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3章 サマク商国
66.捕縛
しおりを挟む足元を生ゴミに掬われる。
人の生きる臭いと死んだ臭いが交互に鼻について気分の悪さが喉のすぐそこまできている。
汚いなりをした猫が絡み付いてくるのを蹴飛ばして走り、追いかけるでもなく物を乞う人を振り払って走った。
鉛を含んだように重たくなる足と上がる呼吸は久しぶりだ。
昔から持久走は苦手な方だったとそんなどうでもいいことが頭をよぎった。
「はぁ、はぁ…」
「いたぞ!捕まえろ!」
「くそっ!」
アルアスルは魔力が切れて引きずりそうになる脚を叱咤しながら裏路地の壁を蹴って跳び、死の瘴気が立ち込める貧困街を懸命に走った。
これがサマク商国以外なら楽に逃げられたかもしれない。
サマク商国の猫人族は他の種族に比べても脚の速さが段違いだ。
しばらく故郷を離れていたためそんなこともすっかり忘れていた。
「押さえろ!飛びかかれ!」
巻いても巻いても追ってくる新しい追手を巻き切れず、滅多にかくことのない汗が吹き出す。
重く暑い空気が浅い呼吸に絡み付いて肺を悪くしそうだ。
「やれ!」
重低音が響き、飛んできた何かがアルアスルの肩を掠める。
壁に当たったそれは爆発して大穴を開けた。
「うわ…最新兵器か…!?くそっ、流通大国め…!」
爆風に飛ばされたアルアスルが体勢を整える前に上から複数の猫人が降ってくる。
蹴飛ばされて脚を押さえられ、腕を絡め取られたアルアスルは身を捩って抵抗した。
「放せ!」
「うるせーな。殺すか?」
「生け取りのが高額交渉できるんやなかったっけ?一応生かしとこうぜ」
暴れるアルアスルをひとりの巨漢が軽々と担ぎ上げて貧困街の奥へと連れていく。
「放せ!放せーっ!」
日が当たらないせいで薄暗くどこか肌寒い通りを抜けて、古ぼけた建物に運ばれる。
最初は暴れていたアルアスルも途中で疲れ果ててぐったりと体を預けたまま大人しくなっていた。
日陰で水も食べ物もなく干からびて死んでいったたくさんの死体が目に入る。
何度も見た、何年も見続けたいつもの光景だ。
「あんだけバフつけて走って、まだ完全型を保てるんか。大したもんやなぁ。金貨100万の価値があるわ」
巨漢の猫人はいやらしく笑って建物の地下にある牢にアルアスルを投げ捨てた。
「仕置き部屋ってやつやな。大きい役所と連絡とって来てもらうから、大人しくしてえや!」
床に全身を強打したアルアスルは呻いて巨漢を睨みつける。
鉄格子の向こうで気に入らない強気な目をするアルアスルを見てその巨漢は後ろに付き添っていた財布をすった猫人に合図した。
「逃げられても困る。打っとけ」
「そうやな」
巨漢とすりは随分親しげだ。
おそらく、そういった集団なのだろう。
すりの猫人は服の中から注射器を取り出すとアルアスルの剥き出しの脚に針を刺し、痛みで顔を歪めるアルアスルに下卑た笑顔を向けた。
「なん…」
「心配せんでええ。殺しはせん。またたび睡眠薬や。おねんねしときなよ。山分けするからお前らは見張っとけ」
「く…そ…」
意識が無理に泥沼の底へと引っ張られる感覚がする。
脳裏に焼きついた貧困街の光景が何度も走馬灯のように再生される。
昔も今も、変わることがない酷い有様だ。
アルアスルはそのまま意識を失った。
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