どうやら俺は悪役令嬢の背後霊らしい

遠雷

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19.この声が届くのは

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 速度を上げ続ける馬車は、がたがたと酷く揺れ、車体が軋むような音を立てている。

 セレストも、彼女を抱き込んで守っているマーサも真っ青な顔をして震えている。

 馬車は今、森の中の一本道を無茶苦茶な速度で走っているが、この先で崖や障害物に突き当たってしまったら。それを想像して恐怖が腹の底から湧いてくる。そんな事になったらセレストもマーサも無事では済まない。

 ──このままじゃ駄目だ。何とかしないと……何とか……!!

 焦りばかり募るなかで、膝をつくような姿勢で黒い毛玉犬に視線を合わせる。

 ──お前、でこの馬車を止めたりは出来ないか……? 例えば、馬を気絶させるとか、切り離すとか……何か、出来ないか!?

 縋るような気持ちで必死に毛玉犬に語り掛けると、毛玉犬はこくりと一つ頷いて、それから車体の壁をすり抜けて外に出て行った。

 毛玉犬が以前使って見せたのは、蜂を数匹気絶させた小さな稲妻のようなものだ。あれで果たして暴走する馬を止められるのかはわからない。

 何より、仮に止められたとして、この速度で走る馬車がもしも急停止したら、それはそれで車体が持ちこたえられるかがわからなかった。公爵家の馬車だけあって作りはしっかりしていて、無茶な暴走で揺れこそ激しいが、未だ車輪も何とか欠損せずにいるようだ。しかし予断はならない。

 震えるセレストの頭の上にくっついている茶色い毛玉を見つけて、勢い込んで語り掛けてみる。

 ──お前、ブラッドのイヌワシみたいに風を起こせたりしない!? 風で衝撃を和らげるとか……!!

 その存在は未だあまりに小さい。
 けれどもはや自分自身では出来る事が何も無い、無茶を言っているのは承知の上だ。この状況で何も考えずに成り行きをただ見守るなど、耐えられなかった。
 思いつく限りの言葉を紡ぐ。

 自分の声が届くのは、きっとだけだから。

 ──それからお前は、エリザベス嬢のところに一度戻って、知らせたり出来ないか!?

 セレストの髪に止まっている緑の蝶にも語り掛ける。
 これくらいしか出来る事が思い浮かばないのがもどかしくて、気持ちは急くばかり。唯一己が縋る事の出来る存在に、望みを込めて頼み込んだ。



 黒い、かつて毛玉だった犬は、馬車の車体をすり抜けて天井に昇ると、目の前をがむしゃらに走る二頭の馬を見据えた。
 馬と進行方向を睨むようにしばらく様子を見た後で、おもむろに狼が遠吠えをするかのごとく空に向かって吠えた。

 音も無く空中を小さな稲妻がいくつも走る。
 嘶きが森に木霊し、馬と馬車を繋いでいた頑丈なハーネスがちりちりと音を立ててちぎれ始めた。

 ガクンと幾度か馬車の車体に衝撃が走り、ぶちりと音を立ててハーネスが切れると、車体はその速度を明らかに落としつつも、やがて片輪が浮き、斜めに傾いた。

 セレストの頭の上にくっついていた茶色い毛玉は、ぶわりと膨らむようにその柔らかい毛を逆立てると、窓の外に飛び出していった。
 直後に強い風が一陣、馬車の側面に吹き付ける。

 重厚な筐体の重みを片側の車輪で支える格好で暫く自走していた馬車は、車輪がびきびきと音を立てていた。
 しかし馬がはずれ、傾いた側から吹いた風を受けて、速度を落としてゆっくりと道の脇に生える木々に向かって倒れ込んで停止した。



 ──……止まった!?

 道脇の数本の木の幹に支えられるように斜めに突っ込んで傾いていた車体は、少しするとどすんと大きな音を立てて浮いていた側が地についた。

「きゃあ……!!」

 ──うわっ……!?

 束の間静まった後に訪れた衝撃で緊張が走るが、今度こそ間違いなく完全に止まったようだ。

「お嬢様!! お怪我はありませんか!?」

 我に返ったマーサが抱きしめていたセレスト身なりを整えながら、怪我の有無を確認している。

 ずっと暴走で揺れる中をセレストを守るように抱きかかえていた彼女のほうが、あちこちぶつけて傷だらけなんじゃないかと心配だが、ひとまず命に関わる状況にはならなかった事に、安堵が胸に広がる。

 車体から抜け出て周囲を確認すると、路上に黒い毛玉犬がぐったりとへたり込むように寝転がっていた。その横に茶色い毛玉も転がっている。

 ──お前たち……ありがとうな……。

 もしかしたら、彼らが本当に守護精霊と呼ばれる存在だとしたら、自分など居なくても同じことをしてくれたのでは無いかとも思う。
 あまりの無力感からそんな考えが頭をよぎるが、それはすぐにセレストが無事だった安堵と感謝の気持ちで上書きされていった。

 間抜けに路上にのびている毛玉犬は、どうしてだか笑っているように見えた。

 
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感想 3

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みんなの感想(3件)

祐
2024.12.27

幽霊さんがんばれと応援せずには、いられないキャラ。続きがきになる、待ち遠しい作品です。

解除
リリアン
2024.09.24 リリアン
ネタバレ含む
解除
さと
2024.09.14 さと

今日気がついて一気読みしました!
何が起こるかワクワクしています。
マグタネル家ベッカー家の皆さん素敵です。

おかしなもの筆頭の幽霊さん応援していますよ。

2024.09.14 遠雷

ありがとうございます!
ちょっと改稿に手間取っているので投稿が遅めですが、
お付き合いいただけたら嬉しいです!

解除

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