そんなことはあってはならないのだ。
 だから皇帝に圧力を加え、親征をやめさせた。

 今はオーランドが策謀を巡らせてくれているお陰で、帝国の傷は浅い。
 願うならば、このまま…王国が崩壊してくれれば幸い。
 そこで浮上したのが次の問題だった。
 コルドスの嫡男、シメオンである。色白の学者肌で、演劇好き。
 芸術・学術方面に投資している。
 元老院からすれば、シメオンは道楽者だ。

 コルドスが死ねば、シメオンが次の皇帝だ。
 そうなればどうなるか。
 あんな人間が皇帝になれば帝国は崩壊するだろう。
 もっと帝位に相応しい人間を養子に据《す》えては?
 コルドスに働きかけても、さすがにそればかりは首肯《しゅこう》しなかった。
 
 その為にシメオンの周りには優秀な人間をつけている――。

 その意思を変えることが難しいと判断した元老院たちは、シメオンに難題を課すこととした。
 それこそ西方の蛮族討伐である。
 これまで何人もの将軍が遠征いては多くの犠牲を出して撤退していった帝国の悩みの種だ。
 むろん、皇太子シメオンの遠征ともあって大軍を与えない訳にはいかなかったが、失敗すると踏んだ。
 細く険《けわ》しい登山道では数の利は活《い》かせない。
 負けて戻って来るだろうと思っていた。
 次代の皇帝が蛮族に負けるとなれば、廃位の声はもっと大きくなる。
 そしてコルドスはその意見を退けることは出来ない。
 しかし将軍たちの期待は裏切られた。
 そう、シメオンは帝都へ意気揚々と凱旋《がいせん》を果たしたのだ。

                  ※※※※※

 シメオンたちは、帝都の人々から歓呼《かんこ》の声を受けて、凱旋をした。
 何百人もの兵士に囲まれたシメオンは臣民《しんみん》たちに大して大きく手を挙げて、笑顔を見せる。
 こんなものは趣味ではないが、人々の声に応えるのも皇太子の務めなのだ。

 シメオンたちは皇太子の離宮に入る。
 部屋に戻ると、シメオンは「ふぅ」と溜息をついた。

 アディロスも、目深《まぶか》にかぶっていた外套《がいとう》のフードをぬぐ。
 周りを驚かさぬよう、ずっとそうしていたのだ。

 アディロスはシメオンに言う。
「お、お前……偉いやつだったのか」

「まあね。
でも私が偉い訳じゃあない」

 すかさずレカペイスが口を挟む。
「口を慎《つつし》め。
殿下、もしくは、シメオン様と呼べ」

「ふん、偉そうに。人間のくせに」

「何だと」

「何よ。もう一度戦ったら絶対、私が勝ってるっ」

「それほどに言うなら、やってみるか?
あの時は、殿下より殺さぬよう申しつけられていたが、次は手加減はしない」

 シメオンがやんわりと二人の間に入る。
「やめろ。二人とも。
二人はこれから私の優秀な家臣なんだ。
諍《いさか》い合うのではなく、手に手を取って私を守って欲しい」

 ディロスが不愉快そうに顔をしかめた。
「何が家臣だ」

 シメオンは苦笑する。
「では、言い直そう。優秀な武人だ」

「武人。
まあ、それなら悪くない」

「殿下。
甘やかされると、こういうのはつけあがります。
最初が肝心《かんじん》と思われますが?」

 アディロスが眉間にシワを刻む。
「うるさいな。
お前……」

「レカペイスだ。
新参にお前呼ばわりされる覚えはない」

「お・ま・えっ!」

「殿下。
連れて来る方を間違えたのでは?
ドワーフの方が思慮深く感じましたが」

「あんな、クソジジイ連れてきたって何の役にもたたないさ」

 シメオンはにこやかに微笑む。
「ダントスと言ったか……あの、ドワーフをアディロスは庇《かば》ったのだろう。
連れて行くのなら自分だけ、と」

「……別に」

 そこに侍女がやってきた。
 レカペイスが話を聞く。

「殿下。陛下が謁見《えっけん》の間にてお待ちです」

「分かった。レカペイスは、アディロスのこと、頼んだぞ」

「はい」

 侍女に先導され、シメオンは謁見の間へ向かった。

                   ※※※※※

 シメオンが謁見の間に来る。
 皇帝の身辺に侍《はべ》る将軍や宮中伯たち、元老院は心なし、目を伏せているように見えた。

 コルドスが重々しく口を開く。
「よくぞ戻って来た。シメオンよ」

「はっ、シメオン・ド・ヴァルドノヴァ、ただいま、帰還いたしてございます」

「うむ。蛮族の討滅――嬉しく思うぞ」

「いいえ、陛下。討滅はしてございません」

 皇帝の顔が曇る。
「どういうことだ」

「エルフやドワーフたちを私は服属させたのです。
皆殺しにすることには何の意味もございません故」

 すると将軍の一人が声を上げた。
「服属ですと?
殿下。
陛下は討滅をお命じになられたのでございますぞっ!?」

「しかしエルフとドワーフについての権限は、陛下より全権を頂いております」

 また別の将軍が言う。
「何を愚かなことを仰せになられるのですか。
きゃつらは文明を知らぬ、野蛮人どもですぞっ!」

「その文明も知らぬ野蛮人に我々だけではなく、我々の先祖も苦しめられて参ったのですよ。
そしてそれは陛下も。
元老院の方々は陛下を誹《そし》るのですか」

「そ、そんなことは誰も申してはおりませぬ……」

「陛下。彼らを潰すのではなく、利用するべきなのです。
どうかお許し下さい」

 しばらくの沈黙の後、コルドスは小さく溜息をつく。
「許すも何もない。
お前に全権を与えたのは予《よ》である。
綸言《りんげん》、汗のごとし――覆《くつがえ》せば、予の沽券《こけん》に関わる。
許す。
しかし、再び蛮族どもが反乱を企てれば、その時は皆殺しにせよ」

「はっ。
つきましてはもう一つ、お許しを頂戴《ちょうだい》したき儀《ぎ》がございます」

「申せ」

「西方の山脈一帯を私の領土にいたしとうございます」

 将軍たちが口々に声を上げる。
「殿下、何を申されるのですかっ」
「そうですぞ。勝ったとは言え、多くの犠牲を出したのです」
「あれだけの広い土地を己のものにするなど」

「しかし誰もなせなかったことを私はいたしました。
そして西方の山脈の奥地は、前人未踏の秘境……。
エルフとドワーフの力を借りれば、開拓することも可能ではないかと。
銀など見つかれば、帝国の国庫はより充実するものと存じます」

 元老は言葉を募《つの》ろうとするが、コルドスはそれをやめさせた。
「良かろう」

 将軍たちはこぞって反発する。
「陛下! それはいくら何でも……」
「そうでございます。もっと意見を聞くべきでは?」

「長らくまつろわぬ蛮族どもを平定できたのは、シメオンの功《こう》である。
この中の誰一人として、自らが出兵すると言うものはいなかった。
相応に難しいものであった。
犠牲を出したと言うが、これまでも多くの犠牲を出しながら、果たせなかったことをシメオンを果たしたのだ。
許そう」

「ありがたき幸せにございますっ!」
 シメオンは深々と頭を垂れた。
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