天使エールはいっっっっつも笑顔

夏木ユキ

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26話 旅立ち

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 ヤスの前には敵が1人。周りの味方が倒れていくのを見て既に剣を構えている。
 身構えてはいるが、ヤスの奇声で怯んだようだ。

「ふんっ!」

 ヤスが左手のナイフを投げつける。

「ッ......!」

 敵がナイフを避ける。これは想定内。
 避けると同時に敵のバランスが崩れると、相手の目を目掛けてルンに貰った唐辛子の粉末入りの砂を投げつける。

「いっ......!」

 あまりの痛さに、目に入った砂を払うが無駄である。ヤスは敵の片手が剣から離れたのを確認しすると、まだ剣を持つ方の手を蹴り上げた。

 カランっ

 剣が落ちると同時に相手の体軸へ身体をぶつける。よろけたところで足を払い、顔面に手を当てて地面に叩きつけると動かなくなった。

「た......倒せた」

 ルンの指導でヤスは、いつの間にか強くなっていたようだ。
 振り返るとルンとカンナが戻って来ていた。

「もしかして......俺たちかなり強い?」

「相手が人間で、奇襲も成功しましたからね。あれくらいなら余裕ですけど、川にいた蛇モンスターとかは無理です。それに人間相手でもヤスさん1人で戦っちゃダメですよ」

 そう簡単には強くなれないみたいだ。
 まあ、人間相手なら結構戦えることがわかったのは収穫だ。

「あーでもタマキさんいたら蛇も余裕ですね。負ける要素がありません」

「......俺って強くなる必要ある?」

「今日みたいに相手が大人数の時、足引っ張らない程度にはなってください」

 ルンは厳しい。

「ふむ。余裕だったな」

 振り返るとタマキとエールもこっちに来ていた。

「皆さん、ご無事で何よりです(笑)」

 いつも通り笑顔の天使がそこにいた。

 ✳︎ ✳︎ ✳︎

 領主の手下との戦いが終わり、ヤスの気が少し抜けた頃

「目をつけられたので、もうここにいるのは危険です」

 ルンの一言で、早速この土地から離れることになった。

「一昨日、せっかく目標決めたのに台無しだな」

「計画って大体破綻するわよね。私、計画立ててもその通り行った試しがないわ」

 カンナがぼやく気持ちもわかる。

「でも、目標を立てたことで進む方向性は決まりましたよ(笑)」

「うーん。でも、もうここにはいられないわけだし......」

「確かに、ここで1年ほど準備するという計画はダメになっちゃいましたけど、戦力アップという点と情報収集をしないといけないという点は変わりません。これに関しては逃げながらでもできます。むしろ国外に行くことでわかることもあるかもしれません(笑)」

 相変わらずこの天使は前向きだ。

「視点を変えればピンチもチャンスか」

「そうです! 方向性は変わりませんから、話し合ったことは無駄じゃ無いですよ(笑)」

「ヤスさん鍛えるのに場所は関係ないですしね」

 ルン先生の指導も続くようだ。

「ふむ。それでどこに行くんだ?」

「どうしましょう(笑)」

「とりあえず国外かしら?」

「カンナさんは他の国行ったことあるんですか?」

「ないわ」

「ふむ。私もないぞ」

「私もありません」

 どうしよう。どこに行けばいいかさっぱりわからない。
 この世界の地図を見たことないので国境とかの情報が全然ない。カンナの発言から他の国はあるようだが......

「この世界の地理がさっぱりわからないから、誰か教えてくれないか?」

「ふむ。この世界は王国を中心に――」

「とりあえずここから離れませんか?」

 ルンに遮られた。

「ちょっと今大事なところだから」

「でもここに長居するのは危険ですよ? 領主の手下が来る前になるべく遠くに行った方が良いです」

 確かに。ある程度大雑把だろうと先へ進んだ方が良い。
 さて、どの方向へ向かうか......

「あっちに行きましょう(笑)」

「ん、なんで?」

 エールの指差す方を見る。チラッと下に目を向けると......

「......その枝は?」

「私たちの行き先を示す神聖なものです(笑)」

 どう見てもただの枝じゃん!

「ふむ。なるほどな」

「あっちね♥」

「ん? あっちって何か......」

 何か引っかかる。あの方角って......

「領主様のお城ですね(笑)」

「いや待て、今は逃げるって話じゃん!? 流石にそれはおかしい!」

「ふむ。ということは......」

「領主を討つなら今ということよ♥」

 何故そうなる

「良いんじゃない? 丁度ここに服もあるし、変装して領主に近付いて......プスってね♥」

 何故、こんなにも乗り気なのだろうか?
 そもそもただの枝があっちを指してるだけなのに、何で誰も疑問を持たないんだ?

「みなさん、ちょっと待ってください!」

 流石にルンが気付いたようだ。

「この枝って逆側を指しているのでは!?」

「「っ......!」」

 みんな驚いているが、違う......そうじゃない。
 しかし、このチャンスを逃すわけにはいかない。

「そうだな! じゃあ枝の指す方......町とは反対側に逃げよう!」

「ふむ。指す方というのが曖昧だな。やはり先端が細い方に向かうべきじゃないか?」

「先端が細い方ですか? うーん、これは議論の余地がありますね(笑)」

「無いから! そして時間も無い!! とにかく町とは反対側に行くから!!!」

 ✳︎ ✳︎ ✳︎

 ヤスは今、倒した兵士たちの前にいる。
 そこら辺に放置しておくのも不便なので、綺麗に並べておいた。

「あら、結構持ってるじゃない♥」

「お、これは良い剣ですね。弱いくせに装備だけは立派だなんて、もったいない」

 馬を連れて来て、ルンの作った荷車に家を乗せた後、カンナが兵士の死体を物色し始めた。

「さすがに気が引けるんだけど......」

「良いの。使えるものは使わないと損よ♥」

「ふむ。置いて行ったところで結局領主の懐に入るのならば、貰っても構わないだろう」

「ヤスさん。領主の部下を倒しといて、今更ですよ(笑)」

「うーん。そうかもしれないけど......」

「結局、馬は頂くんです。今更考えたところで仕方ありません」

 ヤスが元いた世界とは価値観が違うというのを思い知らされる。
 死が近い環境にいると、人命と物の価値にそこまで差が生じないのかもしれない。

「ほらヤス! 金貨よ金貨♥」

「へー初めて見た」

「町の人から集めた税金持ち歩くなんて無用心にも程がありますね。いくらバックに貴族がいるからって危機感無さ過ぎですよ」

「ふむ。まあ抵抗されるなど微塵も思っていなかったのだろう。今まではそれで済んだかもしれないが......」

 エールを見ると兵士たちに手を合わせている。
 天使的に死体に対して思うところがあるのだろう。

「女神様、私たちにお恵みありがとうございます(笑)」

「......」

 彼女たちのサバイバル思考が強すぎる。

 ヤスたちは支度を済ませると、町とは反対の方角へ進み始めた。

「ルンは馬乗れるんだな」

 家の窓から顔を出すと、馬を操るルンの背中が見える。

「ええ、実家の移動手段は馬でしたからね。騎乗戦もできますよ」

 ガタゴト

 歩くよりも早いペースで進んでいく。
 馬を使うのは正解だったようだ。

「結構、骨に響くわね......」

「もっと布を敷き詰めましょう(笑)」

 後ろからエールとカンナの話し声が聞こえる。

 問題は山積みだ。でも進んでしまったのだから仕方がない。計画は崩れるし、トラブルは向こうから飛び込んでくる。

「上手くはいかないもんだな」

「ふふっ、先の決まりきった人生なんて面白くないじゃないですか(笑)」

「いや、面白さよりも身の安全が欲しい......」

 果たしてヤスたちはこのまま逃げ切る事はできるのか、そもそもどこへ向かっているのか、先の見えない旅が始まってしまった。


 旅編へ続く
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