最愛の敵

ルテラ

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真の英雄がいない世界

110話 最後の言葉

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『本当にラズリさんは優しいですね』
 その言葉を聞いた時、私は正気を保てなくなりそうだった。

 全てが虚像でしかないから。もし死にたいのなら何故、ご飯のときホークで首を掻き切らなかった。真剣を持たされたとき、何故心臓を貫かなかった。本当は誰よりも生きたいと願っていながら死にたいと願う。なんて醜いんだ。
 自ら死ぬ勇気がなかったから、
『何故、貴方は世界を憎まないんですか?』
 そんな資格はないし、そもそも世界を愛していた訳ではない。憎むという行為は愛してることに対して行う行為だ。ただ、お前達がいる、この世界を愛していたに過ぎない。そう、愛してしまった。
 何度も突き放した。失う痛みを知っていたから。それがどれほど辛いか、回数を重ねるごとにどれ程、酷いものになるのか知っていたから。でも側にいてくれた。側にいてくれる努力をしてくれた。それが嬉しいと思う程、辛さは恐怖は増していった。
 冷酷でなければならなかった。トートが躊躇いなく殺せる様に、誰もが罪悪感なく恨める様に、なのに何故、村など作った。良い人だとアピールする様に、何と愚かなんだ。
 多くの罪悪感と矛盾を抱え過ぎた私は己を見失いかけていた。そんな時だった。

『私は『ソロモン』』
『僕はオムニブスの『セイレ』です』
 モニターが切り替わる。
『さぁ、No.1、訓練の時間だ』

 救われた。これ以上のタイミングがあるだろうか。私はそれに便乗した。だが一つ問題があった。それがトートの実力がまだ備わっていないっということだった。
だがら、
『勘違いしてほしくないのは、これは宣戦布告ではなく一方的な殲滅です。ですが鬼ではありません。3年の期間を与えましょう。死ぬなり、豪遊するなり好きにするといい』
 これが精一杯だった。これがソロモンが私を完成型に近づける為の準備期間だったから。

『誰のことを言っているんですか?』 これが焦慮。
 辛そうなお前を見て、私はどれ程救われただろう。
『多くの者を殺した。それなのに裁かれなかった。それどころか英雄として祭り上げられた』
『違います。あなたは悪くない!あれはあなたのせいではないんです』 これが同情。
 必死に私を救おうとするお前を見て、私は・・・
『殺してくれ』
『・・・出来ません』 これが苦しみ。
私は・・・
『何で!!殺してと頼むなら!何で自分に頼むんだ。仲間に入れたんだ。強い人なら他にもいただろう!!』 これが怒り。
『お前が似ていたから』
 私は初めて自身を人として見ることが出来た。
こう思ってはいけない事くらい分かっている。でも
『貴方はどれ程、自分を救ってくれるのですか?』 これが崇拝。
 そんなの救ったことにはならないさ。
『ここで貴方が死んで、何になると?』 これが憎悪。
 お前と話していると世界が色付いたように見えるんだ。そこに光が見える。
 ラズリは4人を思う。
 でもこれはただの詭弁。
『殺人鬼が幾ら救おうと偽善に過ぎない。幾ら救おうと、多くの者を殺したとういう事実は変わらない。そもそも殺しと救いを結びつけている時点で、もう救いようがないんだ』
『違います。その気持ちこそ大事なんです。世の中には罪の意識何てなくて、平気で犯罪に手を染める輩だっているんです。だから・・・』 これが渇望。
 これ以上話すと死ぬことが怖くなってしまうから。
『トート、人として殺してくれ、恨んでくれ』
『何故、貴方は世界を憎まないんですか?貴方が守って来た者達は今、貴方の死を望んでいるんですよ!?』
 それでいい、それが狙いなのだから。
『トート、彼らの思いは時間と共に風化していく、だから、お前もどうか忘れてくれ』
 全く矛盾もいい所だな。忘れてくれと言いながらお前に殺されることを望んでる。世界中の者が背負わなくっていいと言っても、お前はその罪ではない罪を背負ってしまうだろうに。
『ラズリ・・・』
『もう疲れた。何に触れようと、何も感じず。何を見ようと、全てが白黒でしかなく。人は全てが血に染まって見える。もう、嫌なんだ』
 こんな言葉しかお前にかけられず、すまない。
『ラズリさん、世界の為に自分は貴方を殺します』 これが諦め。
『そうか』
 これでようやく。
 ああ、世界とはこんなに鮮やかなのか。今更、今までの記憶に色がつき始めた。嫌な記憶も幸せな記憶も平等に。感情とは色だったのか。トート、泣かなくていい。痛くないし、辛くもない。こんな鮮やかで美しい世界で死ねるのだから。何より、最後に色付いた世界を見れて幸せだから。そうか白黒だったのはお前達という光を何処にいても見つけられる様にだったのかもしれない。

生きている者の特権は大切な人をいつでも思い出し忘れることができること
死んだ人の特権は何も感じなくなること
 ならば私はただの屍となり、消え去ろう。魔王として、人類の敵として。
「ありがとう」
 でも、思ってしまう。
『ラズリさん、さようなら』 これが感謝。
 さようなら。トート、皆んな。
『ラズリさん、優しすぎるよ・・・』 これが称賛。
 違うさ。優しいのはお前達だ。こんな私の側に居てくれてありがとう。愛してくれて、愛し方を教えてくれた。愛せなかったけど、でも・・・これが『幸せ』だった。
 誰かが死の間際、泣いてくれいるなら、私は人を救えたかもしれない。そう思うのは傲慢だろうか。
 もっと、初めっから、伝えられていたら。もう声には出せないけど。こんな資格ないけど
『どうか未来が幸せでありますように』
 大丈夫。怖くないから。私にはこの熱さが、冷たさが心地よく感じるから。
 
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