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ヒビキの奪還編

63話 妖精の少女、アイリス

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 アイリスの表情に笑みが戻った事に気がついたランテが、エルフの少女の元に歩み寄る。

「妖精界から魔界へ、ずっと休まずに飛び続けて来たの?」
 ランテの問いかけに対して、苦笑するアイリスは汗だくだった。

「浴室に案内するわね。汗だくだと気持ちが悪いでしょう?」
 汗だくのままだと衣服が体に引っ付いて気持ちが悪いだろうと考えたランテが、アイリスに向かって手招きをする。
 浴室に案内する事を伝えた。

「休まずに飛び続けてきたので汗だくです。お風呂をお借りします」
 浴室に向かう事を決めたアイリスは、ランテの予想通り汗で衣服が体に引っ付くため気持ち悪さを感じていた。

「えぇ、遠慮せずに使ってね。寒かったらお湯も出るから使ってね。そこの扉を開くと、すぐに脱衣場になってるから!」
 ランテが示す先には白い扉がある。

「有り難うございます」
 深々と頭を下げたアイリスが足を進め始める。
 大人しく妖精の少女を観察していた天使の子供ノエルが、急に腰をあげると少女の後に続こうとした。

「ちょっと待て何処へ行く気だ」
 腰を上げてアイリスの後を追おうとしたノエルの服を、咄嗟につかみ取った鬼灯が問いかける。
 何故アイリスの後を追うことを止められたのか、理由が分からずにノエルは唖然としていた。
 背後を振り向き鬼灯の顔を見上げる。

「鬼灯も水浴びをしたいのか?」
 瞬きを繰り返しながら鬼灯に問いかけたノエルは首を傾ける。
 魔界は人間界に比べて気温が低く肌寒い。
 水浴びをすると言ったノエルの服装を見てみると分かる事だけど、ノエルは膝下まである水色のケープと白いショートパンツを身につけていた。
 素足を出したままの状態である。
 
「水浴びって、もしかして肌寒さを感じてないのか?」
 鬼灯が淡々とした口調で呟いた疑問に対して
「今日は少し暖かいよ」
 天使と人間では体感温度が違うようでノエルは、きょとんとする。

「私は肌寒いと思うが?」
 ノエルと鬼灯の会話を耳にしていたギフリードが言葉を続けると、ヒナミとランテが同意するように頷いた。

「うん。今日は肌寒いと思うわ」
 ランテが続けた言葉にアリアスが首を傾ける。

「俺は今日は少し暖かいと思っていた」
 ノエルとアリアスの種族は天使。

「天界は気温が低いのか?」
 人間界よりも魔界の方が気温が低い。
 しかし話を聞いていると魔界よりも天界の方が肌寒そうだ。
 ギフリードの問いかけに対して、アリアスが首を傾ける。

「天界の気温は魔界とそれほど変わらないと思うが、気温の感じ方が違うのかもしれないな」
 考えた結果、自分の中で答えを出したアリアスが一人で何度も頷いた。
 


 アイリスが妖精の森から訪ねて来た事で奥の部屋からテーブルとソファーを持ち出してきたランテが、テーブルを隔てた向かい側にソファーをセットする。
 水浴びを終えたアイリスが戻ってきた時に何時でもソファーに座れるようにと考えたランテの指示に従って、ヒナミとノエルと鬼灯の三人がテーブルを隔てた向かい側のソファーに移動をする。

「思ったんだけど、ギフリードは広く顔が知られてるだろ? だから、妖精との戦いになったら姿を現さないのはおかしくないか? 魔力を、与えるために魔方陣の上に立ったら動くことは出来ないだろうし。ギフリードは魔力の提供よりも街におりて妖精達と戦った方がいいんじゃないか?」
 大人しくギブリードと鬼灯の会話を耳にしていたアリアスが問いかけた。

「確かに妖精達が襲ってきているのに、魔界を守る立場にある暗黒騎士団の隊長が姿を現さないのは可笑しいわね」
 アリアスの問いかけに同意するようにランテが頷くと
「ギフリードとアリアスは暗黒騎士団のNo.1とNo.2だから、二人は街におりて戦ってもらった方がいいか」
 鬼灯が2人の言葉に続くように頷いた。

「分かった。私は魔王城の周辺を守ることにしよう。アリアスは街におりて国民を守ってくれ。ランテは怪我をした者の回復を頼む」
「おう、国民は俺が守る。任せてくれ!」
「怪我人の回復ね。分かったわ」
 ギブリードに向かって笑顔を向けながらランテが頷く。
 アリアスが国民は任せてくれと胸を張った。
 浴室に向かったアイリスが早々にリビングに戻ってくる。

「あら? 早かったわね」
 こんもりと積み上げたお菓子の乗った皿を両手に持ちながら、ランテは笑顔で声をかける。

「いい匂いのする白い石鹸を使わせてもらったのですが……」
「あれはアリアスが人間界から、お土産品として持ち帰ってくれたのよ!」
「人間界に行くと石鹸があるのですか? 是非おじい様にも使ってもらいたいです。いい匂いですし癒されます」
 アイリスは随分と人間界の石鹸を気に入ったようでランテに問いかける。

「えぇ。人間界には沢山あるわよ。様々な匂いと色の石鹸が売っているみたい」
 クスクスと笑みを浮かべるランテがキッチンに移動をしてから、ピンク色の固型石鹸を持ち出した。

「これもアリアスからのお土産なんだけど、妖精界に帰ったら使ってみるといいわ。お花の匂いがするそうよ」
 アリアスが人間界から持ち帰った石鹸のうち、一つを手渡した。

 アイリスとランテのやり取りを聞いていたギフリードが石鹸と言う物に興味を抱いたようで
「石鹸とやらは匂いはするが食す事は出来ないのか?」
 資料をテーブルの上に乗せたギフリードがランテに視線を向けて問いかける。

「えぇ。食べる事は出来ないわよ」
「気になるのならギフリードも湯あみをしてくるといいさ!」
 石鹸を人間界から持ち帰ったアリアスがギフリードに声をかける。

「あぁ」
 ソファから、ゆっくりと腰を上げて浴室に向け足を進め始めたギフリードが背後を振り向くと、アイリスに問いかけた。

「聞いておきたい事がある。魔界に攻めいることを企てている人物がいると言ったな? その人物の情報を教えてほしい」
 ソファーの上に腰を下ろしてヒナミと話していたアイリスに皆の視線が向く。
 リンスールの手紙には国王暗殺を企てるものがいることが書き記されていた。

「妖精王を仲間に誘ったのは人間です。5人でパーティを組んでいるようでした。以前、魔界のギルド2階の個室で見かけた狐耳が印象的な少年もいましたよ」

「そうか、人間か。そのメンバーの中に、みすぼらしい格好をしたクリーム色の髪の青年はいなかったか?」
 ヒビキと共に召喚魔法を受けた青年の姿を思い浮かべてギフリードがアイリスに問いかける。

「いなかったと思います」
 クリーム色の髪をした青年はいなかった。
 即答したアイリスにギフリードは頭を抱え込む。

「そうか」
 ぽつりと一言呟いて大きなため息を吐き出した。
 召喚魔法は不完全で途中で弾き出されたか。
 それとも自らヒビキの元を離れたのか。
 国王の考えは分からんな。
 再び大きなため息を吐き出したギフリードを見つめるアイリスは、意味が分からずに首を傾けていた。
 
 

 アイリスが魔界に到着した頃、妖精の森では
「ねぇ、もう6日も経ったんだけど。何故、元に戻らないの?」
 ユタカは真剣な表情を浮かべて妖精王に問いかけた。

「何故でしょうね」
 ヒビキの体は一向に戻る気配がない。
 既に神殿で狩を行うようになってから6日が経過していた。
 術をかけた妖精王にも、ヒビキが元の姿に戻らない理由が分からない。
 苦笑する妖精王を、ユタカは不貞腐れた表情を浮かべて指差していた。

「ヒビキが僕の後を追いかけてくるようになったのは、嬉しいよ。だって、今まで自ら歩み寄って来てくれる事はなかったから。でも、不安になるじゃん。このままヒビキは元に戻らないんじゃないのかって」
 言葉を続けているユタカの背中にヒビキが頭突きを決めるのは、それから間もなくの事だった。

「ぐえっ」
 間の抜けた声を上げて一歩足を踏み出したユタカが勢いのまま頭突きを決めたヒビキに視線を向ける。

「ごめんなさい」
 だぼっとした狐耳のフードを深く被り、狐面を身につけているヒビキが項垂れる。
 狐面を使うと敏捷性が上がり身軽になる。
 ヒビキは急激に上がる移動速度に振り回されていた。
 若返ってしまったヒビキには大きすぎる狐面を頭にかざして紐を後頭部に回し、ほどけないように強く結んでいる。
 一歩足を引き深々と頭を下げたヒビキは深呼吸をする。

「剣を教えてください」
 スキル魔法を発動することなくモンスターと対峙するユタカに憧れて声をかけた。
 6日間、朝起きるとすぐにヒビキはユタカの元へ剣の教えを乞うために訪ねていた。
 周囲を取り囲むようにして襲いかかってくるオーガを次から次へと倒すユタカの戦い方を真似したいと思ったのだろう。
 6日間続けて朝から夕方になるまでユタカは、ヒビキと共に神殿に向かっていた。

「今日は神殿の奥に行ってみようか?」
 ユタカは笑顔でヒビキに問いかける。

「うん」
 何度も頷いて、はしゃぐヒビキを連れてユタカはユキヒラの元へ向かう。
 神殿に向かう許可をとるために足を進め始めた。
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