マイニング・ソルジャー

立花 Yuu

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section 1

No.001

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「ったく、古いエンジンなのに酷使しすぎだっつうの。ピストリングが摩耗してたから、交換したぞ。ガソリンエンジン使ってんだからもっと気にしてやれよ」

 バイクの修理を友人の山田康やまだこうから請け負っていたと砥川秦矢とがわしんやは、持ち主の元に戻ろうとしているバイクの尻を、パンパンと軽く叩いた。

「サンキュー、秦矢、助かったよ。分かっちゃいたけどさぁ、ユグドのVRレースするより、やっぱり、リアル・レースがスリルがあって、イイよ。なぁ秦矢も来いよ、たまには」

 携帯端末から暗号通貨【ユード】を送金した康は、「なぁ」と秦矢の返事を待っていた。

「つうか、リアル・レースなんて、どこでやってんだよ。オートレース場でも貸切るのかよ」

 割り勘だとしても、手ごろな遊びじゃないだろう。
 今時、燃費効率の悪いガソリン・エンジンのバイクを愛好する人間なんて、珍しい。改良に改良を加えられた燃費の良い電気バイクが主流だ。
 今やガソリン車なんて、贅沢品であり、アンティークだ。乗り回す人口が減れば、修理する人間も激減した。所有者が少なければ、秦矢に回って来る仕事も少ない。

 バイク本体を購入する客より、ネットからバイクの部品を購入する客の方が最近では多い。いずれ、排気ガスを出す乗り物が走行禁止になってしまえば、秦矢は店を畳まなくていけない。
 それでもガソリン臭さや、エンジンでガソリンが燃える瞬間、鼓動のようなバイクの駆動音は機械でありながら、最後まで抗おうとする生命力を感じる。だから大切に修理していつまでも走り抜けてほしいと願う。

「そんなんじゃねえよ、廃棄された旧東名高速道路だ」

 予想外の名所が出て、秦矢は「はぁっ」と声が裏返りそうになった。

「わざわざ本州にまで行ってんのかよ? しかも、見つかったら、ヤバいだろ」
「なーに、飛行機で直ぐだろ。まぁ、見つかる、見つからないは、運次第だけどさ。リアルな疾走感と、スリリング感は【ユグド】じゃ味わえない快感だろ」

 付き合いたての恋人を紹介するかのような康の緩んだ顔に、おいおいと鼻で笑った。
 支払いの受信を確認した秦矢は、「だから、彼女できねぇんだぞ」と付け加えた。
 沖縄の湿った風が、四枚ガラス戸を開けっぱなしにした店内に吹き込んだ。

「そう言う秦矢も、いねえじゃん」
「まぁ、そうだど、俺はいいよ。もし事故ったら、この店は誰が切り盛りしてくれるんだよ」

 修理をしていたバイクに戻った秦矢は、キーを回して、エンジンを掛けた。油臭い狭い店内に、咳き込むようなエンジン音が、けたたましく響いた。

「なんだよ、連れないなあ」

 連れないなぁの問題じゃない、切実に金がないだけだ。
 エンジン音に掻き消されまいと、康は声を張り上げた。
 二度三度と吹かしてみて調子を窺い、再び店内は静寂を取り戻した。

「そういやぁ、俺たちの同級生に笹部ささべっていただろ。そいつマイニング・・・・・やってんだけど、最近、【マイニング・ワールド】で神隠しが起きてるって噂だぜ。マイナーがいつの間にか消えていなくなってるとかでさぁ」
「神隠しって、また随分と古風だぁ。そんなことより、マイニングって、稼げるのか?」

 古風な話題からすんなり外れてしまったが、正直、噂話より金回り事情のほうが気になった。
 油まみれの作業用ズボンのポケットから、これもまた、油まみれでくたびれた手袋を引っ張り出した。
 プラグは交換したから、後は、キャブのオーバーホールか、ただの詰まりか。

「あそこで稼ぐには、センスだぜ。俺は三カ月で、ドロップアウトした」

 半分聞き流していた康の声が、突如、鮮明に脳内に飛び込んできた。

「お前、やったことあるのか、マイニング。サラリーマン一年目のくせに、もう副業かよ」

 大学を卒業した康の初給料は、高校卒業と同時に働き始めた秦矢より、既に多くの手取りを貰っている。しかも生活ギリギリの経営状態の秦矢と康を比べると、生活の潤いにも雲泥の差があった。
 康にとって【マイニング・ワールド】は副業というより、暇つぶしだ。

「別に、副業するためにやったわけじゃないぜ。どんな所かと思ってな。でも三カ月も続けば上出来らしいぜ。一カ月以内でリタイアする奴なんて、ゴロゴロいたし。なんせ素人じゃあついていけない世界だぜ」

 手元に戻ってきた愛車のハンドルを愛おしそうに撫でる康は、「ああっ」と思い出したように続きを話した。

「お前なんか、前に、VR・シューティング・ゲームとか、やってただろ? もしかして、向いてるかもな」
「それ系なのか?」
「武器は銃だぜ、バイクもあったな。なんせ、コントローラーは使わないシステムだから、インターフェイス操作に慣れるのに時間が掛かるんだよ。しかもソロマイニングは、キツいぞ。ギルドもそれなりのスキルを持ち合わせてないと、入団テストに通らねえし。あそこで稼いでる奴らは、バケモンだぜ」

 バイクを店の外へ押していく康は、帰ってきた愛車を労わるように、跨った。

「へぇ、そんなすごいゲーム・・・なんだ。車体を労わるのもいいが、エンジンも労ってやれ」

 エンジンを掛けた康は、スロットルを回して回転数を上げた。
 突き抜けるような心地よいエンジン音が響いた。

「あれを、ゲームっていうのか? 暗号通貨の決済データがエイリアン・・・・・に変換されてるんだぜ。まぁ、ゲーム感覚で稼げるけどな。センスさえあれば、一攫千金かもな」

 ニッと笑った康は秦矢の肩をバシッと強めに叩いた。

「エンジン音、すっげぇ良くなった、ありがとな」
「おう」と軽く手を上げた秦矢は、エンジン音を唸らせてさっそう颯爽と走り去った康を見送った。
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