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旅路

第十四話 至福の時間

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 この世界に来てからの夢。いや、元居た世界の時から。もっと前、物心ついたころからの夢が叶う…。



 ついに、ケモミミを実際に触ることができる─



「す、素晴らしい…」

「んっ…ま、信希…」

「はいっ!?」

「そ、その…止めてほしい時は言うので…」

「もちろん!遠慮無く言って!」



 オレの手が、イレーナの頭に触れるか触れないか程度の所で、くぎを刺される。もちろんだ、イレーナ本人たちは触られるだけで得が無いんだから…。そのあたりをしっかりわきまえて…。



「では、いきます…」

「はぃ…」



 そして俺は、イレーナの頭を撫でるようにして遂にケモミミに触れる。



「こ、これは…なんということでしょう。今まで散々に触りたいと思っていたモノに自分の手が…。いえ、私自身の意見や感想は必要ありませんね。まずはこの感動を皆様にお伝えすることから始めたいと思います。これまでにイレーナ様のケモミミがどういったケモミミかについて語ってきませんでしたから、そこから述べさせていただきます。

 イレーナ様としばらく行動を共にして、少し観察させてもらった私の感想としては、元居た世界の日本で言うところの『ホッキョクギツネ』がもっともしっくり来ています。キツネケモミミの特徴は、大きさを大中小に分けると『小寄りの中』といったサイズ感です。もちろん人間のサイズに合わせて、ケモミミ自体も拡大していますから、本来の獣時サイズと比べるのは難しいかもしれません」



「ま…まさ…きぃ」



「次の特徴について、その肉厚度合です。ケモミミということですから、もちろん綺麗な毛並みが存在しています。その毛並み故、これまではどういったサイズ感、肉厚感なのか分かりませんでしたが、ケモミミに触れることを許され実際に触ると驚きの連続です。触り心地は人間の耳で言う舟状窩しゅうじょうかが最も近く、ケモミミ耳全体がそういった容貌です。人間の様に耳介全体に収音機能の役目を果たす、対耳輪ついじりんのような機能は感じられません。やはり、その大きな耳全体を動かして収音機能をはたしているようです。肉厚は小指の先程でしょうか、優しく包んでみた感じとして五から七ミリ程度はあるように感じました。女性だから柔らかい?と感じる方がいるかもしれませんが、耳自体が軟骨で形成されているのはおそらく人間と同じですから、軟骨の上に皮膚があるのは変わりないようです。」



「んっ…あぁっ…」



「次に毛並みです。これは言うまでもありませんね。私の見立て通りホッキョクギツネが最も近い場合、その毛量は多めの分類になりますから、かなりふわふわといった感想です。イレーナ様は普段からしっかり手入れされているのでしょう。とてつもなく手触りの良い毛並みで、このままずっと触れていたいくらいです。この毛並みというのは、イレーナ様の御髪とは若干違った触り心地です。もちろん御髪自体とても綺麗で、触れるだけ、いや見ているだけでもしっかりと手入れされていることが理解できます。そうですね、御髪を『さらさら』と表現するのであれば、ケモミミは『ふわふわ』な感触です」



「おねが…まっ…」



「次に、これまでずっと謎と興味の部分であった箇所に移っていきます。ケモミミの付け根とどうやって可動させているかです。まず獣や動物の頭骨というものは、ケモミミの形に合わせて陥没している形や穴が開いているものがほとんどで、耳自体は軟骨で形成されます。付け根部分に関して言えば、イレーナ様の頭皮自体は頭骨を感じられる程度に柔らかく、ケモミミに近づくにつれて頭骨を感じられなくなることから、人間の頭骨が変形しているものと推測されます。穴が開いているというよりも必要な器官が入るために頭骨が陥没していると思われます。そして、どのあたりまでその陥没が感じられるかですが、側頭骨あたりをギリギリ感じられる程度なので、側頭部全体でケモミミを支えていることも考えられます。ケモミミ全体の大きさは八センチから十センチなので、人間の耳と比べるとかなりの大きさになります。そして、そのケモミミを可動させているわけですからそれなりの筋肉もあるでしょう。そうですね頭骨でいう、頭頂骨と側頭骨の変形は間違いないでしょう。頭頂骨が小さくなり側頭骨が大きくなっているのが私の推測になります。そして接合部周辺が陥没して、外耳骨が新たに出来ているのではないでしょうか。若しくは、本来の人間についている耳の機能を流用している場合です。頭骨の陥没はあるものの、頭頂骨や側頭骨の縮小拡大は無く、人間本来の外耳孔へつながっている場合…はあり得ませんかね。そこまでの長さとなると聴力能力自体が低下していしまう恐れがありそうです。そして、その陥没しているであろう頭骨の周辺は脂肪というよりも筋肉質な感触なので、やはりケモミミ可動のためには筋肉を用いているようですこれも、人間には本来備わっていないものですね。ケモミミの後背部から側頭にかけて、人間であれば感じられる頭骨がなく、首筋の様な感触があるのでこのあたりの筋肉はかなり凝っているかも知れません」



「んっ…あぁ…」



「これは、この世界に来た時から気付いていたことでもあるのですが、結果を出すことができなかったので後回しにしていたことです。人間の容姿をした女性にケモミミがあることで、人間本来の耳介とケモミミ、どちらが本物の耳なのかということですね。本人たちに聞けばよい話だったことに今気づきました。ですが、そういった質問を女性に投げかけるのはいかがなものかと感じていたのも事実です…。いや情けないだけかもしれませんね。ですが実際にケモミミに触れさせていただき分かったことがあります。イレーナ様に付いている『人間本来の耳』には外耳孔が見当たりません。ですからこちらの耳に聴覚はありませんね、聴力すべてをケモミミが役割を果たしているようです。イレーナ様、人間の耳で音を聞くことは出来ませんよね?」



「は、はぃ…ま、まさっ」



「私の推察は正しかったようです。しかし、イレーナ様のケモミミは素晴らしい…。柔らかくふわふわで、それでいてしっかりしていて、聴覚の役割もしっかり果たしている。元居た世界にある『骨伝導』があれば、もっと中の方まで調べることができるのに…、今回の調査はこれくらいにして…。お許しが出たケモミミをしっかり堪能したいと思います。あぁ、今まで尊いと思い触れることすらできなかったケモミミが…、こんなにも柔らかく、ふわふわで、ちょっぴり冷たく、温かく、こんなにも愛おしいものだったとは…、私が生まれてきたのは今日イレーナ様のケモミミを触れさせていただくためだったのかもしれません」



「も、もぅ…だめぇ…」



「ケモミミに触れることで、こんなにも幸せな気持ちになるなんて思ってもいませんでした。いえ、実際に触れることに感動しているとかではなく、自分の理想や想像の遥か先にケモミミは有ったのかといった具合です。もちろん感動もしています。先ほどから何度も、イレーナ様のケモミミを外部内部と触らせていただき御髪も撫でさせていただいているわけですが、驚くのはケモミミの外部と内部ですね。やはりと言いますか、内部は体温などのおかげで温かく外部はちょっぴり冷たいといった、動物特有のアンビバレントな触感を感じることができます。もちろん、触らせていただいている以上、イレーナ様にも最高の時間になっていただきたいと考え、先ほどからツボ探しに全神経を集中させています。ここまで来て言うことではありませんが、もちろん強く握るなんて愚の骨頂は致しません。このケモミミに触れさせていただくという行為に、最大の感謝を込めてイレーナ様にとって最高の時間になるように全力をもって務めさせていただきます」



「おね、がい…もぅ…」



 イレーナの様子が明らかにおかしいと気付いたのはその時だった─



 気を失い、崩れ落ちそうになるイレーナを全力で受け止める。



「イレーナッ!?」



 彼女の呼吸は荒く、体温が上昇しているのは受け止めてすぐに理解出来た。そして、話しかけても応答がないことから意識もないことを把握し、急に不安が込み上げる。



「ど、どうすれば…イレーナ!」



「まぁ、信希よ落ち着け」

「ミィズ…イレーナが!」



「そりゃあ、あんだけ撫でくり回したら、誰だってそうなるわ」



「…え…?」

「はぁ…ケモミミ愛が強いのは良いことでも、暴走するのは信希の良くない癖じゃな?」



「返す言葉も…それより!イレーナは無事なのか!?」

「ああ、しばらくすれば快復するじゃろて」



「よ、よかった…」



 ミィズの言葉で安心はしたものの、イレーナがこうなった原因が分からない…。



「どうしてイレーナはこんなことに…?」

「どうしてって…そりゃあ、獣人にとって『ケモミミ』は性感帯にも近いからじゃ」



「……」



 その言葉を聞いて、自分の血の気が引いていくのを明確に感じ取る。



「お、オレは…また…」

「だから獣人の皆は、おいそれとケモミミを触らせることはない。それに続き尻尾も同じなんじゃ」



「な、なんてこった…」

「しっかりケモミミ様を愛するのであれば、事前調査はするべきだったな」



「と、とにかく!」



 オレは、自分の反省よりもイレーナの介抱を優先させることをミィズに告げる。



「寝かせておくだけで平気?他に必要なものなんかない?」

「ああ、横にして休ませてあげるといい」

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