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第二十二章
力の有無-11
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「さぁにす殿。この場で是非、貴殿と己の勝負に決着を付けようではないか」
「おや、わたくしは仲間外れ、という事でよろしかったでしょうか?」
「安心めされよ、剛女。貴殿の相手も己がする」
「なに?」
ワネットへ向けて放った、彼女の相手も斬鬼がするという言葉には、サーニスが表情をしかめる。
彼との交戦経験は幾度かあるが、基本的に戦力差はそう開いていない。
故にワネットと協力しての二対一という事ならば、確実にサーニスとワネットに分が出てしまう。それを分からぬ斬鬼では無いだろう、と言葉にしようとした所で。
斬鬼は、自分の胸に左手を当て――今、小さく呻き声を上げながら、自分の胸を引き裂く様に、左腕を広げる。
瞬間、彼の隣には、もう一人の斬鬼が立っていた。
「っ、分離――!?」
「いや、違う。コピーだ」
クアンタが視界情報から入る事実を述べると、二人の斬鬼も同時に『如何にも』と声を上げる。
「通常、災いの戦闘能力は貯蔵している虚力量に依存する場合が多い。しかし己は少々特別でな」
「固有能力は『あらゆる武装・兵装の模造能力』であり、それを扱う技能は求められても、武装・兵装をこぴぃする事以外に虚力を用いらん」
交互に語る斬鬼の言葉に、リンナは少しだけ気味の悪さを感じて後ずさるが、クアンタが彼女の肩を抱いた事で安心したように、顎を引いて斬鬼へと向き合った。
「故に貯蔵庫力量は、愚母殿の次に多い。そして『己自身を武装・兵装だ』と思い込む事により、こうして己をもう一人作り出す事も可能、というわけだ」
「一応、己をもう一つ顕現出来る代わり、消費虚力量が多い。結果として、このこぴぃを作り出す事で、残り虚力量が半分以下になってしまう。三体目以上をこぴぃする事は不可能、という意味であるな」
戦闘自体に虚力を用いない、つまり虚力量が戦いの結果を左右しない斬鬼であるからこそ出来る戦法であり、また二人以上のコピーを作り出せないという欠点はあるが……しかし二人までならば、戦闘面でのデメリットはほぼ無しで、二人を相手取る事が出来る、と彼は述べた。
「――良いだろう。自分とワネットが、お前を相手しよう」
「クアンタ様、リンナ様、我々はここで彼を足止めます。お二方は先にお進みくださいまし」
サーニスが打刀・リュウオウを、ワネットが腰に携えていた脇差【エンビ】を構えながら、二体の斬鬼へと立ち塞がる。
「大丈夫か、サーニス、ワネット」
「問題無い。……それに、リンナさんがガルラとの決着を付けたいと考える事と同じく、自分も斬鬼との決着を付けたい」
サーニスが懐から取り出すキューブ状の魔術外装・ゴルタナ。
そして彼と隣り合うワネットは、サーニスへ微笑みを溢しつつ、言葉を交わす。
「大丈夫かしらサーニス。貴方の腕前で彼を倒せるのかしら」
「姉さんこそ、鈍った体で奴と相対できるか?」
「わたくしを誰と思っているの? ――それにわたくしも、ただ丸腰で戦おうという訳じゃないわ」
ワネットが給仕服の袖から、隠していた物を取り出すようにして手で掴んだ物は、長方形型のデバイス。
それはマジカリング・デバイスを基にした、第四世代型ゴルタナであり、サーニスとワネットは同時に、起動コードを発音する。
「ゴルタナ、起動!」
「ゴルタナ、起動」
サーニスの全身に展開される、黒一色の外部装甲と、反して光を反射するように輝く白銀の外部装甲がワネットを包む。
全身を覆うサーニスの第三世代型とは異なり、ワネットの第四世代型は頭部だけはまとわれない。
ガシャリと重たい音を鳴らしながら、二体の斬鬼へと構える二者が、名乗りを上げた。
「自分はシドニア・ヴ・レ・レアルタ様の従者にして、イルメール・ヴ・ラ・レアルタ様の二番弟子、サーニス・ブリティッシュ」
「同じく、わたくしはシドニア・ヴ・レ・レアルタ様の従者兼警護を担当いたしております、ワネット・ブリティッシュ」
二人の名乗りを聞き、不敵な笑みを浮かべる斬鬼は、斬馬刀をそれぞれ手に掴み、切先を互いに相対する者へと突き付け――返すように名乗りを上げる。
「己は五災刃の一刃・斬鬼。強敵との果し合いを臨む者」
「さぁにす殿、わねっと殿、いざ尋常に――勝負ッ!!」
それぞれの名乗りを終えた瞬間――勝負は始まった。
振りこまれる斬馬刀の刃がサーニスとワネットの、それぞれ首元へと突き付けられるが、しかし両者はその動きを即座に見切り、軌道を変える事無く自分たちの身体を動かし、斬鬼達の腹部を蹴りつけ、クアンタとリンナを守る様に、距離を取らせる。
「行け、クアンタ、リンナさんっ!!」
「シドニア様を――そしてこの国の未来を、お願いいたしますっ!」
二人の言葉を受けたリンナとクアンタは、頷きながら四者から駆け出していき、ガルラがいると言う方面へと向かって遠ざかる。
しかし遠く離れるまでの間、剣劇の音は絶えず続けられたのである。
**
先んじてリュート山脈へと突入を行ったシドニアだったが、霊子転移先は彼の希望にカルファスが応じ、イルメールの発信機反応が途絶えた場所とイルメールの発信機反応が戻った場所の中間地点――その上空である。
これには理由が二つある。
一つは上空から現れる事でシドニアへ敵の注目を集める事だったが、しかしこれには大した意味など無い事を皆理解している。
そもそも五災刃に加え、ガルラやマリルリンデは、概ね敵の位置を察知できる機能を有していると考えられる。リンナのように虚力で感知しているのかは不明だが、シドニアがいきなり上空から現れた所で、大した意味は無いだろう。
もう一つは、上空からリュート山脈全体を把握できること。
「イルメール、見つけたッ」
上空で、随分と派手に豪鬼と争うイルメールの姿を見つけた。彼女は随分、豪鬼と楽しそうに果たし合っているからか、シドニアの姿を確認はしていなさそうだ。
そして、そこから一キロほど離れた位置に、小さな廃墟の様な場所を視認。そこ以外には大きく目立つ建造物等は無い為、恐らくそこが敵のアジトだと仮定し、空中で姿勢制御を行いながら、マナを肉体に投じる。
自分の肉体を操作し、落下スピードを緩やかに落としていく。木々に身体を落として身を一瞬だけ隠すも、地面へと降りた瞬間――殺気が彼を襲った。
振りこまれる二振りの刃を、着地して姿勢を整え切れていないシドニアが乱雑に振るった、打刀【フジ】と【ヒジリ】が弾き返す。
「――ヨォ、シドニア」
「マリルリンデーー貴様から来てくれて、個人的にもありがたいよ」
一瞬の間に数撃の刀と刀のぶつかり合いが行われた。
すると二者は互いに距離を取り、一度構えを解く。
「オメェもオレとの決着、つけテェと思ッてくれてたッてワケ」
「ああ。貴様はこの私が――否、僕が倒す」
懐から取り出す、金色のゴルタナ。それを天高く放り投げると共に、彼は力強く起動コードを叫ぶのである。
「ゴルタナ、起動ッ!!」
展開されるは、シドニア専用に設計が成されたゴルタナであり、全身ではなく両腕と両足に展開される外部装甲が、彼の端麗な顔立ちや身体を覆う事無く、今まとわれた。
「マリルリンデ。貴様の理想が何か、貴様の想いが何か、それを言葉で聞こうとは思わん。貴様との戦いの果てに、その答えは見えてくるだろう」
「オレの理想、オレの想い――ねェ。そンなの、オレが知りてェよ」
「……何?」
「オレの理想は――ルワンが幸せに暮らせる世界を作る事だッた。ルワンがいねェ今、理想なんざねェ。ただ、オレの怒りを世界にぶつける。その末に待つ世界が、進化に値する世界ッてダケの事だ」
ゴルタナを展開するシドニアとは異なり――マリルリンデは、悠々と彼へ右手の中指に装着した、一つの指輪を見せびらかせる。
その指輪を見据えて――シドニアは驚き「まさか」と声を上げる。
「その指輪は……母さんの」
「違ェよ。この指輪はガルラが設計し、オレが作り上げた姫巫女の戦闘補助システムだ。……ルワンが使ッてたのと、同一のモンではあるケドな」
既にゴルタナが展開されてしまい、見えなくなっているが、シドニアの両手中指にも装着されている指輪と同じ物を装着したマリルリンデは――眼前に右掌を広げ、ニヤリと笑いながら、声を上げた。
「――【変身】」
日本語で放たれた言葉と共に、マリルリンデが指輪を左掌へ押し付けた瞬間、彼を強い光が包み込んだ。
光の凝縮と共に変化していくマリルリンデの肉体。最後には強い暴風を巻き散らしてシドニアの視界を遮ったが――彼はそこでマリルリンデの姿を見て、息を呑んだ。
「マリルリンデ……貴様……ッ!!」
「悪ィなシドニア。オレの中で印象に残る姫巫女っつーのは、ルワンただ一人でね」
マリルリンデの声は、それまでの低くドスの利いた声ではなく、綺麗なハイトーンの声になっていた。
頭髪は銀と黒の入り混じった長髪となり、それを長丈でひとまとめにし、白衣と緋袴を着込んだ巫女と形容しても良い姿。
そして変化に合わせて彼の肉体も、男性のものではなく肉付きの良い健康的な女性としての肉体へと変化しており――
言ってしまえば、口調と髪色以外は、シドニアの母であるルワン・トレーシーの姿と、瓜二つの存在であった。
「その姿は何だ……貴様、母さんを侮辱するつもりか……ッ!!」
「そンなつもりはねェよ。むしろルワンのヤツを尊敬してるからこそ、この姿だ」
彼は――否、彼女は。
変身補助システムを転用した上でフォーリナーとしての身体を変質させ、姫巫女へと変身を果たした存在。
姫巫女・マリルリンデである。
**
クアンタと共に走るリンナ。
彼女はその時、不意に感じた力の流動に、思わず足を止めて――その上で言葉を発した。
「……母ちゃん……?」
何故そんな言葉が出たのか、何故そんな力の流動を感じ取ったか、それを理解できぬまま、クアンタに手を引かれる事で足を再度動かし、走り続けたが。
彼女は、一人の男と遭遇する。
鋭い眼力、携える刀、そして着込まれる小袖を翻しながら、男――ガルラは、リンナに向けて顔を上げた。
「――来たか、バカ娘」
「ああ――来たよ、親父」
リンナの瞳にも。
ガルラの瞳にも。
互いの瞳には、もう迷い等なかった。
「おや、わたくしは仲間外れ、という事でよろしかったでしょうか?」
「安心めされよ、剛女。貴殿の相手も己がする」
「なに?」
ワネットへ向けて放った、彼女の相手も斬鬼がするという言葉には、サーニスが表情をしかめる。
彼との交戦経験は幾度かあるが、基本的に戦力差はそう開いていない。
故にワネットと協力しての二対一という事ならば、確実にサーニスとワネットに分が出てしまう。それを分からぬ斬鬼では無いだろう、と言葉にしようとした所で。
斬鬼は、自分の胸に左手を当て――今、小さく呻き声を上げながら、自分の胸を引き裂く様に、左腕を広げる。
瞬間、彼の隣には、もう一人の斬鬼が立っていた。
「っ、分離――!?」
「いや、違う。コピーだ」
クアンタが視界情報から入る事実を述べると、二人の斬鬼も同時に『如何にも』と声を上げる。
「通常、災いの戦闘能力は貯蔵している虚力量に依存する場合が多い。しかし己は少々特別でな」
「固有能力は『あらゆる武装・兵装の模造能力』であり、それを扱う技能は求められても、武装・兵装をこぴぃする事以外に虚力を用いらん」
交互に語る斬鬼の言葉に、リンナは少しだけ気味の悪さを感じて後ずさるが、クアンタが彼女の肩を抱いた事で安心したように、顎を引いて斬鬼へと向き合った。
「故に貯蔵庫力量は、愚母殿の次に多い。そして『己自身を武装・兵装だ』と思い込む事により、こうして己をもう一人作り出す事も可能、というわけだ」
「一応、己をもう一つ顕現出来る代わり、消費虚力量が多い。結果として、このこぴぃを作り出す事で、残り虚力量が半分以下になってしまう。三体目以上をこぴぃする事は不可能、という意味であるな」
戦闘自体に虚力を用いない、つまり虚力量が戦いの結果を左右しない斬鬼であるからこそ出来る戦法であり、また二人以上のコピーを作り出せないという欠点はあるが……しかし二人までならば、戦闘面でのデメリットはほぼ無しで、二人を相手取る事が出来る、と彼は述べた。
「――良いだろう。自分とワネットが、お前を相手しよう」
「クアンタ様、リンナ様、我々はここで彼を足止めます。お二方は先にお進みくださいまし」
サーニスが打刀・リュウオウを、ワネットが腰に携えていた脇差【エンビ】を構えながら、二体の斬鬼へと立ち塞がる。
「大丈夫か、サーニス、ワネット」
「問題無い。……それに、リンナさんがガルラとの決着を付けたいと考える事と同じく、自分も斬鬼との決着を付けたい」
サーニスが懐から取り出すキューブ状の魔術外装・ゴルタナ。
そして彼と隣り合うワネットは、サーニスへ微笑みを溢しつつ、言葉を交わす。
「大丈夫かしらサーニス。貴方の腕前で彼を倒せるのかしら」
「姉さんこそ、鈍った体で奴と相対できるか?」
「わたくしを誰と思っているの? ――それにわたくしも、ただ丸腰で戦おうという訳じゃないわ」
ワネットが給仕服の袖から、隠していた物を取り出すようにして手で掴んだ物は、長方形型のデバイス。
それはマジカリング・デバイスを基にした、第四世代型ゴルタナであり、サーニスとワネットは同時に、起動コードを発音する。
「ゴルタナ、起動!」
「ゴルタナ、起動」
サーニスの全身に展開される、黒一色の外部装甲と、反して光を反射するように輝く白銀の外部装甲がワネットを包む。
全身を覆うサーニスの第三世代型とは異なり、ワネットの第四世代型は頭部だけはまとわれない。
ガシャリと重たい音を鳴らしながら、二体の斬鬼へと構える二者が、名乗りを上げた。
「自分はシドニア・ヴ・レ・レアルタ様の従者にして、イルメール・ヴ・ラ・レアルタ様の二番弟子、サーニス・ブリティッシュ」
「同じく、わたくしはシドニア・ヴ・レ・レアルタ様の従者兼警護を担当いたしております、ワネット・ブリティッシュ」
二人の名乗りを聞き、不敵な笑みを浮かべる斬鬼は、斬馬刀をそれぞれ手に掴み、切先を互いに相対する者へと突き付け――返すように名乗りを上げる。
「己は五災刃の一刃・斬鬼。強敵との果し合いを臨む者」
「さぁにす殿、わねっと殿、いざ尋常に――勝負ッ!!」
それぞれの名乗りを終えた瞬間――勝負は始まった。
振りこまれる斬馬刀の刃がサーニスとワネットの、それぞれ首元へと突き付けられるが、しかし両者はその動きを即座に見切り、軌道を変える事無く自分たちの身体を動かし、斬鬼達の腹部を蹴りつけ、クアンタとリンナを守る様に、距離を取らせる。
「行け、クアンタ、リンナさんっ!!」
「シドニア様を――そしてこの国の未来を、お願いいたしますっ!」
二人の言葉を受けたリンナとクアンタは、頷きながら四者から駆け出していき、ガルラがいると言う方面へと向かって遠ざかる。
しかし遠く離れるまでの間、剣劇の音は絶えず続けられたのである。
**
先んじてリュート山脈へと突入を行ったシドニアだったが、霊子転移先は彼の希望にカルファスが応じ、イルメールの発信機反応が途絶えた場所とイルメールの発信機反応が戻った場所の中間地点――その上空である。
これには理由が二つある。
一つは上空から現れる事でシドニアへ敵の注目を集める事だったが、しかしこれには大した意味など無い事を皆理解している。
そもそも五災刃に加え、ガルラやマリルリンデは、概ね敵の位置を察知できる機能を有していると考えられる。リンナのように虚力で感知しているのかは不明だが、シドニアがいきなり上空から現れた所で、大した意味は無いだろう。
もう一つは、上空からリュート山脈全体を把握できること。
「イルメール、見つけたッ」
上空で、随分と派手に豪鬼と争うイルメールの姿を見つけた。彼女は随分、豪鬼と楽しそうに果たし合っているからか、シドニアの姿を確認はしていなさそうだ。
そして、そこから一キロほど離れた位置に、小さな廃墟の様な場所を視認。そこ以外には大きく目立つ建造物等は無い為、恐らくそこが敵のアジトだと仮定し、空中で姿勢制御を行いながら、マナを肉体に投じる。
自分の肉体を操作し、落下スピードを緩やかに落としていく。木々に身体を落として身を一瞬だけ隠すも、地面へと降りた瞬間――殺気が彼を襲った。
振りこまれる二振りの刃を、着地して姿勢を整え切れていないシドニアが乱雑に振るった、打刀【フジ】と【ヒジリ】が弾き返す。
「――ヨォ、シドニア」
「マリルリンデーー貴様から来てくれて、個人的にもありがたいよ」
一瞬の間に数撃の刀と刀のぶつかり合いが行われた。
すると二者は互いに距離を取り、一度構えを解く。
「オメェもオレとの決着、つけテェと思ッてくれてたッてワケ」
「ああ。貴様はこの私が――否、僕が倒す」
懐から取り出す、金色のゴルタナ。それを天高く放り投げると共に、彼は力強く起動コードを叫ぶのである。
「ゴルタナ、起動ッ!!」
展開されるは、シドニア専用に設計が成されたゴルタナであり、全身ではなく両腕と両足に展開される外部装甲が、彼の端麗な顔立ちや身体を覆う事無く、今まとわれた。
「マリルリンデ。貴様の理想が何か、貴様の想いが何か、それを言葉で聞こうとは思わん。貴様との戦いの果てに、その答えは見えてくるだろう」
「オレの理想、オレの想い――ねェ。そンなの、オレが知りてェよ」
「……何?」
「オレの理想は――ルワンが幸せに暮らせる世界を作る事だッた。ルワンがいねェ今、理想なんざねェ。ただ、オレの怒りを世界にぶつける。その末に待つ世界が、進化に値する世界ッてダケの事だ」
ゴルタナを展開するシドニアとは異なり――マリルリンデは、悠々と彼へ右手の中指に装着した、一つの指輪を見せびらかせる。
その指輪を見据えて――シドニアは驚き「まさか」と声を上げる。
「その指輪は……母さんの」
「違ェよ。この指輪はガルラが設計し、オレが作り上げた姫巫女の戦闘補助システムだ。……ルワンが使ッてたのと、同一のモンではあるケドな」
既にゴルタナが展開されてしまい、見えなくなっているが、シドニアの両手中指にも装着されている指輪と同じ物を装着したマリルリンデは――眼前に右掌を広げ、ニヤリと笑いながら、声を上げた。
「――【変身】」
日本語で放たれた言葉と共に、マリルリンデが指輪を左掌へ押し付けた瞬間、彼を強い光が包み込んだ。
光の凝縮と共に変化していくマリルリンデの肉体。最後には強い暴風を巻き散らしてシドニアの視界を遮ったが――彼はそこでマリルリンデの姿を見て、息を呑んだ。
「マリルリンデ……貴様……ッ!!」
「悪ィなシドニア。オレの中で印象に残る姫巫女っつーのは、ルワンただ一人でね」
マリルリンデの声は、それまでの低くドスの利いた声ではなく、綺麗なハイトーンの声になっていた。
頭髪は銀と黒の入り混じった長髪となり、それを長丈でひとまとめにし、白衣と緋袴を着込んだ巫女と形容しても良い姿。
そして変化に合わせて彼の肉体も、男性のものではなく肉付きの良い健康的な女性としての肉体へと変化しており――
言ってしまえば、口調と髪色以外は、シドニアの母であるルワン・トレーシーの姿と、瓜二つの存在であった。
「その姿は何だ……貴様、母さんを侮辱するつもりか……ッ!!」
「そンなつもりはねェよ。むしろルワンのヤツを尊敬してるからこそ、この姿だ」
彼は――否、彼女は。
変身補助システムを転用した上でフォーリナーとしての身体を変質させ、姫巫女へと変身を果たした存在。
姫巫女・マリルリンデである。
**
クアンタと共に走るリンナ。
彼女はその時、不意に感じた力の流動に、思わず足を止めて――その上で言葉を発した。
「……母ちゃん……?」
何故そんな言葉が出たのか、何故そんな力の流動を感じ取ったか、それを理解できぬまま、クアンタに手を引かれる事で足を再度動かし、走り続けたが。
彼女は、一人の男と遭遇する。
鋭い眼力、携える刀、そして着込まれる小袖を翻しながら、男――ガルラは、リンナに向けて顔を上げた。
「――来たか、バカ娘」
「ああ――来たよ、親父」
リンナの瞳にも。
ガルラの瞳にも。
互いの瞳には、もう迷い等なかった。
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