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ドラゴンクエスト編

45話 ヒビキVSユキヒラ

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 国王の表情から笑みが消えた。
 攻撃魔法を受けて真っ二つに折れてしまった木の幹に腰を預けなおしたギフリードが、国王から視線を逸らして何やら考え事を始める。

 ユキヒラの剣を、咄嗟に空中に飛び上がり後方宙返りを行う事により避ける事に成功したヒビキは安堵する。
 しかし、剣を避けられる事など既にお見通しだったユキヒラは、大きく後退したヒビキを追いかけて勢い良く前進する。
 下から上へ剣を振り上げたユキヒラの攻撃を、左下側方に両手を付き足を宙に浮かす。
 逆立ちをしたヒビキの勢いは止まる事なく両手で地面を押すと、宙に浮いた体は半回転をして素早く地面に足を突く。
 ヒビキから視線を外して国王を見たギフリードが疑問を抱いて問いかけた。

「もしかして息子を探しているのか?」
 何やら国王が、この場所にいる理由を導く事が出来たようでギフリードの問いかけに対して国王が首を上下に動かした。

「うん、ヒビキって言うんだけどね」
「彼の名前もヒビキと言うんだが、それに素顔を見たが国王の影武者と見間違うほど良く似ていた。国王が封印を受けたため国民達は戸惑いと恐怖心に支配されていた。今後の人間界の行く末を心配してパニックを起こしている者が多数いる状態の中で、国王の影武者を演じたヒビキが国民達の混乱を沈めたんだ」
「え、本当に?」
 ギフリードの言葉を耳にして国王の表情に笑みが戻る。

 ヒビキの武器がドラゴンを焼き尽くしたため、骨となったドラゴンの体内からヒビキの元に真っ赤な剣が戻った。
 振り下ろされたユキヒラの剣をヒビキが剣を振り上げて弾き返す。
 しかし、一歩足を引いただけにとどまったたユキヒラが左手をヒビキに向け差し出すと、突然ヒビキの体に透明な何かが打ち付けられて衝撃により弾き飛ばされる。
 訳の分からないまま唖然とするヒビキの体が宙に浮く。

 ユキヒラが透明な防御壁を素早く広げた事により、防御壁に弾かれたヒビキが勢いよく背中から地面に打ち付けられた。
 勢いはとどまらずに、ごろごろと体を転がしたため目を回してしまったヒビキは力無く横たわる。
 ヒビキの身の危険を感じた国王が慌てて駆け寄ろうとした。

「落ち着け。今、出て行っても邪魔になるだけだ」
 国王相手に、はっきりとした物言いをしたギフリードが国王を制す。

「邪魔とは失敬な事を言う」
 折れた剣を手に取り両手で構えている。
 しっかりとユキヒラに剣を向けた国王にギフリードが頭を抱え込む。

「まさか、その折れた剣で挑むつもりか?」
 ギフリードの問いかけに対して国王は大きく頷いた。

「もちろんそうだよ。氷の剣なんて出したら、すぐに僕が国王だって皆にバレちゃうでしょ。種族がバレて魔族に食べられる何て僕は嫌だよ。痛そうだもん」
 大きく首を上下に動かして、即答した国王にギフリードが頭を悩ませる。
 父親である国王が見ている前で、背中を強く地面に打ち付けてしまったたため、ぐったりとしているヒビキがユキヒラにとらえられた。

「その子を、どうする気?」
 ヒビキの首に腕を回したユキヒラに対してサヤが慌てて問いかける。

「どうするって。手元に置きたいって言ったのはあんたでょぉ?」
 力任せに腕で首を圧迫されているため息苦しさに耐えきれず、ユキヒラの腕を何度も叩くヒビキは息を吸い込もうとして口を大きく開いている。

「ねぇ、死んじゃうよ」
 じたばたと足を動かして苦しむヒビキの姿を見てサヤが大声を上げる。
 鬼灯とランテがヒビキの元へと駆け寄ろうとした。
 しかし、ユキヒラが剣の先を二人に向けると青白い光に包まれた結界が出現してユキヒラとヒビキを囲んでしまう。
 結界を張り巡らされてしまったため、ヒビキの元へ駆け寄ることが出来ずに立ち止まってしまった鬼灯とランテから、勢い良く顔を逸らしたユキヒラがサヤに声をかける。

「殺しはしないよ。意識を奪わないと術を掛ける事が出来ないからね」
 仏頂面を浮かべて淡々とした口調で答えたユキヒラは、ため息を吐き出した。

 時を同じくして、首をしめられて呼吸をする事が出来ずに苦しむヒビキが何か良い案は無いかと必死に考える。
 ユキヒラは意識を奪うために首を絞めている事が分かった。
 要するに意識を奪うことに成功をしたら体を解放してくれるのだと思う。
 一か八かの危険な賭けになるけれど最善の方法を取る。
 薄れていく意識の中、苦しさから解放されるために目蓋を閉じて覚悟を決めたヒビキがユキヒラの腕から手を放す。
 だらんと地面に腕を垂らして抵抗を止めたヒビキが全身の力を抜き、一か八かの賭けである意識を失ったふりをした。

 泣き声に近い悲鳴を上げてサヤは涙を流す。
 生きてるよね。
 その子、生きてるよねと何度も拳を結界に打ち付けながら言葉を繰り返すサヤは興奮状態に陥っていた。
 サヤの反応に対して、うるさいなぁと一言だけ呟いたユキヒラがサヤを黙らせるために、ちゃんと生きてるから安心してよと言葉を続ける。
 すると、少しは落ち着きを取り戻したのだろう。
 大声を上げる事を止めたサヤが放心状態のまま、ため息を吐き出した。 

 全身の力が抜けたように膝を折り、その場に座り込んでしまったサヤが、うるうると目を潤ませる。
 ぐすっと鼻をすすり始めると、うるさいなぁと文句を口にしたユキヒラが本音を漏らす。

 鬼灯の妹であるサヤを泣かせてしまうことになったけど、意識を失ったふりは効果があり予想通りユキヒラの腕の力が緩む。
 それだけではなくて、首に回していた腕を外したユキヒラはヒビキの体を解放した。

 しかし、体を解放するのと同時にユキヒラはヒビキの額に手を添えると何やら複雑な呪文を唱え始める。
 膨大な量の魔力を解放してヒビキの体を包み込むようにして巨大な黒色の魔方陣が浮かび上がる。
 やがて、ヒビキの体は青白い光に包みこまれて目映い光を放ち始める。

「一体、何をしているの?」
 ユキヒラの事を全く信用していないサヤは、不安に押し潰されそうになりながらも結界に前進を阻まれているため、結界に張り付いて成り行きを見守っていた。
 狐耳付きのケープを身に纏った青年の命をユキヒラが奪ってしまいそうな勢いのため、恐怖心から目に溜まってしまった涙を指先で拭いながらサヤはユキヒラに声をかける。怯えきった様子のサヤの、すぐ隣には兄である鬼灯が佇んでいた。
 しかし、サヤは隣にいる人物が兄である鬼灯とは気づいていない。
 黒いフードを深く被り顔を隠している鬼灯は妹が、すぐ近くにいるのに自分の身元を明かそうとはしない。
 ユキヒラが目の前にいるため、フードを取り外す事が出来ずにいた。

 幻術魔法を使ってユキヒラに自分は死んだんだと思わせたため、せっかく妹のサヤと再会することが出来たのに容姿を晒す事は出来ない。
 本当はすぐ隣で泣いているサヤを慰めてあげたい。
 ユキヒラから解放してやりたいけど、下手な行動を取りヒビキやサヤの身を危険に晒す事は避けたいから自分の気持ちを押し殺して、この場は耐え凌ぐ。

 なぜ死んだはずのサヤが生きているのか。
 なぜユキヒラと共に行動をしているのかと、疑問に思う事は沢山あるけれど、何とか強引に自らの考えを切り替えて鬼灯は目の前の結界を破る事に専念する。
 攻撃魔法を唱えようと試みた。
 杖を構えた鬼灯の目の前でヒビキの体を覆っていた青白い光が解ける。
 ゆっくりと、その場に立ち上がったヒビキにユキヒラがニヤニヤと締まりの無い表情を浮かべながら声をかける。

「狐面を僕に頂戴」
 物は試しである。
 ヒビキに掛けた術が、しっかりと掛かっているか確認するために指示を出したユキヒラの言葉に、ヒビキは大人しく従った。
 狐の耳の付いたフードを取り外すとクリーム色の髪の毛が姿を現す。
 狐面を身に付けた時は少しの衝撃では外れる事が無いようにと考えて、しっかりと紐を結んだ。
 まさか、その紐を自ら外す事になるとは思ってもいなかった。
 ユキヒラの指示通り紐を外して狐面を取り外す。
 出来れば周囲に様々な種族の冒険者達がいる中で素顔を晒したくは無かった。
 ギフリード以外の魔族もいるため人間だと知られた時、興奮した魔族に頭から食われませんようにと願うヒビキの素顔が晒される。
 何の感情も持たない無表情。

 狐面をユキヒラに手渡したヒビキの表情とは裏腹に、心臓はドキドキと高速で脈をうつ。
 内心は不安や恐怖心に苛まれているヒビキは心を読まれないように悟られないように、必死に無表情を演じつつ今にも震え上がりそうになる身体を落ち着かせつつ、ユキヒラの次の指示を待つ。
 意識を失ったふりをしていたため、ユキヒラの強力な術は全く意味をなさなかった。
 つまりヒビキはユキヒラに操られている訳ではなく自らの意思で行動しているため、いつ演技がバレるか気が気ではない。

「ありがとぉ」
 満面の笑みを浮かべて狐面を手に取ったユキヒラが、ヒビキの体を突き飛ばすと流れに身を任せて目蓋を閉じたヒビキが時期に来るだろう衝撃に備える。

「後は、あんたの好きにしていいよ」
 しかし、ヒビキの体が地面に倒れこむ前にユキヒラが結界を解きサヤに声をかけたため、傾いたヒビキの体をサヤが支える。
 身体を包み込まれるような感覚に疑問を抱き、ゆっくりと目蓋を開いたヒビキが何の感情も表情に表す事なく呆然とサヤを見つめている。

「好きにしていいよって笑わなくなっちゃったじゃない。この子の、おっとりとした口調が好きだったのに全く喋らなくなっちゃったし」
 プクッと頬を膨らませて怒りを露にしたサヤに抱え込まれるヒビキが肝を冷やす。

「文句は後で聞くから早く、この場を離れるよぉ」
 中々、動こうとはしないサヤにしびれを切らしたユキヒラが魔力をサヤに与えて、強引にサヤの体を操った。
 本来なら非力なはずのサヤが軽々とヒビキの体を片手で持ち上げる。
 ヒビキを肩にかけたサヤの行動はヒビキだけではなくて、周囲で成り行きを見守っていた人達も驚かせた。

 ヒビキの視線の先で、ギフリードがブラックボールを作り出そうと手を掲げる。
「魔力切れか」
 しかし、ギフリードは魔力を使い果たしてしまったようで攻撃は空振り。
 独り言を呟いたギフリードが手の平を呆然と見つめている。

 かわりにギフリードの隣に佇んでいる青年が折れた剣をサヤに向け構えを取っている。
「大丈夫、怖くない。怖くない。よし、一歩足を踏み出せ! さぁ、勇気を出して挑むよ」
 何やら自分に暗示をかけている青年は、自分に言葉を言い聞かせるようにして大声を張り上げる。
 しかし、体は前進する所か後退し、最後にはギフリードの背後に隠れてしまう。

「さぁ、勇気をもって足を踏み出して前進するんだ。怖くないぞ」
 チラッとギフリードの背後から顔を覗かせた青年が自分に言い聞かせるようにして声を上げている。

「1、2、3で飛び出すよ」
 そして、最終的に強引に足を踏み出す事を決めた青年が決意を胸に
「痛いっ」
 パコッと青年の頭をギフリードがはたくと良い音がなった。
 見かねたギフリードが青年の行動を制す。

「折れた剣で敵うはずがなかろう」
 青年の手から折れた剣を取り上げて、真顔で言葉を続けたギフリードにアリアスが大きく息を吐き出した。

 実は国王が剣を構えてユキヒラに立ち向かおうとしていた所で目を覚ましたアリアスが、状況を把握して目を白黒させていた。
 国王が折れた剣を両手で、しっかりと構えてユキヒラに立ち向かおうとするから心臓を高鳴らせていたアリアスが安堵する。

「何を考えてるんだ、あなたは!」
 大声を上げたアリアスに対して国王がツンと唇を尖らせた。

「だって、ヒビキが連れ去られそうになってるんだもん。操られているようだし。連れ去られて何をされるか分かんないじゃん。酷い事をされるかもしれないし。だから、今すぐ取り戻さなきゃね」
 アリアスに叱られても尚ヒビキの元へ向かおうとする国王に今度はヒナミが声をかける。
 この場から逃れるために走り出したユキヒラと、その後を追って足を進めるサヤの背中を見送ってから、二人の姿が完全に見えなくなった事を確認すると

 「ヒビキお兄ちゃん、操られているふりをしていたね」
 内心びくびくとしていたヒビキの心の色から、ヒビキが実は操られてはいない事に気づいていたヒナミが青年に声をかける。
 すると、青年の表情が一変した。

「え、本当に?」
 瞬く間に表情が明るくなり問いかけた青年にヒナミが大きく首を縦に振る。
 人の心の色を見る事の出来ないランテやアリアスは驚き、瞬きを繰り返している。

「操られてるふりをしていたのか?」
 ギフリードもヒビキはユキヒラの術によって操られてしまったと思っていたようで、ヒナミに問いかける。

「へぇ」
 鬼灯が、ぽつりと呟いた。

 鬼灯の視線はボロボロの装備を身に付け、佇んでいる青年に向けられていた。
 その手には折れた剣が、しっかりと握られている。
 随分とみすぼらしい格好をした青年だ。
 長い前髪は青年の顔の大部分を覆い隠しているため、表情からは喜怒哀楽を読み取ることが出来ない。
 ヒビキの事をやけに心配する青年は一体、何者なのか。
 鬼灯の視線に気づいた青年がヒナミから鬼灯へ、ゆっくりと視線を移して小首をかしげる。
 黒いフードを深く被る魔術師の元へ歩み寄った青年は、何を思ったのか。突然、鬼灯のフードに手をかけると勢いよく取り外す。
 真っ赤な髪の毛が姿を現して、まさか突然フードを取り外されるとは思ってもいなかった鬼灯が唖然とする。

「もしかして、鬼灯君? ボスモンスター討伐隊に所属していた子だよね?」
 戸惑う鬼灯に問いかけた。

「行方不明だったから心配してたんだよ」
 折れた剣をさやに戻して言葉を続けた青年は人間界の情報に詳しい。

 ここに居るのは全員仲間?
 ギフリードに、こっそりと耳打ちして問いかけた青年が首を傾げる素振りを見せる。
 人の被っているフードを取り外す前に、ここにいるのが全て仲間であるのかどうか確認をして欲しかったなと考える鬼灯の目の前で、青年がギフリードの身に付けている白い布に興味を持つ。

「わぁ、何これ手触り最高じゃん。どこに売ってるの?」
 何も考えずに白い布を、ひょいっと持ち上げたためギフリードの膝下が露になる。
 黒いブーツが顔を覗かせた。
 一人でもよく喋る青年は次から次へと話の話題を変える。

「僕もその布が欲しいなぁ。今度、売ってる場所に案内してよ」
 白い布から手を離した青年がギフリードの背中を加減すること無く叩く。

「ねぇ。あの綺麗なお姉さんと、可愛い女の子は誰かな。紹介してよ!」
 好奇心旺盛な青年は、少し離れた位置で佇んでいるランテとヒナミを指差した。
 紹介してよと言葉を続けた青年にギフリードがアリアスを見る。

「彼女は俺の嫁ランテ。そして、この子は娘のヒナミちゃん」
 ギフリードの代わりにアリアスが口を開く。
 ヒナミの背後に回ると頭を、わしゃわしゃと撫でたアリアスが彼女達の紹介を行った。

「ほうほう。では、次は君の自己紹介をしてよ。銀騎士のお兄さん」
 宜しくねとヒナミに声をかけた青年が少女の頭を撫でる。
 続けてアリアスに視線を向けた青年が、自己紹介を求めるとアリアスの顔が強張った。

 アリアスの視線がギフリードに向かう。
「彼は暗黒騎士団No.2のアリアス。魔王の命により人間界と魔界の友好関係を結ぶため、国王直属の騎士団に潜入していたんだが」
 身元を意図せずに国王に知られる事になってしまった。冷や汗を、だらだらと流すアリアスの代わりにギフリードが青年に説明をする。

「処罰を受けなければならないか?」
 ギフリードの問いかけに対して青年は、すぐに首を左右にふった。

「処罰を受ける必要はないよね。だって、悪い事をしようと思っていたわけではないんでしょう? そう言えば、どうしてヒビキは魔界にいるの?」
 アリアスについての話をしていたはずなのに青年が、また話の話題を変える。
「それは、私が崖の下で大ケガをしているヒビキ君を見つけて、介抱するために魔界にある自宅に連れ帰ったんです」
 青年の問いかけに答えたのはアリアスの隣に移動したランテだった。
 つまり、ランテはヒビキの命の恩人って事になる。

「ヒビキを助けてくれてありがとう。何とお礼をいったら言いか。何かお礼をしたいのだけど、今この場で渡せるものも金品も持っていないから後日お渡ししたいです」
 懐に手を入れて、何か金目のものがないかと探す青年をランテが慌てて止める。

「もしかして君はヒビキ君の身内かな? お礼はいいから気を遣わないでね。お礼なんて貰ったら、かえって恐縮しちゃうからね」
 青年の右腕を手に取り首を左右に振ったランテが青年の顔を覗きこむ。
「あら、薄い水色の瞳。ヒビキ君と同じ髪色に同じ瞳の色ね。もしかして、ヒビキ君のお兄ちゃんかな?」

 満面の笑みを浮かべて笑うランテの反応と、見事な勘違いを間近で見ていたアリアスがグフッと吹き出した。声を押し殺して笑っている。
 ギフリードは、ゆっくりと青年から視線をはずして知らぬふりをする。

 少し離れた位置で青年の観察を行っていた鬼灯が考える。
 頭に白い角を生やした青年の種族は魔族だろう。
 そう考えていた鬼灯の考えが覆される。
 話を聞いていると、どうやら青年はヒビキの身内のようでヒビキの身内って事は種族は人間のはず。

「その角は偽りの物か?」
 鬼灯の問いかけに青年が首を縦にふる。

「うん。魔界に人の姿のまま足を踏みいれたら魔族に食べられちゃうと思ってね。角をつけてきたの。行方不明になったヒビキを探して魔界に来たんだよ。ランテさんの言う通り、僕はヒビキの身内だよ。ユタカって呼んでね」
 白い角を取り外した青年の名前はユタカと言うようで、宜しくねと言葉を続けた青年が頭を下げる。
 続いてアリアスの方へ視線を向けた青年がピシッと髭面のおっさん騎士を指差した。

「分かった? ユタカって呼んでね」
 アリアスに念を押す。

「ギフリードもだよ。ユタカって呼んでよ。分かった?」
 アリアスとギフリードは青年と顔見知りのようで、拒否権は無いのか二人とも渋々と頷いた。



 ほんのりと赤みがかった空は夕方を示しておりドラゴンと戦っている間に予想以上の時間が経過していた事を知る。
 アリアスやギフリードと話す青年を眺めていた鬼灯が口元に手をあてて何やら考え事を始める。
 ドラゴンに踏み潰されて死んでしまったサヤが感情を持ち、自らの足で立って歩き回っていた理由を知っている者はいないか問いかけてみる。

「なぁ。死者を生き返らせる事の出来る術なんてあるのか?」
 ボソボソと小さな声で考えを口にした鬼灯が地面に向けていた視線を上にあげると、ヒナミとランテが目の前に佇んでいた。
 少し視線を右にずらすとアリアスとギフリードが佇んでいる。
 その隣には黒いフードを深く被っている暗黒騎士団の調査員が黒いメモを片手に、右手でペンを持ち人間である鬼灯を見つめている。

「そのような術があるとは聞いたことも無いな」
 神妙な面持ちを浮かべて答えるギフリードと
「俺も聞いたことがないな」
 アリアスが鬼灯に返事をする。

「ドラゴンに踏み潰されて死んでしまったはずの妹が、敵であるはずのユキヒラと共に行動をしていたんだ」
 自分の何倍も長く生きている魔族や天使なら死んでしまったはずのサヤが、自らの足で歩き回り行動をしていた理由を知っているのではないのかと思って問いかけてみるけど
「私も聞いた事が無いわね」
「そうねぇ。死者を生き返らせることの出来る術がある何て、聞いたこともないわねぇ」
 ランテと調査員も首を左右に振ったため
「そうか」
 ぽつりと一言、呟いて頷いた鬼灯がため息をつく。

「ねぇ。人の肝は美味と聞くけど本当?」
 ひょいっと鬼灯の顔を覗きこんだ調査員が舌なめずりをしたため場が凍りつく。

「冗談よ。そんなに睨み付けないでよ」
 刺すような視線を向けたギフリードに対して、調査員が慌てて訂正をする。
 妹のサヤが何故、仲間の敵であるユキヒラと共に行動していたのか、ボスモンスター討伐隊の隊長を務めていたヒビキに後々、相談をしようと思っていた。
 しかし、話し相手であるヒビキまで捕らえられて連れ去られてしまう。

 表情には出しはしないものの、話し相手まで失って不安に襲われている鬼灯を元気付けようとして
「妹ちゃんと捕らえられた少年を助けに行きましょう」
 調査員が笑顔で声をかける。
 ギフリードが無言で調査員の言葉に同意をする。首を上下に動かした。

 ヒナミの家へ向かうアリアスとランテとヒナミと鬼灯の4人。
 魔王城に向かうギフリードと国王と調査員の3人。
 解散をする事を決めて、この場を離れる調査員がフードを被りなおした鬼灯に声をかける。

「妹ちゃんと、それから少年の情報が手に入ったらすぐに情報を君に流すから。分かったぁ? ちゃんと大人しく待っていなさいよ。先走った行動をしないように!」
 鬼灯が一人でユキヒラの元に乗り込むと思っているのか、調査員が鬼灯に念を押す。

「あぁ。大人しく待ってるから、あんたも情報を手に入れるために無茶はしないように」
 人差し指で調査員を指差した鬼灯が困ったように笑う。

「えぇ。お互いに約束しましょう! 必ず皆で一緒に立ち向かいましょうね」
 調査員は大きく頷いた。

 



 時を同じくして、ユキヒラはヒビキを奪い返すためやってくるであろう追っ手から逃れるために、飛行術を手に入れることを諦めて早々に魔界を後にした。
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