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第二十四章
愛-08
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アジトの壁を走る様にして、クアンタが打刀【リュウセイ】を構え、愚母へと突撃を開始した。
壁を蹴り、彼女へ接近し、彼女へ斬り付けようとするも、しかしその眼前で刃は漆黒に塗り固められた布とも言うべき【浸蝕布】によって防がれる。
前回、愚母と相対した時、クアンタはエクステンデッド・ブーストによる拡張機能を用いて虚力を増幅させ、かつリンナの刀であるキソを用いて、彼女を撃退するにまで至った。
だが、今の彼女を守る浸蝕布は、以前よりも圧倒的に早く、そして硬い。
リンナの虚力が込められた刃であっても、浸蝕布を完全に消滅させる事が出来ないでいる。
弾かれ、背後から迫る浸蝕布。
クアンタは虚力を放出して浸蝕布の進行を一瞬だけ遅めると、その隙を抜けるようにして一時撤退、地面を滑るようにして、愚母から遠ざかった。
「以前よりも虚力量が増しているのか?」
「いいえ。わたくしの虚力量は変化しておりません。このアジトは一見何の変哲もない住処に見えるでしょうが――この地にはわたくしの虚力を埋め込んであります」
そう聞いて、クアンタは接地している両足から、虚力認識を開始。
――地底の一部と愚母の身体から伸びる浸蝕布が繋がり、その奥に膨大な虚力が残されている。
「母体が何故、母体と呼ばれるかをご存じ?」
「名有りや名無しの集めた虚力をひとまとめにしておく個体、とは聞いているが」
「ええ。その溜め込んだ虚力を用いて災厄を振りまく事も、名無しの我が子を生み出す事も、虚力消費量は大きいですが名有りの我が子を生み出す事も可能よ。だからこそ【母】なの」
そしてその虚力を溜め込むのは、母体である愚母の本体にではなく、巣であるこの場所――それもさらに地底に作り上げた保存庫のような空間に、だ。
愚母は浸蝕布と保存庫とが直結している。だが前回の重犯罪者収容施設での時には、保存庫との繋がりを一時的に切って現れた為、彼女は自前の虚力しか用いなかったという事だ。
――そして、クアンタ達は自前の虚力しか用いる事の出来ない愚母を、倒しきる事が出来なかったのだ。
「本来は貯蔵している虚力に手を付けたくないのだけれど、わたくしを倒し得る貴女は危険よ。例え人類殲滅が何年遅れようが、徹底的に潰さなければね」
「なるほど。私のコレが、貴様を殺し得る可能性を鑑みたからこそ、私を仲間に引き入れたかった、という事か」
エクステンデッド・ブーストを持ち上げて示す。確かに前回の戦いでは、このエクステンデッド・ブーストによって戦局が変わった。故にそれを警戒しての事か、とクアンタは想像したが。
「いいえ。無駄な虚力消費は避けたかったからと、本当に貴女の事を気に入っているからよ」
その交渉も決裂に終わったのだ。ならば手心を加える必要も無いと、愚母は腕を振り上げる。
振り上げた腕に連動するように、彼女の背後から伸びる無数の浸蝕布。
舌打ちをしながら虚力を全身から放出した後、動きを止めた浸蝕布一本一本に、リンナの虚力だけではなく、自前の虚力も含めて斬り付けることで、ようやく切り落とす事に成功。
しかし、これではクアンタの貯蔵虚力量では、やがて枯渇してしまう。
「諦めなさい。貴女はわたくしの誘いを断った時から、わたくしに敗北する未来しかあり得ないのです」
五つほどの浸蝕布が重なり合い、先端を鋭く尖らせる。
速く伸びた浸食布の槍。そのスピードにクアンタの思考は追いついても、身体はついてこなかった。
左腕を切り裂かれ、地へと転がる脇差【ホウキボシ】、痛みを感じながらも、慌てずに自身の左腕を拾い上げ、接続部を繋ぎ合わせる事で、再生。
だが――ここでクアンタは失敗した。接続するべきでは、再生の為に虚力を使うべきではなかったのだ。
「愚かね」
パチンと、愚母が指を鳴らした瞬間、接続したばかりの切断面が黒く変色を開始。
クアンタはゾワリとした感覚に抗えず、接続した部分よりももっと深い部分を、リンナの刀ではなく手刀で切り、離した。
すると左腕がもう一度落ちたが――先ほどとは違い、腐り落ちるようにして、クアンタの左腕はジュウ……、と音を立てて消失していく。
「これが……イルメールの身体に起こっていた壊死能力か」
「ええ。人間の場合は進行具合が遅々となりますが、貴女は全身を虚力で形作った流体金属生命体。つまり、浸透力は人間の数十倍よ。……まぁ、それでもイルメールちゃんが何日も耐えていたのは本当に意味が分からないのだけれど」
愚母の持つ浸蝕能力は、その浸蝕布による鋭い切れ味だけが取り柄ではない。切り裂いた敵の体細胞等に浸蝕する事によって、細胞壊死を引き起こすものだ。
クアンタの場合であれば人間に対してのものとは異なり、彼女の虚力が体内に浸蝕し、クアンタの虚力を次々に愚母の虚力が拡散させていく事になる。
イルメールがこの細胞壊死に耐えられた理由は、彼女が人間であったために壊死の進行スピードが遅くなっていた事に合わせ……彼女が能天気であるが故、無意識に精神的な高揚効果を生み出し、壊死の進行スピードを更に遅めていた事が要因である。
(……どうするか)
本来彼女は、自身の肉体を再生する場合、切り離された腕をそのまま再接続する理由などない。別の質量分、どこかから腕に質量を回せばよいだけだ。
だが問題はその質量をどこから回してくるかという事に加え、再生に用いる虚力量だ。
切り裂かれた腕を再接続する程度ならそう多く虚力量が必要ではないが、しかし質量を転移する場合はそれなりの虚力量を消費する。
愚母との戦いでは虚力量が鍵となる。故に無駄遣いは避けたい。
だが肉体の一部を無くすと言う事は、行動できる四肢の一つが無いという事になる。左腕を使えないというデメリットも、目を瞑り難い。
「冷静ね、クアンタちゃん。状況は絶望的なのに、左腕の再生をどうするか悩むなんて」
思考を読むかのように、クアンタの周囲を取り囲む浸蝕布。
すぐに襲い掛かる事は無い。先ほどのように収束されたものでなければ、クアンタは周囲へ虚力を展開し、布の動きを一瞬だけだが止める事が出来る。その隙に逃げてしまう彼女がどう動くかで、愚母も展開を変えねばならぬから、無闇に襲い掛かる事はしない。
――そもそも有利な状況を作り出しているのは愚母だ。愚母の持つ能力か、その貯蔵された虚力をどうにかしなければ、クアンタに勝利する方法はないのだ。
つまり愚母は、慌てる必要などない。クアンタがどう動くか分からないのであれば、静観も正しい一手なのだ。
愚母はそれだけ、状況を読む力もある。
――だからこそ、解せない。
「貴様は、随分と慎重なんだな」
「……ええ。貴女と一緒よクアンタちゃん。わたくしは本来、臆病者なのよ」
「以前、収容施設で会った時は、激昂に抗えないタイプかと思ったがな」
「貴女達の戦力は正確に把握していたわ。だからあの時は巣でなくても貴女達を殲滅可能と判断したのよ。……まぁ、予想外な事が起きすぎて、すぐに撤退する事になったけれど」
予想外が起きすぎた、というのは、恐らく愚母との口付けにより、クアンタが虚力を奪った事と、加えてエクステンデッド・ブーストを手にした事で、クアンタが戦力を増した事だろう。
そして確かに、クアンタがエクステンデッド・フォームへと変身し、愚母を圧倒した事で、彼女はすぐに撤退を図った。
――瞬時に状況を読み、撤退に運ぶ判断能力は、確かに臆病であるが故のものなのかもしれない。
「それだけ慎重で、冷静に物事を見れる筈のお前が、どうして人類殲滅等と言う意味の無い事に拘る?」
ピクリと、愚母のこめかみが僅かに動いた事を、クアンタは見逃さない。
「人間から虚力を全て奪う為、という事ならば話は分からないでもない。だが貴様は虚力だけで飽き足らず、その生命まで絶とうとしている。それは意味の無い行為だろう。冷静に思考を働かせれば、そうであると理解できるはずだ」
「いいえ、理解できていないのは貴女よ。……人類がどれだけ愚かなのか、それを知らないだけなの」
愚母の表情が、文字通り【歪】んだ。
グニャリと顔の形を変え、クアンタを心底憎むかのように睨みつけると、その浸蝕布がむやみやたらと襲い掛かってくる。
全てを避ける事は出来ないが、動きが慢性的になるのはクアンタとしても理想的な状況だ。
全身より放出した虚力で一時的に動きを止めると同時に、数本の浸蝕布が収束する様子が見受けられた場合は、事前に回避ルートを頭に入れ込み、その内の一つへ避ける。
結果として、今は左腕の再生はしない。その分の虚力を無駄に出来ないと言う判断であり――そして、失った虚力の補給方法は思いついた。
錬成開始、自身の身体、主に大きく強調する胸部を刃状に形成し、計三十本分の刃を生み出した。
刃を束ね、襲い掛かる浸蝕布の壁代わりに展開する事で時間を稼いでいる間に、落ちているホウキボシを手に取り――
「お師匠……すまない」
苦い表情を浮かべながら、その刃に噛みついた。
バキ、ボリと音を立てて捕食されるホウキボシ。質量分、虚力消費は僅かに多くなるが、しかしホウキボシ内部に込められていたリンナの虚力が、体内に。
ホウキボシに含まれていた虚力は、以前捕食した刀のなり損ないよりも圧倒的に多い。三十本分の刃を形成しても十分すぎる程の虚力は補給できた。
同時にクアンタは左腕を再生開始。ホウキボシの質量自体は大した事ないが、しかし全体的な肉付きを一割も減らせば、左腕分の質量にはなる。
「愚母!」
左腕を形成し続けている間、刃の壁に隠れながら、クアンタは声を上げる。
「質問に答えていないぞ! 何故お前はそこまで人類を殲滅する事に拘る!?」
彼女の弱点は――その異常なまでに固執した、人類への憎しみだ。
現に彼女は自分の優位性を忘れ、クアンタを殺す事に躍起となり、隙を作ってしまった。
「だから言ったでしょう!? 人間の愚かさ故にだと!」
「答えになっていないな! 人間が愚かならば、放っておけばいい!」
壁を蹴り、彼女へ接近し、彼女へ斬り付けようとするも、しかしその眼前で刃は漆黒に塗り固められた布とも言うべき【浸蝕布】によって防がれる。
前回、愚母と相対した時、クアンタはエクステンデッド・ブーストによる拡張機能を用いて虚力を増幅させ、かつリンナの刀であるキソを用いて、彼女を撃退するにまで至った。
だが、今の彼女を守る浸蝕布は、以前よりも圧倒的に早く、そして硬い。
リンナの虚力が込められた刃であっても、浸蝕布を完全に消滅させる事が出来ないでいる。
弾かれ、背後から迫る浸蝕布。
クアンタは虚力を放出して浸蝕布の進行を一瞬だけ遅めると、その隙を抜けるようにして一時撤退、地面を滑るようにして、愚母から遠ざかった。
「以前よりも虚力量が増しているのか?」
「いいえ。わたくしの虚力量は変化しておりません。このアジトは一見何の変哲もない住処に見えるでしょうが――この地にはわたくしの虚力を埋め込んであります」
そう聞いて、クアンタは接地している両足から、虚力認識を開始。
――地底の一部と愚母の身体から伸びる浸蝕布が繋がり、その奥に膨大な虚力が残されている。
「母体が何故、母体と呼ばれるかをご存じ?」
「名有りや名無しの集めた虚力をひとまとめにしておく個体、とは聞いているが」
「ええ。その溜め込んだ虚力を用いて災厄を振りまく事も、名無しの我が子を生み出す事も、虚力消費量は大きいですが名有りの我が子を生み出す事も可能よ。だからこそ【母】なの」
そしてその虚力を溜め込むのは、母体である愚母の本体にではなく、巣であるこの場所――それもさらに地底に作り上げた保存庫のような空間に、だ。
愚母は浸蝕布と保存庫とが直結している。だが前回の重犯罪者収容施設での時には、保存庫との繋がりを一時的に切って現れた為、彼女は自前の虚力しか用いなかったという事だ。
――そして、クアンタ達は自前の虚力しか用いる事の出来ない愚母を、倒しきる事が出来なかったのだ。
「本来は貯蔵している虚力に手を付けたくないのだけれど、わたくしを倒し得る貴女は危険よ。例え人類殲滅が何年遅れようが、徹底的に潰さなければね」
「なるほど。私のコレが、貴様を殺し得る可能性を鑑みたからこそ、私を仲間に引き入れたかった、という事か」
エクステンデッド・ブーストを持ち上げて示す。確かに前回の戦いでは、このエクステンデッド・ブーストによって戦局が変わった。故にそれを警戒しての事か、とクアンタは想像したが。
「いいえ。無駄な虚力消費は避けたかったからと、本当に貴女の事を気に入っているからよ」
その交渉も決裂に終わったのだ。ならば手心を加える必要も無いと、愚母は腕を振り上げる。
振り上げた腕に連動するように、彼女の背後から伸びる無数の浸蝕布。
舌打ちをしながら虚力を全身から放出した後、動きを止めた浸蝕布一本一本に、リンナの虚力だけではなく、自前の虚力も含めて斬り付けることで、ようやく切り落とす事に成功。
しかし、これではクアンタの貯蔵虚力量では、やがて枯渇してしまう。
「諦めなさい。貴女はわたくしの誘いを断った時から、わたくしに敗北する未来しかあり得ないのです」
五つほどの浸蝕布が重なり合い、先端を鋭く尖らせる。
速く伸びた浸食布の槍。そのスピードにクアンタの思考は追いついても、身体はついてこなかった。
左腕を切り裂かれ、地へと転がる脇差【ホウキボシ】、痛みを感じながらも、慌てずに自身の左腕を拾い上げ、接続部を繋ぎ合わせる事で、再生。
だが――ここでクアンタは失敗した。接続するべきでは、再生の為に虚力を使うべきではなかったのだ。
「愚かね」
パチンと、愚母が指を鳴らした瞬間、接続したばかりの切断面が黒く変色を開始。
クアンタはゾワリとした感覚に抗えず、接続した部分よりももっと深い部分を、リンナの刀ではなく手刀で切り、離した。
すると左腕がもう一度落ちたが――先ほどとは違い、腐り落ちるようにして、クアンタの左腕はジュウ……、と音を立てて消失していく。
「これが……イルメールの身体に起こっていた壊死能力か」
「ええ。人間の場合は進行具合が遅々となりますが、貴女は全身を虚力で形作った流体金属生命体。つまり、浸透力は人間の数十倍よ。……まぁ、それでもイルメールちゃんが何日も耐えていたのは本当に意味が分からないのだけれど」
愚母の持つ浸蝕能力は、その浸蝕布による鋭い切れ味だけが取り柄ではない。切り裂いた敵の体細胞等に浸蝕する事によって、細胞壊死を引き起こすものだ。
クアンタの場合であれば人間に対してのものとは異なり、彼女の虚力が体内に浸蝕し、クアンタの虚力を次々に愚母の虚力が拡散させていく事になる。
イルメールがこの細胞壊死に耐えられた理由は、彼女が人間であったために壊死の進行スピードが遅くなっていた事に合わせ……彼女が能天気であるが故、無意識に精神的な高揚効果を生み出し、壊死の進行スピードを更に遅めていた事が要因である。
(……どうするか)
本来彼女は、自身の肉体を再生する場合、切り離された腕をそのまま再接続する理由などない。別の質量分、どこかから腕に質量を回せばよいだけだ。
だが問題はその質量をどこから回してくるかという事に加え、再生に用いる虚力量だ。
切り裂かれた腕を再接続する程度ならそう多く虚力量が必要ではないが、しかし質量を転移する場合はそれなりの虚力量を消費する。
愚母との戦いでは虚力量が鍵となる。故に無駄遣いは避けたい。
だが肉体の一部を無くすと言う事は、行動できる四肢の一つが無いという事になる。左腕を使えないというデメリットも、目を瞑り難い。
「冷静ね、クアンタちゃん。状況は絶望的なのに、左腕の再生をどうするか悩むなんて」
思考を読むかのように、クアンタの周囲を取り囲む浸蝕布。
すぐに襲い掛かる事は無い。先ほどのように収束されたものでなければ、クアンタは周囲へ虚力を展開し、布の動きを一瞬だけだが止める事が出来る。その隙に逃げてしまう彼女がどう動くかで、愚母も展開を変えねばならぬから、無闇に襲い掛かる事はしない。
――そもそも有利な状況を作り出しているのは愚母だ。愚母の持つ能力か、その貯蔵された虚力をどうにかしなければ、クアンタに勝利する方法はないのだ。
つまり愚母は、慌てる必要などない。クアンタがどう動くか分からないのであれば、静観も正しい一手なのだ。
愚母はそれだけ、状況を読む力もある。
――だからこそ、解せない。
「貴様は、随分と慎重なんだな」
「……ええ。貴女と一緒よクアンタちゃん。わたくしは本来、臆病者なのよ」
「以前、収容施設で会った時は、激昂に抗えないタイプかと思ったがな」
「貴女達の戦力は正確に把握していたわ。だからあの時は巣でなくても貴女達を殲滅可能と判断したのよ。……まぁ、予想外な事が起きすぎて、すぐに撤退する事になったけれど」
予想外が起きすぎた、というのは、恐らく愚母との口付けにより、クアンタが虚力を奪った事と、加えてエクステンデッド・ブーストを手にした事で、クアンタが戦力を増した事だろう。
そして確かに、クアンタがエクステンデッド・フォームへと変身し、愚母を圧倒した事で、彼女はすぐに撤退を図った。
――瞬時に状況を読み、撤退に運ぶ判断能力は、確かに臆病であるが故のものなのかもしれない。
「それだけ慎重で、冷静に物事を見れる筈のお前が、どうして人類殲滅等と言う意味の無い事に拘る?」
ピクリと、愚母のこめかみが僅かに動いた事を、クアンタは見逃さない。
「人間から虚力を全て奪う為、という事ならば話は分からないでもない。だが貴様は虚力だけで飽き足らず、その生命まで絶とうとしている。それは意味の無い行為だろう。冷静に思考を働かせれば、そうであると理解できるはずだ」
「いいえ、理解できていないのは貴女よ。……人類がどれだけ愚かなのか、それを知らないだけなの」
愚母の表情が、文字通り【歪】んだ。
グニャリと顔の形を変え、クアンタを心底憎むかのように睨みつけると、その浸蝕布がむやみやたらと襲い掛かってくる。
全てを避ける事は出来ないが、動きが慢性的になるのはクアンタとしても理想的な状況だ。
全身より放出した虚力で一時的に動きを止めると同時に、数本の浸蝕布が収束する様子が見受けられた場合は、事前に回避ルートを頭に入れ込み、その内の一つへ避ける。
結果として、今は左腕の再生はしない。その分の虚力を無駄に出来ないと言う判断であり――そして、失った虚力の補給方法は思いついた。
錬成開始、自身の身体、主に大きく強調する胸部を刃状に形成し、計三十本分の刃を生み出した。
刃を束ね、襲い掛かる浸蝕布の壁代わりに展開する事で時間を稼いでいる間に、落ちているホウキボシを手に取り――
「お師匠……すまない」
苦い表情を浮かべながら、その刃に噛みついた。
バキ、ボリと音を立てて捕食されるホウキボシ。質量分、虚力消費は僅かに多くなるが、しかしホウキボシ内部に込められていたリンナの虚力が、体内に。
ホウキボシに含まれていた虚力は、以前捕食した刀のなり損ないよりも圧倒的に多い。三十本分の刃を形成しても十分すぎる程の虚力は補給できた。
同時にクアンタは左腕を再生開始。ホウキボシの質量自体は大した事ないが、しかし全体的な肉付きを一割も減らせば、左腕分の質量にはなる。
「愚母!」
左腕を形成し続けている間、刃の壁に隠れながら、クアンタは声を上げる。
「質問に答えていないぞ! 何故お前はそこまで人類を殲滅する事に拘る!?」
彼女の弱点は――その異常なまでに固執した、人類への憎しみだ。
現に彼女は自分の優位性を忘れ、クアンタを殺す事に躍起となり、隙を作ってしまった。
「だから言ったでしょう!? 人間の愚かさ故にだと!」
「答えになっていないな! 人間が愚かならば、放っておけばいい!」
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