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あしたは晴れると思う?
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「雨だね。」
「そんなわけないでしょう。」
彼の答えに、私がそう答えるのも当然だ。
地表にある水のほぼ100%は人類の制御下にある。降雨に足るだけの水は、地上に存在していない。体に流れる血の一滴まで、政府の所有品として管理されている。
数千年に渡る宇宙開発の時代は終わった。残されたものは、銀河系にところ狭しとばら撒かれた宇宙ゴミくらいだ。地球で活用可能な金属資源の半分は無為に宇宙を漂っているらしい。しかし意外にも人類は、それほど大量の金属を必要としていなかったのだ。半分になった金属でも、人類が人類として活動する上での支障にはならなかった。
問題は水だった。水は異星への移住計画のため、地球外へ、何度も、際限なく持ち出され続けた。地殻への染込み、宇宙への自然流出、その他諸々の原因もある。そして必然的に、地表の水は、地球環境維持のための必要量を下回ることになった。
「何だよ。晴れるかなんて聞いておいて。それ自体が冗談だろう。」
「私の中では、光が差し込めばそれで晴れだから。晴れたら、外に出られる。」
地球の大半を占める渇水地は、何の遠慮もなく、砂を大気にばら撒く。今や空には、雲でなく砂塵が渦巻いている。青空はおとぎ話にしか存在せず、だから薄暗くても光が差せば、それが晴れなのだ。私の中では。
「それは見解の相違だろうが、あえて異議は唱えまい。外に出れば、水を掘れる。」
かつてあった必要による労働から、人類は解放されている。随分と前に人類は、生存のための障害を排除している。だから私達は決められた寿命、20歳まで、決められた人間と、ただ暮らし続けることになる。
そんな分かりきった人生の中で、水掘りは人類に残された最後の娯楽だ。
地下を掘り、あてどなく、僅かばかりの水を見つけ出すのだ。
制御を逃れ流失した水分補填のため、たった数ミリリットルの水分を政府に提出する。そんな遊びだ。
「うん。晴れたね。」
翌日、地下の居住区から抜け出し、どんよりとした晴天を眺めた。晴れの景色を見られる、私はそれだけで満足だった。
「いや、俺はやっぱり認めない。晴れは、青空以外にありえない。」
「聞くけど、晴れると幸せだと思う?」
「そりゃあ、幸せに決まってる。晴れた空を見るのが、俺の夢だ。」
「だったら、私は幸せだね。君には存在しない晴れが見えてるんだから。」
幸福は心の持ちようだろう。高望みは、不幸の元だ。私の本心なんかどうでもいい。心を支配するのだ。幸福は、理性と知性で作り出せる。
「確かに、今はそうかも知れないな。だけど覚えてろよ。青空を見た瞬間、俺は世界で一番幸せになれる。」
それが無理だから、一生不幸なんだよ。と、あえては言うまい。
「じゃあ、始めようか。」
何年かかけて掘削した竪穴に潜ると、空からの光は届かなくなる。
晴れの中を散歩でもしていた方が、いくらか幸せな気もする。
「ここ、水がある。触ってみて。」
掘り始めてから、大した時間は経っていない。私は手持ちの掘削機械を手放し、彼の言葉に従う。
「え? これ、すごくない?」
砂の冷えた感触は、指先に微かな潤いをもたらした。吸水紙を砂に押し当てると、瞬く間に色が変わっていく。乾いた吸水紙は灰色だ。それが全て黒に変われば、過不足なく5ミリリットルを吸水した事になる。普段であれば、水気を感じる砂に紙を押し当てて、一時間は喋って吸水を待っているというのに。
「思ったより、やってしまったかもしれない。」
彼の推測は間違っていない。間違いなく、大当たりを引き当てた。当たりの日でも満たされる吸水紙は2、3枚だ。一月で一枚すら吸水出来ない事もあるのに。
改めて砂を触ってみるが、乾く気配はない。
「これ多分、100枚や200枚じゃ足りないね。」
「ああ。俺たち結構、長生きできるんじゃないか?」
水掘りは私達に残された最後の娯楽だ。決まりきった生活の中では数少ない不規則を味わわせてくれる。もちろん、それだけで楽しめるわけもなく、この娯楽には報酬がある。
吸水紙一枚につき、一日の寿命が与えられる。
「長生きか。そうだね。」
私は彼の笑顔を見て、嬉しくなった。
その日は結局、手元にあった50枚、全ての吸水紙が満たされた。
そうやって私達は、一人につき25日の寿命を手に入れる事ができた。
あれから2週間が経過した、次の晴れの日だった。
吸水紙と寿命の交換が停止された。
原因は、地殻変動により、大量の水が地表へもたらされた事だった。地下深層へ入り込んだ水は、現在の技術を持ってしても、その掘削は困難極まりなかった。けれど数百、数千年単位での地球の勝手な活動であれば、そこに何の技術もいらない。ただの自然現象として水は湧く。
「せっかく、長生き出来ると思ったのに。」
彼の落胆は大きかった。この二週間、ずっと楽しげだったくせに。
「停止になる前に、少しでも交換出来たんだから。別にいいでしょ。」
「もっと長生きしたくないのかよ」
「生きてどうするの? 私は、30歳まで生きた人を知ってるよ。元気もなくなって、皮膚も汚くなって。あんなの、生きてるとは思わない。」
「それでも俺は、生きてたら楽しいと思うから。こうして、話してるだけでも、俺は楽しい。元気がなくなっても、皮膚が汚くなっても、多分楽しいままだと思う。」
「そう言われたら、仕方がないな。私は君との長生きを目指す。落ち込まなくても、政府だって次の娯楽を提供してくれるよ。」
しかし私の予想は、嫌な形で外れた。地殻変動により水が湧き出してから、半年が経過した。水の制御装置は既に許容量を超え、千年振りに新しい川が流れているらしい。
水の過供給に対し、当然すべきだった想定を、政府は怠っていたのだろう。水への対応に追われているのか、新しい娯楽はまだ用意されていない。
私と彼の寿命は、今日までだった。
「最後の日だね。」
「そうだな。」
「どうする?」
「どうするも何も、死ぬしかないだろ。」
確かにそうだ。私は、それなりに幸せだった人生を思い返す。何の不満もない。そう言う風に人生が設計されているのだから、当然だ。だけど、そういえば。
「心残りが一つだけあった。最後に晴れた空を見たい。」
理由は分からないか、寿命交換が停止されたあの日から、天気の情報は私達に発信されていない。だから当然、外出許可も下りることはなかった。
「今日が曇り空かはともかく、外に出ると殺されるだろ。」
「殺されるって、いつ?」
「処分は、見つかった翌日。誰だって知ってる。」
私は、彼と顔を見合わせて笑った。
砂塵により空が塞がれる理由は簡単だ。乾いた砂は軽く、僅かな風でも空気中に舞い上がる事ができる。完全に凪いだ世界でもない限り、乾いた世界で砂塵が消える事はない。だから、その景色は当然のものだった。
外に出ていないたった半年で、世界はどれほど変わってしまったのだろう。水を掘っていた縦穴は崩れて跡形もないし、地面はぬかるんで沈み込む。まるで歩けやしない。だけど。
「晴れてたね。」
私は、少しだけ湿った地面にまでにたどり着き、限界を迎えた体を横たえる。
「ああ。間違いなく晴れてる。」
「そうだね。私もそう思う。」
隣に横たわる彼は今、世界で一番幸せなのだろう。
だけど残念ながら、ずっと幸せだった私も今、世界で一番幸せだ。
こちらを向いて目を瞑る彼を見て、私も同じように目を瞑った。
「そんなわけないでしょう。」
彼の答えに、私がそう答えるのも当然だ。
地表にある水のほぼ100%は人類の制御下にある。降雨に足るだけの水は、地上に存在していない。体に流れる血の一滴まで、政府の所有品として管理されている。
数千年に渡る宇宙開発の時代は終わった。残されたものは、銀河系にところ狭しとばら撒かれた宇宙ゴミくらいだ。地球で活用可能な金属資源の半分は無為に宇宙を漂っているらしい。しかし意外にも人類は、それほど大量の金属を必要としていなかったのだ。半分になった金属でも、人類が人類として活動する上での支障にはならなかった。
問題は水だった。水は異星への移住計画のため、地球外へ、何度も、際限なく持ち出され続けた。地殻への染込み、宇宙への自然流出、その他諸々の原因もある。そして必然的に、地表の水は、地球環境維持のための必要量を下回ることになった。
「何だよ。晴れるかなんて聞いておいて。それ自体が冗談だろう。」
「私の中では、光が差し込めばそれで晴れだから。晴れたら、外に出られる。」
地球の大半を占める渇水地は、何の遠慮もなく、砂を大気にばら撒く。今や空には、雲でなく砂塵が渦巻いている。青空はおとぎ話にしか存在せず、だから薄暗くても光が差せば、それが晴れなのだ。私の中では。
「それは見解の相違だろうが、あえて異議は唱えまい。外に出れば、水を掘れる。」
かつてあった必要による労働から、人類は解放されている。随分と前に人類は、生存のための障害を排除している。だから私達は決められた寿命、20歳まで、決められた人間と、ただ暮らし続けることになる。
そんな分かりきった人生の中で、水掘りは人類に残された最後の娯楽だ。
地下を掘り、あてどなく、僅かばかりの水を見つけ出すのだ。
制御を逃れ流失した水分補填のため、たった数ミリリットルの水分を政府に提出する。そんな遊びだ。
「うん。晴れたね。」
翌日、地下の居住区から抜け出し、どんよりとした晴天を眺めた。晴れの景色を見られる、私はそれだけで満足だった。
「いや、俺はやっぱり認めない。晴れは、青空以外にありえない。」
「聞くけど、晴れると幸せだと思う?」
「そりゃあ、幸せに決まってる。晴れた空を見るのが、俺の夢だ。」
「だったら、私は幸せだね。君には存在しない晴れが見えてるんだから。」
幸福は心の持ちようだろう。高望みは、不幸の元だ。私の本心なんかどうでもいい。心を支配するのだ。幸福は、理性と知性で作り出せる。
「確かに、今はそうかも知れないな。だけど覚えてろよ。青空を見た瞬間、俺は世界で一番幸せになれる。」
それが無理だから、一生不幸なんだよ。と、あえては言うまい。
「じゃあ、始めようか。」
何年かかけて掘削した竪穴に潜ると、空からの光は届かなくなる。
晴れの中を散歩でもしていた方が、いくらか幸せな気もする。
「ここ、水がある。触ってみて。」
掘り始めてから、大した時間は経っていない。私は手持ちの掘削機械を手放し、彼の言葉に従う。
「え? これ、すごくない?」
砂の冷えた感触は、指先に微かな潤いをもたらした。吸水紙を砂に押し当てると、瞬く間に色が変わっていく。乾いた吸水紙は灰色だ。それが全て黒に変われば、過不足なく5ミリリットルを吸水した事になる。普段であれば、水気を感じる砂に紙を押し当てて、一時間は喋って吸水を待っているというのに。
「思ったより、やってしまったかもしれない。」
彼の推測は間違っていない。間違いなく、大当たりを引き当てた。当たりの日でも満たされる吸水紙は2、3枚だ。一月で一枚すら吸水出来ない事もあるのに。
改めて砂を触ってみるが、乾く気配はない。
「これ多分、100枚や200枚じゃ足りないね。」
「ああ。俺たち結構、長生きできるんじゃないか?」
水掘りは私達に残された最後の娯楽だ。決まりきった生活の中では数少ない不規則を味わわせてくれる。もちろん、それだけで楽しめるわけもなく、この娯楽には報酬がある。
吸水紙一枚につき、一日の寿命が与えられる。
「長生きか。そうだね。」
私は彼の笑顔を見て、嬉しくなった。
その日は結局、手元にあった50枚、全ての吸水紙が満たされた。
そうやって私達は、一人につき25日の寿命を手に入れる事ができた。
あれから2週間が経過した、次の晴れの日だった。
吸水紙と寿命の交換が停止された。
原因は、地殻変動により、大量の水が地表へもたらされた事だった。地下深層へ入り込んだ水は、現在の技術を持ってしても、その掘削は困難極まりなかった。けれど数百、数千年単位での地球の勝手な活動であれば、そこに何の技術もいらない。ただの自然現象として水は湧く。
「せっかく、長生き出来ると思ったのに。」
彼の落胆は大きかった。この二週間、ずっと楽しげだったくせに。
「停止になる前に、少しでも交換出来たんだから。別にいいでしょ。」
「もっと長生きしたくないのかよ」
「生きてどうするの? 私は、30歳まで生きた人を知ってるよ。元気もなくなって、皮膚も汚くなって。あんなの、生きてるとは思わない。」
「それでも俺は、生きてたら楽しいと思うから。こうして、話してるだけでも、俺は楽しい。元気がなくなっても、皮膚が汚くなっても、多分楽しいままだと思う。」
「そう言われたら、仕方がないな。私は君との長生きを目指す。落ち込まなくても、政府だって次の娯楽を提供してくれるよ。」
しかし私の予想は、嫌な形で外れた。地殻変動により水が湧き出してから、半年が経過した。水の制御装置は既に許容量を超え、千年振りに新しい川が流れているらしい。
水の過供給に対し、当然すべきだった想定を、政府は怠っていたのだろう。水への対応に追われているのか、新しい娯楽はまだ用意されていない。
私と彼の寿命は、今日までだった。
「最後の日だね。」
「そうだな。」
「どうする?」
「どうするも何も、死ぬしかないだろ。」
確かにそうだ。私は、それなりに幸せだった人生を思い返す。何の不満もない。そう言う風に人生が設計されているのだから、当然だ。だけど、そういえば。
「心残りが一つだけあった。最後に晴れた空を見たい。」
理由は分からないか、寿命交換が停止されたあの日から、天気の情報は私達に発信されていない。だから当然、外出許可も下りることはなかった。
「今日が曇り空かはともかく、外に出ると殺されるだろ。」
「殺されるって、いつ?」
「処分は、見つかった翌日。誰だって知ってる。」
私は、彼と顔を見合わせて笑った。
砂塵により空が塞がれる理由は簡単だ。乾いた砂は軽く、僅かな風でも空気中に舞い上がる事ができる。完全に凪いだ世界でもない限り、乾いた世界で砂塵が消える事はない。だから、その景色は当然のものだった。
外に出ていないたった半年で、世界はどれほど変わってしまったのだろう。水を掘っていた縦穴は崩れて跡形もないし、地面はぬかるんで沈み込む。まるで歩けやしない。だけど。
「晴れてたね。」
私は、少しだけ湿った地面にまでにたどり着き、限界を迎えた体を横たえる。
「ああ。間違いなく晴れてる。」
「そうだね。私もそう思う。」
隣に横たわる彼は今、世界で一番幸せなのだろう。
だけど残念ながら、ずっと幸せだった私も今、世界で一番幸せだ。
こちらを向いて目を瞑る彼を見て、私も同じように目を瞑った。
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