マイニング・ソルジャー

立花 Yuu

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section 1

No.018

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「マジで、そうなの? 秦矢もムズいって言ってたから、リタイアしたのかと思ってたぜ」
 案の定、康は、半ば裏切られたような、意表を突かれた顔で、バイクのハンドルを握っていた。康のバイクは、現実世界で乗っている排気口の付いたバイクとそっくりだった。
 折角の仮想世界なのだから、どうせなら現実世界では乗れない様なタイプにすればいいとも思うが、康のこだわりなら外野がとやかく言う理由はない。
「やってたら、慣れてきちゃってさ」
 ここで誤魔化す必要はないと思いながらも、詳しく話す時間はないなと判断した。
「俺のマイナー・ネームは、イーグルだ。今はパーティでマイニングしてるよ。秦矢は? ギルドか、パーティに所属してんだろ?」
「いや、そーいうわけじゃないんだけど。俺はいつも使ってたネームだよ、ヴェイン」
 すると笹部は「あれ」と困惑気味に眉間に皺を寄せた。
「もしかして、レインツリーと組んでるヴェインって、秦矢のことだったのか。二人だけのパーティで、すっげ狩りまくってるって。やっぱりお前だったのかぁ!」
 ますますドキリとする秦矢は、興奮して手放しで話す笹部に「おいおい、落ち着けって」と、笹部の腕を揺らして、やっと制した。
「レインツリーを知ってるのか?」
「有名人だろ。俺も後で知ったけどさ。クラン上位パーティの一人だったらしいけど、突然パーティごと消えたとかで、しばらく消息も不明状態だったらしいぜ。で最近、レインツリーだけが復活したとかで、話題になって。レインツリーとヴェインのパーティが物凄い勢いでクラン順位を上げてるって、知らなかったのか?」
「なんだ、それ……」
 寝耳に水とはまさに今の状況だろうかと、秦矢はくらくらしそうな視界を、必死に正常に保たせた。胸の奥がざわざわと震えるように波を立てた。
「すっげえじゃん、秦矢、そんなに活躍してんのかよ。やっぱり、センスあったんじゃん」
 何も知らない康が秦矢の肩をバシバシ叩いて、自分の手柄のように大喜びしていた。意外とそこは単純で良かったと思った。
 右も左も分からなかったヴェインを育てたのは、レインツリーだ。
レインツリーがいなければ、バイクも買えなかった。
 知らないところで、レインツリーと組んでいるあのルーキーは誰だと、噂されていたと思うと、ゾクッと全身が震えた。仮初の強さだ。自力で手に入れた強さじゃない。だから、誰にも知られたくなかった。
 それなのに、いつの間にか、そこまで皆に知られていた。しかも、レインツリーの正体を、自分だけが知らなかった。レインツリーに甘えて、自分からは何も調べなかった。
 俺は何も凄くなんかない。
 マイニング・ワールドで稼ぐようになって、生活も潤い、欲しいものを買って、強くなった気になって、舞い上がっていただけだ。
『プレーヤーは入場してください』
 高い天井まで伸びている扉が虹色に光ると、扉は消え去って、立体コースが前方に見えた。周りのプレーヤーはバイクのエンジンを鳴り響かせ、会場へと走っていく。
「いよいよだ。俺たちも行こうぜ」
 掻き消されまいと、康が大声を上げた。
 康と笹部はバイクに跨り、スロットルを回した。エンジン音が耳元で響いた。
「おい、秦矢、置いてくぞ。早く行こうぜ」
 エンジン音が、今は騒音に聞こえた。
 羽を伸ばせると、あんなに気分は高揚していたのに、胸の奥のざわつきが止まない。
「悪いな。リタイアする。二人で楽しんで来い。また、連絡するよ」
「おい、何だよ、それ!」と苛立ち気味に康が叫んだ。
「誘っておいて、急にどうした!」
 康が文句をぶつける気持ちは、よく分かる。
「秦矢、さっきのこと気にしてるのか? お前が気にすることじゃない。寧ろ凄いよ。レインツリーとパーティ組めるだけの実力があるんだから」
 笹部が気を遣ってくれているにも拘わらず、秦矢は素直に喜べなかった。
 気を遣われれば使われるほど、相手の真意がどこにあるのかも分からなくなってくる。
 俺は、強くなんかない。
「ありがとう、笹部。でも本当に気にするな。ちょっと気になる件があってさ」
 周りのバイクは全て出払ってしまい、三人だけが残された。スタッフに「早くしなさい」と注意された。
「ほら、早く行け」バシッと康のバイクのケツを叩いた。
ひと睨みすると、「今度は絶対に来いよ!」と叫んで、康は会場へ走り抜けた。
「あいつがいて良かったよ、本当に」
「だな。ヴェイン、もし俺を見かけたら、声を掛けてくれよ。もっと胸張れ」
 秦矢の肩をゴツッと強めに叩いた笹部は、「またな」とバイクと共に会場へ走り抜けていった。
 叩かれた肩を秦矢はグッと握り締めた。
 二人を見送った秦矢は、ログアウトをして現実世界に戻った。
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