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目的の旅
第五十七話 ユリア
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オレはいつも、女性たちとは別々で一人用のテントを使って眠っている。
そして、見張りの交代や緊急の時に誰かが起こしに来てくれる。そんな感じで旅の道中を過ごしているので、基本的にいつも一人で寝たり起きたりすることが多かった。
今晩の見張り交代の時間にもユリアか、その次に交代した人が起こしに来てくれるはずだった。
なんだか布団の中がいつもより暖かく感じる。
目が覚めようとしていた時、一番最初に感じたのはそんな感覚だった。
「ん…んん?」
「信希さま、起きましたかの?おはようじゃ」
「ゆ、ユリア…か…?」
「はいですじゃ」
「もう、交代の時間…?」
まだ朧気で、起き上がることもできないのでユリアに確認してみる。
「はいですじゃ、そろそろ交代の時間じゃな」
「おっけー、起きるよ…」
起き上がって伸びをして一気に覚醒を促そうと体を起こそうとしたときに、初めて自分の体に違和感があることを感じ取る。
「少しだけお話したいのじゃ」
「ん…?…え?」
なんということでしょう。
少しだけ近くからユリアの声はするなと思っていたが、どうやらユリアはオレの真横に居るみたいだ。
それにオレが体を起こすのをとめることが出来ているということは、彼女がオレの腕に抱き着き離さないからに他ならない。
「あれ…?どうして…」
「信希さまの隣は温かいですじゃ」
「ゆ、ユリア!?どうして抱き着いてるのさ!」
「よいではないか、ですじゃ」
どんな言葉遣いだよ…。
「は、離れて…?」
「余が近くじゃと迷惑かの…」
「ちゃうて…み、見張り!そうだ、見張りは?」
「今はイレーナが見てくれておるから安心じゃ」
「なっ…」
ど、どうしよう。少なくともイレーナが見張りをしているのを知っているということは、ユリアがここにいるのもイレーナは把握しているのでは…?
「ま、まずいよ…」
「まずい?」
「そ、そのオレはイレーナとそういう関係になっちゃったんだから…」
「…?」
そんな『その言葉知らない』みたいな表情をするのは止めにしてほしい。
「そ、そのだから…。浮気みたいになるだろう?」
「なんじゃ、そのことか。それならイレーナにも了承してもらってるのじゃ」
「ほぇ?」
すごく間抜けな声が出る。
いやいやイレーナに了承してもらっているって何?
「ど、どういうこと?」
「信希さまの世界では強い雄が多くの女性を囲ったりはしておらぬのか?」
「昔はそういうのがあったみたいだけど…、オレのいた時代には一夫一妻が当たり前だけど…?」
「つまり…、イレーナしか愛せぬのか…?」
「ま、まぁ…?」
この吸血鬼は何て表情をするんだ…。
「そ、その顔はずるいよ」
「余は信希さまの奴隷ですじゃ…そんなの捨てられるも同じ…」
「わ、わかったから落ち着いて…?」
「で、ではっ」
「一旦落ち着こう?まず話って何?」
「あ、ああ。そっちからじゃな」
ひとまず彼女の泣きそうで、もの欲しそうな…凶器とも言える表情を変えることに成功した。だけど問題はこれからだ…。
「余にはケモミミがありませぬ…」
「あ、ああ。そうだな?」
「だから…信希さまは余の事を好いてはくださらぬのか…?」
「…?イレーナの事を言ってる…?」
「はいですじゃ…。だからみんなで話した時にイレーナが適任だと…」
「…」
なるほど…。昨日の女性陣の話し合いの時、そういう話になっていたということか。
でも…、もちろんケモミミがある女性の魅力が何百倍なのは言うまでもないが…。イレーナを愛しているのはそれだけではないと思っている。彼女自身の次にケモミミを愛しているんだ…。
「それは違うかな。オレはイレーナ自身の事が好きなんだ」
「余は違いますか…?」
「待って待って、どうしてそんなことになるのさ」
「だ、だって…」
「落ち着いて?まずオレはユリアの事も可愛いと思うし好きだぞ?でもオレの中の感覚で、複数人の女性と関係を持つことに制限が掛かってしまうんだ…。それは分かってくれる?」
「は、はい…」
ユリアはいつも落ち着いていて、冷静な判断が出来ると思っていたけれど何やら今日はどこか様子がおかしい…。
そういえば最近にも似たようなことがあったな…?
他でもないイレーナの事じゃないか!?もしもこの説が正しかった場合…、ユリアも本気だということに…?
「余はイレーナの次で構いませぬ…じゃからどうかお傍に…」
「少し確認したいんだけど…」
「…?」
ユリアは本当にカワイイ…イレーナには無い魅力で、今もオレに迫ってきている…。
「イレーナには何て言ってきたの…?」
「…?少し違いますじゃ。余がイレーナにお願いしたのではなく、イレーナが余にも信希に気持ちを伝えるように言ったから来たのですじゃ」
「つ、つまり…」
「イレーナ公認ということじゃな?」
イレーナもこの世界の住人だ。いまユリアが言っていたように、この世界では一夫多妻が普通なんだろうか…?
「ど、どうしてまた…?」
「余は本気でイレーナの事を応援しておりましたのじゃ。余ではなく…、一番確立の高いイレーナが信希さまと結ばれてくれれば、余もまだ信希さまと一緒に居ることが出来るからじゃ」
「そ、そんなこと…」
「余が信希さまを諦めたとしても、信希さまのお傍にはおりたいという気持ちだけ伝われば十分じゃと考えていた…」
この吸血鬼はなんていじらしいんだ…。オレはどんなことになっても皆と一緒に居たいと考えていたんだけどな…。御使い様の役目とやらはそこまでの優先度と考えられているのか…。
「ユリア?オレはその気持ちがとても嬉しいよ。今まで、そこまでしてでもオレと一緒に居たいなんて言ってくれた人は初めてだよ。とても嬉しい」
「はいですじゃ…」
彼女は少し落ち着いたのか、オレを抱きしめる力を緩め手を握ってくる。
「イレーナが提案したっていうのは─」
「これはイレーナからのお礼みたいなものじゃ…?『ワタシだけ独占してはいけない』と言っておった…」
「それでユリアにも…?」
「はいですじゃ、一番近くで励ましてくれたからと…」
彼女たちの間で何があったのかは分からない…。でもこれまでの旅路の中では感じられなかった『親友』のような絆が生まれているんじゃないか?
「ユリアは平気なの…?その複数人相手にするような男でも…」
「?何を言いたいのか分からぬが、信希さまが愛しているのはイレーナじゃ、何の問題がある?」
…。この世界ってオレに優しすぎない?大丈夫?もしもこのままユリアも…。なんてことになったらオレは誰かから殺されるんじゃないか…?ただでさえ美しいケモミミ様であるイレーナと結ばれていて…、これだけの美女とケモミミ様を引き連れて…その中の女性複数人と関係を持つなんて…。今日が命日か…?
「き、気持ちは嬉しい。正直飛び上がりたいくらいだ…。でも、オレにそこまでの自信が無いっていうか…」
「信希さま…」
ユリアは手を少しだけ強く握り、更に近づいてくる。
「ゆ、ユリア…?」
「全部…、余のせいにしてしまえばよい…。余もイレーナと同じ、信希を縛ろうとしているんじゃ。それくらいは覚悟の上よ…」
ユリアは耳元でそう告げて、覆いかぶさってくる。
抵抗しよう…なんて思うまもなく、自分の唇に柔らかく温かい感触を感じ目の前にユリアの顔がある…。
「んっ…」
「ゆ、ユリア…」
「全部…余のせいですじゃ…」
「…」
幾度ほど同じ感覚を感じただろうか…。
彼女の熱に浮かされながら、オレは何も考えられなくなっていく。
「んっ…信希さま…今日はここまでにしておくのじゃ…強い魔法を使ったと聞いた…。信希さまにも考える時間が必要じゃろ…?」
「あ、ああ。ユリア…ありがとう。そしてくれると助かる…」
最後に触れるだけの口づけをしたユリアは起き上がり──
「また寝所に窺っても良いかの…?」
「あ、ああ。もちろんだ。オレの部屋はベッドを大きく作らないとな…?」
「さすがは信希さまじゃ。さ、イレーナが待っておる。起きられますかの?」
「ああ、ありがとう」
ユリアは優しくオレが起き上れるように手を差し伸べてくれる。
突然のことだったけど…今のオレは、とんでもない状況になっているんじゃないだろうか…。
ちゃんとゆっくり考えないと…。
──。
そして、見張りの交代や緊急の時に誰かが起こしに来てくれる。そんな感じで旅の道中を過ごしているので、基本的にいつも一人で寝たり起きたりすることが多かった。
今晩の見張り交代の時間にもユリアか、その次に交代した人が起こしに来てくれるはずだった。
なんだか布団の中がいつもより暖かく感じる。
目が覚めようとしていた時、一番最初に感じたのはそんな感覚だった。
「ん…んん?」
「信希さま、起きましたかの?おはようじゃ」
「ゆ、ユリア…か…?」
「はいですじゃ」
「もう、交代の時間…?」
まだ朧気で、起き上がることもできないのでユリアに確認してみる。
「はいですじゃ、そろそろ交代の時間じゃな」
「おっけー、起きるよ…」
起き上がって伸びをして一気に覚醒を促そうと体を起こそうとしたときに、初めて自分の体に違和感があることを感じ取る。
「少しだけお話したいのじゃ」
「ん…?…え?」
なんということでしょう。
少しだけ近くからユリアの声はするなと思っていたが、どうやらユリアはオレの真横に居るみたいだ。
それにオレが体を起こすのをとめることが出来ているということは、彼女がオレの腕に抱き着き離さないからに他ならない。
「あれ…?どうして…」
「信希さまの隣は温かいですじゃ」
「ゆ、ユリア!?どうして抱き着いてるのさ!」
「よいではないか、ですじゃ」
どんな言葉遣いだよ…。
「は、離れて…?」
「余が近くじゃと迷惑かの…」
「ちゃうて…み、見張り!そうだ、見張りは?」
「今はイレーナが見てくれておるから安心じゃ」
「なっ…」
ど、どうしよう。少なくともイレーナが見張りをしているのを知っているということは、ユリアがここにいるのもイレーナは把握しているのでは…?
「ま、まずいよ…」
「まずい?」
「そ、そのオレはイレーナとそういう関係になっちゃったんだから…」
「…?」
そんな『その言葉知らない』みたいな表情をするのは止めにしてほしい。
「そ、そのだから…。浮気みたいになるだろう?」
「なんじゃ、そのことか。それならイレーナにも了承してもらってるのじゃ」
「ほぇ?」
すごく間抜けな声が出る。
いやいやイレーナに了承してもらっているって何?
「ど、どういうこと?」
「信希さまの世界では強い雄が多くの女性を囲ったりはしておらぬのか?」
「昔はそういうのがあったみたいだけど…、オレのいた時代には一夫一妻が当たり前だけど…?」
「つまり…、イレーナしか愛せぬのか…?」
「ま、まぁ…?」
この吸血鬼は何て表情をするんだ…。
「そ、その顔はずるいよ」
「余は信希さまの奴隷ですじゃ…そんなの捨てられるも同じ…」
「わ、わかったから落ち着いて…?」
「で、ではっ」
「一旦落ち着こう?まず話って何?」
「あ、ああ。そっちからじゃな」
ひとまず彼女の泣きそうで、もの欲しそうな…凶器とも言える表情を変えることに成功した。だけど問題はこれからだ…。
「余にはケモミミがありませぬ…」
「あ、ああ。そうだな?」
「だから…信希さまは余の事を好いてはくださらぬのか…?」
「…?イレーナの事を言ってる…?」
「はいですじゃ…。だからみんなで話した時にイレーナが適任だと…」
「…」
なるほど…。昨日の女性陣の話し合いの時、そういう話になっていたということか。
でも…、もちろんケモミミがある女性の魅力が何百倍なのは言うまでもないが…。イレーナを愛しているのはそれだけではないと思っている。彼女自身の次にケモミミを愛しているんだ…。
「それは違うかな。オレはイレーナ自身の事が好きなんだ」
「余は違いますか…?」
「待って待って、どうしてそんなことになるのさ」
「だ、だって…」
「落ち着いて?まずオレはユリアの事も可愛いと思うし好きだぞ?でもオレの中の感覚で、複数人の女性と関係を持つことに制限が掛かってしまうんだ…。それは分かってくれる?」
「は、はい…」
ユリアはいつも落ち着いていて、冷静な判断が出来ると思っていたけれど何やら今日はどこか様子がおかしい…。
そういえば最近にも似たようなことがあったな…?
他でもないイレーナの事じゃないか!?もしもこの説が正しかった場合…、ユリアも本気だということに…?
「余はイレーナの次で構いませぬ…じゃからどうかお傍に…」
「少し確認したいんだけど…」
「…?」
ユリアは本当にカワイイ…イレーナには無い魅力で、今もオレに迫ってきている…。
「イレーナには何て言ってきたの…?」
「…?少し違いますじゃ。余がイレーナにお願いしたのではなく、イレーナが余にも信希に気持ちを伝えるように言ったから来たのですじゃ」
「つ、つまり…」
「イレーナ公認ということじゃな?」
イレーナもこの世界の住人だ。いまユリアが言っていたように、この世界では一夫多妻が普通なんだろうか…?
「ど、どうしてまた…?」
「余は本気でイレーナの事を応援しておりましたのじゃ。余ではなく…、一番確立の高いイレーナが信希さまと結ばれてくれれば、余もまだ信希さまと一緒に居ることが出来るからじゃ」
「そ、そんなこと…」
「余が信希さまを諦めたとしても、信希さまのお傍にはおりたいという気持ちだけ伝われば十分じゃと考えていた…」
この吸血鬼はなんていじらしいんだ…。オレはどんなことになっても皆と一緒に居たいと考えていたんだけどな…。御使い様の役目とやらはそこまでの優先度と考えられているのか…。
「ユリア?オレはその気持ちがとても嬉しいよ。今まで、そこまでしてでもオレと一緒に居たいなんて言ってくれた人は初めてだよ。とても嬉しい」
「はいですじゃ…」
彼女は少し落ち着いたのか、オレを抱きしめる力を緩め手を握ってくる。
「イレーナが提案したっていうのは─」
「これはイレーナからのお礼みたいなものじゃ…?『ワタシだけ独占してはいけない』と言っておった…」
「それでユリアにも…?」
「はいですじゃ、一番近くで励ましてくれたからと…」
彼女たちの間で何があったのかは分からない…。でもこれまでの旅路の中では感じられなかった『親友』のような絆が生まれているんじゃないか?
「ユリアは平気なの…?その複数人相手にするような男でも…」
「?何を言いたいのか分からぬが、信希さまが愛しているのはイレーナじゃ、何の問題がある?」
…。この世界ってオレに優しすぎない?大丈夫?もしもこのままユリアも…。なんてことになったらオレは誰かから殺されるんじゃないか…?ただでさえ美しいケモミミ様であるイレーナと結ばれていて…、これだけの美女とケモミミ様を引き連れて…その中の女性複数人と関係を持つなんて…。今日が命日か…?
「き、気持ちは嬉しい。正直飛び上がりたいくらいだ…。でも、オレにそこまでの自信が無いっていうか…」
「信希さま…」
ユリアは手を少しだけ強く握り、更に近づいてくる。
「ゆ、ユリア…?」
「全部…、余のせいにしてしまえばよい…。余もイレーナと同じ、信希を縛ろうとしているんじゃ。それくらいは覚悟の上よ…」
ユリアは耳元でそう告げて、覆いかぶさってくる。
抵抗しよう…なんて思うまもなく、自分の唇に柔らかく温かい感触を感じ目の前にユリアの顔がある…。
「んっ…」
「ゆ、ユリア…」
「全部…余のせいですじゃ…」
「…」
幾度ほど同じ感覚を感じただろうか…。
彼女の熱に浮かされながら、オレは何も考えられなくなっていく。
「んっ…信希さま…今日はここまでにしておくのじゃ…強い魔法を使ったと聞いた…。信希さまにも考える時間が必要じゃろ…?」
「あ、ああ。ユリア…ありがとう。そしてくれると助かる…」
最後に触れるだけの口づけをしたユリアは起き上がり──
「また寝所に窺っても良いかの…?」
「あ、ああ。もちろんだ。オレの部屋はベッドを大きく作らないとな…?」
「さすがは信希さまじゃ。さ、イレーナが待っておる。起きられますかの?」
「ああ、ありがとう」
ユリアは優しくオレが起き上れるように手を差し伸べてくれる。
突然のことだったけど…今のオレは、とんでもない状況になっているんじゃないだろうか…。
ちゃんとゆっくり考えないと…。
──。
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