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ヒビキの奪還編

50話 ユキヒラの復活

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 砕けた地面は何ヵ所も穴が開き凸凹でこぼこ、土を盛り上げ根こそぎ引き抜かれた木々が折り重なっていた。
 二つに折れた木が衝撃を物語っている。

「妖精の森には恐ろしい生き物が生息してるのね」
 悲惨な光景を目の当たりにしたサヤが、ぽつりと呟いた。
 実際に森を壊滅的な状況に追い込んだのは国王が仕掛けた氷柱魔法である。
 しかし、人間界をべる王様が妖精の森に来ていることを知るよしもないサヤは、被害を全て森に生息している生き物によるものだと思い込んでいた。
 森に甚大な被害を及ぼした生き物が突如、自分達を襲ってはこないかと不安になり周囲を警戒する。

「いきなり襲いかかってきたらどうしよう。驚いてユキヒラを落としちゃうかも」
 独り言を呟くサヤは小刻みに体を震わせていた。
 ユキヒラの体を支える腕に自然と力が籠る。
 身体が密着しているから背中に、柔らかい感覚があり横目でユキヒラを見る。

「もしかしてユキヒラって」
 随分と柔らかい体つきをしている。
 ここで初めてサヤがユキヒラの性別に気づく。
 ユキヒラの性別を知り戸惑っているサヤの目の前で、折り重なった木々の隙間を覗きこんでいたヒビキが足を滑らせて尻餅をつく。

「へ?」
 予想外の出来事にサヤが素っ頓狂な声を上げると、慌てて転んでしまったヒビキの元へと駆け寄った。
 地面に尻餅をついてしまったから何だか恥ずかしそうに俯く少年の元へ歩み寄る。

「大丈夫?」
 背後から肩に手を添えて問いかける。
 きっと転んだ姿を見られて恥ずかしかったんだろうね。
 問いかけと同時に勢い良く背後を振り向いた少年が大きく目を見開いたと思った瞬間、狐耳を伏せて項垂うなだれる。
 ゆっくりと視線を下に逸らして俯いてしまった少年は、やはり尻餅をついた所を見られたため恥ずかしがっているようで肩を落としていた。
 少年の態度を見ていると彼が操られているようには思えない。

「もしかしてユキヒラの魔力が殆んど空っぽになってしまって、意識を失ったから術が解けたの?」
 俯いたまま顔を上げようとはしない少年に問いかける。

「うん」
 即答だった。
 近くで見ると少年は汗だくだった。

「ねぇ、どうしたの? 体調が悪いの?」
 呼吸の荒くなっている少年に問いかけると、すぐに首を左右にふる。

「悪くないよ。ただ、この姿の時は何をするわけでもないのに魔力を消費するから疲れてしまって」

「その術は未完成? 元の姿には戻らないの?」
 顔色も悪い。
 体調を壊してまで術を発動し続ける事を、やめてほしくて素直に思ったことを問いかける。

「元の姿に戻ったら多分、意識を失うと思うから術を解きたいけれど解く事が出来ないんだ。術は、まだ未完成で自由自在に操る事は出来ないんだ」
 全く予想していなかった返事である。
 少年の声は弱々しく、ゆっくりと立ち上がると早速ふらついて倒れそうになっている。

「体を支えましょうか?」
 今にも倒れてしまいそうな少年の姿を見て、不安になり問いかける。

「ありがとう、お姉さん。でも、俺は大丈夫だから」
 首を左右に振る事によって断られてしまう。

 大丈夫そうには見えないのだけど、しつこく声をかけたら嫌われてしまいそうな気がして少年の言葉を受け入れる。
「そう。もしも、これ以上歩けないと思ったら遠慮せずに言ってね」
 素直に少年の言葉に頷く。
「あのね。私の事はサヤって呼んでもらってもいいかな?」
「うん。俺のことはヒビキって呼んで欲しいな」
 ぐったりとしているのに無理やり笑みを浮かべる少年が名前を名乗ってくれたから、彼の名前を知ることが出来た。
 一歩足を踏み出せば、ひび割れた大地が広がっている。
 亀裂が生じている箇所もあれば、見事に岸が二つに割れてしまっている部分もある。
 岸と岸の境目を覗きこむ少年は何かを探している様子。

「ねぇ。いったい何を探しているの?」
 膝をついて境目を覗きこんでいたヒビキに問いかける。

「青年を探してるよ。召喚魔法を受けた時に青年が一人巻き込まれてるから」
 問いかけに対して想像もしていなかった返事を貰ったためサヤは驚き目を見開いた。

「お友達が、ここにいるかもしれないの?」
 見渡す限り折れた木々や割れた大地が広がっている。
 これほどの衝撃を受けて、その青年が今この場所にいたとして果たして生きているのだろうかと、何とも恐ろしい考えが浮かぶ。

「俺の思い過ごしならいいけど、いるかもしれないから」
 青年をヒビキの友達だと思っているサヤの勘違いを解くこと無く言葉を続けたヒビキが視線を上にあげると、ゆっくりと首を傾ける。

「あ、嫌な予感が的中した」
 折り重なる木々を持ち上げて下敷きになっていた青年の体が、ゆっくりと空中へ浮かびあがる光景を見て思わず独り言が出たようで愕然とするヒビキの姿があった。
 意識を失ったことにより出現させていた氷の剣が消えて、みすぼらしい格好に戻ってしまった青年の体を風魔法が包み込み、ふわふわと宙に浮く。
 少年の小さな独り言を耳にしていたサヤが瞬きを繰り返す。
 少年の見つめる先を目で追うと、そこには風魔法により守られている青年の姿があった。

「やだ! ボロボロじゃないの。服は破れているし靴は壊れてる。髪だってボサボサだわ。早く回復魔法をかけてあげなきゃいけないわね」
 みすぼらしい格好をした青年を視界に入れるなり、サヤが考えを口にする。
 回復魔法をかけてあげなきゃいけないわねと慌てるサヤとは違って、ヒビキは至って冷静だった。

「彼の服が破けているのも、靴が壊れているのも元からだよ。それに、彼が怪我をしていたら回復魔法を掛けてあげたいのは山々なんだけど、俺は回復魔法を使えないんだ」
 ヒビキは回復魔法を使えないことを素直に口にする。

 突然の出来事だった。

 足払いをしてヒビキの体のバランスを強引に崩す。
 ヒビキの首に腕を巻き付けて勢いのまま地面に叩きつけたユキヒラは、腰を下ろして胡座をかく。
 意識を取り戻したユキヒラによってヒビキは取り押さえられてしまった。

「意識が戻っていたの?」
 見るからに機嫌が悪い。
 仏頂面をするユキヒラにサヤが声をかける。

「戻っていたよぉ。君が僕の体を強く締め付けたからねぇ」
 淡々とした口調だった。
 サヤに体を強く締め付けられたことに対して怒っているのだろう。

「じゃぁ、随分と前に気がついてたんじゃないの?」
 サヤがユキヒラの体を強く締め付けたのは、ヒビキが尻餅をつく前。

 意識を取り戻したユキヒラは自由に歩き回りサヤと話すヒビキに警戒をしていた。
 何故ヒビキが自由に動き回っていたのか。
 サヤがヒビキにユキヒラの魔力が殆んど空になり意識を失ったから術が解けたのかと質問したことにより、答えを知ることになる。
 ヒビキは魔力切れとなりそうな状況の中で、乱れた呼吸を繰り返している。

「苦しそうにしてるでしょう。解放してあげてよ」
 荒い呼吸を繰り返すヒビキの肩に手を添えて、サヤがユキヒラに文句を言う。

「苦しそうにしてたのは押さえ込む前からだよ。ねぇ、あそこに浮いている青年は強いの? もしも、強くて僕の役に立ってくれるのなら助け出してあげるよぉ」
 ぐったりとしているヒビキに抵抗する力がない事を知り、ユキヒラがヒビキの体を解放する。
 しかし、ユキヒラの言葉に返事をする前にヒビキは力尽きて元の姿に戻ってしまう。
 顔にはしっかりと狐面がつけられており、仰向けに横たわったまま意識を失ってしまったヒビキを見て大きなため息を吐き出した。
 ユキヒラが重たい腰を上げて立ち上がる。

「完成していない術を無理やり使わせたら足手まといになる事が分かったねぇ。狐面の彼を連れて先に宿に戻ってよ。僕はあの風魔法に捕らわれている子を、取りあえず戦力になるかもしれないし連れて戻るから」
 風魔法に包み込まれている青年の元に向かって足を進める。
 次第に走る速度を上げたユキヒラは地を蹴り宙に浮かび上がることによって、折れて重なる木々を一気に飛び越えていた。
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