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森の主編
141話 シエル先生と小柄な男子生徒
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男子生徒の足が恐怖心からプルプルと小刻みに震えている。
知ってはいけない事実を半ば意図せずに耳にしてしまっただけなのに、まるで蛇に睨まれた蛙のような心境である。
「どうしましょう。脳内を魔法でいじくり回して、記憶を消しましょうか?」
だだでさえ恐怖心でいっぱいいっぱい。心に余裕のない状況なのに、軽い口調で呟かれた言葉を耳にして小柄な男子生徒は大きく身震いをする。
シエルに視線を向けられて、意見を求められたヒビキは小さく頷いた。
「口外してはいけない事実を耳にしたんだし彼は決して口が堅いわけではなさそうだから、それも仕方がないことだとは思うけど今回は銀騎士団騎馬隊隊長のせいなんだよね。でも、このまま見逃すわけにも行かないし」
シエルの視線の先に、佇んでいるヒビキは銀騎士団騎馬隊長に視線を向けると苦笑する。
「なぜ元国王を務めたことのある人が彼に意見を求めるのさ」
ヒビキに向かってピシッと人差し指を突き立てる。
何ともか細い声で呟いた小柄な男子生徒の人差し指は高速でプルプルと小刻みに震えていた。
「答えなくてもいいからね! 何だか聞いちゃいけないことのような気がする」
激しく混乱しているのだろう。見た目では冷静さを装っている小柄な男子生徒が考えを翻す。
「ヒビキから妖精王に彼の記憶の書き換えを頼んでくれませんか? 私は妖精王と関わりがありませんし、ヒビキの頼みであれば聞き入れてくれるでしょう」
淡々とした口調で呟かれた言葉を意図せずに耳にしてしまった小柄な男子生徒が発狂する。
「ねぇ、馬鹿なの? 明らかに僕が耳にしてはいけない情報を何故、僕の目の前で口にするのさ。人間界を一度、滅ぼしかけている妖精王と関わりがあるとか絶対に喧嘩を売っちゃいけない相手だったじゃん。対抗戦の真っ最中に場外に叩き出しちゃったんだけど……」
顔面蒼白のまま、シエルに対して毒を吐く男子生徒はヒビキから距離を取るようにして後ずさる。
「銀騎士団に入隊した兄を自慢しまくっていた自分が恥ずかしいんだけど。人脈があるのはよく分かったけど、それならそうと何故言わないの。赤っ恥をかいたじゃん」
興奮気味のまま思ったことを口にする男子生徒の顔色が青白い色から真っ赤に変化する。
「出会ったのは、たまたまだし。人に話して回るような事でもないから……」
淡々とした口調で呟かれた言葉を耳にした男子生徒が唖然とする。
「たまたまで出会えるものなの?」
小柄な男子生徒の問いかけに対してシエルが左右に首をふる。
神妙な面持ちで呟いた。
「人間界を滅ぼしかけた妖精王ですよ。出会えるはずがありませんよ」
小柄な男子生徒から興味を失せたかのような反応を示したシエルの視線の先で、ヒビキからの手紙によって学園都市に呼び寄せられた妖精王が空から地上へ降り立った。
男子生徒が妖精王に気づくよりも先に、ぽつりと一言。
何やら呪文を唱えた妖精王が男子生徒の後頭部に手の平を押しあてる。
「はぁ……すっきりしました」
ぽつりと本当に小さな声で呟かれた言葉を妖精王は聞き逃さなかった。
「人の記憶を操作するためには私の生命力を削ることになります。今後は発言に気をつけてくださいね」
本音を漏らしたシエルに向かって妖精王は苦笑する。
続けて妖精王の視線が銀騎士団騎馬隊長へ向けられる。
最初に失言をした騎馬隊長に向かって呟いた。
「ねぇ。到着が速すぎる気がするんだけど」
現在東の森は立ち入り禁止になっている。
城のある隣町から学園都市に移動をするには東の森を迂回しなければならない。
シエルの能力を使って妖精王に記憶を消してほしい人物がいると手紙を出したのが数分前のため、疑問を抱いたヒビキか問いかける。
「空を飛んできましたから。城からヒビキ君のいる学園都市まで一直線でしたよ。770レベルのスケルトンが現れた時点でシエルという人物からユタカ宛に手紙が届いたのでユタカに様子を見てくるように頼まれて、すぐに城を出ていましたし」
苦笑する妖精王の言葉を耳にして、さらにヒビキは疑問を抱くことになる。
「空には天界に生息するドラゴンが優雅に飛び回っているはず。まさか、ドラゴンの生息地を越えてきた何てことは……」
「ドラゴンの生息地を越えてきましたよ」
ヒビキの悪い予感が見事に的中した。
妖精王の言葉を耳にして、空を見上げたヒビキの視界に真っ赤な炎を身に纏った巨大ドラゴンが入り込む。
「でかいな」
頭上に表示されているドラゴンのレベルは2000を越える。
ドラゴンを見上げて、脳内に浮かんだ感想を思わず漏らしたヒビキが妖精王に視線を向ける。
「え、なんで連れてきたの?」
妖精王を呼び出したのはヒビキではあるものの、レベル2000を越えるドラゴンをつれてくることは予想していなかった。
「やはり、ヒビキ君であっても倒すことは出来ませんか?」
レベル2000を越えるドラゴンが迫ってきている危機的な状況にも拘わらず、妖精王の表情には笑みが浮かんでいる。
ドラゴンが迫ってきているこの状況を楽しんでいるようにも思える妖精王の態度にヒビキは問い返す。
「レベルが数百の俺に倒せる相手だと思う? 無理にきまってる」
おっとりとした口調を心がけていたヒビキが妖精王に対して怒りを露にする。
「魔力は全回復しているのでしょう? 彼からの手紙にそう書いてありましたし挑んでみましょう」
「シエル先生とリンスールはかかわりがないって言ってなかった? 手紙のやり取りをする仲なの?」
迫り来る2000レベルを越えるドラゴンを前にして、呑気に話し込んでいる場合ではない。しかし、リンスールの言葉に対して疑問を抱いたヒビキは首を傾げて問いかける。
「ユタカ宛の手紙に書いてあったんですよ。ヒビキ君の魔力が全快したと。シエルという方がヒビキ君の身内であることは知らなかったですし、過去に私が呪いをかけた相手だということも忘れていました」
ヒビキに対しての返事は、しっかりとシエルの耳にも入っていた。唖然とするシエルがドラゴンからリンスールに視線を移す。
「私にとっては憂慮すべき事態だったと言うのに貴方と言う人は、忘れていたって……」
普段は喜怒哀楽を滅多に感情に出さないシエルが呆れ果てる。大きなため息を吐き出して素直な考えを口にすると、暫く考える素振りを見せた後に再び大きなため息を吐き出した。
「まぁ、私が国王を務めていた頃の貴方の噂話は耳にしていましたから、傷心の日々を送っていた貴方を責めることも出来ませんが。それにしたって、私に呪いをかけておきながら忘れていたって……」
リンスールに対して同情する気持ちと、呆れと切なさと何とも複雑な心境が押し寄せる。
「貴方は悪く無かった事は後々になって分かりましたが、あの頃は全ての人間に対して敵意、嫌悪感、殺意を抱いていましたから」
苦笑するリンスールの表情は憂いを帯びている。
大切な身内を失って年月が経ったとはいえ傷ついた心は絶対に癒えることはない。
「貴方にかけた呪いは確か長寿の呪いでしたか。大切な人を、子供を、孫を先に亡くす気持ちを私と同じように経験をすればいいと当時は思っていたのですが……」
シエルの息子である先代の国王は何者かによって殺害されている。犯人は捕まっていないため未解決の暗殺事件として人々に語り継がれているため、リンスールは途中で言葉を詰まらせる。
緊迫した雰囲気の中で、ドラゴンのターゲットはリンスールに向いており学園都市を囲むようにして張り巡らされていた結界を強引に破壊した。
顔面蒼白になりながらプルプルと小刻みに身震いをするアヤネは若干、内股になっている。
尿意を催しているのだろう。
恐怖心から身動きが取れなくなっている。
迫り来るドラゴンを視界に入れたまま、身動きを取れずにいるのはアヤネだけではなく会長や副会長も同じ。
2000を越えるレベルを持つドラゴンを見上げて顔面蒼白のまま立ち尽くしている。
会場内へ足を踏み入れかけていた生徒達は仲間と押し合い、大柄な生徒は周囲の小柄な生徒を突飛ばして我先にと会場から走り去る。
教員達は取り乱してはいるものの、地べたにひれ伏しうずくまっている生徒達に肩を貸す。
「会長や副会長はアヤネさんを連れて逃げてください」
少し離れた位置にいる会長や副会長に向かってシエルが大きな声を出す。
アヤネの足の震えが徐々に大きくなっていることに気づいたシエルが会長や副会長に助けを求めると、ハッと我に返り巨大ドラゴンから視線を外した会長が真っ先にアヤネに向かって駆け出した。
けたたましく鳴り響くサイレンは学園内だけでなく、街の住人にも緊急事態を知らせるために大音量。学園敷地内を真っ赤に染めるライトは点滅を繰り返して生徒達の恐怖心を煽る。
「2000レベルを越えるともなると俺達が瞬殺されるんじゃないか?」
空を自由に飛び回るドラゴン相手にヒビキが弱音を吐く。
「しかし、向かってきてしまっている以上このまま放置しては学園都市どころか人間界を滅ぼされかねません」
2000レベルを越えるドラゴンの攻撃力がどれ程のものなのか予測することが出来ない。
戦わざる終えないモンスター相手にシエルが剣を手に取って構えを取る。
「確かに、その通りではあるんだけど」
ドラゴンに視線を向けて剣を手に取ろうとしたヒビキの視線の先で、口を大きく開いたドラゴンが光炎を吐き出した。
「炎属性じゃないのかよ」
巨体に真っ赤な炎を纏うドラゴンの姿から炎属性であると決めつけていたヒビキが眉間にシワを寄せる。
「危うく見た目に騙されるところでしたが、どうやら光と炎の二つの属性を操るのドラゴンのようですね」
巨大なドラゴンを前にして腰が引けているシエルが声量を抑えて考えを口にする。
「変異種かもしれませんね」
炎と光、二つの属性をもつドラゴンを興味深そうに眺めるリンスールは、危機が迫っている状況を楽しんでいるようにも見える。
「変異種でしたら大事ですね。それにしても、地べたに這いつくばっている彼をどうにかして欲しいですね。退かしてくれませんか?」
視線を地べたに這いつくばる小柄な男子生徒に向けたシエルは嫌な顔をする。
「ドラゴンが迫ってきている状況の中でもヒビキ君とシエルさん、あなた達二人は緊張感がないのですね」
クスクスと迫り来るドラゴンを目の前にして笑うリンスールに対してシエルは鋭い視線を向ける。
「貴方にだけは言われたくありません。笑ってる場合ですか」
リンスールに対して素直に思っている事を口にしたシエルの視線の先でヒビキが真面目な顔をして呟いた。
「俺は緊張で汗が額から目蓋に流れ落ちてるんだけど。シエル先生と一緒にしないでくれるかな」
緊迫した状況の中で、余裕の表情を見せるリンスールが指先を右から左へ動かすことにより光炎の向かう先へ強力な防壁を張り巡らせる。
しかし、呪文を唱えることなく咄嗟に張り巡らせた防壁はドラゴンの放った光炎に耐えることが出来ずに音を立てて砕け散る。
光炎が街に直撃をすれば、学園都市は砂地に変わるだろう。
タイミングを合わせたのか、それとも偶然なのかシエルとヒビキが同時に親指のつけねに人差し指を打ち付けてパチンと音を立てる。
魔力が重なりあうようにして放たれて、強力な防壁を張り巡らせた。
二人の張り巡らせた防壁はドラゴンの放った光炎を包み込んで行く手を阻む。
「防御で精一杯。どうすればいい?」
「このまま防戦一方になると、いずれ魔力が先につきてしまいますよ」
ヒビキの問いかけに対して、シエルが考えを口にする。
「召喚魔法で聖騎士を召喚して高度な攻撃魔法を発動しましょう」
ドラゴンを学園都市に連れてきた張本人であるリンスールは悪びれた様子もなく考えを口にする。
「出来るでしょう? 聖騎士を使って光の柱を作ることくらい」
リンスールは当然、出来ますよねと軽い口調でシエルに指示を出しているけれどもシエルとリンスールが、まともに言葉を交わしたのは今回が初めてのことである。
「ヒビキもそうですが、あなたも少しは年寄りを労ってくれませんか?」
人使いの荒いヒビキとリンスールに小言を漏らす。
「年齢は私の方が遥かに上回っていますよ」
8000年を生きたとされている妖精王はドラゴンが迫りくる危機的な状況の中で、わざとおちゃらける。
「化け物じみた身体能力を持つ貴方と一緒にしないでくれませんか? そもそもの寿命が違いすぎますし。貴方の強力な結界魔法でドラゴンを囲んでしまってはいかがですか?」
過去に呪いをかけられた経歴を持つシエルは妖精王であるリンスールを、あまりよくは思っていないのか態度が横柄なようにも思える。
しかし、リンスールはシエルの態度を気にした様子もなく笑顔で声をかける。
「私だけの魔力ではドラゴンの身動きを封じるほどの結界を張り巡らせることは出来ませんが、魔力を分けていただけるのでしたら試してみる事は出きるでしょう」
緊迫した状況の中、穏やかな口調で呟いたリンスールの肩にシエルは迷うことなく手を添える。
分かりましたと一言呟いた。
知ってはいけない事実を半ば意図せずに耳にしてしまっただけなのに、まるで蛇に睨まれた蛙のような心境である。
「どうしましょう。脳内を魔法でいじくり回して、記憶を消しましょうか?」
だだでさえ恐怖心でいっぱいいっぱい。心に余裕のない状況なのに、軽い口調で呟かれた言葉を耳にして小柄な男子生徒は大きく身震いをする。
シエルに視線を向けられて、意見を求められたヒビキは小さく頷いた。
「口外してはいけない事実を耳にしたんだし彼は決して口が堅いわけではなさそうだから、それも仕方がないことだとは思うけど今回は銀騎士団騎馬隊隊長のせいなんだよね。でも、このまま見逃すわけにも行かないし」
シエルの視線の先に、佇んでいるヒビキは銀騎士団騎馬隊長に視線を向けると苦笑する。
「なぜ元国王を務めたことのある人が彼に意見を求めるのさ」
ヒビキに向かってピシッと人差し指を突き立てる。
何ともか細い声で呟いた小柄な男子生徒の人差し指は高速でプルプルと小刻みに震えていた。
「答えなくてもいいからね! 何だか聞いちゃいけないことのような気がする」
激しく混乱しているのだろう。見た目では冷静さを装っている小柄な男子生徒が考えを翻す。
「ヒビキから妖精王に彼の記憶の書き換えを頼んでくれませんか? 私は妖精王と関わりがありませんし、ヒビキの頼みであれば聞き入れてくれるでしょう」
淡々とした口調で呟かれた言葉を意図せずに耳にしてしまった小柄な男子生徒が発狂する。
「ねぇ、馬鹿なの? 明らかに僕が耳にしてはいけない情報を何故、僕の目の前で口にするのさ。人間界を一度、滅ぼしかけている妖精王と関わりがあるとか絶対に喧嘩を売っちゃいけない相手だったじゃん。対抗戦の真っ最中に場外に叩き出しちゃったんだけど……」
顔面蒼白のまま、シエルに対して毒を吐く男子生徒はヒビキから距離を取るようにして後ずさる。
「銀騎士団に入隊した兄を自慢しまくっていた自分が恥ずかしいんだけど。人脈があるのはよく分かったけど、それならそうと何故言わないの。赤っ恥をかいたじゃん」
興奮気味のまま思ったことを口にする男子生徒の顔色が青白い色から真っ赤に変化する。
「出会ったのは、たまたまだし。人に話して回るような事でもないから……」
淡々とした口調で呟かれた言葉を耳にした男子生徒が唖然とする。
「たまたまで出会えるものなの?」
小柄な男子生徒の問いかけに対してシエルが左右に首をふる。
神妙な面持ちで呟いた。
「人間界を滅ぼしかけた妖精王ですよ。出会えるはずがありませんよ」
小柄な男子生徒から興味を失せたかのような反応を示したシエルの視線の先で、ヒビキからの手紙によって学園都市に呼び寄せられた妖精王が空から地上へ降り立った。
男子生徒が妖精王に気づくよりも先に、ぽつりと一言。
何やら呪文を唱えた妖精王が男子生徒の後頭部に手の平を押しあてる。
「はぁ……すっきりしました」
ぽつりと本当に小さな声で呟かれた言葉を妖精王は聞き逃さなかった。
「人の記憶を操作するためには私の生命力を削ることになります。今後は発言に気をつけてくださいね」
本音を漏らしたシエルに向かって妖精王は苦笑する。
続けて妖精王の視線が銀騎士団騎馬隊長へ向けられる。
最初に失言をした騎馬隊長に向かって呟いた。
「ねぇ。到着が速すぎる気がするんだけど」
現在東の森は立ち入り禁止になっている。
城のある隣町から学園都市に移動をするには東の森を迂回しなければならない。
シエルの能力を使って妖精王に記憶を消してほしい人物がいると手紙を出したのが数分前のため、疑問を抱いたヒビキか問いかける。
「空を飛んできましたから。城からヒビキ君のいる学園都市まで一直線でしたよ。770レベルのスケルトンが現れた時点でシエルという人物からユタカ宛に手紙が届いたのでユタカに様子を見てくるように頼まれて、すぐに城を出ていましたし」
苦笑する妖精王の言葉を耳にして、さらにヒビキは疑問を抱くことになる。
「空には天界に生息するドラゴンが優雅に飛び回っているはず。まさか、ドラゴンの生息地を越えてきた何てことは……」
「ドラゴンの生息地を越えてきましたよ」
ヒビキの悪い予感が見事に的中した。
妖精王の言葉を耳にして、空を見上げたヒビキの視界に真っ赤な炎を身に纏った巨大ドラゴンが入り込む。
「でかいな」
頭上に表示されているドラゴンのレベルは2000を越える。
ドラゴンを見上げて、脳内に浮かんだ感想を思わず漏らしたヒビキが妖精王に視線を向ける。
「え、なんで連れてきたの?」
妖精王を呼び出したのはヒビキではあるものの、レベル2000を越えるドラゴンをつれてくることは予想していなかった。
「やはり、ヒビキ君であっても倒すことは出来ませんか?」
レベル2000を越えるドラゴンが迫ってきている危機的な状況にも拘わらず、妖精王の表情には笑みが浮かんでいる。
ドラゴンが迫ってきているこの状況を楽しんでいるようにも思える妖精王の態度にヒビキは問い返す。
「レベルが数百の俺に倒せる相手だと思う? 無理にきまってる」
おっとりとした口調を心がけていたヒビキが妖精王に対して怒りを露にする。
「魔力は全回復しているのでしょう? 彼からの手紙にそう書いてありましたし挑んでみましょう」
「シエル先生とリンスールはかかわりがないって言ってなかった? 手紙のやり取りをする仲なの?」
迫り来る2000レベルを越えるドラゴンを前にして、呑気に話し込んでいる場合ではない。しかし、リンスールの言葉に対して疑問を抱いたヒビキは首を傾げて問いかける。
「ユタカ宛の手紙に書いてあったんですよ。ヒビキ君の魔力が全快したと。シエルという方がヒビキ君の身内であることは知らなかったですし、過去に私が呪いをかけた相手だということも忘れていました」
ヒビキに対しての返事は、しっかりとシエルの耳にも入っていた。唖然とするシエルがドラゴンからリンスールに視線を移す。
「私にとっては憂慮すべき事態だったと言うのに貴方と言う人は、忘れていたって……」
普段は喜怒哀楽を滅多に感情に出さないシエルが呆れ果てる。大きなため息を吐き出して素直な考えを口にすると、暫く考える素振りを見せた後に再び大きなため息を吐き出した。
「まぁ、私が国王を務めていた頃の貴方の噂話は耳にしていましたから、傷心の日々を送っていた貴方を責めることも出来ませんが。それにしたって、私に呪いをかけておきながら忘れていたって……」
リンスールに対して同情する気持ちと、呆れと切なさと何とも複雑な心境が押し寄せる。
「貴方は悪く無かった事は後々になって分かりましたが、あの頃は全ての人間に対して敵意、嫌悪感、殺意を抱いていましたから」
苦笑するリンスールの表情は憂いを帯びている。
大切な身内を失って年月が経ったとはいえ傷ついた心は絶対に癒えることはない。
「貴方にかけた呪いは確か長寿の呪いでしたか。大切な人を、子供を、孫を先に亡くす気持ちを私と同じように経験をすればいいと当時は思っていたのですが……」
シエルの息子である先代の国王は何者かによって殺害されている。犯人は捕まっていないため未解決の暗殺事件として人々に語り継がれているため、リンスールは途中で言葉を詰まらせる。
緊迫した雰囲気の中で、ドラゴンのターゲットはリンスールに向いており学園都市を囲むようにして張り巡らされていた結界を強引に破壊した。
顔面蒼白になりながらプルプルと小刻みに身震いをするアヤネは若干、内股になっている。
尿意を催しているのだろう。
恐怖心から身動きが取れなくなっている。
迫り来るドラゴンを視界に入れたまま、身動きを取れずにいるのはアヤネだけではなく会長や副会長も同じ。
2000を越えるレベルを持つドラゴンを見上げて顔面蒼白のまま立ち尽くしている。
会場内へ足を踏み入れかけていた生徒達は仲間と押し合い、大柄な生徒は周囲の小柄な生徒を突飛ばして我先にと会場から走り去る。
教員達は取り乱してはいるものの、地べたにひれ伏しうずくまっている生徒達に肩を貸す。
「会長や副会長はアヤネさんを連れて逃げてください」
少し離れた位置にいる会長や副会長に向かってシエルが大きな声を出す。
アヤネの足の震えが徐々に大きくなっていることに気づいたシエルが会長や副会長に助けを求めると、ハッと我に返り巨大ドラゴンから視線を外した会長が真っ先にアヤネに向かって駆け出した。
けたたましく鳴り響くサイレンは学園内だけでなく、街の住人にも緊急事態を知らせるために大音量。学園敷地内を真っ赤に染めるライトは点滅を繰り返して生徒達の恐怖心を煽る。
「2000レベルを越えるともなると俺達が瞬殺されるんじゃないか?」
空を自由に飛び回るドラゴン相手にヒビキが弱音を吐く。
「しかし、向かってきてしまっている以上このまま放置しては学園都市どころか人間界を滅ぼされかねません」
2000レベルを越えるドラゴンの攻撃力がどれ程のものなのか予測することが出来ない。
戦わざる終えないモンスター相手にシエルが剣を手に取って構えを取る。
「確かに、その通りではあるんだけど」
ドラゴンに視線を向けて剣を手に取ろうとしたヒビキの視線の先で、口を大きく開いたドラゴンが光炎を吐き出した。
「炎属性じゃないのかよ」
巨体に真っ赤な炎を纏うドラゴンの姿から炎属性であると決めつけていたヒビキが眉間にシワを寄せる。
「危うく見た目に騙されるところでしたが、どうやら光と炎の二つの属性を操るのドラゴンのようですね」
巨大なドラゴンを前にして腰が引けているシエルが声量を抑えて考えを口にする。
「変異種かもしれませんね」
炎と光、二つの属性をもつドラゴンを興味深そうに眺めるリンスールは、危機が迫っている状況を楽しんでいるようにも見える。
「変異種でしたら大事ですね。それにしても、地べたに這いつくばっている彼をどうにかして欲しいですね。退かしてくれませんか?」
視線を地べたに這いつくばる小柄な男子生徒に向けたシエルは嫌な顔をする。
「ドラゴンが迫ってきている状況の中でもヒビキ君とシエルさん、あなた達二人は緊張感がないのですね」
クスクスと迫り来るドラゴンを目の前にして笑うリンスールに対してシエルは鋭い視線を向ける。
「貴方にだけは言われたくありません。笑ってる場合ですか」
リンスールに対して素直に思っている事を口にしたシエルの視線の先でヒビキが真面目な顔をして呟いた。
「俺は緊張で汗が額から目蓋に流れ落ちてるんだけど。シエル先生と一緒にしないでくれるかな」
緊迫した状況の中で、余裕の表情を見せるリンスールが指先を右から左へ動かすことにより光炎の向かう先へ強力な防壁を張り巡らせる。
しかし、呪文を唱えることなく咄嗟に張り巡らせた防壁はドラゴンの放った光炎に耐えることが出来ずに音を立てて砕け散る。
光炎が街に直撃をすれば、学園都市は砂地に変わるだろう。
タイミングを合わせたのか、それとも偶然なのかシエルとヒビキが同時に親指のつけねに人差し指を打ち付けてパチンと音を立てる。
魔力が重なりあうようにして放たれて、強力な防壁を張り巡らせた。
二人の張り巡らせた防壁はドラゴンの放った光炎を包み込んで行く手を阻む。
「防御で精一杯。どうすればいい?」
「このまま防戦一方になると、いずれ魔力が先につきてしまいますよ」
ヒビキの問いかけに対して、シエルが考えを口にする。
「召喚魔法で聖騎士を召喚して高度な攻撃魔法を発動しましょう」
ドラゴンを学園都市に連れてきた張本人であるリンスールは悪びれた様子もなく考えを口にする。
「出来るでしょう? 聖騎士を使って光の柱を作ることくらい」
リンスールは当然、出来ますよねと軽い口調でシエルに指示を出しているけれどもシエルとリンスールが、まともに言葉を交わしたのは今回が初めてのことである。
「ヒビキもそうですが、あなたも少しは年寄りを労ってくれませんか?」
人使いの荒いヒビキとリンスールに小言を漏らす。
「年齢は私の方が遥かに上回っていますよ」
8000年を生きたとされている妖精王はドラゴンが迫りくる危機的な状況の中で、わざとおちゃらける。
「化け物じみた身体能力を持つ貴方と一緒にしないでくれませんか? そもそもの寿命が違いすぎますし。貴方の強力な結界魔法でドラゴンを囲んでしまってはいかがですか?」
過去に呪いをかけられた経歴を持つシエルは妖精王であるリンスールを、あまりよくは思っていないのか態度が横柄なようにも思える。
しかし、リンスールはシエルの態度を気にした様子もなく笑顔で声をかける。
「私だけの魔力ではドラゴンの身動きを封じるほどの結界を張り巡らせることは出来ませんが、魔力を分けていただけるのでしたら試してみる事は出きるでしょう」
緊迫した状況の中、穏やかな口調で呟いたリンスールの肩にシエルは迷うことなく手を添える。
分かりましたと一言呟いた。
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