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大地ノコ

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「@TAKUMA_1014」
 Youtubeでこの名前を検索するスピードも早くなったものだ。ブラインドタッチならぬブラインドスワイプも出来るのではなかろうか……?
 帰宅するなり、ビニール袋の細長くなった紐を手のひらから滑らせて、そそくさとベッドに飛び込む。スマートフォンの充電は24%、まだいけるな。
 現在、10/12、木曜日の22時……そうなると……
「やっぱり」声が漏れた。
 目線の先には黒い文字でこう書かれている。

【Ohayo Boys 05 full】

 世間を席巻する国民的アニメと読んでも過言では無い作品『おはようBoys』の第5話【君はプレシャス】が、Youtubeにて無料公開されている。
 俗に言う無断転載だ。

「@TAKUMA_1014」は、24時間程前に放送されたアニメの無断転載で広告収入を得ている、忌み嫌われるべきYoutuber……のはずだが……。
「ごめん作者さん、ストーリーは気になるけど金は払いたくないんだ」
 私の日課が始まった。「@TAKUMA_1014」の動画によるアニメ鑑賞と同時にのり弁と焼きそばパンを頬張る。食後、手が空いたら1つコメントを残す。
「今日もありがとうございます!」
 疲労と満腹感によって襲いかかる睡魔と戦いながら軽くシャワーをして、髪の毛も乾かさないまま布団にダイブ。そのまま、気絶……。
 明らかな不法行為を行っているはずなのに、親からは「もっと健康に気をつけなさいよ」と言われるだけだった。

 †

「おはボイ見た!?まじエグかったんだけど!」
 目を輝かせながら興奮気味に捲し立てる友人。
「あ、あはは……そうだね……」
「特にトウマ君が怪盗ギルティをショックウェーブで圧倒したところとか、まじでイケメンすぎてやばい!!!」
「見た」の一言も言っていないのに、5話のネタバレをお構い無しにしてくる友人。
 あぁ……なぜ大学の講義に出席する前から、こんな憂鬱な気持ちにならなければいけないのだろうか?
 …………いっそ縁を切ってしまおうか?
 最低なのはわかっている。しかし……だ。
 私はそもそも「おはようBoys」があまり好きではない。国民的アニメになりつつあるのも訳が分からない。
 超能力×推理×恋愛×日常というキャッチコピーはおめでたいものだが、やはり、全てを一度に摂取する必要はないと思うんだ。
 特に、おはようBoysの恋愛描写はド下手くそだ。
 すこーしだけ推理パートが面白くて、作画が良かっただけだと言うのに……
 そして、友人と上手く付き合うには「おはようBoys」を見ることが必須条件となる。
 つまり、縁さえ切れば、苦手だったおはようBoysをこれ以上見る必要が無くなるのだ!
 
「わ……わかるぅ……かっこいいよね」
 ……と、脳内では大層なことが言えても、口には出せない所が私の忌むべき点……。
「やっぱりトウマ君推しだわ~……」
 先週は『ショウゴ君推しだわ~』と言っていたくせに……。
 恋する乙女のような眼差しで歩みを進める友。
 はぁ……早く大学に着けばいいのに……。

 †

 あれから結局10分ほどかけて、5話の振り返りと友達のおはボイガチ勢トークに耳を傾け続ける羽目になってしまった……。
 良かった……友人と学科が違って……ほんとに良かった。
「じゃ、じゃあね!」
「またね!!!来週も一緒に話そうね!」
 信じられないくらい腕を高くあげて、ブンブン振り回す友を横目に、本堂まで歩みを進め……
 られなかった。何者かに、腕を引かれたからだ。
 
「おい、あんた、『浜中千明』……だろ?」
 
 違う。私の名前は『田中霧音』だ。漢字一字しかあっていない……。
 なぜ音声だけなのに漢字がわかるのか?そんなの決まっている……。
 その名前に心当たりがあるからだ。
 私の……ネットでの名前……。

「違います……私の名前は……」
「君の本名とかどうでもいいけど」
 こいつ、浜中千明がネット名だと勘づいてやがる。
「もし仮に、私が、その、千明さんだったら……どうするんですか?あなたには関係ないですよね?」
 あくまで冷静さは欠かずに。そうだ、私はSNSをそこそこ運用してはいるけれど、問題になるようなことはした覚えがない。
 変に怯えず、堂々と臨んだ方がいいに決まっている。
 どうせ何も無いのだから!
 
「俺の名前……大西拓真って言うんだよね」
 顔も声のトーンも、場の空気すらも変えずに、目の前の男は自己紹介を始めた。正直訳が分からない。
「そ、そうなんですか?」
「誕生日は明日」
「明日……10/14?」
 何かあっただろうか……そもそも、いきなりこんなこと言って……何か為になるのだろうか……?
 …………1014
 !?『TAKUMA_1014』!!!
「いつも、ご視聴ありがとうございます」
「なんで!?どうして私が千明だって分かったの!?」
 今の私は、間違いなく冷静さを欠いている……。しかし、私は今、自分の身に何かが起こると確信しているのだ。
「根拠は2つ。まず、あの声がバカでかいご友人さんと、アニメの話ができていたタイミング。それは僕が動画投稿した翌日だけなんだ。千明さんはそのつもり無いかもしれないけど、みんな結構聞こえてんだよね、あいつの声」
 犯人を糾弾する探偵のような様相の拓真に、私は声を荒らげる。
「だからって!私が千明だと決めつけるには情報量が少なすぎない!?」
「根拠2つ目。君のバイト関係の話さ。君は幾つものバイトを掛け持ちしているだろう?学内では有名な話さ。君のバイト終了時刻からスーパーでの買い物時間や移動時間を足して、動画を見終わってからコメント……と時間を計算していくと、コメントの投稿時間がピッタリなんだ」
 何を言っているんだ?普通……そこまで分かるのだろうか……?
「ね……ねぇ……デタラメよね……?」
「いいや、これはちゃんと根拠に基づく推論だ。僕も試したし」
 試した???
「何!?あんた何者なの!?!?」
「コホン、僕はね……貴女の"元"ストーカーです」
 さも当然、とでも言いたげな顔の拓真に、全身の毛が逆立つ。
 何を……彼はいま……幾つもの罪を私に自白しているのだ。
「僕は君が好きだったんだ、それは間違いない!間違いない……だから……」
 彼は最後に一言残して、人混みに呑まれていった。

「君には失望したよ、君は無断転載を見るような穢れた人間じゃない」

 私は、何か犯したのだろうか?
 確かに犯罪者と言われれば、何も言い返すことは出来ない。しかし、それならば日本人のほとんど全員が犯罪者だということにならないだろうか?
 誰だって、少なくとも1度や2度、無断転載を見たことがあるだろう。仕方ない、欲には抗えないのだから。
 あぁ、そうだ。私は悪くない。
 それに、あのイカれた男から私の身を守れたんだ……そうだ、何もおかしくないのに……

「君には失望した」

 胸に残った気持ちの悪い後味を拭い去るようにバイトに励み、拭い去れるように、いつもより高い弁当を買い、拭い去るように、スマホを開いた。
「…………」
 ほとんど無意識の内に、シークバーには見慣れた文字列が並ぶ。
 今日も更新されていた。あんな出来事があったばかりだと言うのに。
「…………」
 始まってしまった……。私の日課が……。
 のり弁容器が空になったところで、私はいつも通りコメントを残す。
「いつもありがとうございます!」

 承認欲求を満たしたい……!私は誰かに認知されたい……!
 だって、無断転載をする方が悪いに決まっているのだから!
 …………珍しく返信が来た。TAKUMA_1014からだ。
「やっぱり、貴女は穢れてます」
「お互い様だろ」と、書き込む手を止めて、シャワー室に駆け込んだ……。
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