マイニング・ソルジャー

立花 Yuu

文字の大きさ
45 / 48
section5

No.043

しおりを挟む
 全ては嘘でしたと、天に言われたような気分だった。
 いつもの待ち合わせ場所で、「また遅刻か」と呆れていたレインツリーを思い出した。
じわっと目頭が熱くなった時、下唇を痛いぐらいに噛んだ。

「――何が、また会えるって、だ。へらへら笑いやがって、ムカつく、――すっげぇムカつく」

 噛んだ下唇が熱い。頭も熱いし、体も熱い。部屋が暑いのか?
 残暑が厳しいので、部屋に冷房を効かせながら、扇風機を回している。
それともソラが膝の上にいるから熱いのか。
 色々と考えを巡らせたが、目頭が冷める気配はなく、バーチャライザー越しに、お湯みたいな涙が頬に零れた。
 レモンとシャークは、残された広場で呆然と立ち尽くしていた。

「レインツリーは結局、何がしたかったの? 自爆したエイリアンは、またエイリアンに戻るし、ギャシュリーが暴走して、今頃、向こう側では大パニックだろうし」

 レモンはうずくま蹲る工藤直也に歩み寄りながら、す拗ねたような声で呟いた。自分たちは、これから先どうすればいいのかと、途方に暮れるように。
泣いているとバレないように、鼻は啜らずに、ティッシュで静かに拭き取った。

「俺、現実世界のレインツリーを探してくる」
「でも、居場所は? 住所が分かっても、自宅でユグドにログインしていたとは限らないでしょ」

 確かに、自宅の住所も分からない。今ここで調べられるはずもない。その時、工藤直也と目が合った。

「そっか! 工藤、お前の権限で、レインツリーの住所か、今さっきまでアクセスしていた場所を特定できないか?」

 しゃがんでいた工藤は、険しい顔でどこを見つめているのか分からないが、しばらく沈黙してから答えた。

「やってみます。レインツリーのアカウントは消えても、ログが残っているはずですから。そこから辿ってみます」

 宙に置いた手を、もの凄い速さで動かした。ディズプレイに映るキーボードを叩いているんだろう。シャークとレモンが工藤直也の作業に見入っていた。

「すっげぇ――、本当に天才なんだな。実は、ただのガキなんじゃないかと、疑ってたけど」
「それは、あるかも」と珍しくレモンが同意した。
「分かりました。今、住所をヴェインのアカウントに送りました」

 予告通り、住所がヴェインのディスプレイに映った。
 映ったと同時に、無理だと思った。

「今から東京は、無理だ。陸続きならともかく」
「ヴェインって、東京に住んでないのか? 俺も地方だけどさ。どこにいるんだよ」

 何故か楽しそうに、シャークはヴェインの肩に腕を乗せてきた。

「沖縄だよ。船も飛行機も、こんな時間じゃあ、動いてないだろ」
「マジかよ。沖縄かぁ。修学旅行に行ったっきりだな」
「そっか――って今は、お前の話なんて、どうでもいいんだよ!」

 シャークの腕を乱暴に払いどけると、「ひでぇ」とまたしょげ悄気た。
 本当に悄気る行為が好きな奴だ。

「もう夜中の一時だよ。公共交通機関は動いてないし、どうするの」

 ふざけるシャークに対して、レモンは真剣に悩んでくれている。

「とりあえず、始発で行く」
「俺たち、これでもう解散なのか?」

 唐突な科白を吐いたシャークが泣きそうな顔をして、ぐいぐい近づいて来た。

「どうして、そうなるんだよ」とヴェインはシャークを押し戻した。
「すぐに戻ってくる。ひとまずは、皆ログアウトだ。レモンは学校に行けよ。ちゃんと受験勉強しろ」
「あんたに言われなくても、成績は優秀ですよ」

 ムッとレモンは頬を膨らませた。

「ほんじゃあ、待ち合わせ時間は、またメッセージ入れてくれよ。絶対だからな。待ってるからな」

 シャークはおおあくび大欠伸しながら、ログアウトした。泣きそうな顔をしておいて、あっさり帰りやがった。

「本当に勝手ね。でもまぁ、工藤さんの自首を見届けることもできないし、実際、もう私たちにできることはないのよね」

 レモンは、肩で息を吐くと、「ねえねえ」と工藤に声を掛けた。
まだ宙で手を動かしていた工藤は、ひどく不安そうな顔をしていた。

「何をまだ調べているの?」
「翔が無事なのか、調べてるんだけど、情報がまだ流れてないんだ。でも、大勢が同時に倒れたら、何か騒ぎがあってもいいはずなんだ」
「それもそうだけど、まだ夜中だし。友達が心配なのは分かるけど――」

 レモンが困った顔をヴェインに向けた。

「気持ちは分かるが、情報を上がってくるのを待つしかない。あるいはログアウトして、諏訪翔に会いに行くしかない」
「そうですね。そうします」

 工藤は手を止めて立ち上がった。

「そうします、もいいけど、絶対に自首しなさいよ、絶対だからね!」

 レモンを見上げる工藤は「はい」と強く返事をした。
 初めて見た時のか弱い少年ではなく、腹を括った工藤直也がしゃんと二本足で立っていた。
 今更、工藤と諏訪を責められない。後は、二人を信じるしかない。友人のように背中を押してはやれないが、送り出すことはできる。

「色々とありがとうございました。僕が警察で何もかもお話します」

 工藤と諏訪は罪に問われるだろう。だがレインツリーとギャシュリーの行為は、どうなるのだろうか。エイリアンを自爆させたからと言って、【取引データ】処理がされないわけではない、ギャシュリーの策略によってログアウトさせられたマイナーが、本当に植物状態になっているとも限らない。
 ああは言っていたが、どうも信憑性に欠けた。
 ギャシュリー自身も植物状態になる現実を覚悟したんだろうか。

 工藤直也は深く頭を下げた。少年に頭を下げられているような気がして、今度はせめて青年のアバターにしてほしい。猫タイプ女兵士コスチュームの自分が偉そうに言える科白ではないが。
 背を向けて歩いていく工藤を見送っていると、「じゃあ!」とレモンが突然振り返った。
 青空より晴れ晴れとした笑顔で手を差し出してきた。
 握手のつもりだろうが、残念ながら仮想空間では相手の肌の感触は分からない。
 それでもギュッとレモンの手を強く握った。

「行ってきなよ、東京。連絡待ってるから。私は受験勉強ちゃんとする」
「絶対だぞ。サボったら許さないからな。受かったら、ご褒美やるから」

 ポンとヴェインはレモンの頭に手を置くと、急にレモンは妙な顔をして黙った。

「じゃあ、本当に私が欲しいものちょうだい」

 上目遣いしたレモンの目が妙に艶めいていた。妙なポイントで仮想再現率が高いのがムカつく。

「合格したらな」
「ラジャー」とレモンは真っ直ぐ伸ばした指を額に当てて、ちょっと恥ずかしそうに笑った。



 ログアウトした秦矢は、あまりの眠気に仮眠した。
 雀の鳴き声が聞こえ始める明け方、ソラに顔を舐められて起こされた。
 ざらっとしたサメ肌の舌が秦矢の眉間を攻撃した。お腹が空いているのか、みゃぁみゃぁ、しつこく鳴いてくる。
 目を擦りながら、ソラの皿に猫缶を開けてやると、飛びつくように顔を突っ込んだ。

「ソラ、ちょっと行ってくるからな。すぐに帰ってくる、いざって時は康に頼むから、お前も知ってるだろ?」

 状況を理解しているのか、食べながら、にゃぁ、と小さく鳴いてから、秦矢を上目使いした。
 飯さえあればいいぞ、とでも言いたげな目付きだ。
 秦矢は康に電話を架けた。朝五時なので出るか分からなかったが、出てくれた。酷く喉が渇いたような声だったので、やっぱり起こしてしまったらしい。

「ちょっと東京に行ってくるから、もしもの時は、ソラをよろしくな」
「はあ? 朝っぱらから起こしておいて、意味が分かるように説明しろよ。ていうか帰ってきたんだな、向こうから。解決したのか? ふあぁ――」

 電話の向こうから大欠伸が飛んできた。

「それが、まだ分からない。もし何か異変があれば、これからニュースに流れるはずだ。それじゃあ、俺、もう行くから。すぐ戻るつもりだけど、もしもの時は、ソラを頼むな」
「ったく、早く解決してこい。帰ってこなかったら、ソラは俺がいただくからな」

 まるで恋人を掻っ攫うぞと言わんばかりの口調に、少し笑えた。
 起きたての冗談にしては、スパイスが効いていた。
 さすが頭の回転だけは速い康だ。

「ソラは渡さねえよ。じゃあな」

 秦矢は電話を切った。
 バックパックに適当に荷物を詰めて、ソラの頭を撫でながら、水とエサが皿の中にあることを確認した。
 家を出て、バイクで沖縄空港に向かった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

サイレント・サブマリン ―虚構の海―

来栖とむ
SF
彼女が追った真実は、国家が仕組んだ最大の嘘だった。 科学技術雑誌の記者・前田香里奈は、謎の科学者失踪事件を追っていた。 電磁推進システムの研究者・水嶋総。彼の技術は、完全無音で航行できる革命的な潜水艦を可能にする。 小与島の秘密施設、広島の地下工事、呉の巨大な格納庫—— 断片的な情報を繋ぎ合わせ、前田は確信する。 「日本政府は、秘密裏に新型潜水艦を開発している」 しかし、その真実を暴こうとする前田に、次々と圧力がかかる。 謎の男・安藤。突然現れた協力者・森川。 彼らは敵か、味方か—— そして8月の夜、前田は目撃する。 海に下ろされる巨大な「何か」を。 記者が追った真実は、国家が仕組んだ壮大な虚構だった。 疑念こそが武器となり、嘘が現実を変える—— これは、情報戦の時代に問う、現代SF政治サスペンス。 【全17話完結】

200万年後 軽トラで未来にやってきた勇者たち

半道海豚
SF
本稿は、生きていくために、文明の痕跡さえない200万年後の未来に旅立ったヒトたちの奮闘を描いています。 最近は温暖化による環境の悪化が話題になっています。温暖化が進行すれば、多くの生物種が絶滅するでしょう。実際、新生代第四紀完新世(現在の地質年代)は生物の大量絶滅の真っ最中だとされています。生物の大量絶滅は地球史上何度も起きていますが、特に大規模なものが“ビッグファイブ”と呼ばれています。5番目が皆さんよくご存じの恐竜絶滅です。そして、現在が6番目で絶賛進行中。しかも理由はヒトの存在。それも産業革命以後とかではなく、何万年も前から。 本稿は、2015年に書き始めましたが、温暖化よりはスーパープルームのほうが衝撃的だろうと考えて北米でのマントル噴出を破局的環境破壊の惹起としました。 第1章と第2章は未来での生き残りをかけた挑戦、第3章以降は競争排除則(ガウゼの法則)がテーマに加わります。第6章以降は大量絶滅は収束したのかがテーマになっています。 どうぞ、お楽しみください。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?

レオナルド先生創世記

ポルネス・フリューゲル
ファンタジー
ビッグバーンを皮切りに宇宙が誕生し、やがて展開された宇宙の背景をユーモアたっぷりにとてもこっけいなジャック・レオナルド氏のサプライズの幕開け、幕開け!

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち

ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。 クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。 それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。 そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決! その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。

改造空母機動艦隊

蒼 飛雲
歴史・時代
 兵棋演習の結果、洋上航空戦における空母の大量損耗は避け得ないと悟った帝国海軍は高価な正規空母の新造をあきらめ、旧式戦艦や特務艦を改造することで数を揃える方向に舵を切る。  そして、昭和一六年一二月。  日本の前途に暗雲が立ち込める中、祖国防衛のために改造空母艦隊は出撃する。  「瑞鳳」「祥鳳」「龍鳳」が、さらに「千歳」「千代田」「瑞穂」がその数を頼みに太平洋艦隊を迎え撃つ。

盾の間違った使い方

KeyBow
ファンタジー
その日は快晴で、DIY日和だった。 まさかあんな形で日常が終わるだなんて、誰に想像できただろうか。 マンションの屋上から落ちてきた女子高生と、運が悪く――いや、悪すぎることに激突して、俺は死んだはずだった。 しかし、当たった次の瞬間。 気がつけば、今にも動き出しそうなドラゴンの骨の前にいた。 周囲は白骨死体だらけ。 慌てて武器になりそうなものを探すが、剣はすべて折れ曲がり、鎧は胸に大穴が空いたりひしゃげたりしている。 仏様から脱がすのは、物理的にも気持ち的にも無理だった。 ここは―― 多分、ボス部屋。 しかもこの部屋には入り口しかなく、本来ドラゴンを倒すために進んできた道を、逆進行するしかなかった。 与えられた能力は、現代日本の商品を異世界に取り寄せる 【異世界ショッピング】。 一見チートだが、完成された日用品も、人が口にできる食べ物も飲料水もない。買えるのは素材と道具、作業関連品、農作業関連の品や種、苗等だ。 魔物を倒して魔石をポイントに換えなければ、 水一滴すら買えない。 ダンジョン最奥スタートの、ハード・・・どころか鬼モードだった。 そんな中、盾だけが違った。 傷はあっても、バンドの残った盾はいくつも使えた。 両手に円盾、背中に大盾、そして両肩に装着したL字型とスパイク付きのそれは、俺をリアルザクに仕立てた。 盾で殴り 盾で守り 腹が減れば・・・盾で焼く。 フライパン代わりにし、竈の一部にし、用途は盛大に間違っているが、生きるためには、それが正解だった。 ボス部屋手前のセーフエリアを拠点に、俺はひとりダンジョンを生き延びていく。 ――そんなある日。 聞こえるはずのない女性の悲鳴が、ボス部屋から響いた。 盾のまちがった使い方から始まる異世界サバイバル、ここに開幕。 ​【AIの使用について】 本作は執筆補助ツールとして生成AIを使用しています。 主な用途は「誤字脱字のチェック」「表現の推敲」「壁打ち(アイデア出しの補助)」です。 ストーリー構成および本文の執筆は作者自身が行っております。

処理中です...