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1章 結成
7.酒場の天使
しおりを挟む談笑をしているとふと周囲の明かりが消え、同時にうるさいほどに演奏されていた音楽も鳴り止んだ。
急に視界を全て奪われて怯える莉音と対照的にタスクの表情がパッと明るくなる。
「今日のメインのご登場や!」
店内中央のステージに光が集中して差す。
次いでそのステージに現れた男性の口上が人々の期待に火を灯した。
「紳士淑女の皆々様、大変お待たせいたしました。当店が誇る大人気踊り子、その美しさと舞う姿はまさに“処女雪”」
ステージの後ろからしゃん、しゃんと金属が擦れるような音と誰かの微かな足音がする。
固唾を飲んでそのステージを食い入るように見つめる観衆の緊張と高揚が暗さで何も見えなくなった莉音にも伝わってきた。
「伝説に最も近いエルフ、トウカ—————————!!」
男性の大きな紹介にわあと観衆から歓声が上がる。光と音楽が再度始まり、次々とステージに寄る人々で肝心の姿は見えなくなった。
アルアスルは目を輝かせてタスクを見る。
「トウカ!?あの王族や貴族の宴に呼ばれる最高級の踊り子!?この店のお抱えやったんかぁ」
「せやで。会いに行ける王家御用達や!見たかったから早めから席予約しといたったねん」
タスクは得意げに言いながら懐から金貨を取り出す。
それを見て莉音は不思議そうに首を傾げた。
「そのピカピカは何?」
「あ?あ~そうか、ドワーフ村にはないよな。これは金貨。街では物と物じゃなくてこれの枚数で買い物したりサービスを受けたりするねん。王国ナンバーワンの踊り子にはやっぱりチップ渡さんとな」
タスクは説明して莉音に一枚渡すと自分はステージの人混みに近づく。
莉音も真似して金貨を払いにステージに向かうが、背が低く後ろからでは人の背中しか見えない。
間を抜けて観衆の最前列になんとか押し出て顔を出す。
そこで莉音は天使を見た。
軽やかな音楽に合わせて翻る白魚の手足、ライトの光を弾き輝く助けるようなペリドットの髪。妖艶に動くその身を包んで靡く薄いベールはまさに教会のステンドグラスに描かれた天使そのものだった。
「て…天使様…!」
莉音は咄嗟に指を組んで跪いた。周囲の人々はさらに小さくなった莉音には気付かず踊り子の方へ押し寄せる。
タスクが気がついた頃には莉音は人々に蹴飛ばされ盛大に転んだ後だった。
「莉音!大丈夫か?こんな人おるところでしゃがんだらあかんて…」
タスクが駆け寄って覗き込むと、莉音は蹴飛ばされて倒れたまま頬を染め瞳を輝かせて茫然としていた。
「天使様がいらっしゃったぁ…」
「天使様ぁ!?どんだけ信仰深いんや、ほら下がるで」
タスクに抱えられた莉音は振り返り、胸の十字架を握りしめながら高くなった視点でステージで踊る天使を凝視している。
「だって…見えるねん…あて、目ぇ悪いのに…天使様だけははっきり見えるねん…」
「いや、分からんでもない。あのトウカとかいう人、伝説に近いと言われているだけのことはあるな」
いつの間にか横に並んで同じくステージを見つめていたたてのりが誰に返事するでもなく呟く。
それまでの怖い視線とは打って変わって凛とした声色に莉音は思わず頷く。
「まぁさすがは王家御用達って感じ?噂で聞く伝説のセントエルフの特徴そのま~んまやもんな。エルフの中でもインドア派なんかな」
たてのりにもたれかかるように肩に顎を乗せたアルアスルが感心した様子で応える。
全員背が高いためステージまで近づかなくても十分見えるようだった。
ステージ上で蝶のようにひらひらと踊るトウカは幻の超希少種、セントエルフのように色素の薄いエルフである。
踊る舞は酒場向きの軽快な民族舞踊で、繊細な見た目とは不釣り合いに妖艶な表情を見せていたがそれがまた彼女の息遣いを確かにしていた。
「あの天使様…もしかして魅了のバフをかけながら踊ってる?」
ボソリと呟いた莉音にたてのりが横目で視線を向ける。
「わかるのか?」
「あて、目ぇはほとんど見えへんのに天使様のことははっきり見える。でも遠くで見たらお顔が見えへん…お姿の影と形だけがよう見えるんよ。ほやから存在感を増すバフをかけてるんかなって…」
莉音の言葉にたてのりは驚いたように目を見開く。流石に聖女をしているだけあって強化の魔法を見分ける能力が高い。
たてのりも薄々はそうかもしれないと感じていたのだ。
ただ、それと同時にどうしても信じられないという思いが先行していた。
エルフはヒューマンよりも高度な魔法運用技術を生まれつき持っている。ただ、魔力量はヒューマンに比べて優れているかと言われれば決してそうではなく、同等くらいのものである。
そのため大きな魔力を使用する際は魔道具などに頼る必要があるのだ。
しかし、トウカは魔道具らしいものを持っていない。踊りながら自分自身に直接バフを施しているのである。
事前に魔導具を使っていたとしてもその魔力を貯めておく装飾すら見当たらない。
トウカの目を引く様子が魔法であるならば、通常のエルフではありえないことだった。
「…まさかな……」
たてのりは目を伏せると面白くなさそうに自分の席へと戻った。
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