1 / 1
小説家の、成れの果て。
しおりを挟む
私が今これを書いていることを、私は知らない。いや、確証が持てない、と言った方が正しい。
なぜこうなってしまったのか、ここにゴミ貯めとして綴ろうと思う。
私が、やっとの思いで小説家としてデビューして1年。売れないことはない。ヒットを打つ訳でもない。そこそこな新人、といった立ち位置だ。
しかし、私はこんな短期間の間に小説家として相当なストレスを抱えてしまった。常に執筆作業に追われ、ネタ出しに全神経を注ぎ、それでも知名度は中の下。
「小説」という言葉に鳥肌を覚えるようになったのはいつだったか。もう忘れてしまった。
こんなときにも、私という人間の欲は募りに募り、そして爆発する。
ふと、締切の1週間前に鹿児島に行きたくなったことがある。桜の花が散るのを見ていると、昔訪れた桜島が頭をよぎったのだ。共通点は名前しかないというのに。
桜島がひとたび頭に浮かぶと、そのことしか考えられなくなる。
気づけば、原稿用紙びっしりに「桜島」と書かれており、流石にこれはまずいと悟った私は鹿児島へ行くことにした。
1泊2日の旅行のため、宿はうんと高いものをとりたい。結果、いいお屋敷の旅館に泊まることにした。
桜島の噴煙を眺めていると、心の中が洗われたような気分になる。それでも、旅館で人と会話をした瞬間、小説が頭によぎり、私の心が現実に戻された。
布団で横になっていると、何やら廊下が騒がしい。こちらは高い金を支払っているのだ、何事だ?と、おもった私は、少し戸を開け覗いて見た。
どうやら声の主は酔っぱらいのようだ。辺り1面を汚しながら千鳥足で歩いていく。私はそれを見て苛立ちを隠せなかった。
「すいません。もう夜も遅いことですし、静かにしていただけませんか?」
「うるせぇ!じゃあ俺を運んでくれよ」
酔っぱらいはにやけながらそう私に抵抗する。私の中で、何かが切れる音がした。
「でしたら、運びますよ」私は、酔っぱらいの肩を組み、私の部屋まで向かった。
「なんだぁ??この部屋、ちょっと違うぞ……」
「少し遠かったので、私の部屋までですが、お気に召しませんでしたか?」
すると酔っぱらいは笑顔で
「いや、寝れればいいさ。寝れればな」と答えた。
「なら良かったです」
私は、そう言いながら笑顔で荷物置きへ向かった。確か、入れていたはずだ。
夜遅く、酔っぱらいの寝息が部屋中に響く。到底眠れるわけが無いが、生憎寝るつもりも「まだ」ない。
酔っぱらいが完全に寝たことを確認した私は、彼の首元にカッターを入れる。
部屋中に満ちる声が、寝息から悲鳴に変わる。
この感覚を私は一生忘れることがないだろう。スリル、恐怖、罪悪感。そして、私は部屋に人が入ってくる前に、窓から外へ逃げ出した。
人と関わるとき、人それぞれに別の偽名を使っていたのがここで幸運に働いた。ホテル側が宿泊者の名前から犯人を特定できなかったためか、私はその後も何不自由なく生活ができた。
あの事件以来、私には殺人欲求というものが芽ばえるようになってしまった。一度思い浮かぶと、誰かを殺すまで何も手につかなくなる。
そして気づけば目の前に死体が転がっている。
母が転がっていた時にはさすがに驚いた。
ある日、私が小説を書き切り、満足して顔を上げると、死体と思しき何かが転がっていた。
脳の整理が追いつかなくなるのがわかった。今、何が起こった?私は小説を書いていたはずなのに……
ペンだと思っていたものはどうやらナイフのようだ。ナイフで文字を書くように刺したのだろう、目の前の死体は、人の形かどうか認識することすら難しい状態だった。
だというのに、まだ殺人欲求が残っている。私は恐怖を抱えたまま人を殺した。そして顔を下ろすと、小説が出来上がっていた。傑作だった。
後に、私初のヒットとなる作品である。
このときも、私は恐怖を感じた。私は、小説家としての苦しみと、人を殺す時の快感にも近い苦しみとが同義に感じるようだ。
そして、いつしかこのふたつの違いを認識できなくなった。
これがまぁ厄介なもので、小説を書きたいからと人を殺すが、5割の確率で人が死んでいるだけ。人を殺したい時もしかり。小説を書くも、5割の確率で普通に小説が出来上がっている。
結局、私は小説家を引退することにした。殺人も辞めることにした。しかし、私の欲求として現れるそれをいつしか無意識のうちに行うようになっていたのだ。
今書いているこれも、私は無意識のうちに行っている。違いを認識できないため、実は今、人を殺しているのかもしれないとも思っている。
息をすることも怖い。死んでしまおうかと思う時もあるのだが、死ぬことも怖い。
私は一生、このふたつの苦しみと共に人生を過ごすのだろう。
なぜこうなってしまったのか、ここにゴミ貯めとして綴ろうと思う。
私が、やっとの思いで小説家としてデビューして1年。売れないことはない。ヒットを打つ訳でもない。そこそこな新人、といった立ち位置だ。
しかし、私はこんな短期間の間に小説家として相当なストレスを抱えてしまった。常に執筆作業に追われ、ネタ出しに全神経を注ぎ、それでも知名度は中の下。
「小説」という言葉に鳥肌を覚えるようになったのはいつだったか。もう忘れてしまった。
こんなときにも、私という人間の欲は募りに募り、そして爆発する。
ふと、締切の1週間前に鹿児島に行きたくなったことがある。桜の花が散るのを見ていると、昔訪れた桜島が頭をよぎったのだ。共通点は名前しかないというのに。
桜島がひとたび頭に浮かぶと、そのことしか考えられなくなる。
気づけば、原稿用紙びっしりに「桜島」と書かれており、流石にこれはまずいと悟った私は鹿児島へ行くことにした。
1泊2日の旅行のため、宿はうんと高いものをとりたい。結果、いいお屋敷の旅館に泊まることにした。
桜島の噴煙を眺めていると、心の中が洗われたような気分になる。それでも、旅館で人と会話をした瞬間、小説が頭によぎり、私の心が現実に戻された。
布団で横になっていると、何やら廊下が騒がしい。こちらは高い金を支払っているのだ、何事だ?と、おもった私は、少し戸を開け覗いて見た。
どうやら声の主は酔っぱらいのようだ。辺り1面を汚しながら千鳥足で歩いていく。私はそれを見て苛立ちを隠せなかった。
「すいません。もう夜も遅いことですし、静かにしていただけませんか?」
「うるせぇ!じゃあ俺を運んでくれよ」
酔っぱらいはにやけながらそう私に抵抗する。私の中で、何かが切れる音がした。
「でしたら、運びますよ」私は、酔っぱらいの肩を組み、私の部屋まで向かった。
「なんだぁ??この部屋、ちょっと違うぞ……」
「少し遠かったので、私の部屋までですが、お気に召しませんでしたか?」
すると酔っぱらいは笑顔で
「いや、寝れればいいさ。寝れればな」と答えた。
「なら良かったです」
私は、そう言いながら笑顔で荷物置きへ向かった。確か、入れていたはずだ。
夜遅く、酔っぱらいの寝息が部屋中に響く。到底眠れるわけが無いが、生憎寝るつもりも「まだ」ない。
酔っぱらいが完全に寝たことを確認した私は、彼の首元にカッターを入れる。
部屋中に満ちる声が、寝息から悲鳴に変わる。
この感覚を私は一生忘れることがないだろう。スリル、恐怖、罪悪感。そして、私は部屋に人が入ってくる前に、窓から外へ逃げ出した。
人と関わるとき、人それぞれに別の偽名を使っていたのがここで幸運に働いた。ホテル側が宿泊者の名前から犯人を特定できなかったためか、私はその後も何不自由なく生活ができた。
あの事件以来、私には殺人欲求というものが芽ばえるようになってしまった。一度思い浮かぶと、誰かを殺すまで何も手につかなくなる。
そして気づけば目の前に死体が転がっている。
母が転がっていた時にはさすがに驚いた。
ある日、私が小説を書き切り、満足して顔を上げると、死体と思しき何かが転がっていた。
脳の整理が追いつかなくなるのがわかった。今、何が起こった?私は小説を書いていたはずなのに……
ペンだと思っていたものはどうやらナイフのようだ。ナイフで文字を書くように刺したのだろう、目の前の死体は、人の形かどうか認識することすら難しい状態だった。
だというのに、まだ殺人欲求が残っている。私は恐怖を抱えたまま人を殺した。そして顔を下ろすと、小説が出来上がっていた。傑作だった。
後に、私初のヒットとなる作品である。
このときも、私は恐怖を感じた。私は、小説家としての苦しみと、人を殺す時の快感にも近い苦しみとが同義に感じるようだ。
そして、いつしかこのふたつの違いを認識できなくなった。
これがまぁ厄介なもので、小説を書きたいからと人を殺すが、5割の確率で人が死んでいるだけ。人を殺したい時もしかり。小説を書くも、5割の確率で普通に小説が出来上がっている。
結局、私は小説家を引退することにした。殺人も辞めることにした。しかし、私の欲求として現れるそれをいつしか無意識のうちに行うようになっていたのだ。
今書いているこれも、私は無意識のうちに行っている。違いを認識できないため、実は今、人を殺しているのかもしれないとも思っている。
息をすることも怖い。死んでしまおうかと思う時もあるのだが、死ぬことも怖い。
私は一生、このふたつの苦しみと共に人生を過ごすのだろう。
0
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…
しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。
高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。
数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。
そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…
意味が分かると怖い話(解説付き)
彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです
読みながら話に潜む違和感を探してみてください
最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください
実話も混ざっております
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
英雄一家は国を去る【一話完結】
青緑 ネトロア
ファンタジー
婚約者との舞踏会中、火急の知らせにより領地へ帰り、3年かけて魔物大発生を収めたテレジア。3年振りに王都へ戻ったが、国の一大事から護った一家へ言い渡されたのは、テレジアの婚約破棄だった。
- - - - - - - - - - - - -
ただいま後日談の加筆を計画中です。
2025/06/22
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる