それは、偽りの姿。冒険者達の物語

しなきしみ

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ヒビキの奪還編

69話 恐怖と驚き

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「寒っ」
 両腕を交差して体を包み込んだナナヤが、ぽつりと呟いた。ブルブルと小刻みに体を震わせる姿から神殿内の気温が一気に下がった事が分かる。

 近くにナナヤがいるため、決して表情や態度に表すことは無いけれども術を発動した国王自身も肌寒さを感じていた。 
 神殿内を、ひんやりとした風が通り抜ける。

 恐る恐る俯かせていた視線を正面に向けたナナヤは恐怖心を抱いて息をのむ。

 神殿内を覆う霞。青白く光る氷柱が辺りを照らし出す。
 周囲は目映い光に包みこまれているため、視界は悪く国王の位置やガーゴイルの位置を把握する事が出来ない。

 静寂が辺りを包み込む。大きな不安を抱くナナヤの周囲を青白い光が照らしだす。何とも不思議な空間を作り出していた。幻想的や神秘的と言った言葉が合うのか、それとも不気味や奇妙な空間と言ったほうが正しいのか、初めて目にする光景にナナヤは呆気に取られている。

 一歩足を踏み出せば、靴底が床に打ち付けられるような甲高い音が響くだろう。周囲は静寂に包まれている。足音から自分の居場所がガーゴイルに伝われば、標的が国王から自分に向けられる可能性だってある。

 視界が悪く周囲を見渡す事の出来ない状況の中、足を踏み出す勇気も無いナナヤはドキドキと高鳴る胸を落ち着かせるために胸元に右手を押しあてる。ゆっくりと息を吐き出した。

 大丈夫だと何度も自分に言い聞かせる。

 国王は冷酷で恐ろしい人だと国民達は噂話をしているけれど、種族は人間。確かに人でありながら化け物じみた能力を発揮する人ではあるけれど、同じ言語を話す。万一ガーゴイルの攻撃対象が自分に向けられた場合、駄目元ではあるけれども助けを求めよう。

 うん、それがいいと頭の中で考えるナナヤは国王に対して一体どのようなイメージを持っているのか、ユタカが聞いたらショックを受けるだろう。ナナヤが、だらしなく歪めていた表情を引き締める。

 平静を装いつつ柱の陰から顔を覗かせたナナヤの慎重な行動とは違って、足はブルブルと小刻み震えている。氷属性の攻撃魔法を唱え終えた国王は素早く身を翻すと、形振り構わず全速力で駆け出した。

 乱れた髪や般若の様な形相であるとか、がに股だとか右手と右足を前に出すタイミングが同じであるとか、そんな事を考えている余裕もないほど一刻を争う状況である。危機的な状況である事を国王はナナヤに伝えるために声を上げる。

「この場にいると攻撃に巻き込まれるぞ」
 形振り構わない何とも奇妙な走り方をしているわりには、淡々とした口調だった。

「はぇ?」
 いきなり聞こえた声に戸惑いを隠せずにいるナナヤには、国王の姿は見えていない。
 
 まさか、国王自ら声をかけてきてくれたのだろうかと疑問を抱きつつ、浮かんだ疑問を顔を左右に振る事により振り払ったナナヤが、そんなわけないと考えを訂正する。

「走れ」
 しかし、幻聴と思われた声が耳元で聞こえたと思った途端、背中を力いっぱい叩かれたナナヤが背中を押されるがまま、がに股で走り出す。

 すぐ目の前を走る国王の背中を何度も瞬きを繰り返す事により確認する。

 高級感を思わせる細かな刺繍が施されている赤いドレス。ひざ下まである長い黒色の上着は、国王が全力疾走を行う事により激しく、ひらひらと上下に揺れ動く。

 その表情は険しく一刻を争う事態に陥っている事を察したナナヤの顔から瞬く間に血の気が引いた。
 今から何が起こるのか状況を掴むことが出来ず、全く予想する事の出来ない恐怖心を抱いて、ナナヤは小刻みに体を震わせる。

 ナナヤは、ひたすら目の前を走る国王の背中を追いかけていた。
 周囲は白く霞がかっているため視界は悪い。迷うことも無く方向を決め全速力で走る国王に対してナナヤは関心する。

 国王には視界が開けて見えているのだろうなとナナヤは思い込んでいた。

 しかし、事実は異なっていた。
 全速力で神殿内を駆け抜けている国王の視界もナナヤ同様に悪く、ただがむしゃらに走り回っているだけだった。
 そのため、走り回っているうちに神殿内に幾つも建てられている柱に激突する。
 柱に頭を打ち付けるような何とも鈍い音がしたと思った途端、国王の足が止まり体が大きく背後に傾いた。
 神殿内を全速力で走り回っていたナナヤは、国王の急な動きの変化に対応しきれずに国王の背中に頭突きを決める。
 額を抑えたまま床に転がると足を、じたばたと動かしながら呻き声を上げる。
 顔を両手で覆いかくして悶えるナナヤの側では、額を押さえながら大きな柱を目の前にしてしゃがみ込む国王の姿がある。
 左手で額を押さえて右手でペシペシペシと床を叩く国王は唇をかみしめて声を押し殺す。

 しかし、痛みに悶えている暇などなかった。

 爆発音と共に神殿がギシギシと不気味な音を立てて、大きく上下に揺れ動く。
 地響きと共に外壁に亀裂が入る。

 激しく揺れる足元と吹き荒れる風。体をふらつかせながらも素早く立ち上がり風の抵抗を受けて一歩、二歩と後退する国王は壁に体の右半身を預ける事により身体のバランスを整える。

「巻き込まれるぞ」
 右手で額を抑えつつ体をふらつかせながらも一歩、二歩と足を進め始めた国王が、小さなため息を吐き出した。
 痛みを堪えて上半身を起こしたナナヤの視界に、それは入りこんだ。
 霞が薄くなったことにより少しは周囲を見渡しやすくなった状況の中、空間に浮かぶ巨大な氷柱は巨体を持つガーゴイルを囲むようにして、その周囲をゆっくりと回転していた。
 噂では聞いていた氷柱魔法は、森を吹き飛ばすほどの威力を発揮する。

 それほどの威力を持つ、氷柱魔法を神殿内で発動する何て国王は一体、何を考えているのか。

 もしも、氷柱魔法が神殿を破壊したら倒壊した建物に押しつぶされかねない。助かったとしても水中では呼吸もままならず溺死するだろう。

 5本あるうちの1つが落とされただけでも、体のバランスを取っていられない程の威力を発揮したのに、それが4本分。
 いくら神殿が頑丈な作りになっているからといっても、きっと耐え抜く事は出来ないだろう。

 ひび割れた外壁から、水が浸入する。

 これ以上、建物に衝撃を与えないでくれと考えるナナヤの願いもむなしく残り4つの氷柱が、ゆっくりと降下する。

「神殿内に仲間が残っているのだが、真っ赤なローブを纏った青年を見なかったかね?」
 切羽詰まった状態にいるにも拘わらず、ナナヤはユタカの事を忘れてはいなかった。前方を走る国王から返事を貰えるとも思えないけれど、駄目元で問いかける。

 ユタカを一人で神殿の中に置き去りにする事は出来なかった。
 自分が神殿の中に残ることで何か手伝える事があるかもしれない。
 一人では困難な状況でも二人だと乗り越える事が出来るかもしれない。妖精王が結界を張り巡らせてしまったら、再び神殿の中に足を踏み入れる事は出来ないから、ナナヤは国王の後に続き周囲を見渡しながらユタカの姿を探す。
 
 ユタカと合流する事が出来なければ、わざわざ妖精王の術の発動を邪魔してまで戻ってきた意味が無くなってしまう。

「ユタカって言うのだがね。仲間なんだ」
 普段のニヤニヤとした笑みを引っ込めて、本音を漏らしたナナヤの必死な姿を見て国王が苦笑する。
 
 ナナヤが自分達と行動を共にしている理由は、先代の国王の形見である剣を修復した代金を支払ってもらうため。監視を目的としているのだと思っていた。

 ガーゴイルが自由自在に飛び回っている神殿内に残ると言うことは、命を失う可能性があると言うこと。妖精王の手によって神殿ごと結界の中に閉じ込められることを知りながら神殿の中に戻る事を決意したナナヤに、国王は探している人物は自分である事を伝えようと考える。
 ユタカと国王が同一人物だと知らない事が原因で、ナナヤが命を失うような事があってはならないから。

 生きて神殿内から抜け出せるかは分からないけれど、探している人物が目の前にいることが分かればナナヤも少しは気が楽になるかもしれない。
 
 覚悟を決めた国王が口を開きかけた所で、背後で爆発音が聞こえた。すぐに、石で作られた床に亀裂が入り盛り上がる。
 盛り上がった床に足をとられて体のバランスを崩した国王が大きく傾いた。

 盛り上がった床の割れ目からは沢山の水が建物内に流れ込む。

 ガーゴイルに向けて落とされた4つの氷柱魔法は凄まじい威力を発揮した。

 吹き荒れる爆風は、バランスを崩して今にも背中から水浸しになっている床に倒れこもうとしていた国王の体を吹き飛ばす。
 国王の体は抵抗する事も出来ずに空中で一回転。飛行術を使う間もなく壁に背中から打ち付けられる。重力にしたがって床に倒れこんた所をガーゴイルに狙われた。

 背中を強く打ち付けた衝撃で意識を飛ばしかけていた国王がガーゴイルに狙われる。強力な攻撃魔法、氷柱を耐え忍んだガーゴイルが国王の顔を覗き込む。

 意識が朦朧としている国王は横たわったまま身動きを取る事が出来ずにいる。うっすらと目蓋を開いているため腰を丸めて顔を覗き込むガーゴイルの姿が視界に入っているだろう。ガーゴイルと見事に視線が交わった。

 クパァと口を開いたガーゴイルの顔を至近距離で見ることになり、死を覚悟した国王が僅かに開いていた目蓋を閉じる。
 現実逃避をしようとした。
 次に目蓋を開いた時には、ガーゴイルの姿が無ければいいなと考える国王が恐る恐る目蓋を開く。やはり、期待通りとはいかなくてガーゴイルは大きな口を開いたまま国王の顔を覗き込んでいる。
 口を開いたということは、頭から食べるつもりなのだろうか。それとも、炎で焼き尽くすつもりなのだろうか。
 骨すらも残らないかもしれないと恐ろしい考えが脳裏を過った途端、涙が出てきた。

 恐怖心から体を小刻みに震わせている国王の腹部に、ひんやりとしたガーゴイルの手が添えられる。
 うつ伏せに横たわっていた国王の体を仰向けになるように、ごろんと転がした。
 
 全く予想もしていなかったガーゴイルの行動に驚いて、国王は両手で頭を抱え込んだまま放心状態に陥っている。
 ガーゴイルに体を拘束されてしまった。
 食われるのなら、うつ伏せのまま極力ガーゴイルの顔を視界に入れないようにしたかった。
 目が合ったままの状態で、怯える姿を嘲笑われながら食われるのは嫌だ。
 出来れば見逃して貰うのが一番。駄目元ではあるけれどガーゴイルに助けを求めてみようか。
 人の言葉を理解してくれると良いけど相手は高レベルのモンスターだからなと様々な考えを思い浮かべる国王は助かる方法を必死に考える。
 諦めてはいなかった。



 国王と共に爆風によって体を飛ばされて、柱に激突した衝撃で気を失っていたナナヤが意識を取り戻した。上半身を起こして周囲を見渡したナナヤは、すぐに異変に気づいた。
 視線はガーゴイルと国王に釘付けとなっている。

 ナナヤの視線の先でガーゴイルは国王の腹部に右手をのせる。国王の腹部を圧迫するために重心を右手に移動した。

 押し潰す気だと瞬時に国王は悟った。

 胸を圧迫され息苦しさから、身をよじった国王が大きく口を開けることにより何とか息を吸い込もうとする。
 ガーゴイルの腕を両手で掴んで身をよじる。何とか腕を腹部の上からずらそうと試みた。
 しかし、巨大な体をもつガーゴイルの力を受け流すことが出来きるわけもなく、息苦しさから踠いていた国王の力が少しずつ弱まっていく。

「脆いのぉ」
 呼吸を止められた事により酸欠状態に陥った国王の抵抗が少しずつ弱まっていくと、知能を持ち人の言葉を理解する事の出来るガーゴイルが今頃になって、ぽつりと呟いた。

 呼吸もままならない状況の中でガーゴイルの腕に添えられていた国王の手が、ゆっくりと離れる。
 ぐったりとする青年の種族は人間。現在、人間界で氷属性のスキルを操ることが出来るのは国王のみ。
 地べたにひれ伏す青年が国王である事を瞬時に把握したガーゴイルは高い知能を持つ。
 化け物じみた人だと国民達から恐れられている国王は、一体どのような人物なのだろうかと考えていたガーゴイルは、このまま力任せに国王を押さえつけていたら命を落としてしまうのではないのかと判断をして、ゆっくりと腕をどかす。

 巨体を持つガーゴイル相手に口を挟む事も出来ずに、おろおろと戸惑っていたナナヤはガーゴイルが腕を引いたため胸を撫で下ろす。
 解放されたことにより身動きをとることが出来るようになった国王は、しかし酸欠状態に陥っているため額に両腕を乗せたまま荒い呼吸を繰り返す。
 身動きを取るだけの余裕が無い。
 ぐったりとしたまま体を起こす事なく横たわった状態で目蓋を閉じる国王は、無抵抗な態度を取る。
 
「随分と面白い術を使うのぉ。何という技じゃ?」
 どうやらガーゴイルは、氷柱魔法を扱う事の出来る国王に興味を抱いたようで、激しく体力を消耗している国王に術の名前を問いかけた。
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