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補佐官の狼side リスクヘッジ①
しおりを挟むそろそろ冬が来る。北の果てとも言われるこの北領の冬は土も凍るほど厳しい。広大な森から湧き出る魔獣を南下させない為に作られた砦。
その砦には、東、中央、西の三つの門があり門にはそれぞれ2中隊で構成された隊が配備されている。
私は東門隊隊長の補佐官で、下りてきた書類を振り分け、上がって来た書類を精査し、設備に不備は無いか、支給物資の過不足は無いか、不当な扱いをされている者はいないか、不穏な雰囲気が無いかを見て回っている。…とどの詰まり雑用係だ。
…東第2中隊、第4小隊隊長のボリスの様子がここ3日ほどおかしい。…少し落ち着きがない様に感じる。
ボリスは熊獣人で、厚みのあるがっしりとした躯体をしており顔は強面だが…その外見に似合わず柔軟で温厚で…さらには真面目で几帳面な奴だ。
ボリスは「俺は怠け者で面倒臭がりなんだ。これを手抜きすると、あっと言う間にとんでもない事になるんだよ」と言って朝に夕に時間に余裕をもって些末な雑事すら整えている。
そのボリスが朝は駆け込み、夕は定時きっかりに走る様に帰って行く。…当たり前の様に当てにしていた作業が積み上がっていく。
…面倒見が良過ぎるのも問題だな?
番絡みだろうか?と思ったが熊獣人の発情期は春だ。それに今まで浮いた話は聞いた事がない。
性欲は無いのでは?と言われるほどだ。
いや?…娼館には行っていたからそんな事もないか?そう言えば…ナニがデカくて遅漏らしく嫌がられると下世話な噂を聞いた事がある。
すでに3日だ。このまま放置して好転する様には思えない…番絡みだとしたなら拗れたら面倒だ。
補佐官としてのリスクヘッジだな。少し話をしてみよう。飲みに誘うか?と思ったが…あれだけ急いで帰るのだから乗ってこないだろう。それなら…と私の執務室に呼び出した。
コン ココン。
ドアをノックする音がして。
「第4小隊ボリスです。入ります。」
声認証が承認され扉の鍵が解除される。ドアが静かに開きボリスが入って来た。
私は広がった書類を閉じつつ、椅子の背もたれに身体を預けた。机を挟んだ正面に淀みなく立位するボリスが真っ直ぐに私を見る。その顔を見て「よかった。仕事に迷いは無さそうだ」と、とりあえず一安心して肩の力を抜いた。
「何か有りましたか?」
「何かあったのは、お前の方だろう?」
ボリスの目が僅かに泳ぎ目線が外れた。
…これは番絡みだな?
「ここ3日様子がおかしい。正確には4日前の手紙が届いた後からか?火急の知らせでも入ったか?」
「手紙は世話になった婆さんの訃報でした。」
迷わず返事が返ってきた…が、外した目線が泳いでいる。どう話そうか迷っているのか?番絡みなのは間違えなさそうだな?
急かさず話し出すのを待った。
「…4日前の深夜に唯一と出会いました。意識レベルが低く保護の必要性を感じましたので、自宅に保護しました。知り合いのギルドの者に探し人の聞き込みましたが…今の所情報はありません。まだ保護の届け出は出しておりません。」
表情には出さずに苦笑した。
大筋は分かった。嘘はない。でも大分端折ったなぁ?
「それで?」
真っ直ぐに腿に添えられていた手が拳を握り、顔が伏せられた。
「人族の雄で未成年です。…雨の中全裸で…目立った外傷は有りませんでしたが複数の雄の匂いがしました。私は今、発情期ではありませんが、理性を保てる自信が…なく…支給されている緊急抑制剤を服用しています。」
ははは。発情期でもないのに薬を使わなければ理性すら保つ事が出来ない程か?獣人とは本当に…なんと滑稽な生き物か。
「まずはおめでとうと言うべきだな。出会えて良かったな。」
それを聞いてパッと上げた顔は安堵の表情。
唯一と出会える事は何よりも幸せだ。
「未成年か…いくつだ?」
「本人は15と。ですがまだ10になっていないように思えて…医務官に鑑定してほしいのですが、わ 私が触られるのが嫌でまだ依頼しておりません。」
とりあえず囲ったと言うところか。
あー。うん。わかる。私もそうだった。
忍耐が試されるな。
「神官ではなく医務官なのは雨で風邪でも引いたか?」
目線が下がる。
「先程言った通りに…少し情緒が安定していないのと栄養状態が良くありません。何か薬物の常用的な投与の可能性を感じております。」
ボリスが絞り出す様に言った言葉に…ざわざわと心が乱された。………薬?……また繰り返されたのか?あれだけ規制されているのに?
「私が診ようか?医務官の資格も持っている。」
「え?」
「今、医務官はこの前の襲撃の後始末で忙しいく手の空いている者は居ない。ここまで連れて来るのが難しいなら私がお前の家に行くんでもいいぞ?幸い私は番持ちの狼だし。お前の番に食指は動かんよ?まぁ、老耄だが発情期だから、念の為に抑制剤も服用してから行けば、お前の気持ちも落ち着くと思うが?」
返事に迷っているようだ。獣人は本当に滑稽な生き物だ。それが最善、最良だと思っても執着が邪魔をする。だからこそ…私も医務官の資格を取得したんだ。
「……お願い致します。」
背筋を伸ばしたまま腰が深く曲げられた。
「私が出来る事で…お前の希望は何か有るか?」
「番の身分証と番証明書の発行に伴う保証人をお願い出来れば。…医務官として緊急抑制剤の追加の処方と……不全紋の術式の施行をお願い致します。」
上げた顔に迷いはないが…不全紋か。
なかなか焦げついているな?
「では、定時退室後にインフォメーションの左傍のあたりで落ち合おう。」
「感謝いたします」と言葉を残しボリスは踵を返し仕事に戻って行った。午後は…いつも通りに見えた。
定時にインフォメーションに行くとすでにボリスが待っていた。
内砦を背に外広がりの扇状の街を外に向かって訓練場、軍住宅、貴族街、商業区、市民街となり外砦がある。その外砦の外には農地と羊の放牧地が広がっている。
ボリスの家は貴族街だ。商業区との境にある大通りに面した以前商家の老婦人が住んでいた3階建ての屋敷に数年前から住んでいる。
婦人の身体の自由が利かなくなり…本妻の息子夫婦と同居した時に家を譲り受けたと聞いていた。届いた訃報はその老婦人だろう。
特に会話もないからそんな事を思い出しながらボリスの家の前まで来た。…日が落ち辺りは暗いのに家に灯りが点いていない?番がいるんじゃないのか?と思っていると。
「…飯は外で済ましていましたし、結界と洒掃魔術などの生活魔術は使えるので…不便を感じる事がなかったので使用人は未だおりません。」
承認制の二重の結界をくぐり家に入る。重厚感があり落ち着いた佇まいだが花ひとつ飾られていない。無駄な物のないと言えば聞こえはいいが殺風景なほど何もないな?
左に緩くカーブした蔦の透かし彫りの優美な階段を上がり2階のプライベートリビングに通された。
勧められたソファに腰を下ろす。
リビングには右カーブの緩い螺旋階段があり、ボリスはそれを上がって行った。3階はプライベートゾーンなんだろう。強い認識阻害がかかっていた。
ボリス …お前、職場での愛想は何処に置いてきたんだ?
漸あってからシーツに包まった小さい人を縦抱きにしたボリスが降りて来た。
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