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第五部 王国統一 編
第四話 神星王国軍 陣営
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神星王国の王都、リュエンスの郊外にある訓練場。
そこで、大勢の兵士たちが土埃《つちぼこり》を巻き上げ、激しく動いていた。
二つの集団に別れた兵士たちが模擬戦闘用の槍や剣を用い、ぶつかりあう。
けたたましい喊声《かんせい》が青空に響き渡った。
歩兵集団が進むのにあわせ、その両翼を守るように騎馬隊が駆ける。
歩兵集団を割ろうとする騎馬隊を互いに邪魔しあう。
その様子は、まるで何匹もの蛇がくねり、うねるように絡まり合う。
実力は伯仲《はくちゅう》。
もみ合いながら、馬同士が馳《は》せ違う。
そうしている間に歩兵がぶつかりあい、白兵戦へ突入する。
やがて二つの軍は距離を取る。
痛み分け、と言ったところだ。
だが、そこにどうしても訓練だからという甘さを、見ない訳にはいかなかった。
実践でこそ、将も兵も成長する。
模擬戦ではこの程度だ。
それでも、最初の頃に比べると、まだまともに見えた。
訓練の様子を観戦していた王国軍の将軍、フリードリッヒ・ド・シュタイアーゼは「休憩《きゅうけい》だ」と告げる。
角笛が鳴らされた。
フリードリッヒは五十代半ば。
地方に出張っていた軍人で、新王・ヨーゼフ一世の即位に伴う、人事異動で中央軍へと取り立てられた。
これはフリードリッヒだけに関わらない。
それまで中央軍にいた将軍たちは次々と地方へとばされるか、引退するかした。
表向きは、軍の若返りを図るというものではあるが、実は違う。
ヨーゼフ一世――元宮宰《きゅうさい》ルードヴィッヒは、ロミオに忠誠を誓っていた軍人たちに寝首をかかられることを怖れたのだ。
軍だけではない。
帝国との同盟を強行したヨーゼフへの反発は各地で起こった。
一体どれだけの貴族や軍人の首がとんだか分からない。
かくいう、フリードリッヒも帝国との同盟に関しては、怒り以外の感情はない。
いくら、前王ロミオに対する為とはいえ、不倶戴天《ふぐたいてん》の帝国と手を組むなどありえないことだ。
しかしそれは胸の奥にしまって、表向きは同盟を歓迎したフリをしている。
皮肉にも、前王ロミオが消えてくれたからこそ、こうして出世できたのだ。
そして、多くの将校が配置転換になったことで、統一性を失っている軍の訓練を日夜、励んでいた。
「将軍!」
副官のコンラット・ド・ヒパーが声をかけてくる。
オレンジ色の髪に、童顔(本人はかなり気にしている)の男である。
騎馬の扱いに優れていることを買って、地方軍にいた頃に見出し右腕である。
「どうした」
「陛下よりの勅使が参りました。
すみやかに、王宮へ出頭せよとのことでございます」
「分かった。
コンラット、付き合え」
「はっ!」
馬に跨《また》がり王都へ向かった。
王都の繁栄は今も昔も変わらない。
しかしその繁栄の裏で、異物が目についていた。
それが、黒地に双頭のドラゴンの意匠《いしょう》――ヴォルドノヴァ帝国の軍旗である。
あれは同盟締結後に建設された、大使館である。
美しい王国の蒼穹《そら》に忌《い》まわしいものがはためく。
あの旗をかかげた軍にいったいどれだけの王国の兵士が散らされていったのか。
それが王都の空に翻《ひるがえ》る――フリードリッヒにとっては忌まわしいもの以外の何ものではない。
軍人の姿に、目抜き通りを歩いている人々が脇に寄る。
応急へ近づくにつれ、その傍に建設途中の建物がいくつも見えてくる。
あれは、全て教団施設になる予定だという。
同盟締結と時を同じくして起きた変化は、教団が大手を振って王都を闊歩《かっぽ》するようになったことである。
話では、豪奢《ごうしゃ》な星殿《せいでん》が建設される予定なのだという。
それに伴い、星騎士団《せいきしだん》とかいう兵士たちもまた王都には現れ始めている。
そして王国軍よりもずっとでかい顔で、人々をひれ伏させている。
(生臭《なまぐさ》共め。調子にのりやがって……っ)
王宮に辿《たど》り着くと、すみやかに内奥《ないおう》へ案内された。
そして幾つもの部屋を抜け、王の執務室へ通された。
先触れが声を上げる。
「シュタイアーゼ将軍が、まかり越しまして御座います!」
副官のコンラットは次の間で待たせ、一人進んだフリードリッヒは片膝をつく。
「――緊急のお呼びと聞き及び、参上いたしましてございます……っ」
そこにはきらびやかな衣装に身を包んだ、ヨーゼフ一世がいる。
そしてその傍《かたわら》らに影のように寄り添うのは、相談役として王と常に行動を共にしている、ビネーロ・ド・トルスカニャ枢機卿《すうききょう》。
生臭のまとめ役だ。
ヨーゼフが言う。
「訓練の最中に呼び出してすまなかった」
「いえ」
「お前には、一週間以内に軍の陣容をたて、かの異端者、ロミオたちの討滅に向かってもらいたい」
「かしこまりました。
速やかに軍を起こします」
「うむ。そして今度の戦に関してだが……帝国と共同して攻めよ」
「は? 帝国、でございますか?
なぜでございますか。
かの、異端者は我ら王国の敵。帝国は何の関係も……」
口を挟んだのは、ビネーロだった。
「将軍、それは違う。
このたびの王国と帝国の盟約はそもそも、誠に心からの和平を望む、教皇猊下《きょうこうげいか》の望みを、陛下が受け容《い》れてのこと。
しかし未だ帝国に敵対の目を向ける、不埒《ふらち》な王国民どもが多い。
そのための出陣なのだ。
帝国は王国と共同の歩調を取り、異端者を屠《ほふ》ることにより、王国と帝国は誠の友となることができる……。
これは王国の為であると友に、猊下の御心《みこころ》に添う為のことなのだ」
(不埒……)
生臭ごときに自国民を侮辱される。
フリードリッヒの腹の底は怒りで煮えたぎる。
しかしヨーゼフは別にそれを気にする風でもない。
「陛下……」
ヨーゼフ一世は言う。
「ビネーロの言う通りだ。
両国の恒久《こうきゅう》的な和平の為にも、こたびの出陣は帝国と手を携《たずさ》えて行う。
しかし、だ……。
無論、中核になるのは王国軍であることに変わりは無い」
「かしこまりました」
「異端者は滅ぼすのだ」
「ははっ!」
フリードリッヒは部屋を下がった。
(ヨーゼフめ、頭が湧いたのかっ!?)
怒りに拳を握りしめた。
フリードリッヒの表情から、コンラッドは察したように何も話さず、黙々とついてくる。
宮廷は今や、教団に牛耳られたも同然だ。
大臣たちは貴族を務めているものの、教団の坊主どもが要職に起用されていた。
王国は教団に乗っ取られつつあった。
しかしそれは教団ばかりの問題ではない。
ヨーゼフが、自分に対する反対の声を封じ込める為に、教団の威光を笠に着ている為に、教団の専横を防ぎ切れていない。
教団の正義を前におしたてれば、それに公然と反対の声を上げられる者はいない。
大貴族も、そして、フリードリッヒ自身も、アルス神星教団の信徒である。
誰もが破門されることを恐れている。
だが、前王・ロミオは……。
(いや、考えるまい)
それでも軍までは教団の手が及ばないと思っていたのだが――。
まさか、帝国と轡《くつわ》を並べろなどという血迷った命令が下るなどとは正直、夢にも思わなかった。
そして軍人として、命令が下った以上、逆らう訳にはいかないのだ。
そこで、大勢の兵士たちが土埃《つちぼこり》を巻き上げ、激しく動いていた。
二つの集団に別れた兵士たちが模擬戦闘用の槍や剣を用い、ぶつかりあう。
けたたましい喊声《かんせい》が青空に響き渡った。
歩兵集団が進むのにあわせ、その両翼を守るように騎馬隊が駆ける。
歩兵集団を割ろうとする騎馬隊を互いに邪魔しあう。
その様子は、まるで何匹もの蛇がくねり、うねるように絡まり合う。
実力は伯仲《はくちゅう》。
もみ合いながら、馬同士が馳《は》せ違う。
そうしている間に歩兵がぶつかりあい、白兵戦へ突入する。
やがて二つの軍は距離を取る。
痛み分け、と言ったところだ。
だが、そこにどうしても訓練だからという甘さを、見ない訳にはいかなかった。
実践でこそ、将も兵も成長する。
模擬戦ではこの程度だ。
それでも、最初の頃に比べると、まだまともに見えた。
訓練の様子を観戦していた王国軍の将軍、フリードリッヒ・ド・シュタイアーゼは「休憩《きゅうけい》だ」と告げる。
角笛が鳴らされた。
フリードリッヒは五十代半ば。
地方に出張っていた軍人で、新王・ヨーゼフ一世の即位に伴う、人事異動で中央軍へと取り立てられた。
これはフリードリッヒだけに関わらない。
それまで中央軍にいた将軍たちは次々と地方へとばされるか、引退するかした。
表向きは、軍の若返りを図るというものではあるが、実は違う。
ヨーゼフ一世――元宮宰《きゅうさい》ルードヴィッヒは、ロミオに忠誠を誓っていた軍人たちに寝首をかかられることを怖れたのだ。
軍だけではない。
帝国との同盟を強行したヨーゼフへの反発は各地で起こった。
一体どれだけの貴族や軍人の首がとんだか分からない。
かくいう、フリードリッヒも帝国との同盟に関しては、怒り以外の感情はない。
いくら、前王ロミオに対する為とはいえ、不倶戴天《ふぐたいてん》の帝国と手を組むなどありえないことだ。
しかしそれは胸の奥にしまって、表向きは同盟を歓迎したフリをしている。
皮肉にも、前王ロミオが消えてくれたからこそ、こうして出世できたのだ。
そして、多くの将校が配置転換になったことで、統一性を失っている軍の訓練を日夜、励んでいた。
「将軍!」
副官のコンラット・ド・ヒパーが声をかけてくる。
オレンジ色の髪に、童顔(本人はかなり気にしている)の男である。
騎馬の扱いに優れていることを買って、地方軍にいた頃に見出し右腕である。
「どうした」
「陛下よりの勅使が参りました。
すみやかに、王宮へ出頭せよとのことでございます」
「分かった。
コンラット、付き合え」
「はっ!」
馬に跨《また》がり王都へ向かった。
王都の繁栄は今も昔も変わらない。
しかしその繁栄の裏で、異物が目についていた。
それが、黒地に双頭のドラゴンの意匠《いしょう》――ヴォルドノヴァ帝国の軍旗である。
あれは同盟締結後に建設された、大使館である。
美しい王国の蒼穹《そら》に忌《い》まわしいものがはためく。
あの旗をかかげた軍にいったいどれだけの王国の兵士が散らされていったのか。
それが王都の空に翻《ひるがえ》る――フリードリッヒにとっては忌まわしいもの以外の何ものではない。
軍人の姿に、目抜き通りを歩いている人々が脇に寄る。
応急へ近づくにつれ、その傍に建設途中の建物がいくつも見えてくる。
あれは、全て教団施設になる予定だという。
同盟締結と時を同じくして起きた変化は、教団が大手を振って王都を闊歩《かっぽ》するようになったことである。
話では、豪奢《ごうしゃ》な星殿《せいでん》が建設される予定なのだという。
それに伴い、星騎士団《せいきしだん》とかいう兵士たちもまた王都には現れ始めている。
そして王国軍よりもずっとでかい顔で、人々をひれ伏させている。
(生臭《なまぐさ》共め。調子にのりやがって……っ)
王宮に辿《たど》り着くと、すみやかに内奥《ないおう》へ案内された。
そして幾つもの部屋を抜け、王の執務室へ通された。
先触れが声を上げる。
「シュタイアーゼ将軍が、まかり越しまして御座います!」
副官のコンラットは次の間で待たせ、一人進んだフリードリッヒは片膝をつく。
「――緊急のお呼びと聞き及び、参上いたしましてございます……っ」
そこにはきらびやかな衣装に身を包んだ、ヨーゼフ一世がいる。
そしてその傍《かたわら》らに影のように寄り添うのは、相談役として王と常に行動を共にしている、ビネーロ・ド・トルスカニャ枢機卿《すうききょう》。
生臭のまとめ役だ。
ヨーゼフが言う。
「訓練の最中に呼び出してすまなかった」
「いえ」
「お前には、一週間以内に軍の陣容をたて、かの異端者、ロミオたちの討滅に向かってもらいたい」
「かしこまりました。
速やかに軍を起こします」
「うむ。そして今度の戦に関してだが……帝国と共同して攻めよ」
「は? 帝国、でございますか?
なぜでございますか。
かの、異端者は我ら王国の敵。帝国は何の関係も……」
口を挟んだのは、ビネーロだった。
「将軍、それは違う。
このたびの王国と帝国の盟約はそもそも、誠に心からの和平を望む、教皇猊下《きょうこうげいか》の望みを、陛下が受け容《い》れてのこと。
しかし未だ帝国に敵対の目を向ける、不埒《ふらち》な王国民どもが多い。
そのための出陣なのだ。
帝国は王国と共同の歩調を取り、異端者を屠《ほふ》ることにより、王国と帝国は誠の友となることができる……。
これは王国の為であると友に、猊下の御心《みこころ》に添う為のことなのだ」
(不埒……)
生臭ごときに自国民を侮辱される。
フリードリッヒの腹の底は怒りで煮えたぎる。
しかしヨーゼフは別にそれを気にする風でもない。
「陛下……」
ヨーゼフ一世は言う。
「ビネーロの言う通りだ。
両国の恒久《こうきゅう》的な和平の為にも、こたびの出陣は帝国と手を携《たずさ》えて行う。
しかし、だ……。
無論、中核になるのは王国軍であることに変わりは無い」
「かしこまりました」
「異端者は滅ぼすのだ」
「ははっ!」
フリードリッヒは部屋を下がった。
(ヨーゼフめ、頭が湧いたのかっ!?)
怒りに拳を握りしめた。
フリードリッヒの表情から、コンラッドは察したように何も話さず、黙々とついてくる。
宮廷は今や、教団に牛耳られたも同然だ。
大臣たちは貴族を務めているものの、教団の坊主どもが要職に起用されていた。
王国は教団に乗っ取られつつあった。
しかしそれは教団ばかりの問題ではない。
ヨーゼフが、自分に対する反対の声を封じ込める為に、教団の威光を笠に着ている為に、教団の専横を防ぎ切れていない。
教団の正義を前におしたてれば、それに公然と反対の声を上げられる者はいない。
大貴族も、そして、フリードリッヒ自身も、アルス神星教団の信徒である。
誰もが破門されることを恐れている。
だが、前王・ロミオは……。
(いや、考えるまい)
それでも軍までは教団の手が及ばないと思っていたのだが――。
まさか、帝国と轡《くつわ》を並べろなどという血迷った命令が下るなどとは正直、夢にも思わなかった。
そして軍人として、命令が下った以上、逆らう訳にはいかないのだ。
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