魔法少女の異世界刀匠生活

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第二十一章

生きる意味-06

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 リンナは工房にて刀を打っていたが、数分前から餓鬼の虚力を感じて周りを警戒していた時に、その異変が起こった。

 強い縦揺れの地震と共に、何か破裂音のような、爆発音の様な音が響き渡ったのだ。


「な、なに……?」


 なんにせよ、大きな地震が発生した結果として工房内は危険と判断し、火所を消した後に外へと避難を行う。


「お師匠っ、大丈夫か?」


 そんなリンナの所へ微かに声を荒げながらも、すぐに駆け付けて来た人物はクアンタだ。リンナは「うん」と短く返答をした後、縦揺れの地震が既に収まり、遠くから再び爆発の様な大きな音が聞こえた事だけを認識する。


「サーニスさんはどこ? 結構地震大きかったけど」

「問題ありません。自分は外におりました」


 外で素振りでも行っていたのか、片手にリュウオウを握っていたサーニスが物陰から姿を現した。リンナはホッと息をついた後、何があったかを理解するために音のあった方向を見据えるが――しかしアルハット領方面という事位しか分からず、遠くから煙のようなものが上がっているように見えるだけだ。


「あれは、水蒸気だな。僅かに灰なども含まれているし、中には大きめの――火山灰も認識できる。先ほど聞こえた爆発音から、火山の噴火などがあったと考えるべきか」

「噴火?」

「私の脳内にある地図記録が確かならば、恐らくレアルタ皇国と隣接する属領・バルトー国との境にある、バリス火山であると思われるが、明確な事は公的な発表を待つ他ないだろう」


 サーニスとクアンタによる状況確認を行おうとする会話もそこそこに聞きつつ、リンナは自宅へと一度入り、家宅内の物などが散乱している様子を目の当たりにし、ため息をついた。


「……ねぇ、クアンタ、サーニスさん。変な事……言っていいかな?」

「どうかしたか、お師匠」

「何かさっきから……凄い変な気分なの……地面とか空から、餓鬼って奴の感覚があって……」


 地震が起こる数分前から、ずっと感じていた事を二者へ伝えると、二者はマジカリング・デバイスとゴルタナを用意し、周りを警戒するようにしたが、リンナは慌てて訂正をする。


「ちょ、違うの! その辺に隠れてるとか、そう言うんじゃなくて……その、多分、虚力の感覚だと思うんだけど……クアンタは感じない?」


 地面や空から、餓鬼の虚力を感じるというリンナの言葉に首を傾げながら、クアンタは目を閉じ、感覚を研ぎ澄ませる。

 そうしていると確かに、ほんの微かに虚力の感覚が伝わってくる。しかしクアンタの場合は虚力による気配は読み取れるが、虚力の持ち主までは把握できない。


「お師匠はどうして、こんな微量の虚力に気付ける……?」


 通常、クアンタやマリルリンデのようなフォーリナーは、生存のために必要な虚力には敏感だ。だが、そんなクアンタでも気付かない程に微量な虚力の感覚に、リンナは気付けたと言うのだ。


「んー、なんか肌がピリつくってカンジ? 今はだいぶマシになったんだけど、地震と爆発音がする数分から数秒前までなんかは、マジで身体がぞくぞくする感覚あったもん」


 だが、リンナは餓鬼という名前を出す時からずっと――僅かに表情を暗くさせている。

 恐らくはアメリアを置換能力によって消失させた、餓鬼の感覚を身に受けていたからであろう。


「……地震、落ち着いたよね。アタシ、刀の続きやってくる。早いところクアンタに、新しい刀を用意してあげないといけないし、金具屋にも急ぎの仕事で依頼する事になるもんね」

「待ってくれお師匠。火山性地震か否かの判断も、加えて今のが本震の前兆では無いと保証も出来ない。危険だ」

「んと……それも、多分大丈夫だと思う。あー、クアンタは部屋の片づけ、お願い。だいぶ散乱してるから、怪我とか気を付けなさいね」


 サーニスさんは自由にしててください、と苦笑しつつ、工房へと戻っていってしまうリンナを見届けたクアンタとサーニス。

 二者は顔を合わせながら、リンナの様子を鑑みる。


「……どう思う、クアンタ」

「正直、予想よりもアッサリとしている。……アメリアが餓鬼によって、殺されたのかもしれないと知った態度には見えない」


 サーニスからリンナへ、アメリアが餓鬼の置換能力によって消失し、行方が知れていない、生死は不明であるという事実を聞いた時。

 リンナは確かに驚きはしていたが――しかし何をどう言うべきか、悩むような言葉で、短くこう答えた。


『……そっ、か……そう、ですか』


 本当にそれだけだった。慌てて取り乱す事もせず、波だも流さずに落ち着きながら、お茶を一口すすって、ようやく深くため息をついたのだ。

 勿論二人も、リンナがアメリアの死を悲しんでいないと考えているわけではない。

 恐らく、実感が湧いていないのだ。

 リンナは昔、ガルラが何者かに殺されたと聞いた時も、実感が湧かなかったのだと言うし、そうした目の前ではない場所で人の生き死にがあった場合、それを真実であると実感する事に抵抗があるのだろうと考えられる。


「……もしかして、なのだが」


 色々と、リンナの反応について理屈めいた事を考えていた時、クアンタは少し考えすぎかと思いつつ、しかしサーニスへ思った事を口にした。


「お師匠は、アメリアは生きている……そして救出は可能であると考えているのではないだろうか」

「それは、確かに望ましい事だし、アメリア様の生死は確認できていないから、そう考えても不思議ではない。しかし現状、兵の作戦中行方不明と同様状況だぞ? この状況でそう考える事は希望的観測・楽観的だと言わざるを得ないが……」

「それを理解しているからこそ、言葉にはしないのだろう。……だが、元々お師匠は他人への共感という点においては敏感だ。そんな彼女が、親しい家族や友人の死亡を、深く気にしない筈もない」


 確かに――と、サーニスは考える。最近、リンナの直感力が養われているように思えたのだ。

 それもただの勘というだけではなく、突き詰めれば論理的説明も出来そうな程、彼女の肌は「本質を突き止めること」に対して鋭敏になっている気がする。

 例えば、クアンタの些細な感情表現。これは彼女と過ごしている時間故の部分も大きいだろうが――


「感情表現の読み取りは、恐らく虚力の性質……のようなものを感知しているのではないかと思う」

「虚力の性質?」

「虚力は感情を司るエネルギーだからこそ、感情表現の仕方で性質も異なってくる。フォーリナーや災いにとっては虚力が有るか無いか、ゼロか一か、大か小かでしかないが、お師匠はそうした性質などを読み取り、相手の感情を感知する事が出来るのではないだろうか、という仮説だ」


 そうした虚力に含まれている感情を読む能力に加え、先ほどほんのわずかでも含まれている餓鬼の虚力を感じ取った事を鑑みると、彼女は遠く離れた人物などの放つ、僅かな虚力からも感情を読み取れる可能性もある。


「刀匠・ガルラの死を事実として受け入れられなかったお師匠。そして事実、死は偽りだった」


 これも理屈をつけていけば、ガルラの持つ微量の虚力が世界に流れ続け、それがリンナの肌に届いていた、という事も考えられる。


「もしかしたらお師匠は餓鬼との戦闘を経て、奴の虚力に触れる事により、奴の能力がどういったものなのかを本能的に察して、無意識の内にアメリアを助ける方法があると考えたのかもしれない」

「だが、そんな方法が本当にあるのか?」

「恐らくお師匠も、その方法自体は思いついていないんだ。だから私やお前に対してアメリアの生存説を言えずにいる、という事だな。そして、もし救出方法があるとしたら――カルファスか、アルハットの二者ならば、何か思いつくのかもしれない」


 カルファスとアルハットの二者は元々餓鬼の置換能力に関して興味の対象としていた。更には今回アメリアが置換能力によって消された事も合わせて、二者が動かないとは考え辛い。

 リンナはもしかしたら、そこまでを思考して、しかしそう動くか分からないからこそ、言葉を濁して黙っていたのかもしれない。


「所でそのカルファスとアルハットはどうした? アルハットは先日、私とお前の果し合いに同席していた筈だが」

「その後の行方は知れていない。だがもし今話していた火山の噴火が事実ならば、バリス火山に一番隣接しているのはアルハット領だ。その後始末に動いている可能性もある。カルファス様の所へはイルメール様が向かった」


 もしかすればカルファスとアルハットは、既にアメリアの事を聞いて行動に出ている可能性もある。

 アメリアの不在という状況は大きく国を混乱させている。表面上は問題無くとも、少なくともシドニアへ与える影響は非常に大きい。


「これは、より短期決戦に向けて急がねばならないな」

「同感だ。シドニア様が役不足という事ではないが、流石にアメリア様の仕事とシドニア様の持つ元々の仕事、その上で災い対策をと、同時に動いていれば、確実にどこかでしわ寄せがくる」


 そうなると、よりリンナの気持ちを揺れ動かすような事は避けるべきだろう。今の彼女はガルラにも認められる刀を作り出す事に合わせ、剣技の訓練も受けさせなければならないのだ。


 ――だからだろうか。今まさに音も無く、工房とは逆方向にある蔵の方から、ワネットが静かに現れた。


「サーニス、クアンタ様、少し宜しかったでしょうか?」


 ワネットの登場に、クアンタとサーニスは驚きながら、しかしリンナに見つかることなく蔵の方へと向かい、彼女へと近付く。

 ワネットも、どこからどう説明すべきか悩むと言った表情で、しかし言わねばならぬと言葉を口にする。


「幾つか、報告があります。これはリンナ様にも共有をしておきたいのですが――先ほど発生した地震と爆発音は、バルトー国にあるバリス火山の大規模噴火が原因です。しかし、噴火による被害はアルハット様が、最小限に抑え込んだとの事です。……ただ」

「……もしや、その噴火は餓鬼が虚力を放出して引き起こした災厄、という事か?」


 歯切れが悪いワネットの言いたい事を先読みするように、クアンタが問いかける。


「その様です。アルハット様いわく、餓鬼は全ての虚力を用いて災厄を振りまいたわけではなく、またその後の行方に関しては知れていないそうです」


 それから、と口にしたワネットが――懐から、霊子端末を取り出した。霊子端末は、クアンタが見る限りはカルファスの物に見える。


「カルファス様が、コレをシドニア様に置いていきました。……シドニア様にはまだ報告しておりませんが、カルファス様はアメリア様の救出が出来るかも、と」


 やはり、とクアンタはサーニスへと視線をやる。彼も頷いて、先ほどクアンタとした会話の事を認めた。


「だが、どうやって?」

「それは、わたくしにもわかりません。何やら黒い門のようなものを無理矢理開き、異なる次元へと向かわれたようでしたが……」


 黒い門――クアンタには少し、見覚えがある。

 かつて地球でヤエ(B)に拘束された時や、このゴルサへと降り立った後、ヤエが地球へと帰還する際に用いていた手段だ。

 それとカルファスの用いた門というのが同一かは判別できないが、しかしそうであれば、彼女がアメリアを救出できる可能性はまだ残されている。


「なら、そちらはカルファスに任せよう。バリス火山の件に関しても、可能な限りアルハットに対処を任せるべきだ」


 何にせよ、最後の戦いは刻一刻と迫っている。

 そしてその戦いに挑む為に必要なピースも――続々と皆の手に握られ始めているのである。
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