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3章 サマク商国
54.オアシス
しおりを挟む何とか岩場に辿り着き、日陰でホッとする一行に夜という脅威が襲いかかる。
汗を吸って重くなった服や砂のついた体を洗うこともできないまま岩場で身を寄せ合って全員は震えた。
「な、な、なんで、こ、こんなに寒いねん!さっきまで…!」
「砂漠はこういうもんなんや…」
夕暮れになり少し涼しくなったなと思う暇もなく氷点下の気温に叩き落とされる。
これだけ乾燥した場所では地面が水蒸気を溜めておくことができない。
陽の光がない夜には全ての熱が奪われる。
「アルちゃ~ん」
「ネコ…」
「あーはいはい!集合集合!」
最も体温の高いアルアスルの毛皮を求めて震えるメンバーが集う。
アルアスルは尻尾で皆を巻き取ってだんご状に固まった。
「寒い…」
息までが凍りつくほどの寒さに誰のともわからない歯の鳴る音が響く。
アルアスルはしばらく思案すると急に立ち上がって岩陰に身を隠した。
「アル?」
「あっおい覗くなよ」
陰から出てきたのはヒューマン型ではなく、四足歩行の大きなトラ猫だった。
くすんだ橙色に焦茶の模様が走った体毛、少しだけ丸いフォルムで猫だとわかるが一見すると大きすぎる虎にも見える。
アルアスルを待っていた莉音は急に現れた自分の数倍はある猛獣に声も出ずタスクの後ろに隠れた。
「…アルにゃん?」
等加が瞳を輝かせて猛獣の方を見る。
たっぷりと毛を蓄えたふわふわの尻尾が不機嫌そうに左右に揺れた。
「…こっちの方があったかいやろ。早よ来いよ」
猛獣の口からアルアスルの声がする。
たてのりと等加が一目散にお腹の毛に埋まりに行き、タスクは怯える莉音を摘んで自分ごと大きな猫に身を預けた。
温かく柔らかな皮膚と毛皮に何となく甘いようないい匂いがする。
「アルちゃん、ほんまもんの猫になれたんや…」
「ほんまもんの猫って…俺は生まれてからずっと猫やけど…」
たてのりとタスクは見たことがあるのか興味がないのか毛皮に包まれてすぐに眠っていた。
莉音と等加はしばらく毛を吸っていたが、疲れに意識が引っ張られて底なしの眠りについた。
「う~っ!あっつぁ!!!!」
「グエッ!」
タスクの大声と蛙が潰れるような声で泥沼に沈んでいた意識が引き上げられる。
汗だくになったタスクが毛玉のアルアスルを蹴り飛ばしていた。
「何すんねん!」
「もう日昇っとんねん、暑すぎる!」
昨夜の寒さが嘘のように肌を焼く日差しが地面をこれでもかというほど熱している。
寝ているところは陰になっているがそれでも息が苦しいほど暑い。
蹴飛ばされたアルアスルはタスクを睨みつけながら岩陰に緩慢に移動してヒューマンの形をとり服を着たようだった。
「ほんま恩知らずやわ~」
「よお暑ないわ。猫ってちゅんちゅんに暑いとこでも平気な顔してるもんな」
見慣れたアルアスルが出てきて莉音は胸を撫で下ろす。
等加は目覚めて毛皮がなくなっていたことに不満げだった。
「早よ行くで!今日はオアシスまでは行かんともう水がないから死ぬ!日が高くなる前に出なもっと暑うなるで」
アルアスルに急かされて一行は嫌々また日差しの元に足を踏み出す。
砂漠を歩くのは1日目よりも2日目の方がはるかに地獄だった。
水の配分はアルアスルが管理しているといえども5人で何日ももつような量は持ち合わせていない。
暑い中で水が十分にないとわかると余計に喉が渇いて足取りはさらに遅くなる一方だ。
一生変わらない景色に影もない炎天下を、汗が沁みるほど焼けた肌と朦朧とする意識で何とか進む。
途中で気が狂ってサボテンに齧り付いたたてのりの治療や、雨を降らせる道具を作ると言い張るタスクの説得などで歩みは遅くなりとうとう水は全て干上がってしまった。
「水…もうないんか…」
「……まずいな。オアシスがないと…せめて岩陰だけでも…」
たてのりの治療に能力まで使用した莉音の意識が危ない。
十字架から手を離さなくなり、自分で自分の鎮魂歌でも歌い出しそうな様相である。
気力と体力、水を奪っておきながら日差しは高く暑くなる一方だ。
たてのりの剣も小刀かと思うほど小さくなっている。
「俺だけでも先行って場所探してくる方がええやろか…オアシスあったら水汲んで戻って…」
「アルにゃんが先に行ったらあたしたち迷うかもしれないよ」
照り返しで光を弾いてさらに白くなっている等加が顎に伝う汗を拭う。
「いや、タスクの信号玉で何とかならんか…」
「砂に叩きつけて発動するのかな?もしなかった場合を考慮して…」
アルアスルと等加がこれからどうしていくかを冷静に話し合う後ろで、冷静ではいられないタスクが収納空間を開く。
中から取り出したのは整備用の潤滑油だった。
「もう液体は…これしか…!」
「あっおい!やめろタスク!」
「飲まずに死ぬか飲んで死ぬかの問題なんやーっ!」
暴れるタスクから潤滑油をなんとか没収しようとアルアスルが飛びかかる。
止めにかかった莉音とたてのりが吹き飛ばされて起き上がることもできずただ天を仰ぐ。
「あ、オアシスあったよ!」
少し先を歩いていた等加のその声はどんな神の福音よりも美しく輝いていたと後の莉音は語った。
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